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悲しみのチェルカ
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本日は二話投稿してます。
こちらは二話目になります。
「あれ?」と思われた方は一話お戻り下さい。
素敵な王女様が待ってますよ。
───────────────────
「え?王太子殿下、ですか?」
「ああ。陛下にはご側妃が沢山おられるが亡くなられた王妃殿下がお産みになられた王子は十六歳になられるアルマール殿下のみであることはローウェル君も知っているな?」
「はい。件のラビニア王女殿下は第三ご側妃様のお子で、王妃殿下がのお子は王太子殿下だけだと聞き及んでいます。確か今はご遊学されてるんですよね?」
「そうだ。現在ハイラム王国であちらの王宮に滞在されて大国の帝王学、政治経済学、魔導学をハイラムの王族の方々と共に学んでおられる」
「へぇ~すごいですね~」
チェルカは今、ジスタスのオフィスにて仕事の打ち合わせを装って王女の魅了の対策について話し合っている。
「じつは私の恩師がかつてそのアルマール殿下の魔術の講師をしていてね、その伝手でアルマール殿下に手紙を届けて頂いたんだ」
「え、王太子殿下に手紙ですか?ヤバいですね~なんと書かれたんです?」
「今の王宮の状況と、決してご帰国されぬようにとのお願いを認めた」
「そうですよね~。この上、王太子殿下まで魅了に洗脳されたらこの国は本当に終わってしまいます」
「そして畏れ多くも殿下からご返信を戴いたんだ」
「わわ、王太子殿下からのお返事……すごいです。なんと書かれていたかお聞きしても?」
チェルカがそう訊ねるとジスタスは頷いた。
「殿下のご返信にはこう書かれていたよ。身を案じてくれるのは有り難いが、それならば余計に帰国して事態を収拾せねばならないと……」
「え~……そのご意思はご立派だと思いますけど、危険すぎますよ~。対するは魅了魔法ですよ?最低最悪の精神干渉の術ですよ?」
「私もそれを案じたのだが、手紙にはハイラム王家から一人、助っ人を伴って行くと書いてあったんだ」
「助っ人?どんな人です?高度な術に対応出来る人ですか?」
「そこまでは書かれていなかったが……しかし殿下が帰国するとおっしゃっているのを一介の王宮魔術師副師長には止める手立てはないよ……」
「じゃあ王太子殿下は今やラビニア王女の天下となった王宮に戻って来られるんですね……」
「そうなんだ……もう不安しかないよね……」
「はい……でも……ハイラムからの助っ人……一体誰が来るんだろう……」
チェルカの脳裏に青い髪をした塾の先生の姿が浮かんだが、その先生が「ボクは民事不介入と決めていると言ったでしょ☆」という言っていたのも記憶の片隅で蘇り、その可能性はないなと考えた。
◇◇◇
王宮内は依然としてラビニア王女に魅了を掛けられ、王女を崇拝する者が増えていく現状が続いている。
と、同時に王女宮に仕える者でいつの間にか辞めている人間もいると聞き、そちらはジスタスが調べているらしい。
婚約者のクロビスは相変わらず王女にべったりで、近頃は偶然遠くで顔を合わせても気にも留められない。
目が合ったとしても軽く無視される。
そしてそれをラビニア王女は含みのある笑顔で見ているのだ。
その上でチェルカの前でわざとらしくクロビスに撓垂れ掛かり、二人でイチャつく様子を見せつけてくる。
チェルカはもう、それをただの風景だと思う事にした。
だってこんな状況になってもクロビスは婚約解消に応じてくれない。
婚約解消を希望する手紙をもう何度もアラバスタ伯爵家のタウンハウスに直接送っているのにひとつの返信も来ないのだ。
どうしても婚約が解消されず、このままクロビスと結婚することになったら絶対に白い結婚を貫こうとチェルカは心に決めていた。
そうしてそんな悶々鬱々とした日々が続く中で、事件が起きてしまう。
今ではすっかり王女の魅了の魔力が馴染んだ研究室で紛失騒ぎが起きた。
研究室内で厳重に保管されている希少な魔石のひとつが失くなったのだ。
副師長であり、この研究室の責任者でもあるジスタスが研究員を全員集めて調査する。
「昨日の就業時には確かに魔石はあったのか?」
