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番外編 未婚の男女にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集
古の森の魔女の恋
しおりを挟む「ねぇ好きだよルル。俺はルルが一番好きで一番大切だ」
息するようにツラツラと愛を囁く男…ジョエルに、わたしはジト目で見た。
「はいはい。そんな“今日はいい天気ですね”と同じくらいの感覚で言われてもね~」
「どうして信じてくれないんだ。こんなにも、こんなにも好きなのにっ……」
ーー嘘つき
わたしは心の中でそう告げる。
そんなわたしにジョエルは尚も言い募る。
「どうやったら俺の気持ちを信じてくれるんだ?」
「来世で、気が向いたらね」
「そんなに待てないよーー……」
「じゃあ待たなくてもいいんじゃない?ホラ薬商人の護衛さん、護衛対象が表で待ってるわよ?」
「~~~っ……また来るからっ」
「サヨウナラ~」
名残惜しそうに家を出て行くジョエルにわたしはひらひらと手を振った。
ジョエルはここから一番近い場所にある街の私設騎士団の騎士だ。
街から外に出て行商や物資の調達に行く商人の護衛をしている。
一番近い街と言っても、わたしが住むこの古の森からは結構離れているのだが。
その間の道には魔物や盗賊などが……出る事は滅多にないが、それでも可能性はゼロではないのでこの森に来る時は、護衛として騎士が付き添うのである。
わたしの名前はルル。
代々この古の森に住む魔女の娘として生を受けた。
この古の森はその名の通り、西方大陸で最も古いとされている、太古の自然が今も変わらない姿で現存する森だ。
森全体が豊富な魔力を有し、わたし達魔女はこの森の魔力の恩恵を受けて生きてきた。
なんでも“魔術師”という名称が生まれる前から魔女と呼ばれていたらしい、とにかくとても古い家系らしい。
しかも魔女と呼ぶだけあって女しか生まれない。
斯く言うわたしも女として生を受け、祖母や母が亡くなってからは一人でこの森に住んでいるのだ。
生計は主に薬草の販売、薬や毒の術式を構築して売って立てている。
先ほどのジョエルという男が何故かわたしに懸想したと言って猛アプローチをしてくる以外は、至って穏やかに暮らしているのだ。
「ジョエルはどうしてわたしなんかに構ってくるのだろう」
見目がよく騎士としての腕も立つというジョエルが、こんな凡庸な魔女を相手にする意味が分からない。
それに……
それにわたしは知っている。
ある日どうしても必要な買い物があって街に行った時に、ジョエルがキレイな女の人と一緒に歩いているのを見たのだ。
そしてジョエルが抱いている一人の小さな男の子。
その子が確かに、ジョエルの事をこう呼んだ。
「ぱぱ」と。
その時、どうして泣きたくなるくらいショックだったのかわたしには分からない。
酷く悲しくて苦しくて……ジョエルの事なんて魔女に構ってくる変な奴くらいにしか思ってなかったのに。
何故か勝手に絶望して、思わずその場から逃げ去った。
それなのにジョエルは護衛の仕事でわたしの元へ来る度に、好きだ、愛してると告げてくる。
正直バカにするなと怒鳴ってやろうかと何度も思ったが、その度にコイツの為に苛立っている事を認めたくなくて放置しているのだ。
そうだ。相手にしなければ何の問題もない。
たまにやって来ては暇つぶしの様に好きだとほざいて帰って行く男の事など、放っておけばいい。
そう思っていたのに……
「ねぇジョエル、あなた暇なの?」
「暇じゃないよ。少しでもルルに会いたくて時間を作ってはやって来てるんだ」
街とこの森は結構な距離がある。
気軽に来れる距離じゃない。
それなのにジョエルは足が遠のくどころか以前よりもこの森に来る回数が増えたのだ。
「……どうしてこの頃頻繁に来るようになったのよ」
「ふふふ……馬を買ったんだ。夜番や骨の折れる魔物討伐の任を進んでやって特別手当を貯めた。そして漸く自分の馬を手に入れたんだ。これでいつでもルルの所に来れるぞ♪」
「来れるぞ♪じゃないわよ、そんな時間があるなら家族と一緒に居ればいいじゃない」
「ルルの顔が見たくてここまで来るんだよ」
「仕事の邪魔」
わたしは一瞥してから大きめの乳鉢に薬草を放り込んでゴリゴリとすり潰す。
お前もすり潰してやろうかという念を込めて。
「えーーなんでだよ~」
ジョエルが情けない顔をしながら箒で床を掃きだした。
「ちょっ……何勝手な事してるのよっ、そんな事しなくてもいいから!」
「いやいや、ホラ、俺ってば役に立つよ?邪魔しに来てるんじゃないよ?」
とこんな感じで勝手に賑やかしては「シフトの時間だ。明日も来るから!」と言って帰って行く。
馬で片道40分。
往復80分もかけてここへ通ってくるのだ。
何故そこまで?
