夫婦にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集

キムラましゅろう

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とある夫婦④ 犬も食わないアレだよね☆

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ダイニングルームから言い争う声が聞こえる。

「どうしてダメなのっ?わたしの事なら心配要らないって言ってるじゃない!」

「ダメだ。何が起こるかわからない以上、余計な事はしない方ががいい」

「余計じゃないわ!貴方にとって大切な事よ」

「俺にとってキミより大切なものなんてこの世にはない」

「わたしだってこの世で一番貴方が大切よ!息子も同じくらい大切だけど…でもだから言ってるんじゃない!」

「とにかくダメだよ。俺はこのままでいい」

「このわからんちんの頑固者っ!もう知らないっ!」


一瞬、魔力の揺れを感じ、そして消えた。
転移魔法で何処かに行ったのだろう。

残された者の大きななため息が聞こえた。

「ぷっ……☆犬も食わないアレだよね☆」

喧嘩をしながらも盛大に惚気のろけ合っていたけど☆

しかしこういう時に迂闊に顔を出すと、恐ろしい。

八つ当たりをされるわけではないが、怒りの沸点が低い為に直ぐにお小言を食らってしまうのだ。

弟子夫婦が喧嘩をした時は空気になる事を心掛けている、バルク=イグリードさん(職業大賢者、年齢600歳)なのだった。



◇◇◇◇◇


「なによなによ!アルトのバカっ!」

言い争いの末に転移魔法で家を飛び出したツェリシア=ジ=コルベール(実年齢42歳。しかし肉体は20歳)はジェスロの大通りにあるカフェにて爆喰いをして鬱憤を晴らしていた。

「アルトの為を思って提案したのに、頭ごなしにダメだなんて!ヒドイわよ!」

ぷんすこしながらケーキをワンホール、カットする事なくホールのままフォークをぶっ刺して食べている。

「わたしなら大丈夫なのに!なんのためにバルちゃんに精霊魔術を教わったと思ってるのよ!何かあっても自分の身は自分で守れるわっ!」

そう言いながら紅茶を飲み干す。

カップをソーサーに戻しながら、ツェリシアはため息を吐いた。

「……はぁぁ………」

分かってる。
本人が別に望んでいない事を無理に押し付けようとしている事は。

でも、それでもツェリシアは、やはりアルトの失った片目を再生したいのだ。

かつて“厄災”と呼ばれる負の魔力をその身に封じて死ななくてはならない運命だったツェリシア。

そのツェリシアを救う為に異世界の悪魔と折衝をしたアルトは、その時に片目を失った。
ツェリシアからその悪魔の一部を取り出した後は今後一切干渉をさせない為に、悪魔とツェリシアのえにしを断つ。
その条件の一つとしてアルトは片目を渡したのだ。

アルトの片目は今は悪魔の胃袋の中にある。

暴食の悪魔の中に……。

かつてアルトは言った。
ツェリシアと悪魔の縁は絶たれたが、今度はアルトの失った左目との縁が繋がったのだと。
左目は供物として献上したも同然、それを再び再生させればあの暴食でありながら強欲な悪魔が再び干渉してくる可能性は大いに、アルトは言ったのだ……

と言ったアルト……バルちゃんが喜びそう』

って、そんな事でほくそ笑んでいる場合ではない。

とにかく以前、アルトは悪魔に付け入る隙を与えない為に左目は再生せずにこのままにすると決めた。

でもそれは偏にツェリシアに何か害が及ぶのを恐れての事。

不死ではないが不老で頑健な体を得て、この世界で一番の賢者に師事をして貰った。

一人息子のトワもとっくに成人して王都で王宮魔術師として独り立ちもしている。

何も案ずる事が無い今、そのままにしていたアルトの左目を再生させるには好機なのだ。

それなのに……夫アルトは必要ないという。
片目では絶対不便な筈なのに。
まぁ……アルトに死角はないのだが、絶対に何かしらの不便は感じていると思う。

20年もそのままにして来てしまったが、ツェリシアはアルトの為に何かしたかったのだ。

「………バルちゃんに精霊界に連れて行って貰って、もう直接精霊王デューフィリスにお願いしようかしら……」

“えっ?イヤだよ僕を巻き込まないで!ワルトになったアルトにイヂメられるのは僕なんだよっ!?”

と言うイグリードの姿が容易に想像出来るけど。

「一人で精霊界に行ける方法はないかしら……」

要するに膨大な魔力があれば可能な筈なのだ。

「バルちゃんからカツアゲする……?」

“ヒィッ!?夫婦揃ってカツアゲっ!?”