それにマリナが答えた。
「はい。昨日、研究のために使用した魔石を保管庫に返しましたから。その時は確かに魔石はありました」
「そうか……鍵はしっかり閉めたんだな?」
「はい。閉めようと……あ、でも……」
マリナが何かを思い出し、言い淀む。
「なんだ?どうした」
「えっと……その……鍵を閉めようとした時に、他の研究員に呼ばれて……一瞬だけ目を離しました……」
「鍵をかけずにか?」
「は、はい……」
歯切れ悪く答えるマリナにジスタスが尚も問う。
「その時、研究室には誰も居なかったのか?」
「それが……」
「どうした?どうなんだ?」
「居ました。一人だけ……」
「それは誰だ?」
ジスタスがそう問いただすとマリナは気まずそうな表情をして、
そしてチェルカの方へと視線を向けた。
「チェルカが一人、部屋に居ました」
ざわっという他の研究員たちの声と共に一斉に視線がチェルカへと集中する。
「……それは確かなのか?」
「はい……研究室には私とチェルカしか居ませんでしたから……」
マリナがそう答えたのを受け、ジスタスはチェルカにも訊ねた。
「ローウェル君、どうなんだ?ハモンド君の証言に偽りはないか?」
チェルカは表情を翳らせて頷く。
そしてそれを言葉でも肯定した。
「……はい。部屋には確かにわたしとマリナの二人だけでした。でもマリナはすぐに戻って来て、保管庫の鍵を閉めました。その後二人で帰宅のために研究室を出ましたけど」
チェルカのその言葉を聞き、研究員の一人が言った。
その者は以前はチェルカに協力的であったにも関わらず王女の魅了に掛かり、掌を返したようにチェルカに冷たく当たるようになった研究員であった。
「それを証明する手立てはないんですから、こうなったらローウェル研究員の持ち物やデスクを調べてみればいいんじゃないですか?」
その研究員の言葉を後押しするような声も続く。
「そうだな」
「手っ取り早く調べたらいいんだ」
「身の潔白を証明したいなら応ずるべきね」
ジスタスが彼らの声を背に受けながらチェルカに告げた。
「……どうする?こうなっては拒否すると余計に怪しまれるぞ」
「そうですね……仕方ないと思います」
チェルカが承諾したのを受け、代表でジスタス自らがチェルカの鞄の中身とデスクを調べた。
そして……
「やっぱりあった!ローウェルが盗んだんだ!」
ジスタスが引き出しから紛失した魔石を取り出したのを見た研究員が声を荒らげてそう言った。
そして周りの人間も次々とチェルカを責め立てる。
「ローウェル、貴様なんてことを!恥を知れ!」
「そうよ!魔術師失格だわ!」
ジスタスが普段の彼とは結びつかない硬質な声色でそれを制した。
「同じ研究員同士で、しかも一方的に罵声を浴びせるのはやめろ」
副師長にそう言われて口惜しそうに押し黙る研究員たちを尻目に、チェルカは深く嘆息してマリナを見た。
その視線に気付き、彼女は無表情でチェルカを見返す。
そしてチェルカはマリナに言った。
「マリナよ、お前もか。……とだけは言いたくなかったなぁ」
「……何が?」
抑揚のない声でマリナがそう返すとチェルカはジスタスに言った。
「念の為に映像記録魔道具を仕掛けてあって正解でしたね」
「ああ。そうだな」
ジスタスはそう返事して、チェルカのデスクを中心に研究室を一望できる位置に置いてあった一つの魔道具を手にした。
「えっ……」
その魔道具を見てマリナやチェルカを口撃していた研究員たちが目を瞠る。
「そ、それはっ……」
「知っているだろう。映像記録のための魔道具だ。ここに、昨日起きた事全てが真実として記録されているさ」
ジスタスはそう言って、魔道具に記録された映像を写し出した。
そこには、マリナとチェルカが部屋を出た数時間後、暗くなった研究室に舞い戻ったマリナが保管庫から魔石を取り出して、チェルカのデスクに入れる様が記録されていた。
それを唖然として見ていたマリナにチェルカは言う。
「マリナ……保管庫の鍵は確かに閉めていたけれど、その鍵を持ったままで研究室を出たんだね。重要な保管庫の鍵は持ち出し禁止よ。厳罰は免れないほどの……」
「い、いつからこんな魔道具を仕掛けていたの?なぜ私が怪しいとっ……?」
チェルカは悲しげな表情でマリナを見た。
「マリナから……あの匂いがした時から、いずれはこんな事が起きるかもしれないと思って用心していたの……」
