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夫を甘く見てはいけない

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先日、フィリミナの叔父であるジョシュア=ハリスという男に引き合わされたリゼット。

初対面であったにも関わらず、心がざわざわ波打つほどの感覚に襲われた。
自分はこの男を知っている。
会った事もない男に対してなぜそう思ったのか。

その時はなんだかその場にいてはいけないと思い、仕事があるからと逃げ出すように離れた。

だけど。

「新しく赴任されてきたジョシュア=ハリス次長って、素敵よねー」

立証魔術開発室ウチボスの弟さんなんですって?という事はフィリミナあなたの叔父さん?羨ましいわね~」

「はははは……」

そう他の女性職員が話すのを何と答えてよいのか分からず、フィリミナリゼットはとりあえず笑っておいた。
「は」を繰り返していただけになっていたかもしれないけど。

ジョシュア=ハリスは隣室の臨床検査室の次長として赴任した。
先日、フィリミナリゼットが遭遇した時は着任の挨拶に来ていたそうだ。

ーー同室でなくてよかった……

なぜあの男にこんなにも忌避感を持つのか。
それを考えようとすると、体がそれを拒むかのように頭痛が起きる。

もう、その事だけで答えが出ているのだとリゼットは思った。

大丈夫。
自分はあの時のようにもう子どもではない。
上級魔術師としての実力もある。
そして何より、何があっても味方でいてくれると信じられる夫がいる。

リゼットは、あの男…ジョシュア=ハリスが十三年前に自分から魔力を奪った男だとほぼ確信していた。

だけど決定的な証拠も無しに、会った瞬間に怖いと思った、それだけの理由で容疑者扱いは出来ない。
疑惑を他者に知らせる前に、ある程度の調査は行う必要があるだろう。

レイナルドにもその時までは打ち明けない方がいいと思う。
早々に告げて協力を仰いで、いざ人違いでした勘違いでしたでは彼に多大な迷惑をかけてしまうから。

しかしそう決めたはいいが、はてどうやってジョシュア=ハリスの事を調べるか……
それに考えを巡らせている時に、またくだんの術式の開発でレイナルドとジョルジュエッタ=ナンオイザウの意見がぶつかり合った。

「八年よ八年、それが限界。それ以上は無理だわ」

どうやら術式の構築に必要な逆行魔法に限界があるらしい。
逆行魔法を専門とするジョルジュエッタがレイナルドにそう告げた。
しかしレイナルドは譲歩するつもりはないようだ。

「八年では意味がない。どうにかして逆行の術式の精度を上げられないのか?」

「無茶言わないでよ。そもそもどこの国でも時間を操る逆行魔法は物質のみに使用が認められていて、体内から取り出した魔力を検体とする事自体、前例のない試みなんだからっ。それを更に精度を上げて過去に遡れだなんて無理よっ」

「………」

ジョルジュエッタにそう返されて、レイナルドは顎に手を当て考え出す。
そんなレイナルドを見ながらジョルジュエッタは言った。

「ねぇレイナルド。一つの術式にばかり拘りすぎて、他の仕事の功績が挙げられないのは良くないと思うの。今まで私たち、数々の新しい検出技法や特定技法の術式を手掛けてきたじゃない?これからもその方向で行くべきだと私は思うの」

「…………」

「私たちはバディよ。互いに高め合い、協力し合い、もっと上を目指しましょうよ。あなたには私が、私にはあなたが誰よりも必要なのだから」

「…………」

「レイナルド?ねぇ聞いてるの?」

「………逆行魔法に縛られ過ぎているのかもしれないな」

「え?」

「サルベージした魔力残滓を体内に取り込んだ時の状態に戻すための逆行魔法だが……いっそのこと劣化した魔力残滓でも個人の特定が出来る方法を見出す方が早いのかもしれない」

「ちょっとレイナルド?」

自分の話を聞かず、ぶつくさと思考を口にして考えを纏めようとしているレイナルドにジョルジュエッタは憤慨した。

「もう!ちゃんと私の話を聞いてよっ!」

「聞いてるさ。要するに君は出世がしたいんだろ?それなら僕とは方向性が全く違うわけだ。バディの解消は課長に申請すれば精査された後に認められる。早々に申請書を提出しておくよ」

「ちょっ…そんな事を言ってるんじゃないでしょ!」

「同じ事だよ。僕は出世よりもこの術式を完成させたい。これが終わって犯人を逮捕出来たら魔法省を辞めてもいいと思ってるくらいだ」

「そんっ…嘘でしょうっ!?」

「嘘じゃないさ。それよりもそうか……あまりにも“復元”に拘り過ぎてしまっていたな……そうだよ“復元”ではなく“修復”に着目すれば良かったんだ」

もはやレイナルドはジョルジュエッタに意見を求めようとはしなかった。
と見切りをつけた彼女と議論しても進展は望めないからだ。

「レイナルド!」

いつものようにヒステリックになるジョルジュエッタに、いつものように周囲の無責任な人間がのっ掛かる。
そしていつものように言ってきた。

「お前ら、ホントに喧嘩するほど仲がいいんだなぁ。さすがはオシドリ夫婦ってか?」

待ってましたと言わんばかりにジョルジュエッタは援護を期待して相手に縋った。

「ねぇ聞いてよ!レイナルドったら私を無視するのよっ?」

「それは酷いわね。夫なら妻の声にちゃんと耳を傾けないと離婚の危機に陥るわよ?ふふふ」

などと、レイナルドが何も言わないのをいい事に調子づいて余計な事を言ってくるのだ。
それを見かねた他の職員が注意する。

「ちょっとアナタ達いい加減にしなさいよ、クロウさんにはちゃんと故郷に奥さんがいるって何度も言ってるでしょう?」

「なによ、ほんの冗談じゃない。本気になる方がおかしいわよ。空気を読みなさいよ空気を」

「そうそう」

「冗談って……空気って……!」

注意した職員の方を責めるもの言いに、それまで無視を決め込んでいたレイナルドが告げた。

「ほんの冗談でも言っていい事と悪い事がある、僕はそれを何度も言ってきましたよね?妻を居ないものとするような発言や、職務に関係ないプライベートへの干渉と受け取れるような発言もやめてほしいと」

