夫婦にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集

キムラましゅろう

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貴方を解放します(夫side+)

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「ジルナール様、この度はこのような形で婚姻を結び、貴方のお力に縋らなくてはならなくなった事をお詫びします。本当にごめんなさい」

彼女と夫婦となると決まった日、ジリオナはジルナールにこう言った。

突然の事故で両親を失い、わずか13歳でロートル子爵家と領地領民を背負わなくてはならなかった彼女は心の底から申し訳なさそうにしていたのだ。

正直、押し付けられた感が全く無かったと言えば嘘になる。
だけど誰かがこの小さく、か弱い彼女を支えねばならないのはわかっていたし、その役目に相応しいのは自分しかいないのもジルナールには分かっていた。

そう役目。

最初はそう思っていた。

長く異国で学んだ経歴を買われて領地運営と、まだ誰かの庇護が必要なイトコを守る役目を引き受けた。

肩書き上は婚姻し妻となったのだが、正直妻というより妹分のイトコとしか見られなかったのは仕方ないとは思う。

それでもジルナールは誠心誠意、夫として妻を大切に守ってきた。

だが……それが変わったのはいつからだろう。

あんなに年若い彼女が、少しでも自分に並び立ち頑張ろうとする姿が愛おしいと思うようになり、夫としてジリオナの一番近しい存在である事に喜びを感じるようになった。

始めは彼女のその為人に惹かれた。
本来なら何の柵もなく娘時代を謳歌する年頃なのに、不平不満を一切口に出さず領地領民そして家門の為に懸命に務めようとしている姿に。

そしていつからか日毎美しく成長していくジリオナから目が離せなくなった。

まだあどけなさが残る顔立ちと身体つきが、
成長と共に女性らしい丸みを帯びていくさまに、いつしか男として別の庇護欲を掻き立てられるようになっていた。

まだ形式だけの妻が眩しくて愛しくて堪らない。
そう感じるようになったのは彼女が17歳になる直前だっただろうか。

……ジリオナが成人するまであと一年強、それまではじっと我慢だ……

変に男を出して彼女に引かれたくはない……

ジルナールはジリオナから純粋な憧れと淡い恋心を向けられている事を知っていた。
そこはやはりジリオナよりも10年長く生きてきた分、隠しきれずだだ漏れしている彼女の気持ちに気付いていた。

だからこそ自分は、そのジリオナの純粋な気持ちを裏切らないように努めて清廉に、誠実に接して来たのだ。

いや本当は10歳も年上の男がガツガツして若い妻に嫌われるのが怖かっただけとも言える。

男ゴコロもそれなりに繊細なのだ……

ジルナールはいつまでも彼女にとって頼もしく、信頼を寄せてもらえる存在でいたいのだ。

だから少しでもジリオナの役に立てるよう今まで以上に努力した。

領地運営の事もさる事ながら、それに関する事業が上手く回るよう人脈を得る為に社交も頑張った。

夜会で休む暇なくご婦人方とダンスを踊るのはハッキリ言ってしんどい。

しかし、交流の為にジリオナを他の男と踊らすつもりはないのだから、自分がダンスの相手をする他ないだろう。

夜会の間、側に居られないジリオナの事は義姉によ~く頼み込んである。
いつもジリオナと共に居てくれるよう、何かあったら直ぐに知らせてくれるようにいつも毎回毎回、毎度毎度、口が酸っぱくなるくらいに頼んでいるのだ。

この日の夜会も、ジリオナと踊った後は早々にダンス地獄が始まった。
この国では女性の方からもダンスを申し込む事が出来る。
引っ切りなしに差し出される手を取り踊り続けるが流石に休憩したいと、ジルナールはシガールームに逃げ出す事にした。

ジリオナの様子をチラリと確認すると、義姉のメアリーと楽しそうに談笑している。
15分程シガールームへ行って休憩しよう。
そう思ってジルナールはホールを出た。

回廊を歩き始めた時にふいに声を掛けられる。
誰かと思い振り向けば、昔学友だったボードワール伯爵夫人であった。

昔から奔放な女性だったが、近頃の火遊びの話を聞くと相変わらずなのだなと心の中で冷笑する。

どうやら今夜の火遊びの相手としてロックオンされたようだ。

熱を帯びた媚びるような眼差しが気持ち悪くて仕方ない。
しかも人の妻の事を幼いとか子どもだとか、迂遠な言い回しで小馬鹿にしてくるのが腹立たしい事この上ない。

数年前まで彼女が子どもであったのは確かだが、今のジリオナはもうそうではない。
夜の相手が務まらないとか刺激がないだろうとか大きなお世話だとジルナールは思った。

娼婦のような行為を楽しむ事を刺激と呼び、それが出来ない事を退屈というのならそれは相容れない考え方だ。

ジルナールはジリオナとは心を伴って結ばれたいのだ。
ただ快楽を得られればいい訳ではない。
妻は娼婦ではないのだから。

「わたしは彼女にそういう事を求めているわけではありませんから」

そう言った後も、ボードワール伯爵夫人は何かと若い妻を幼いと表現して蔑んできた。

ジルナールはとうとう我慢出来なくなった。

「私は子どもの成長を見守ってきた訳ではありません、日毎美しくなる妻を特等席で愛でさせて貰ってきたのです。実際妻は美しく、そしてまだ階段を登っている最中です。もうその階段を、には眩しい事この上ない。貴女もきっとそう思うのでしょう?」

