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番外編 未婚の男女にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集

古の森の魔女の恋  〜魔女が番う季節〜

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今回、ヒロインが「子作り」という言葉を連呼します。

ハレンチがお嫌いな方はご注意を……
念のため☆


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




古の森の魔女は森と離れて暮らせない。

この森に宿る魔力を力の根源にしているわたし達がこの森を離れたら大した術者ではなくなるからだ。

その代わりこの森にいる限り、古の森の魔女は無敵なのである。……多分。

魔女は最初に生まれた子に全ての術と知識を与える。
一子相伝、そうやって古き魔法を門外不出で守ってきた。

そしてその全てを伝える子を成す為には、当然子種を提供してくれる男の人が必要となる。
魔女といえども人間だ。
一人で子は成せない。

“魔女が番う季節”……つまり結婚適齢期になったら子作りに協力してくれる相手を探さなくてはならないということだ。

母も祖母も、その時期になると不思議とその相手、つがいが見つかると言っていたが、考えてみたら年頃を迎えて意識して相手を探すのだから不思議な事ではないのかもしれない。

そしてまさに今、十八歳になり番う季節を迎えようとするわたしの前に据え膳のように現れたジョエル……

ーー結婚を前提に……って事はわたしと子作りしてもいいという事よね……?

子作りするという事は……

ボンっ!