魔女と浮気がしてみたいとか?
……絶世の美女魔女ならともかく、こんなちんちくりんなわたしと?
わけが分からない。
◇◇◇
次の日は雨だった。
今日も来るって言ってたけど、
さすがに雨の日に馬を走らせては来ないだろう。
「………」
いや来ないだろう。
そこまでして来て、見返りはこの冴えない魔女の顔を見るだけだ。
「………ありえないな」
雨足はだんだん強くなる。
これは絶対に来ないなと思ったその時、ウチの家の玄関のドアベルがカロン…と鳴った。
「え……?」
ドアの方を見ると、そこにはずぶ濡れのジョエルが立っていた。
「いやーまいった!街を出る時は小雨だったからまぁいいやと思って出たんだけど、どんどん雨が強くなってさ。もうずぶ濡れ、困っちゃったよ」
そんなに困ったようには見えない様子でジョエルが言った。
「…………っ…」
理解し難くて言葉が出て来ない。
何故そこまでしてここに来る必要があるの?
「ルル?」
名を呼ばれた瞬間、今まで抑えていた感情が全て溢れ出した。
「なんでよ!?どうしてよっ!?雨が酷くなったなら途中で引き返せばいいじゃないっ!何故そうまでしてここに来るのっ?あなたは一体何がしたいのよっ!?」
突然大声で怒鳴り出したわたしに一瞬驚いた顔をしたジョエルだったが、すぐに何でもない様子で答えた。
「決まってるさ、そこまでしてでもルルに会いたいからだ」
「それがわけが分からないって言ってるのっ!どうしてわたしをっ?好き?愛してるっ?そんなの嘘っ!嘘を吐いてまで魔女をものにしたいと思ってるわけっ?」
「なんだそれ。嘘な訳ないだろう。俺は本当にルルの事が……「奥さんも子どももいるくせにっ!!」
ジョエルの言葉に被せるようにして、わたしはとうとうその言葉をぶつけてしまった。
認めたくなかった。
妻子がいるくせにわたしに構うジョエルに対してどうしようもなく傷付いている事を。
腹立たしくてくやしくて、そんな感情にさせられている自分が嫌で、絶対に認めたくなかったのに。
だけど当のジョエルは素っ頓狂な声を出して言う。
「へ?俺……独身だけど?」
「……シラをきるつもり?わたし見たのよ、あなたが小さな子どもを抱いてキレイな女の人と一緒に歩いているところを。そしてその子に「ぱぱ」と呼ばれていたところをっ」
わたしは自分の拳をぎゅっと握った。
その時の光景がありありと思い出されて、再び胸が痛くなる。
だけど次にジョエルから返ってきた言葉は意外なものだった。
「え?あーー……アレを見てたのかぁ。ていうか街に来てたの?ねぇルル、キミが見たのは兄貴の嫁さんと息子と一緒にいた時だよ」
「…………………兄貴の……嫁さん?……」
「そう。兄嫁、そして甥っ子。甥のジュンは父親にそっくりの俺の事を“ぱぱ”って呼ぶんだ。まぁまだ二歳にもなってないから、ごっちゃになってんだろうな。今、兄貴は遠方へ仕事に出てるし」
「………………甥っ子……ジュンくん……」
「そう。なんなら今度ウチに来てよ!家族を紹介するから……さっ~~~っはくしょんっ」
「あっ!」
冷静を欠いていたから忘れてたけどジョエルは雨に濡れてびしょ濡れだったんだ……!
