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侵食されてゆく王宮
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一部過激な表現の箇所もあります。
ご注意のほどよろしくお願いいたします。
──────────────────────
第二王女ラビニアが婚約者のクロビスに、そして他の取り巻きの青年たちにも魅了魔法をかけていた事を知ったチェルカ。
急ぎ研究室に戻ったものの、あまりにも顔色の悪さに同僚のマリナと丁度彼女と仕事の話をしていた魔術師副師長のジスタスに「どうしたんだ」と問い詰められた。
だが今の段階で安易に話して二人に迷惑がかかるのを避けたいチェルカはただの寝不足だと誤魔化すより他なかった。
なぜ王女が魅了などという高度な古代魔術を使えるのだろう。
この国の王家の者は皆、低魔力保持者だと聞くが。
確かに魔力のない者でも高い魔力を有する魔法生物との契約により、魅了魔法など高度な魔術を使用する事が可能となる。
だけどその場合は契約する魔法生物にそれ相応の対価を支払わねばならない。
たとえば魔法生物が欲する人間の血や臓器。
魔法生物はそれらを得て人間の姿を模倣できるようになるという。
なぜ彼らが人間の姿を模したいと考えるのかは謎だが、もしかしたら魔法生物や人間よりも遥かな高位生命体である精霊に近付きたいと思っているのかもしれない。
と、いうのはチェルカに魔法魔術のいろはを授けてくれた塾の先生が言っていた事で、チェルカの考察でないのだが。
数々の魔導書を読んできたチェルカだが、どの魔導書にも魅了魔法の解除方法は二つの方法しかないと記されている。
一つは用いられた魅了魔法に要した魔力以上の魔力にて術の効力を相殺する方法。
魅了魔法は相当な魔力を対価として発動する術で、これはかなり高い錬成された魔力を持つの高位魔術師でないと術の相殺は不可能だ。
そしてもう一つの方法が術者の命を断つ、もしくは術の発動媒介となっている身体の部位を破壊する事だ。
ラビニア王女の場合は“瞳術”。つまり瞳を使っての施術なので要は眼球を破壊すればよいのだが、いずれにせよ相手は王族。
おいそれと手を出せる相手ではない。
『それに人を害したり殺いする事なんて……わたしには出来ない……』
一体どうすればいいのだろう。
チェルカは広げていた魔導書の前で頭を抱えた。
そしてぽつりとつぶやく。
「先生を……呼ぶ……?」
しかしすぐに今思いついた自分の考えに自分で疑問符を投げかける。
え?あの人を?飄々としてフラフラとしてヘロヘロとして面白いことには目がないけど、国家間同士の大事になるような民事には不介入だと断言していたあの先生を?
いくら昔、塾の生徒だったとはいえ小国の一介の下っ端魔術師があの先生をこの国まで呼ぶ……?
