【完結】 婚約者が魅了にかかりやがりましたので

キムラましゅろう

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今度こそ、繋いだ手を離さない

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全てのゴタゴタをチェルカの代わりに片付けて戻ってきたロアは、諸々の事の顛末を全てチェルカに話してくれた。

王宮での事も父親の事も驚くばかりだったが後の事はもう、それぞれ然るべき者に任せるしかないのでチェルカは事態の結果を受け止め、そして受け入れた。

クロビスが解呪作業に入ったと聞いた時、チェルカはとても複雑な気持ちになった。

これまでの関係なら辛く苦しい解呪作業を受けるクロビスの側に寄り添い、支え励ましてあげたいと思っただろう。

だけど今は、これでクロビスが自分の心を取り戻せる事への喜びと、もう彼に振り回されないで済むという安堵する気持ちがあるだけで、彼に会いたいとは思えなかった。

自分たちの関係性はもう壊れてしまったのだ。
たとえ要因は魅了魔法のせいだとしても、起きた事すべてを無かった事には出来ない。
そう簡単には割り切れない。

クロビスに対して抱いていたのは熱く焦がれるような恋情ではなかったが、それでも長い月日をかけて育んできた信頼と親愛があった。
それを打ち砕かれてしまったのだ。
また最初からやり直す気持ちには到底なれなかった。

クロビスを許すか許さないかと問われればきっと「許す」と答えるだろう。
彼に不幸になって欲しいとは思わない。できれば後遺症もなく魅了が解呪でき、その後の人生を幸せに暮らして欲しいとも思う。

だけど自分がその彼の隣に居たいとはもう思えないのだ。

自分で感じていたよりもずっと、クロビスの言動に深く傷付いてきたのだとチェルカは今更ながらに思い知らされた。

だけどいつまでも嘆いてばかりもいられない。
生きている限り、前へ前へと進んでゆかねばならないのだから。

心にぽかんと穴が空いたような喪失感を抱えたまま、それがいつか埋まるようにチェルカはチェルカで頑張るしかないのだ。

だから、

「だから、クロビス、あなたも頑張れ」

チェルカは空を見上げ、今は遠い空の下にいる元婚約者に向かってつぶやいた。



そんなチェルカを元気付けるかのように、ロアは連日街巡りに付き合ってくれた。

ここ数日目まぐるしく動いていたロアだが、少しの疲れも感じさせずにチェルカの会いたい人や見たいものがある所へどこへでも連れて行ってくれる。

それが本当に嬉しくて有り難くて、チェルカはもう少しだけロアに甘えていたくなった。

このお休みが終わったらまたひとりで頑張れるように。
色んな事がこれまでと大きく変わってしまったとしても、王国魔術師として踏ん張って生きていけるように。

『神さまお願いします。もう少しだけ、もう少しだけこの温かくて優しい時間にいさせてください……』

チェルカはそんな小さな願いを胸に、ロアと巡る懐かしい街歩きを楽しんだ。


「ロア、次は古書店のおじいさんに会いに行きたいわ」

「あぁ、チェルカはあのじぃさんに可愛がられていたもんな」

「うん。いつも珍しい魔導書が手に入ったら見せてくれたの。とっても優しいおじいさん。今もお元気なのかしら?」

「じぃさん、女の子には依怙贔屓するからなぁ。今でも元気に店番に立って、ハタキをパタパタしてるよ」

「ふふ。よかった」

「その古書店の近くに煮込み料理が美味い定食屋が出来たんだ。後で行ってみよう」

「わわ、楽しみ~ロールキャベツあるかな~」

そうやってかつて住んだ街を楽しみながら歩く。

王都の平坦な土地暮らしにすっかり体が慣れていたチェルカに、傾斜の多いこの街はキツい。
長く歩いていると足が疲れて時々転びそうになった。

その度にロアが支えてくれて事なきを得たが、いつしか事前の転倒防止と称してロアがチェルカの手を握ったまま歩くようになった。

歩きながらロアの力強い大きな手に包まれた自分の手を見て、
昔もこうやってよく手を繋いで歩いたなぁとぼんやり考える。
あの時はずっといつまでもロアと手を繋いでいられると思っていた。
まさか離れ離れに暮らすことになるなんて想像もしていなかった。

