【完結】今世は長生きするつもりなのでサヨウナラ婚約者さま

キムラましゅろう

文字の大きさ
上 下
5 / 25

ご承知おきくださいませ

しおりを挟む
「……ぜ、前世?前世ってあの…今の生を受ける前に生きた人生の事だよな?どうして突然そんなことを?それになぜ急に職業婦人を目指そうと考えたんだ?キミはあと一年もすれば俺の妻になる予定なんだけど?」

前世の記憶を取り戻したという私のいきなりのカミングアウト。
ルベルト様からは予想通りの反応が返ってきた。

まぁ直ぐに無条件で受け入れてくれたジネット先生の反応の方が珍しいのよね。
前世の記憶が蘇ったなんて突然言われても、普通は彼のような反応になるはずだわ。
これが逆の立場なら、私だって怒るか呆れるかのどちらかだと思うもの。
「寝惚けているの?寝言は寝てからおっしゃって?」とか相手に言うでしょうね。

でもルベルト様ったら“妻になる予定”だなんてよくもそんなことが軽々しく言えたものだわ。
私はムキーッとなる感情を抑えて、ルベルト様にこう言ってやった。

「あら、人生とは何が起こるかわからないものでしょう?挙式の準備に取り掛かる直前になって別の人と結婚したくなるとか……、ね?そう言えばルベルト様にはわかるんじゃないかしら?」

既に出会ってるんでしょう?
“真に愛する”女性に。
アラベラ・マルソーさんに。

「……なに?キミには俺ではなく、他に結婚したい奴がいると言うのか?」

「私ではなくあなたによ!」

他の人が好きになったから私と結婚するとこは出来ないと言ったのはそちらなのに、私に瑕疵があるような言い方はやめてもらいたいわ。
それとも私から言質を取っていかに優位に婚約解消出来るかを狙っているの?冗談じゃない。

そうはさせるものかと憤然としてルベルト様を睨みつけるも、彼といえばポカンとした顔で私を見ていた。

「お、俺に!?一体なにを言っているんだ?キミという婚約者がありながら、他に結婚したいと思う相手なんているわけがないだろう」

「惚けてもダメよ。まぁそれを婚約者の前で認めるわけにはいかないわよね。でもお生憎さま、私はすでに一度経験済みなの。あなたには他に愛する女性がいて、私に婚約解消の申し出をするという未来をね。それがさっき蘇ったと言った前世の記憶なのよ」

私はそう言い置いてから、
私が再び私として生を受けて二度目の人生を送っている事と、そしていずれルベルト様が私に婚約解消を告げて他の女性を選ぶ未来が訪れることを語って聞かせた。

……だけど、婚約解消により私が自暴自棄になって自死を選んだことは敢えて伝えなかった。

だって、今さら謝罪も贖罪も要らないもの。
そんなものをここで受けても何の意味もない。

そしてその事実を伝えたことによりルベルト様が自責の念に縛られて、アラベラさんではなく私を選ぶんなんて嫌だったから。
同情や罪滅ぼしのために心を殺して無理やり結婚して貰っても嬉しくもなんともない。
そんなのお互い不幸なだけよ。
ルベルト様に依存していた前世の私ならそれでもいいと思っただろうけど、今世の私は真っ平ご免だわ。


わけがわからないといった様子で訝しみながら黙って私の話を聞いていたルベルト様だけど、やがて私が話終えると抑揚のない静かな声で訊いてきた。

「…………その、キミが思い出した前世の記憶が本当だとして、婚約を解消してまで俺が結ばれたいと言った相手は誰なんだ……?」

「貴方がお勤めになっている魔法律事務所の事務員であるアラベラ・マルソーさんよ。彼女、未亡人なんですってね」

「………………え?マルソーさん?か、彼女が?」

「何よそのは!ホラやっぱりすでに彼女に心を寄せているんでしょうっ?」

「コラコラ、今のは何故キミが彼女を知っているのかと驚いただよ。変に勘繰るのはやめなさい」

「勘繰るもなにもそれが事実でしょう。なによ!いくらお相手がお色気ムンムンの大人の女性だからって!ひどいわ……!」

「リル、お願いだちょっと待ってくれ。これはさすがに俄には信じられないよ……」

「そうおっしゃると思っていたわ。転んだせいで私の頭が可笑しくなったとでも思っているのでしょう?」

「いやそんなことは思っていないよ。たとえキミが白猫を黒猫だと言ったとしても、俺はそれを受け入れる。だけどいくらなんでもこれは……」

「でも紛れもない、将来起こる事実なの」

「それを信じる確たる何かが欲しい」

「それもおっしゃると思ったわ。だから私、記憶を色々と手繰り寄せて丁度よいものを見つけましたの」

「それは……なに?」

「半年後の、オーヴェン伯爵夫人…あなたのお母様のお誕生日プレゼントに、アデリオールフォレストキャットの子猫を贈ろうと考えているでしょう?そして密かにブリーダーのジャンさんと連絡を取るのでしょう?」