と青ざめるイグリードの姿も脳裏に浮かぶ。

ツェリシアはテーブルに頬杖をついて盛大なため息を吐いた。

「あーぁ……何かいい方法はないかなぁ……」

そう漏らすと、すぐ側で声が聞こえた。

「諦める、という選択はないの?」

「わぁっ!?ビックリした!アルト!」

ツェリシアは驚き過ぎて椅子からずり落ちそうになった。
それをアルトが腕を掴んで助けてくれる。

「気配を消して転移して来ないでよ……ビックリするじゃない」

「転移の到達点に気配を消して辿り着くのは定石だよ」

「悪かったわね!いつも魔力ダダ漏れの鳴り物入りで到達して!」

「そう。だから異世界の悪魔と関わるというのなら、せめてそれくらいは出来るようになってから言ってくれ」

「っ……!」

アルトは怒ってるわけじゃない。
でも絶対に譲歩しない、という強い意思を感じる。

いつだってそう。
アルトとは喧嘩にはならない。

いつもツェリシアが一方的に怒ってるだけ。

どちらかというとアルトを困らせているだけだ。

こんなの夫婦喧嘩とは言わない。

だってツェリシアが勝手に感情的になって、勝手に怒って、勝手に傷付いているだけなのだ。

アルトはいつだって余裕綽々で、
泰然と、そして撫然としていて、
ツェリシアよりも遥か高みにいる。

まるで大樹のようなアルトの足下で、ツェリシアは子犬のようにキャンキャンと騒いでいるだけ。

齧っても爪を立ててもオチ○コを引っ掛けても平然としている。

今回だってそう。
ツェリシアの望みはアルトにとっては取るに足らないものなのだ。

でも……それでも……


「アルトの両目に光を取り戻したい」

ツェリシアはしっかりとアルトを見据えて告げた。

「他には何も望まない。ただ貴方に、二つの瞳で見る世界を取り戻してほしいの」

「ツェリ……」

「アルト、お願い……」

その瞬間、アルトのローブが翻った。
と、思ったと同時に腕の中に閉じ込められる。

強く抱きしめられたままどこかへ転移飛んだのがわかった。

『ケーキ代を先払いしておいて良かった……』

そんな事が頭をよぎった。
そして直ぐに何処へと到達する。

その場所は……星空の下で初めてアルトと口付けを交わした丘の上だった。

目的地に着いてもアルトは離してくれない。

ツェリシアを腕の中に閉じ込めたまま、呟くように言った。

「……俺はもう、一番大切なものを取り戻している。それ以上望むのは強欲というものだよ」

「わたしが取り戻したいの……」

「キミだって、本来ある命と人生を取り戻したじゃないか。大幅なオマケ付きで」

「そうだけど……」

「ツェリ、分かって欲しい。キミが思っている以上に、異世界の悪魔は欲深いんだ。キミがこの20年で力を付けたのは認めるが、それでも充分ではない。俺は……キミに何かあった時の事を考えると怖くて堪らないんだ」

「………」

「それに、キミがいつもこの左目の所にキスをしてくれるのが好きなんだ。俺のささやかな楽しみと幸せを奪わないでくれ」

「アルトったら」

左目を取り戻してもキスくらいいつでもしてあげるのに……

あーぁ、やっぱりダメだったかぁ。

家まで飛び出して頑張ってみたんだけどなぁ。

何を言ってもアルトが左目を再生する気がない事は分かった。

すっごく残念で口惜しいけど、アルトがこうと決めた事が絶対に覆らないのは良く知っている。

それでももう一度最後に粘ってみようと足掻いたのだ。


ツェリシアはつま先立った。

そしてアルトの左目にキスをする。

「わかった。もう左目を再生するなんて言わない。失った目の所は、わたしの愛情で満たしてあげる」

「ツェリ……ありがとう」

ツェリシアはバッとアルトから身を離してガッツポーズを取った。

「それならわたしは今日から腕の良い義眼師を目指すわ!そしていずれ、腕を磨いたわたしの愛情いっぱいの最高傑作をプレゼントするから!」

「えっ?愛情で満たすって物理的に!?」

「そうよ!魔術も駆使してちゃんと視力もある義眼を作ってみせる!」

「え、えぇ……」

アルトはガックリと肩を落としながら、思いも寄らない方向転換をした妻を見つめた。

まぁ異世界の悪魔と対峙する、なんて言うよりはよほどマシだが……

アルトは思った。

ツェリシアはわかっているのだろうか、自分の発言や行動一つでこんなにも夫を余裕なく右往左往させている事を。

後にも先にもアルトを振り回せるのはツェリシアだけだと云う事を。


「そうと決まればさっそく義眼師の元に弟子入りするから、しばらく家を空けるわね」

「えっ?なんでっ?」

「だって職人の世界は住み込みで弟子入りするのが当たり前みたいなんだもの。アルトだってバルちゃん家に住み込みだったじゃない?」

「いや、でも職人じゃないし……」

「でもまずは師事をする親方探しね、俄然やる気が湧いてきたわ!」

ツェリシアは瞳をキラキラと輝かせてそう言った。

「ツェ…ツェリ……わかった、義眼師は俺が探すから少しだけ大人しく待ってて……」


後日、アルトはジェスロ近郊に住む義眼師を探し当てて来た。

住み込みではなく通いで師事出来るように話までつけて……。

これでは結婚当初のお料理教室と変わらないじゃないか、とイグリードは笑った。

そしてツェリシアはほぼ毎日、楽しく義眼師の工房へ通っている。

失われたアルトの左目に、ツェリシアお手製の義眼が入る日はそう遠くないのかもしれない。




          終わり



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今回の夫婦のお話は作者の他作品、

『その時はちゃんと殺してね』で読めます。
宜しければお暇な時にでも……☆








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