「なっ……?」

同い年である夫人へ言外に、“これから花の盛りを迎える妻が羨ましいのだろう?”という意味を込めて、ジルナールは言い放った。

「………私、気分が優れませんのでこれで失礼しますわ」

案の定気分を害した夫人が静かに告げた。

「それはいけませんね、お大事になさってください」

お帰りはアチラですと云わんばかりに手で戻る方向を示す。

「ッふん……!」

夫人はそのまま踵を返して去って行った。

火遊びの相手なら他を探してくれ、ジルナールはそう思った。

女性に対して年齢の事をとやかく言うつもりはなかったが、ボードワール伯爵夫人があまりにも人の妻を子どもだとバカにするので腹が立ったのだ。

夫人のキツい香水の香りが鼻の奥に染み付いてるような気がした。
物理的にも鼻につく、嫌な気分になった。

とにかくボードワール伯爵夫人の毒気に当てられて疲れた。
今夜の社交はもういいだろう。
ジリオナの元に戻って癒されたい……ジルナールはそう思った。

結局シガールームには行かずホールに戻ると、義姉のメアリーが側に寄って来た。

「ジルナール様、ジジにはお会い出来まして?外の空気を吸いたいと貴方を探していたのよ」

「ジジが?いえ、会えていませんが」

「おかしいわね。まだ探しているのかしら」

しまった、思いの外長くボードワール伯爵夫人に捕まり時間を要していたようだ。

ジリオナから目を離し過ぎた。

ジルナールはまずテラスから探し始めた。
一人ではテラスや庭に出てはいけないとジリオナに強く言い含めていたのだが、暑さに負けて出てしまった恐れもある。

彼女は自分がどれほど魅力的な女性に成長したのか分かっていない節があるのだ。

早くに夫を持った彼女に近付こうとするハイエナ共をジルナールが陰で蹴散らし、ジリオナが他の男と接する機会を潰して来た。
その為自分が男にどう見られているのかわかっていないのは仕方ない事かもしれないが……

兄や義姉と連れて来たロートル家の使用人と手分けして、テラスや庭を探す。

ジルナールはホールの入り口近くのテラスで直ぐにジリオナを見つけた。

何と云う事か……ジリオナはベンチで酒に酔い眠ってしまっている。

ジルナールの頬に冷たい汗が伝う。

ジルナールは努めて冷静に、慎重に妻の状態を見極めた。

着衣の乱れはない。
傷や、狼藉を受けた形跡もない。
側に置かれた空のグラスはまだ結露を纏い、ここに居た時間が短い事を物語ってくれた。

初めての酒に体がついて行けなかったのだろう。
ジリオナはすぐに眠ってしまったようだった。

ジルナールは安堵のため息を深く吐く。

しかし……なんと無防備なっ……!
あれほど一人で出てはいけないと諭したテラスに出て酒を呑み、尚且つそのまま眠ってしまうとは。

幸い直ぐにジルナールが見つけられたから良いものを、もし不埒な輩の手に落ちていたかもしれないと思うと……

ジルナールの胸の内から沸々と怒りが湧き上がった。

でもとにかく無事で良かった……

ジルナールはくったりと眠りこける妻の体をぎゅっと抱きしめた。

その後は直ぐにタウンハウスへ連れ帰り、着替えなどはメイドに任せた。

ジルナールは酷い疲労感に襲われ、その夜はそのまま自身も早々にベッドに入った。

そして次の朝、昨日はどれほど危険な行いをしたのか分かって欲しくて話を切り出したのに、何故かジリオナは涙を流してジルナールを解放すると言うのだ。

『解放……?どういう事だ……?』

ジリオナは……彼女は、ジルナールを縛り付けて悪かったと謝罪してくる。
自由に生きろと言ってくる。

まるでそれをジルナールが望んでいるかのように、ジリオナ自身も望んでいるかのように。

何故だ。

そんな簡単に互いの手を離せるほど、この5年は軽くはないはずだ。

ようやくもうすぐ本当の意味で夫婦になれるというこの段階で、彼女は別れたいというのか。

それをジルナールが望んでいると言うのか。

ジルナールには訳が分からなかった。

もう形だけの夫は要らないという事か?
もっと自分に相応しい男の方がいいという事なのか?