私がそう告げるとルベルト様は、
「な、なぜそれを……?猫好きな母上のためにと昨日思いついたばかりの贈り物だというのに……それに、ジャンという名のブリーダーには明日アポを取ろうと考えていたんだが……」

「だって半年後のお誕生日パーティーで貴方が小母様に贈っている姿をこの目で見たのだもの。その少し前にルベルト様から贈り物が猫だと聞いたのよ。どう?これで少しは信じて貰えたかしら?」

密かに計画し始めていることを私が言い当てて、ルベルト様は分かりやすいくらいに狼狽えている。
私の言葉が妄言ではないと理解して貰えたようね。

「いや、でもっ……え?俺が彼女を……?マルソーさんを好きになるって?……え?まさかそんな、ありえない……だって……」

あら?もしかして、ルベルト様がアラベラ・マルソーさんを異性として意識するきっかけを与えてしまったのかしら?
他ならぬ私自身がルベルト様と彼女の赤い糸を繋げてしまったのかしら……。

で、でもどうせルベルト様が彼女を好きになる運命は変わらないのだからどうでいいわ。

ふん、ルベルト様のバカ。スケベ。オタンコナス。

私はつきん、とした胸の痛みから目を逸らし、心の中でルベルト様に悪態をきまくる。
そして居住まいを正して困惑の表情を浮かべる彼を見据えた。

「……そういうことですので、私はこれから婚約解消後の人生のために動き出す所存です」

「ま、待て待て待て!だからといってこんなの納得出来るわけが無いだろう」

慌てた様子でそう言うルベルト様。
まぁ聞かされた側としてはそう思うわよね。

「それもそうね、あなたがそう言うのも理解できるわ。でもそれはあなたの都合よね?私の話が信じられず納得できないならしなくても結構です。だけど私は私のためにさっさと行動させていただくということをご承知おきくださいませ。そしてくれぐれも私の邪魔はしないでね?私も貴方の恋路の邪魔はしないんだから……ふん!」

ツンとしてそうルベルト様に言い放つと、彼は自身のこめかみを指でぐりぐりと押した。
どうやら頭痛がしてきたらしい。

「その恋路……とやらなんだけど、俺はもう既に恋路というやつを現在進行形で爆走中なんだがな」

その言葉を耳にした私は思わずカッとして彼に言い募った。

「まぁほらやっぱり!もうすでに彼女といい仲なんじゃない!よくもまだ婚約者である私に向かってそんなことが言えるわね!」

「いやそうじゃないだろ。その相手が自分だとどうして思わないんだ?」

「……ダレが相手ですって?」

「キミが、だよ」

「……何の?」

「だから俺の恋のお相手、という奴だよ。俺は十六の年に婚約者として引き合わされた時からキミに恋をしているんだが?」

「……?(ちょっと何を言っているのかわからない)」

「うわぁ、普段ならそんな小首を傾げる仕草も可愛いと思うんだけどな。でも今は微塵も俺の言葉が伝わっていないんだと思うと無性に腹が立つ」

「だって私には前世の記憶があるんだもの」

「…………まぁいい。いやよくはないが、はっきり言って俺は全然信じられていないが、それはこれから対応していくとして……とりあえず明日はどうする?」

なんだか疲れたご様子のルベルト様。
だけど私は彼が何を確認しているのかが分からなくて、逆に訊ねた。

「え?明日って?」

「おいおい、前世とやらは思い出しても明日の約束の事は忘れてしまったのか?前々から映画に行く約束をしていただろう」

「あぁそうだったわね。どうせ明日は貴方のお仕事の都合でキャンセルになるから行けないものと、自分の中で終わらせていたわ」

「仕事で……キャンセル?」

「ええ。前世でも私たち、明日は映画に行く約束をしていたの。だけど明日、あなたは急な仕事が入って行けなくなるのよ。なんでも?術式の特許を争っているクライアントさんに不測の事態が起こったとかで?今後の裁判に関わるような事態だから早急に対応しなくてはいけないとかなんとか。それで貴方は休日出勤になってしまい、映画に行けなくなったの」

「……確かに俺は今、特許問題を抱えているが……それをキミに話したことがあったかな?」

「いいえ。守秘義務があるものね。前世でも貴方はお仕事の内容はおっしゃらなかったわ。随分後になって何かの拍子にわかったことだったのよ。それが何だったかは忘れてしまったけれど」

「それも前世とやらの記憶の一つ?」

ルベルト様が眉根を寄せてそう言った。
私は頷いて彼を真っ直ぐに見る。

「そうよ。これで少しは私の言っていることが本当だという信憑性が出たかしら」

「うーーーん………」


その時点ではまだルベルト様は半信半疑どころから半分以上私の話を信じていなかったようだけど、
実際に次の日にクライアントのトラブルにより休日出勤になった。

そしてルベルト様は仕事が終わった後に真っ青な顔色をして再び我が家に飛んできたのだった。





──────────────────




どうやらルベルトに前の記憶はないようです。
前の彼に何が起きたかは、これからもう少し後にわかるでしょう。
しおりを挟む
感想 450

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...