残念ながら他の研究員同様、マリナも王女の魅了の術中に堕ちていた。
マリナがチェルカと仲の良い同僚である事を知り、チェルカを目の敵にする王女がマリナに魅了をかけたのだ。
自らの傀儡とするために。
「マリナ……マリナが悪いんじゃないとわかってる……でも、でも悲しいよ……」
「なによ。元はと言えばチェルカが悪いんじゃないっ、王女殿下に楯突いて!あんなにお優しい方を悲しませるなんて許せない!最低よチェルカ!」
「マリナ……」
今のマリナからは王女の魅了の匂いしかしない。
心地よくて大好きだった洗いたての枕カバーの香りはもう感じなかった。
ジスタスは魔道具の記録を証拠として騎士団へとマリナの身柄を引き渡した。
王女の魅了に騎士団も徐々に侵食されている。
それでもマリナを無罪放免にする訳にはいかないし、王宮内で起きた事件は王宮騎士団で処理する事が規則である以上、違反は出来ない。
ジスタスの指示を受けた騎士に連行されて行くマリナの姿を見ていられず、チェルカは研究室を飛び出した。
「ローウェル君っ……」
後ろから心配するジスタスの声が追いかけて来たが、チェルカは振り向くことも立ち止まることも出来なかった。
王宮魔術師として勤め出して初めて出来た友人がマリナだった。
同僚であり友人であり、面倒見の良いお姉さんのようでもあり。
厳しいことを言いつつもチェルカの事を心配してくれて、美味しいココアを作るのが上手で、好きなのに、大好きだったのに。それなのに、それなのに……!
チェルカはどうしようもない遣瀬ない気持ちを振り切るように走り続けた。
そして王宮敷地内の誰も居ない中庭まで来て、ようやく立ち止まる。
息が苦しいのは走ったためだけではないだろう。
胸が苦しくて、上手く息が出来ないほど辛くて。
「マリナっ……」
チェルカは力なくその場に蹲った。
その時ふいに、クロビスの声が聞こえた。
「……チェルカ……?どうしたんだ?こんな所で」
「……クロ、ビス……?」
チェルカが蹲ったまま顔を上げると、そこには久々に間近で顔を合わす婚約者のクロビスが立っていた。
───────────────────
次回、ナマハゲ現る!?
だけど「悪い子いねぇが~?」とは言わないようです。
こちらは二話目になります。
「あれ?」と思われた方は一話お戻り下さい。
素敵な王女様が待ってますよ。
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「え?王太子殿下、ですか?」
「ああ。陛下にはご側妃が沢山おられるが亡くなられた王妃殿下がお産みになられた王子は十六歳になられるアルマール殿下のみであることはローウェル君も知っているな?」
「はい。件のラビニア王女殿下は第三ご側妃様のお子で、王妃殿下がのお子は王太子殿下だけだと聞き及んでいます。確か今はご遊学されてるんですよね?」
「そうだ。現在ハイラム王国であちらの王宮に滞在されて大国の帝王学、政治経済学、魔導学をハイラムの王族の方々と共に学んでおられる」
「へぇ~すごいですね~」
チェルカは今、ジスタスのオフィスにて仕事の打ち合わせを装って王女の魅了の対策について話し合っている。
「じつは私の恩師がかつてそのアルマール殿下の魔術の講師をしていてね、その伝手でアルマール殿下に手紙を届けて頂いたんだ」
「え、王太子殿下に手紙ですか?ヤバいですね~なんと書かれたんです?」
「今の王宮の状況と、決してご帰国されぬようにとのお願いを認めた」
「そうですよね~。この上、王太子殿下まで魅了に洗脳されたらこの国は本当に終わってしまいます」
「そして畏れ多くも殿下からご返信を戴いたんだ」
「わわ、王太子殿下からのお返事……すごいです。なんと書かれていたかお聞きしても?」
チェルカがそう訊ねるとジスタスは頷いた。
「殿下のご返信にはこう書かれていたよ。身を案じてくれるのは有り難いが、それならば余計に帰国して事態を収拾せねばならないと……」
「え~……そのご意思はご立派だと思いますけど、危険すぎますよ~。対するは魅了魔法ですよ?最低最悪の精神干渉の術ですよ?」
「私もそれを案じたのだが、手紙にはハイラム王家から一人、助っ人を伴って行くと書いてあったんだ」
「助っ人?どんな人です?高度な術に対応出来る人ですか?」
