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婚約者さまに言ってやります

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「リル、派手に転んだって聞いたぞ。大丈夫なのか?」

見舞いの花束や菓子を持って婚約者さまは我が家にやって来た。

前世のルベルト様にはずっと“アイリル嬢”と呼ばれていたのに、なぜか今世は婚約を結んだ直後から“リル”という愛称呼びなのよね。
バーキンスの家族はみんな私を“アイル”と呼ぶけど、ルベルト様は自分独自の呼び方が良いと言って、そう呼ぶことにしたらしいわ。

今思えば、ルベルト様自身の性格も前世とは全然違うのよね。
前世の彼は、変に生真面目で何事においても責任感が強すぎる人だった。
いつも張り詰めているような……厳格なオーヴェン伯爵お父様の元で育ったせいかもしれない。
だからこそ、そんなルベルト様が婚約を解消してまで不義の道を貫いたことに私も周りも驚き、戸惑いを隠せなかったわ。
……張り詰め続けた糸が、アラベラさん彼女と出会い、恋情を募らせると共に切れてしまったのかもしれないわね……。

そんな過去に思いを馳せていた私は、気を引き締めつつもやんわりと牽制する意味でこう告げた。

「……大丈夫なような?大丈夫じゃないような?」

「うん?なんだろう、ナゾナゾかな?」

私の答えに不思議そうな顔をしながらルベルト様が花を渡してくれた。
今世の私が一番大好きなラナンキュラスの花束を。
前世ではパンジーが好きだったけれど、今は大きめの花の方が好き。
そんな違いも性格の違いからきているのかしら?
不思議ね。

私は花束を受け取りながら彼に言う。

「キレイ……!ありがとう、ルベルト様。……まぁとにかくお掛けになって。今日はルベルト様にお話しなくてはいけないことが沢山あるの」

「おや、なんだろう?なんだか怖いな」

「……」

私ももう十八。
まだ成人していないとはいえ、女学院で優秀な成績を修めた立派な淑女だもの。
たとえ心の中で「よくもまぁぬけぬけと!」と思っていてもそれを噯気おくびにも出さずに、
「貴方にとっては良いお話だと思うわ?」とそう言って笑顔を向ける。

「え、そんな顔をしているリルの口から出る言葉は絶対にろくでもないことだと思うんだけど」

「まぁ失礼ね!そんな顔ってどんな顔よ!」

いつもの調子のルベルト様の軽口に、つい私もいつもの調子でムキになって返してしまう。

「どんな顔って、ご機嫌ナナメな子猫のような顔だよ」

そう言ってぷんぷん怒る私の鼻をルベルト様が摘んだ。
「フガッ……」
私は彼の手をはたいて鼻を解放させる。

「もう!何が子猫よ!いつまでも子供扱いしないで!私も女学院を卒業して、いつでも外に働きに行ける年齢なんだから!」

「外に……?その言い方だとまるで働きに出たいみたいな言い方だな」

「“出たい”じゃないわ。“出る”のよ」

「うーん?俺の婚約者はまた一体、何を思いついたんだ?」

「思いつきで言い出したのではないわ。言っているのよ」

「またナゾナゾだ。リル、ちゃんと説明してくれ」

「もちろんそのつもりよ。貴方と私の将来についてだもの。ぜーんぶお話するわ。でもとりあえず座りましょう。すぐにお茶を用意してもらうから」

私はそう言ってルベルト様に応接ソファーに座るように促した。
今のやり取りだけで喉が渇いてしまったわ。

ルベルト様は我が家を訪れた時は必ず応接間の二人掛けのソファーに座る。
いつもの私なら嬉々としてその隣に座るのだけど、前世の記憶を持つ私は当然もう彼の隣には座れない。
座らない。
ルベルト様と対面する形で一人掛けのソファーに座ると、彼はいよいよ眉根を寄せて怪訝な顔をした。

「……リル?こちらにおいで」

そう言って、ルベルト様は自分の隣に座るように二人掛けソファーの座面をポンと叩いた。

「ご遠慮しますわ」

「アイリルさん?」

ルベルト様は私の機嫌が悪い時は必ず私のことを“アイリルさん”もしくは“アイリルお嬢様”と呼ぶ。
そうやってわざとへりくだっておどけて見せて、私のご機嫌を取ろうとするのよね。

でももうその手にはのらないわ。
いつまでもそんな子供騙しにのせられる子供ではないのだから。

プンとしてプイっと彼からそっぽを向く。

そうしてメイドのサラが用意してくれたお茶を頂いた。

私もルベルト様がいつも好んで飲むアールグレイ。
馥郁としたベルガモットの香りが鼻腔をくすぐり、れ込んだ気持ちを落ち着かせてくれた。

ルベルト様もお茶を飲んでひと息吐いたのを確認して、私はまずは話を切り出すべく彼に声を掛ける。

「ルベルト様、」

「なんだい?」

彼が茶器をローテーブルに置いたのを見ながら、私は端的に告げた。

「突然ですが、私このたび、前世の記憶が蘇りましたの」





───────────────────



いきなりぶっちゃけるんかーい。




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