だけど不思議な縁で、またこうやって大人になったロアと手を繋いでいる自分がいる。

人の運命なんて、人生なんてどうなるか本当に誰にもわからない。
予言なんて誰にもできない事なのだから。

と、そう思っていたのに。


「ボクにはわかるよ☆チェルは必ず幸せになれる!」

「あ、ここに預言者とも呼ばれる人がいるんだった」

自信たっぷりのダイ先生の言葉を受け、チェルカがそう言った。

「でも先生。それは予言ではなく予想でしょう?もしくは理想?」

「違うよチェル。これはもう決定している未来だよ☆チェルは必ず幸せになれる。そのためなら悪魔よりも怖い存在になる誰かさんが必ず幸せにしてくれるよ☆」

「悪魔?」

またダイ先生の謎かけのような不思議なもの言いが始まった、とチェルカはそう思った。
小首を傾げるチェルカを見て「ぷ☆答えは宿題ね」と言ってダイ先生はどこかへと出かけて行った。
きっと行き先はハイラムの王城だろう。
幼い王女や王子たちと一緒に遊ぶために。



◇◇◇


そのまた次の日も、チェルカはロアと共に街歩きをしていた。

今日は港の方まで足を運ぶ。
港近くまでは転移魔法で移動して、そこからは歩いて懐かしい景色を見て回るのだ。

港付近はわりと平坦な道が多いのにも関わらず、ロアは最初からチェルカの手を握って歩き出した。
もうそれが当然かのようにごく自然に手を繋ぐのでチェルカもとくに何も言わずにいた。

だけどそうやって二人で手を繋いで歩いていると必ず顔見知りの街の人にニヤニヤと見つめられる。
チェルカは知らない人でもロアのことを知っている人に、
「ロア、良かったな!」とか声を掛けられるのだ。
一体何が良かったのだろう。

そうして色々と歩いて周り、港が一望できる展望台で景色を眺めていると徐にロアがチェルカに訊ねてきた。

「チェルカはこれからどうしたい?王国魔術師の仕事を続けるかそれとも辞めるか。王宮は全て以前のように元通りというわけにはいかないが、もうチェルカが嫌な思いをする場所ではなくなっているはずだ。戻るも良しここに留まるも良し。ここで暮らすならば師匠が塾の手伝いをして欲しいと言ってる。もちろん住み込みで三食の賄い付きだ」

「まぁ、とても魅力的な職場ね……!でも働きたいのは山々だけど、異母弟おとうとの学費のためには給金の良い王国魔術師の仕事を辞めるわけにはいかないの。お父さまが逮捕されたのなら余計にね」

「それなら何も心配しなくていい。後見人になった時点で彼の学費や生活費の面倒を見るのが当たり前だからな。貴族院学院に報告に行った時に既に卒業までの学費を収めてきた」

「え……ええっ?」

ロアがサラリと発した爆弾発言にチェルカは目をむいて驚いた。

「だからナイジェル君の心配は要らない。彼が成人するまで、そして必要ならその後もずっと支援するから。チェルカはチェルカの生きたいように生きればいいんだ」

「ロア、ちょっと待ってロア……学費までっ?ふわっとしてるとよく言われるわたしだけど、さすがにそれを聞いてふわっとしてられないわ!ダメよそんな!それでなくてもロアには一生足を向けて寝られないほど迷惑をかけたのに、その上金銭面でもなんてっ」