わたしの魔力コントロールが一気に乱れたのだろう、
錬成していた魔法物質が小さく爆発した。

顔が黒く煤けてくれて良かった……

きっと今のわたし、お顔が真っ赤だと思うのね……

まぁわたしも?ジョエルの事は好きだし、ジョエルと子作りするのはやぶさかではない。

というかむしろジョエル以外と子作りしたくはない。
ジョエルが無理なら他を当たらなくてはいけないのだけど、出来る事ならジョエルに引き受けて貰いたい。

でも………

わたしには一つ、気掛かりな事がある。
それを解決しなければ、ジョエルと子作りは難しいかもしれない。

ーージョエルは古の森の魔女と結婚するという意味を分かっているのかしら……


そんなわたしの悶々とした気持ちなんて知らないジョエルは、今日も変わらない様子で我が家にやって来た。

「ルル~、頼まれていた魔道書を図書館から借りて来たよ」

「わ、ありがとう。ちょっと知りたい術式があったの。助かったわ」

「じゃあご褒美くれる?」

「~~~………っ」

このところ、ジョエルは何かしらスキンシップを図ろうとしてくる。

拒んでも面倒くさい事になるだけだとここ数日で学んでいるのでさっさとジョエルの頬にキスをした。

「好きだよルル」

ジョエルが嬉しそうに言う。

「ぐっ……」

なんていう破壊力だ。
心臓がぎゅうぅと亀甲縛りにされた気分だ。

そうか、これが世に言う“きゅん♡”というヤツか……

これはどんな魔術よりも厄介だ……わたしはそう思った。

ジョエルはいつも午前か午後のどちらかに来る。

午前に来る日は朝早くから訪れて朝食用のパンも持ってきてくれる。

それをわたしが寝ぼけながら淹れたカフェオレと共に一緒に食べるのだ。

そして昼前には帰って行く。

午後からの時は大体お茶の時間の前くらいに訪れる。

その時はいつも甘いお菓子を買って来てくれるのだ。

それを甘い匂いでルンルンで淹れたミルクティーと共にまた二人で一緒に食べて、そしてあまり遅くならない時間に帰って行く。

そして非番の日は朝から夕方までウチにいるという……

こんな事を繰り返している。

……毎日毎日、疲れないのだろうか。
というか絶対いつか体を壊す。


まぁ……つまりはそういう事なのだ。

古の森の魔女は結婚を禁じられているわけではない。
相手が良いと言うのなら籍を入れてもいい。
そう、相手が良いというのなら……

魔女は森から離れて暮らせない。

だから必然的に夫となる人にはこの森に住んで貰う事になる。

そうなれば夫となった人は毎日、この奥深い秘境の森から仕事のある街まで行き来しなければならなくなるのだ。

夫を養っていく甲斐性など魔女にはない。
従って夫にも働いて貰わねばならない。

でも街は遠い……信じられない事にジョエルは今、毎日それをやっているが絶対にいつまでも続けられるわけがない。

実質的に無理だ。

となるとやはり魔女には結婚は無理なのだ。

今でも既にジョエルの体が心配で堪らない。

疲労で体調を崩すのも心配だし、疲れた体で馬に乗って落馬をするのも心配だ。

やはりちゃんとジョエルと話し合わなくては……

わたしはジョエルに、次の非番の日に話がしたいと告げておいた。


そして迎えた非番の日。


朝にやって来たジョエルがいつも通りにパンを買って来てくれた。

今日はポテトサラダとゆで卵のサンドウィッチだ。

美味しそう♡

……わたしってばもしかしてすっかり餌付けされている……?


二人でテーブルを挟んで食事する。

ジョエルがサンドウィッチを食べるひと口の大きさや、わしゃわしゃと力強く咀嚼する音に男みを感じていちいちドキリとする自分に呆れる。

だって……生まれてこの方、母や祖母としか一緒に食事をした事がなかったから……
ましてや異性となんて……

そんな事を考えながら食事を終え、わたしはいよいよ本題に入る事にした。

話があると言っていたのでジョエルも若干緊張しているようだ。

「あの……ね、ジョエル……」

「うん」

「ジョエルは……その…わたしと結婚したいと本気で思っているの?」

「もちろんだよ。本気でなきゃこんな事は言わない」

「でもねジョエル、わたしはこの森から離れられないの。わたしは街では暮らせない。でもそれじゃあジョエルは生活出来ないでしょう?だから……わたし達の結婚はやっぱり難しいと思う」

わたしがそう言うと、ジョエルは尋ねてきた。

「前々から気になっていたんだけど、ルルのお父さんってどんな人だったの?この森で暮らしていたの?」

わたしはその問いかけに対し、正直に答える事にした。

「……父親とは一緒に暮らした事はなかったの。父はここに居ても仕事がないから……通い婚っていうの?そういう感じで年に三度くらいしか会えなかった。そのうちプッツリ来なくなって……なんか今では他に奥さんと子どもがいるらしい」

「そうか……ごめん、嫌なことを聞いたな」

「ううん、別にいいの。父親の事はもともと他所のおじさん、という感覚しかなかったし。母も割り切っていたみたいだから」

ジョエルはぬるくなったお茶を口に含み、言った。

「俺との結婚が難しいって考えてるのは俺がここでは暮らせないと思っているから?」

「うん……そう。だって森にもこの周辺にも仕事なんてないもの。わたしの稼ぎだけじゃ二人は暮らしてゆけないし、かといって父みたいな通い婚だけは絶対に嫌なの。それなら最初から結婚なんてせずに、その……子作りだけお願いしたい、と…思って……」

わたしから出た爆弾発言にジョエルは目を丸くした。

「えっ……子作りだけって……?それってどういう意味?」

「……子どもは絶対に産まなくてはいけないの。古の術と技を伝えていかなくてはいけないから……あ、で、でももしジョエルが嫌ならいいの!無理はしないで!他を当たるからっ……」

「……他を当たるって何?」

「……へ?」

わたしの発言の何がいけなかったのか、普段温厚で優しいジョエルから信じられないくらい冷たい気配を感じた。

「俺が嫌だって言ったら他の男とヤルって事?」

「ヤ、ヤルって何……?何をヤルの?わたしが言ってるのは子どもを作る行為の事よ?」

「うんそうか、そうだね。ねぇルル、キミは俺以外の人とその“子どもを作る行為”とやらをしても平気なの?」

「へ、平気なんかじゃないわよっ!わたしだって子作りの相手はジョエルがいいわよ!ホントはジョエル以外の人に触れられたくもないものっ!でも無理強いだけは絶対に出来ないでしょっ!たがら泣く泣く……ってジョエル?何嬉しそうに笑ってるの?照れてるの……?」