しかし、ジルナールは知っている。

ジリオナという人間の、誠実で真摯に人と向き合う姿を。

もう必要ではないからと、簡単に絆を断ち切るような人ではないという事を。

だってこの5年、ずっと側に居たのだ。

ずっと彼女を見守ってきた。

ジリオナがこんな事を言うという事は……

ジリオナにこんな事を言わせてしまっているのは自分なのだとジルナールは思い至った。

でも今は、どんなに言葉を尽くしても、どんなにジリオナが望む言葉を並べても彼女には伝わらないと思った。

小さく震える手を引き寄せて懸命に堪えてる姿を見て、愛しさが込み上げた。

彼女の言動はいつだって相手を思っての事だ。
そんなジリオナだから好きになったのだ。

知らず妻の体を引き寄せ、抱きしめていた。

その行動に驚いたのかジリオナはビクッとして身を固くしている。

思えばこうやって抱きしめるのは初めてだ。

とくにこの一年は、箍が外れてしまわないように節度ある距離を心掛けて来た。

だけどもう構うものか。

ジリオナを失いかけている今、節度がどうとか大人ぶるのはやめだ。

自分がどれほどジリオナが好きで、大切に思っているのか分かって欲しかった。

ジルナールは更にぎゅっと力を込めてジリオナを強く抱きしめる。

少しの隙間も許さないと。
そして決して離れる事は許さないという思いを込めて。

すると最初は身を固くしていたジリオナの体から力が抜けていくのが分かった。

ジルナールの想いを汲み取ったのか、素直に身を委ねているのが伝わってくる。

そして小さな嗚咽が漏れ出す。

ジリオナは小さく震えながら泣いていた。



◇◇◇◇◇


ジリオナは夫の胸に抱かれていた。

あれほど切望し、だけど手に入れられないものなのだと諦めようとしたこの温もりをようやく得る事が出来た。

ジルナールはジリオナが欲する答えをくれた訳ではない。

でもそれよりも、言葉を紡がれるよりも、もっと確かで信じられる答えをくれた気がした。

ジルナールは意味もなくこんな事をする人でははい。

また適当にお茶を濁して誤魔化す為にこういう行動をする人でもない。

だってこの5年、ずっと側に居たのだから。

ずっと彼を見つめてきた。

ジルナールがこんな事をするという事は、
彼も自分と同じ気持ちで居てくれているという事なのだと、思う……。

こんな稚拙なジリオナを彼なりにちゃんと慈しんでくれていたという事なのだと思う。

そう思うと涙が出てきた。

ジリオナは小さく嗚咽を漏らし、ジルナールの腕の中で泣き続けた。

ふいにジルナールが身動みじろいだ。

少しだけ体を離されたかと思うと、すぐにまた近づいて……口付けをされた。

初めてのジリオナを気遣ってか触れるだけの優しい口付けだった。

恥ずかしくてつい俯いてしまう。

静かな、でもはっきりとした声でジルナールが言った。

「ジジ。確かにキミと俺のスタートは兄妹みたいな関係に近かった。だけど俺たちは、キミの成長に合わせてゆっくりと夫婦になっていったんだと思う。いつの間にかジジは、俺にとってかけがえのない大切な女性に、そして妻になっていったんだ」

「ジル……」

涙声でジリオナがその名を呼ぶ。

「子ども扱いだなんてとんでもない。子どもだと思っているならテラスに一人で出たくらいでこんなに大騒ぎはしないさ。だからジジ、これからは本当に気をつけて欲しい。美しい妻を持った俺の心労を少しは理解して欲しいんだ。そして二度と、俺を放逐しようなんて考えない事。頼んだよ?」

「はい……ごめんなさい。ごめんなさい、ジル……!」

その後は、昨日の夜会でのあれこれをジルナールは語ってくれた。

ボードワール伯爵夫人に意地悪を言って怒らせた事や、居なくなったジリオナを探している間中、生きた心地がしなかった事。

それら全てを聞き、さっきまであんなに大荒れで乱れていた心が簡単に平穏を取り戻した。

我ながらチョロい……ともジリオナは思ったが、
ジルナールが大好きなんだから仕方ない。

ジルナールの為に別れねばと思ったが、ジルナールがそれを望んでないのならもちろん側に居たいに決まってる。

ジリオナは今、最高に幸せだった。


こうして成人を迎える記念すべき生誕祭の前に起こった、歳の差夫婦のちょっとしたすれ違いは終了した。


その後無事に生誕祭も終わり、
その夜とうとう二人は結ばれ、身も心も名実共に夫婦となった。

そしてそれは今まで大人の余裕を装っていたジルナールの溺愛解禁日でもあったのだ。

成人したジリオナに対し、ジルナールは愛する事への遠慮は一切しなかった。

誰憚る事なく愛を囁かれ、ジリオナは居た堪れない思いを数多く味あわされる。

毎晩のように求められ、そしてジリオナはあっという間に懐妊した。

今では社交界一、歳の差婚で上手くいった夫婦として有名だ。

夜会でジリオナを壁の花へと追いやっていたご婦人やご令嬢方が歯軋りをして悔しがるほどに。


そしてその後もジリオナはジルナールと共に
より良く領地を治めてゆき、

三男二女の子宝に恵まれていつまでも幸せに暮らしましたとさ。




        めでたしめでたし



























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