「俺がやりたくてやった事だ。それを迷惑と思わなくていいと前にも言っただろ」

「でもいくらなんでもお金まで出してもらうなんて出来ないわっ……第一、そんな事をして貰う謂れが無いもの……!」

「謂れか。謂れなら……ある」

ロアはそう言ってチェルカの手を握ってきた。

「ロア……?」

「俺はもう……二度とこの手を離したくない。ガキの頃、繋いでいた手を離して死ぬほど後悔した。だけど俺はもうあの頃のようにガキじゃない。繋いだこの手を、チェルカを守る力を身につけた。身分差や様々ならしがらみに囚われない立場を手に入れた。だから今度は絶対に、絶対にチェルカを諦めない。だから俺には、チェルカの事ならなんでも引き受けてやりたいという気持ちの謂れがあるんだよ」

「ロア……」

ロアはチェルカの手を繋いだまま、彼女の前に跪いた。
そして一心にチェルカを見つめる。

「チェルカ、婚約者の事で傷付いたキミを急かしたいなんて思ってないんだ。今すぐでなくていい、ゆっくりでいい、何年かかってもいい、だからどうか俺の妻になるという未来も考えてみてはくれないだろうか……?」

「……ロ、ロア……え、ロア…?もしかして、ロアはわたしの事が好きなの?」

チェルカの言葉にロアは大きく頷いた。

「好きだ。もうずっと、ずっとチェルカだけが好きだっ……俺だってチェルカが初恋なんだ。だけど婚約したと聞き、その婚約者との関係が良好だと聞き、チェルカの幸せのためなら諦めるしかないと自分に言い聞かせてきた。だけど、だけど今回こんな事になって、もうチェルカを諦める理由がなくなった。だから諦めたくない、チェルカを諦めたくないんだ」

「ロア……」

「チェルカ、頼む。何年でも待つ、だからゆっくりと俺と生きる人生も考えてみて欲しい。考えて、それでも無理だと思ったらそう言ってくれ、その時は潔く諦めるから!でも、俺がチェルカを想い続ける事だけは許して欲しい」

チェルカはロアの瞳を見つめた。
深くて優しい黒い瞳を。
精霊たちが愛し、彼の家族が愛するその漆黒の瞳を。

『わたしも、この黒い瞳が大好き。その気持ちは今も昔も変わらない。でも……』

チェルカは握られたロアの手を外し、逆にチェルカの手でロアの手を包み込んだ。
手の大きさが全然違うから包み込むというより添えているような形になってるけれど。

「でも、今はまだ何も考えられないの。クロビスに恋をしていたわけではないけれど、誰より彼が一番近くで大切な人だったのは確かだもの。その彼とお別れして、はいじゃあ次!という気持ちになれないの……。それでもいい?わたしの中で答えが見つかるまですごく時間が掛かってしまうかもしれない、ロアをずっと待たせ続けてしまうかもしれない、それでもロアは本当にいいの……?」

「もちろんだ。というかそんなに長くチェルカが俺のことを考えてくれるなんそれは何のご褒美だ?それだけでも俺は幸せだからずっと待ってるよ。しわくちゃのじぃさんになるまで、いやなっても、棺桶に足を突っ込んでも待ってるよ」

「ふふ。さすがにそこまで待たせないと思うけど。でも……ありがとうロア。もう本当に、色々と全部、ありがとうロア」

チェルカはそう言ってロアの首に腕を回し、彼を抱きしめた。
跪いたままのロアをチェルカはぎゅっと抱きしめる。

一番辛い時に駆けつけてくれてどれだけ嬉しかったか。
その後チェルカのために奔走してくれてどれだけ嬉しかったか。
そしてマリナやローウェルの継母はは異母弟おとうと、チェルカの大切な人たちを助けてくれてどれだけ感謝しているか。
その全ての気持ちが伝わればいいと、そんな気持ちを込めてロアを抱きしめた。


そうしてチェルカが出した結論。

チェルカは王国魔術師のローブを返上する事にした。
それは即ち、王国魔術師の職を辞するという意味である。

ダイ先生の塾の手伝いの話は断り、

チェルカは父が逮捕されて継母がひとり残ったローウェル男爵家へと戻ることにしたのであった。





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次回、最終話です。







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