「無理無理案件だわ~……」
チェルカは抱えていた頭を今度は魔導書の上に突っ伏した。
そしてため息と同時にまたぽつりとつぶやく。
「誰か助けて……」
クロビスを、みんなを、術により精神を乗っ取られてしまった人たちを……誰か。
そんな時、頭に浮かぶあの懐かしい横顔。
「こちらも無理無理案件ね……」
今では先生と同じくらい遠い存在になっしまった人物の事を思い浮かべ、チェルカはペンダントを弄っていた。
◇◇◇
結局、どうするべきかこれといった対策や手段が思いつかないまま、チェルカは日々を過ごしていた。
そんな時、魔術師師長がわざわざ研究室へとやって来てチェルカに辞令言い渡す。
「チェルカ・ローウェル。キミに魔法犯罪者が使用した術の立証を担当して貰うことになった」
「……え?」
突然命じられた任務の内容にきょとんとするチェルカの代わりに、副師長ジスタスが反論した。
「師長、それは一体どういう事ですか?ローウェルはまだ出仕して年数の浅い研究員です。魔法犯罪の術の立証など危険な任務に就くのは最低でも五年以上の実務経験を要します。まだ彼女にはその資格がありません」
ジスタスのその言葉に魔術師長は居丈高なもの言いで返してきた。
「しかしローウェルはとても優秀な魔術師だと聞いておるぞ。それなら多少危険な業務でも大丈夫だろう」
「確かに彼女は新人に近い立場でありながら一級魔術師資格保持者です。だが資格と経験はまた別のもの。犯罪に使われるような危険な魔術の立証など何が起こるか分からないような任務を、まだ任せるわけにはいきません」
チェルカはドキドキしながら師長と副師長の話を聞いていた。
どちらにせよ下っ端のチェルカに拒否権はない。
騒ぎを聞きつけた研究室の他の魔術師たちも側にやって来て固唾を呑んで見守っていた。
ジスタスが怪訝な表情を隠す事なく師長に訊ねる。
「だいたい何故そのような危険な任務をいきなりローウェルに就かせようと考えたのです?」
「私の考えではない。上からの指示だよ、ローウェル魔術師は優秀だから、もっと高度な仕事をさせるべきだと」
「上とは、どなたです?」
「畏れ多くも第二王女殿下だよ」
ざわっ……と研究室が俄に騒然となった。
『ラビニア王女殿下……っ?』
ここ数日、チェルカの頭を大いに悩ませる人物の名が上がり、全身から嫌な汗がじわりと滲む感じがした。
ジスタスが尚も師長に食い下がる。
「なぜ王女殿下自らローウェルを指名されたのですか?」
「さぁ?私にはやんごとなきお方のお考えになる事は解らんよ。だけどあのような素晴らしいお方の仰る事だ、間違いであるはずがない。従って魔術師師長の権限を以てローウェル魔術師に命ずる。王女殿下のご意向に逆らうとこなく、またご期待を裏切ること無く職務に励むように!」
そう言って師長は話はここまでだと研究室を出ていった。
残り香としてあの匂いを置き去りにして。
『なんてことなの……』
どうやら魔術師長もラビニアの魅了の術中に落ちたようだ。
そしてその魔術師長の決定に、副師長であれどジスタスも逆らう事はできない。
ましてや王族の肝入りの人事であれば尚更だ。
悲しいかな宮仕え。
王女の鶴の一声で成すがままとは……。
先日、チェルカはラビニアの魅了魔法を弾いた。
それを感知したラビニアからの報復なのかもしれない。
もしくは警告か。
自分に逆らったらどうなるか、肝に銘じておくようにと。
そうやって上から圧力をかけられて、逆らう事が出来ない下の者は全力でその任務に当たるしかない。
チェルカはまだぺーぺーの魔術師だが、一級資格を得るためにこれまで学んできたことが絶対に自分を助けてくれるはずだと鼓舞した。
そんなチェルカにマリナや他の研究員たちが声を掛けてくる。
「チェルカ……大丈夫?」
「横暴だよ。いくら王族だからって魔術師の人事にまで口を挟んで、それが許されるものなのか?」
「でも国王陛下は第二王女を殊の外大切にされていると聞くわ。その王女殿下のお願いとあればまかり通るのでしょう……」