「そこまでは書かれていなかったが……しかし殿下が帰国するとおっしゃっているのを一介の王宮魔術師副師長には止める手立てはないよ……」
「じゃあ王太子殿下は今やラビニア王女の天下となった王宮に戻って来られるんですね……」
「そうなんだ……もう不安しかないよね……」
「はい……でも……ハイラムからの助っ人……一体誰が来るんだろう……」
チェルカの脳裏に青い髪をした塾の先生の姿が浮かんだが、その先生が「ボクは民事不介入と決めていると言ったでしょ☆」という言っていたのも記憶の片隅で蘇り、その可能性はないなと考えた。
◇◇◇
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と、同時に王女宮に仕える者でいつの間にか辞めている人間もいると聞き、そちらはジスタスが調べているらしい。
婚約者のクロビスは相変わらず王女にべったりで、近頃は偶然遠くで顔を合わせても気にも留められない。
目が合ったとしても軽く無視される。
そしてそれをラビニア王女は含みのある笑顔で見ているのだ。
その上でチェルカの前でわざとらしくクロビスに撓垂れ掛かり、二人でイチャつく様子を見せつけてくる。
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だってこんな状況になってもクロビスは婚約解消に応じてくれない。
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どうしても婚約が解消されず、このままクロビスと結婚することになったら絶対に白い結婚を貫こうとチェルカは心に決めていた。
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研究室内で厳重に保管されている希少な魔石のひとつが失くなったのだ。
副師長であり、この研究室の責任者でもあるジスタスが研究員を全員集めて調査する。
「昨日の就業時には確かに魔石はあったのか?」
それにマリナが答えた。
「はい。昨日、研究のために使用した魔石を保管庫に返しましたから。その時は確かに魔石はありました」
「そうか……鍵はしっかり閉めたんだな?」
「はい。閉めようと……あ、でも……」
マリナが何かを思い出し、言い淀む。
「なんだ?どうした」
「えっと……その……鍵を閉めようとした時に、他の研究員に呼ばれて……一瞬だけ目を離しました……」
「鍵をかけずにか?」
「は、はい……」
歯切れ悪く答えるマリナにジスタスが尚も問う。
「その時、研究室には誰も居なかったのか?」
「それが……」
「どうした?どうなんだ?」
「居ました。一人だけ……」
「それは誰だ?」
ジスタスがそう問いただすとマリナは気まずそうな表情をして、
そしてチェルカの方へと視線を向けた。
「チェルカが一人、部屋に居ました」
ざわっという他の研究員たちの声と共に一斉に視線がチェルカへと集中する。
「……それは確かなのか?」
「はい……研究室には私とチェルカしか居ませんでしたから……」
マリナがそう答えたのを受け、ジスタスはチェルカにも訊ねた。
「ローウェル君、どうなんだ?ハモンド君の証言に偽りはないか?」
チェルカは表情を翳らせて頷く。
そしてそれを言葉でも肯定した。
「……はい。部屋には確かにわたしとマリナの二人だけでした。でもマリナはすぐに戻って来て、保管庫の鍵を閉めました。その後二人で帰宅のために研究室を出ましたけど」
チェルカのその言葉を聞き、研究員の一人が言った。
その者は以前はチェルカに協力的であったにも関わらず王女の魅了に掛かり、掌を返したようにチェルカに冷たく当たるようになった研究員であった。
「それを証明する手立てはないんですから、こうなったらローウェル研究員の持ち物やデスクを調べてみればいいんじゃないですか?」
その研究員の言葉を後押しするような声も続く。
「そうだな」
「手っ取り早く調べたらいいんだ」
「身の潔白を証明したいなら応ずるべきね」
ジスタスが彼らの声を背に受けながらチェルカに告げた。
「……どうする?こうなっては拒否すると余計に怪しまれるぞ」
「そうですね……仕方ないと思います」
チェルカが承諾したのを受け、代表でジスタス自らがチェルカの鞄の中身とデスクを調べた。