「ごっ、ごめんっ!!すぐにタオルをっ……というかお風呂を入れるから温まって!!」
わたしは慌ててバスルームへと駆け込んだ。
魔法でお湯なんて一瞬で沸かせる。
ジョエルは湯に浸かり、すっかり温まってバスルームから出て来た。
わたしは勘違いして責め立ててしまった事がなんともバツが悪く、暖炉の前に椅子を用意して小さな声で「ここにどうぞ……」と言った。
そんなわたしを見たジョエルがぷっと吹き出して、勧めた椅子に座る。
「では遠慮なく」とそう言って。
お詫びとして入れたホットりんごジュースを大きめのマグにたっぷり入れてジョエルに手渡した。
受け取りながらジョエルが尋ねる。
「これは?なんだかいい匂いだ」
「ホットりんごジュースよ。りんごの果汁を少量の水で割って砂糖とシナモンを入れて温めるの。仕上げにレモンも絞って入れてるけど、平気?」
「うん平気。うわ……凄い旨い……温まるな」
「ホントはホットワインがいいかもしれないけど、馬に乗って帰らなきゃいけないから……」
「ありがとう。あ、そういえば軒先に馬を繋がせて貰ってるけどいい?」
「うん。雨に濡れたらかわいそうだもんね……ウチは軒下が広いから濡れなくていいと思う。さっき、飼葉もあげといた……」
「おぉありがとう……ってなんだよルル。しおらし過ぎて調子狂うよ」
「だって……わたしってば勝手に勘違いして勝手に怒って……」
居た堪れず自分の持つマグに視線を落とす。
「でもあのシチュエーションは誤解されても仕方ないよな……なぁルル」
名を呼ばれてジョエルに視線を戻した。
「俺に妻子が居ると思った時、何を感じた?」
「……なんか……ショックでモヤっとしてイラっとして……」
「うんそれで?」
「……悲しかった……」
そう言ってまた視線をマグに落とした。
その視界にジョエルの手が入り込む。
わたしの手からからマグを取り、ジョエルはわたしの手を握る。
「それは……ルルも俺と同じ気持ちでいてくれてると、思ってもいいよな?」
「………」
「俺はルルがホントに好きだよ。ルルをお嫁さんにしたいくらい」
「どうしてわたしなの?」
「昔、ガキの時にルルに助けて貰った事があったんだ」
「え?」
ジョエルは言った。
昔、この森の浅い入り口付近の所で両親とキノコ狩りに来たらしい。
森の深部では固く禁じられているが、森の手前の方でならキノコや木の実の採集などは、国から認められているのだ。
その時にジョエルは迷子になったらしい。
わたしは全く覚えていなかったのだが、どうやらその時わたしはジョエルを助けたそうなのだ。
「せり出した木の根に躓いて転んだ拍子に出来た傷に薬草を貼り付けてくれて、『大丈夫だよ、こっちだよ』と言って親がいる所まで手を引いて連れて行ってくれたんだ。その時のルルの小さくて温かい手が忘れられなかったんだ」
「それって本当にわたしだったの?ごめん、全然覚えてなくて」
「当時この森にオレンジブラウンの髪と新緑の目をした十歳くらいの女の子って他にいたの?」
「………居ないわね、わたししか」
「じゃあやっぱりルルだ。
大きくなって騎士になり、初めて護衛でここに来てキミに会った時にあの時の女の子だ!ってすぐに分かったよ。あの時も可愛いなぁって思ってたのに、大きくなったルルは一段と可愛くなってて、もう一瞬で夢中になったよ」
「そ、そんなっ……」
何気に褒め殺されそうになり、わたしは真っ赤になりながら俯いた。
「ルル。いきなり結婚してくれなんて言わない、でも前向きに考えてみて欲しいんだ。俺だけのルルになる事を」
「お、お、俺だけのっ……ルルっ……?」
ホットりんごジュースを作る時に剥いた林檎より真っ赤になったわたしに追い討ちをかけるようにジョエルはおでこにキスを落とした。
「っ~~~……!!」
「おっとっ」
固まったまま椅子から滑り落ちたわたしをジョエルが難なく受け止める。
その時ジョエルの腕の中で、在りし日の母の声を聞いた気がした。
『魔女の“番う季節”になると、自然と相手が現れるのよ。きっとルルにも子を授けてくれる番が現れるわ』
ーージョ、ジョエルがわたしの番!?まさか……まさかっ!?
わたしは頭の中まで真っ赤になったような気がして……そのまま気絶してしまった。
どうやらつづく、らしい☆
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