「ローウェル君、解らない事があったら何でも聞いてくれ」
「そうよ、協力は惜しまないわ」
「完璧に任務をこなして、研究員の底力を見せつけてやろう!」
「皆さん……」
口々にチェルカを案じ、励ましてくれる研究員たちにチェルカはぺこりと頭をさげた。
「ありがとうございます。胸アツです……。皆さん、わたしが至らない部分のお力添えをよろしくお願いいたします!」
「任せといて!」
「何でも言ってくれ!」
「疲れたら、とびっきり美味しいココアを作ってあげる」
そう皆に励まされ、チェルカは動揺していた心が鎮まっていくのを感じた。
そうして次の日からチェルカは犯罪に用いられた魔法の立証に取り掛かった。
今まで担当していた魔術師は急に異動になったらしく、その担当魔術師の補佐をしていた下級魔術師に細かな事を聞きながら仕事を押し進めていく。
監禁拉致に用いた神経を痺れされる術の立証。
遠隔から相手に幻を見せる幻影魔法の立証。
数量の水から高温で熱膨張させた水を相手に浴びせる術の立証。
犯罪に用いられる術だけあって、どれも危険で再現が難しい。
何故かそんな高魔力犯罪の術の立証ばかりがチェルカの担当となった。
何故か、ということはないだろう。
これもラビニアの指示により彼女の魅了に操られた師長の指図に違いない。
だがチェルカは文句ひとつ言わずに懸命に職務を果たした。
それにはやはり研究室のみんなの助力が大きいだろう。
皆、手間や時間を惜しまずチェルカを助けてくれた。
だが、日を追う事に協力してくれる研究員の数が減っていく。
「もう協力は要らないだろ?」
「考えみれば王女殿下の素晴らしいご意向に逆らうことになってしまうから」
などと言って、今まで味方でいてくれた研究員たちが次々とチェルカから離れていった。
その度にチェルカの鼻腔と肌に、あの匂いを感じさせて。
そして日毎に王宮内に王女が使用する魅了魔法の魔力の匂いが広がってゆく。
強くなってゆく。
一体どれだけの人間が王女の術中に嵌っているのか。
王女を称賛する声を聞きながら王宮内を歩くチェルカは身の竦む思いをするばかりであった。
だけど今、王宮魔術師の職を失うわけにはいかない。
給金の高いこの仕事を辞めるわけにはいかないのだ。
チェルカは先日異母弟からの手紙に同封されていたハンカチを見てそう思った。
貴族院学院の近所にある商店のお買い物ポイントを集めてゲットしたというハンカチ。
きっと継母のレイシェルと同じくらいツンツンデレな弟ナイジェルが文具や必要な生活用品を買う度にコツコツと集めて、チェルカのために女性用のハンカチを選んでくれのだろう。
小遣いが少ないのだから自分に役立つ物にすれば良かったのに。
カンパニュラの花が刺繍された可愛いハンカチ。
カンパニュラの花言葉が“感謝”であると、ナイジェルはわかっててこの花の刺繍のハンカチを選んでくれたのだろうか。
【拝啓異母姉さん。
手紙に同封してあるハンカチは好きに使ってくれ。たまたま商店のポイントが貯まって、たまたま女性用のハンカチしかなかっただけで、べつに異母姉さんのために選んだんじゃないぞ。まぁこうやって学校に通えるのは異母姉さんの仕送りおかげだという事はわかってるし、たまたま手に入れたハンカチだから贈ってもいいかなと思っただけだから。気に入らないなら捨ててくれて構わない。まぁそのうち、仕方ないから俺が職に就いたらもっといいハンカチを買ってやるよ。それまでせいぜい体に気をつけて元気でいろよ!風邪ひくなよ!変なもの食べるなよ?わかったな!】
手紙にはそっけなくも、チェルカに対する感謝と労りの気持ちを感じる。
チェルカがローウェル男爵家に引き取られた時は自分の母親を悲しませる存在としてそれはもうかなり手厳しく目の敵にされた時期もあったけど。
それでも半分は血の繋がった弟が可愛く感じて負けじとウザ絡みしていたら本当にウザがられた時期もあったけど。
貴族院学院の学費は高いが、ナイジェルの将来を考えると絶対に学院の卒業資格は得ていた方がいい。
そのためならチェルカは頑張れる。