そして……
「やっぱりあった!ローウェルが盗んだんだ!」
ジスタスが引き出しから紛失した魔石を取り出したのを見た研究員が声を荒らげてそう言った。
そして周りの人間も次々とチェルカを責め立てる。
「ローウェル、貴様なんてことを!恥を知れ!」
「そうよ!魔術師失格だわ!」
ジスタスが普段の彼とは結びつかない硬質な声色でそれを制した。
「同じ研究員同士で、しかも一方的に罵声を浴びせるのはやめろ」
副師長にそう言われて口惜しそうに押し黙る研究員たちを尻目に、チェルカは深く嘆息してマリナを見た。
その視線に気付き、彼女は無表情でチェルカを見返す。
そしてチェルカはマリナに言った。
「マリナよ、お前もか。……とだけは言いたくなかったなぁ」
「……何が?」
抑揚のない声でマリナがそう返すとチェルカはジスタスに言った。
「念の為に映像記録魔道具を仕掛けてあって正解でしたね」
「ああ。そうだな」
ジスタスはそう返事して、チェルカのデスクを中心に研究室を一望できる位置に置いてあった一つの魔道具を手にした。
「えっ……」
その魔道具を見てマリナやチェルカを口撃していた研究員たちが目を瞠る。
「そ、それはっ……」
「知っているだろう。映像記録のための魔道具だ。ここに、昨日起きた事全てが真実として記録されているさ」
ジスタスはそう言って、魔道具に記録された映像を写し出した。
そこには、マリナとチェルカが部屋を出た数時間後、暗くなった研究室に舞い戻ったマリナが保管庫から魔石を取り出して、チェルカのデスクに入れる様が記録されていた。
それを唖然として見ていたマリナにチェルカは言う。
「マリナ……保管庫の鍵は確かに閉めていたけれど、その鍵を持ったままで研究室を出たんだね。重要な保管庫の鍵は持ち出し禁止よ。厳罰は免れないほどの……」
「い、いつからこんな魔道具を仕掛けていたの?なぜ私が怪しいとっ……?」
チェルカは悲しげな表情でマリナを見た。
「マリナから……あの匂いがした時から、いずれはこんな事が起きるかもしれないと思って用心していたの……」
残念ながら他の研究員同様、マリナも王女の魅了の術中に堕ちていた。
マリナがチェルカと仲の良い同僚である事を知り、チェルカを目の敵にする王女がマリナに魅了をかけたのだ。
自らの傀儡とするために。
「マリナ……マリナが悪いんじゃないとわかってる……でも、でも悲しいよ……」
「なによ。元はと言えばチェルカが悪いんじゃないっ、王女殿下に楯突いて!あんなにお優しい方を悲しませるなんて許せない!最低よチェルカ!」
「マリナ……」
今のマリナからは王女の魅了の匂いしかしない。
心地よくて大好きだった洗いたての枕カバーの香りはもう感じなかった。
ジスタスは魔道具の記録を証拠として騎士団へとマリナの身柄を引き渡した。
王女の魅了に騎士団も徐々に侵食されている。
それでもマリナを無罪放免にする訳にはいかないし、王宮内で起きた事件は王宮騎士団で処理する事が規則である以上、違反は出来ない。
ジスタスの指示を受けた騎士に連行されて行くマリナの姿を見ていられず、チェルカは研究室を飛び出した。
「ローウェル君っ……」
後ろから心配するジスタスの声が追いかけて来たが、チェルカは振り向くことも立ち止まることも出来なかった。
王宮魔術師として勤め出して初めて出来た友人がマリナだった。
同僚であり友人であり、面倒見の良いお姉さんのようでもあり。
厳しいことを言いつつもチェルカの事を心配してくれて、美味しいココアを作るのが上手で、好きなのに、大好きだったのに。それなのに、それなのに……!
チェルカはどうしようもない遣瀬ない気持ちを振り切るように走り続けた。
そして王宮敷地内の誰も居ない中庭まで来て、ようやく立ち止まる。
息が苦しいのは走ったためだけではないだろう。
胸が苦しくて、上手く息が出来ないほど辛くて。
「マリナっ……」
チェルカは力なくその場に蹲った。
その時ふいに、クロビスの声が聞こえた。
「……チェルカ……?どうしたんだ?こんな所で」
「……クロ、ビス……?」
チェルカが蹲ったまま顔を上げると、そこには久々に間近で顔を合わす婚約者のクロビスが立っていた。
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