ジョエルの方を見ると、何故か彼は嬉しそうに口元を押さえて笑みを浮かべていた。

「いやだってルル、キミ、何気に今凄い事言ったよね、子作りの相手は俺がいいって、俺以外に触れられたくないって」

「へ?」

指摘され、サラっと恥ずかしい発言をした事に気付く。

「えっ、いやそのあの……それは……」

「大丈夫だよルル。全てもうオールオッケーだよ。ルルが結婚してくれるなら俺はこの森に住むから」

「でもここには稼げるような仕事はないわ」

「あるよ」

「え?」

「仕事ならある。俺はキミと結婚したら街の騎士団から派遣される形になってこの周辺の警邏担当になるんだ。だから職場はここら辺になる」

「え?……えぇぇっ!?い、いつの間にそんな事にっ?」

「キミと両想いになれたと分かった時から騎士団の上の人に掛け合っていたんだ。誰もやりたがらないから長く不在だった、古の森周辺警護騎士の復活だよ」

「じゃあ……」

「ここに、ルルと一緒に暮らせるって事。どうする?ルル」

「どうするって?」

「俺との結婚をどうするかって事。もちろんするよね?というか他の男と子作りなんて絶対に許さないから」

あらどうしてかしら……?

ジョエルからまた黒い気配が………

怖いような嬉しいような。

そんな事を考えている間にジョエルは吐息がかかるくらい近くにいた。

「ルル?返事は?俺と結婚、するよね?」

有無を言わせない圧を若干感じるけれど、わたしは火照って熱を帯びる頬を押さえながら頷いた。

「ジョエルと……結婚したいで、す……」

「ルル!」「!」

その途端、ジョエルにキスされた。

魔女の唇にキスをした時点でその相手がつがい確定である。

もちろんジョエルはそんな事は知らないだろうけど、番と認めた相手の子は必ず妊娠するらしい。

こうしてわたしの番う季節のお相手は、人生を共にするお相手は、ジョエルに決定した。


それからというもの、
わたしの暮らしは忙しいものとなった。

式は挙げないと決めたので、ジョエルの家族とは食事会という形で紹介された。

(ジョエルと一緒に歩いていたキレイな女性は間違いなくお兄さんの奥さんだった)

ジョエル家族は皆さん等しくジョエルのような性格で、
珍妙な魔女の嫁を温かく迎え入れてくれた。

入籍の手続きや、古の森に新たな住人が増える事を届け出る。

なんと夫婦として森で暮らす魔女は百五十年ぶりらしい……。

役所の人に「お幸せに」と言われた。

古の森の魔女の結婚として他と違うのはやはり森に報告する事だろうか。

森の最中央部。
そこに立ち、この者が魔女の番としてここに住むのだと知らせる。

これで少なからず、ジョエルにも森の力の恩恵が受けられるはずだ。


そしてあれよこれよジョエルはウチに越して来て、

あれよあれよと初夜を迎えて、

あれよあれよとわたしは身籠った。

ジョエルは毎日森の中やその周辺の警邏に出かけて行く。

昼食時と15時のお茶の時間には必ず戻って来て、そして日が暮れるまでまた警邏に回る。

どうやらホントにここで仕事が出来ているようだ。
……良かった。


そしてわたしは子を産んだ。

生まれた子はやはり、女の子だった。

次代の古の森の魔女。

ジョエルは深い愛情を込めて、その子に“ココ”と名付けた。

ココ。

わたしとジョエルの大切な小さな魔女。

わたしはあなたに全てを捧げよう。

人智を超えた森の魔力を根源とするその力を。
脈々と受け継がれてきた魔女の叡智を。

そして、人を愛する素晴らしさを。


きっとあなたも“魔女が番う季節”になればきっと出会う。

どうかその人と幸せに結ばれて欲しい。

わたしとジョエルのように。


わたしは愛しい我が子を胸に抱きながら、そう願わずにはいられなかった。



          おしまい



















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