「それが何か?なんだよムキになって」

「皆さんいい大人なんだ。自分が言った発言には勿論ちゃんと責任を取れるんですよね。冗談のつもりだと言うけど、言われた側が冗談と受け取らなければそれは単なる嫌がらせだ。ハラスメントだ。ちなみに、ここ半年ほどのあなた方の職務を逸した言動は魔道具にて録画させて貰ってますから」

「はっ?」「……え?」

レイナルドは他にもいる常日頃からレイナルドとジョルジュエッタが夫婦であるかのように囃し立てる職員たちにも向けて告げる。

「じつはもうその魔道具は僕が受けたハラスメントの証拠として省内の労務に提出してあります。いずれ各々、上から調査のための聴き取りがあると思いますからちゃんと協力してください」

「そんなっ!」「嘘でしょっ!?」

悲鳴に近い声が周りから上がる。
それを顔色を悪くして聞いていたジョルジュエッタにレイナルドは言った。

「キミは何がしたくて魔法省ここで仕事をしてるんだ?研究がしたくて入省したんじゃなかったのか?残念だよキミは優秀な職員だと思っていたのに。結婚がしたいなら、僕のような既婚者を狙うんじゃなくてちゃんとした結婚相談所に行くべきだね」

「なっ……」

「何度言っても聞き入れられず、半年前からは証拠となる発言を引き出す為に敢えてあまり言わなかったけど。それでも僕には妻がいると再三にわたりキミに告げてきた。にも関わらずキミは周りが囃し立てるのをいい事に改めるどころかエスカレートして……それでも仕事してくれるうちはまだ良かったけど近頃は……もう限界だ。バディは解消する」

そう言い残し、レイナルドは研究室へと一人入って行った。

「そんな、待ってレイナルド……!」

ジョルジュエッタはその後もレイナルドと話し合おうと試みたようだが、彼の意思は固く、ほどなくしてバディは解消となった。

面白がって個人の人権を無視するような発言を繰り返していた職員たちは厳重注意の上、減俸となった。
レイナルド以外の職員にも誹謗中傷に似た発言を繰り返していたらしい職員は皆、漏れなく地方局の閑職へと飛ばされたそうだ。

ジョルジュエッタ=ナンオイザウもその一人であったという。
他部署の若い女性職員への暴言が被害者の訴えにより明るみに出たのだ。
そしてジョルジュエッタ=ナンオイザウは昨日付けで地方局への転属となり、そこで一からキャリアの積み直しとなるらしい。

恐るべしレイナルド。

何をどう言っても嫌がらせ発言をやめない者たちに対し、諦めて相手にしないようにしていたのかと思いきや、
自分は決して不利に繋がる恐れのある発言はせずに相手の言葉のみを引き出し、それをハラスメントの証拠として録画しつづけた。
自身のデスクと天井の照明に魔道具を設置して……。


そしてもう一つ。

新たな転換で構築し直す事となった術式を、協力してくれる職員達との議論の最中にそれは起きた。

「術式に逆行魔法を組み込まなくてよくなるとすると、途端に安定しそうだな」

「確かに。だけど劣化した魔力残滓の修復方法はどうするか……」

「クロウさんは何か候補に挙げている方法はあるの?」

「そうですね……修復であれば回復魔術が適しているかと思うんですが……ちょっと他者の意見も聞いてみましょうか」

レイナルドはそう言って、
会議のための資料を纏めていたフィリミナリゼットに向かって言った。

「おーいミス・ハリス、ちょっとキミの考えを聞かせてくれないか?」

「………え?」

ーーなぜ“フィリミナ”に?

思いも寄らない無茶振りに、フィリミナリゼットは目を丸くした。

レイナルドのその言葉を受け、他の職員が言う。

「お、おいおい、新人には荷が重いんじゃないか?」

「でも、ミス・ハリスが新人だけど優秀であると、彼女の仕事ぶりで近頃皆さんも分かったんじゃないですか?」

「確かに……」

「噂ではかなり奔放な人だと聞いていたけど」

「でしょう?だから彼女の意見も是非聞いてみましょう。ね?ミス・ハリス、キミはこの術式を完成させるのに、何の術を組み合わせる?」

期待に満ちた顔をするレイナルドを見つめ、フィリミナリゼットは観念して答えた。

「“修復”を目的とするなら、医療魔術を組み込めばいいと思います……魔力の扱いは医療魔術が最も長けている。医療魔術の“修復”にあたる回復魔法の術式をこの術式に組み合わせ、構築するのが最善かと……」

「うん。僕も同じ意見だ」

「凄いじゃない!ミス・ハリス!見直したわ!」

「はぁ……どうも……」

どんな反応をするべきか分からないフィリミナリゼットはそう答えると、
レイナルドがこっそり耳打ちして来た。

「さすがは俺のリゼだね」

「っ!!??」

バ、バレてる……!


何故バレた?

リゼットの変身魔法は完璧なはずなのに。

何故分かった?


家族だから?夫だから?

リゼットは強く思った、

夫を甘くみてはいけなかったと。















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