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悲しい事実 (天の声視点)
しおりを挟む「アイリルっ……落ち着いてちょうだい……!」
「だってっ……そんなっルベルト様がっ……どうしてっ!?」
先ほどまで静かに告解と説示が行われていたアイリルの部屋が騒然としている。
取り乱したアイリルが悲愴な声を上げてジネットに言い募る。
騒ぎを耳にしたメイドのサラや執事たちが慌ててアイリルの部屋へ駆けつけたが、アイリルを宥めるために抱きしめたジネットが「大丈夫だから」と目配せをして下がらせた。
嗚咽を漏らすアイリルの背中を擦りながらジネットは言う。
「仕方がなかったのよ……誰かが対価となる命を払わなくてはならなかったのだから……」
「だからってそんなっ……!ルベルト様!」
“巻き戻りの術”を発動させるには、
古代言語により複雑に構成された術式を一字一句、発音すら間違わずに詠唱し、そしてそれらに力を与える動力源として特別な魔力が必要であったとジネットに聞かされたアイリル。
術式を発動するのに魔力を必要とすることは子どもでも知っている。
なぜそんな当たり前なことをジネットがわざわざアイリルに話したのか。
しかも言い辛そうに、堅い声色で。
そしてその理由をすぐにアイリルは聞かされることになる。
「時戻りの術を発動させるために、……過去のルベルト様は、自らの命を対価として差し出したの」
その事実を聞かされ、アイリルが酷く取り乱したのだ。
時戻りの術に必要な特別な魔力。
それは人間ひとり分の命であった。
命のすべてを魔力に変えて、詠唱した術式に力を与えるのだ。
そしてその命を、ルベルトは躊躇することなく差し出したという。
「術式の詠唱と発動後の展開維持はジルベールにしかできない、それなら対価としての魔力は自分のものを使ってくれと……」
「ルベルト様がそう言ったの……?」
ジネットの腕の中で話を聞いていたアイリルが顔を押し付けながらそう尋ねた。
「アイリルを死なせた罪がそれで帳消しになるとは思っていない。だけど、彼女を再び生きていた時代に連れ戻せるなら、自分の命でそれを叶えたいと言って……」
ジネットの胸に押し当てた耳から聞こえた、彼女のくぐもった声がそう答えた。
話の続きを促すようにアイリルは言葉の端を繰り返す。
「と言って……?」
「自らの胸に短剣を突き刺したの……」
「いやっ!!」
ジネットから聞く凄惨さにアイリルは耐えられず悲鳴をあげる。
自分の死後にルベルトがそんな選択をしていたなんて。
「ルベルト様っ……!」
過去の、寡黙で生真面目で几帳面な、でも誰よりも優しくて穏やかだったルベルトと、
今の食えない強かさと若干の腹黒さがありながらも、誠実で変わらない優しさと穏やかさを持つルベルトを思い浮かべ、アイリルの胸が押し潰されそうになる。
涙が止めどなく溢れて、もう二度泣き止むことなんてできないのではないかと思うほどに悲しくて堪らない。
過去に婚約解消を告げられて死を選ぶほどに絶望したけれど、ルベルトに不幸になって欲しいなどとは一度たりとも思えなかった。
ましてや命を犠牲にしてほしいなど……。
どうして。
深い慟哭に苛まれるアイリルに、ジネットは静かに告げる。
「気休めにはならないと思うけど、彼が胸を突いた瞬間にジルベールが麻酔魔法を掛けたわ……だからルベルト様はそのまま眠るように……そして彼の命を無駄にしてはならないと、ジルベールが渾身の力を振り絞って時戻りの術を発動させたの……」
そして次に気がついたときは、
多感な娘時代を過ごした実家の自室にいたのだとジネットは言った。
十四歳の自分の姿を見て、ジネットは時戻りの術が成功したのだとわかった。
そしてどうしてもアイリルとルベルトがどうなったのかを確認せずにはいられなかったという。
人知れずこっそりと遠目から乳母に抱かれて散歩をする赤ん坊のアイリルと、
オーヴェン家の庭で元気に駆け回る三歳のルベルトの姿を眺めて安堵したのだとジネットは語った。
「そこからは既に話した通り、学業に邁進する日々を送ったの。あなたの先生として、今度こそあなたの幸せを見届けるために……」
悲しみの中にも宿る温かで強い意志を感じ、アイリルの心が震えた。
「ジネット先生っ……」
アイリルは知った。
こんなにも深い愛情がこの世に存在することを。
それは何も血の繋がりだけではない、大切な誰かのために惜しみない努力と時間を捧げる、そんな尊い愛情が存在することを。
自分はこんなにも愛されていた。
大切にされていた。
自暴自棄になって簡単に捨てた命を、再び拾い生かしてくれた人たちが周りにいたというのに……。
過去のアイリルにはそれが見えていなかった。
自分だけが辛くて悲しい。
自分だけが不幸だと、そんな狭い視野の中で心を閉ざしていたのだ。
生き直す機会を、やり直す機会を与えてもらえた。そんな簡単な言葉で片付けてはならない。
自分は今、皆の想いに導かれてこの場にいるのだと、決して忘れてはいけない。
アイリルはそう思った。
アイリルの涙は依然として流れ続けていたが、過去の全てを受け止めた心は徐々に落ち着きを取り戻していった。
泣いてばかりではいられない。
悲観してばかりではいられない。
今度は必ず、強く幸せに生きてみせる。
それが皆の想いに、恩に報いる唯一の方法だと、アイリルは思った。
やがてゆっくりとアイリルは顔を上げ、ジネットを見上げる。
そして自らも涙を流しながらアイリルを見守ってくれる優しい瞳と視線が重なる。
「ジネット先生……私、なんとお礼とお詫びを言ったらいいのか……」
「お礼もお詫びも要らないわ。詫びるべきは私の方だし……それに、私たち自身のためでもあったことなの。だけど……そうね、強いて言うなら……」
「……?」
アイリルは黙ってジネットを見つめ、言葉の続きを待った。
「今度こそ、みんなで幸せになりましょう」
穏やかに、でも力強くそう言ったジネットの微笑みを眩しく見つめながら、アイリルも精一杯の笑顔で頷いた。
─────────────────────
予定していたより順調に書き進められました。
よって次回、最終話です。
ぎゅぎゅっと詰め込みますよ。
あ、Xで守護精霊の落書き投下してます。
あくまでも落書きですがよろしければぜひ☆
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