「ふふ。ありがとうナイジェル。お姉ちゃん、頑張るからね~」
そうやってふんわりと気合いを入れ直すチェルカに声を掛けてきた人物がいた。
「ローウェル男爵令嬢」
「はい?」
呼ばれたのでとりあえず返事をして振り返ってみれば、
そこには婚約者のクロビスの兄であるデイビス・アラバスタが立っていた。
「アラ、アラバスタ(ぷ)家のデイビスさま」
ご注意のほどよろしくお願いいたします。
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第二王女ラビニアが婚約者のクロビスに、そして他の取り巻きの青年たちにも魅了魔法をかけていた事を知ったチェルカ。
急ぎ研究室に戻ったものの、あまりにも顔色の悪さに同僚のマリナと丁度彼女と仕事の話をしていた魔術師副師長のジスタスに「どうしたんだ」と問い詰められた。
だが今の段階で安易に話して二人に迷惑がかかるのを避けたいチェルカはただの寝不足だと誤魔化すより他なかった。
なぜ王女が魅了などという高度な古代魔術を使えるのだろう。
この国の王家の者は皆、低魔力保持者だと聞くが。
確かに魔力のない者でも高い魔力を有する魔法生物との契約により、魅了魔法など高度な魔術を使用する事が可能となる。
だけどその場合は契約する魔法生物にそれ相応の対価を支払わねばならない。
たとえば魔法生物が欲する人間の血や臓器。
魔法生物はそれらを得て人間の姿を模倣できるようになるという。
なぜ彼らが人間の姿を模したいと考えるのかは謎だが、もしかしたら魔法生物や人間よりも遥かな高位生命体である精霊に近付きたいと思っているのかもしれない。
と、いうのはチェルカに魔法魔術のいろはを授けてくれた塾の先生が言っていた事で、チェルカの考察でないのだが。
数々の魔導書を読んできたチェルカだが、どの魔導書にも魅了魔法の解除方法は二つの方法しかないと記されている。
一つは用いられた魅了魔法に要した魔力以上の魔力にて術の効力を相殺する方法。
魅了魔法は相当な魔力を対価として発動する術で、これはかなり高い錬成された魔力を持つの高位魔術師でないと術の相殺は不可能だ。
そしてもう一つの方法が術者の命を断つ、もしくは術の発動媒介となっている身体の部位を破壊する事だ。
ラビニア王女の場合は“瞳術”。つまり瞳を使っての施術なので要は眼球を破壊すればよいのだが、いずれにせよ相手は王族。
おいそれと手を出せる相手ではない。
『それに人を害したり殺いする事なんて……わたしには出来ない……』
一体どうすればいいのだろう。
チェルカは広げていた魔導書の前で頭を抱えた。
そしてぽつりとつぶやく。
「先生を……呼ぶ……?」
しかしすぐに今思いついた自分の考えに自分で疑問符を投げかける。
え?あの人を?飄々としてフラフラとしてヘロヘロとして面白いことには目がないけど、国家間同士の大事になるような民事には不介入だと断言していたあの先生を?
いくら昔、塾の生徒だったとはいえ小国の一介の下っ端魔術師があの先生をこの国まで呼ぶ……?
「無理無理案件だわ~……」
チェルカは抱えていた頭を今度は魔導書の上に突っ伏した。
そしてため息と同時にまたぽつりとつぶやく。
「誰か助けて……」
クロビスを、みんなを、術により精神を乗っ取られてしまった人たちを……誰か。
そんな時、頭に浮かぶあの懐かしい横顔。
「こちらも無理無理案件ね……」
今では先生と同じくらい遠い存在になっしまった人物の事を思い浮かべ、チェルカはペンダントを弄っていた。
◇◇◇
結局、どうするべきかこれといった対策や手段が思いつかないまま、チェルカは日々を過ごしていた。
そんな時、魔術師師長がわざわざ研究室へとやって来てチェルカに辞令言い渡す。
「チェルカ・ローウェル。キミに魔法犯罪者が使用した術の立証を担当して貰うことになった」
「……え?」
突然命じられた任務の内容にきょとんとするチェルカの代わりに、副師長ジスタスが反論した。
「師長、それは一体どういう事ですか?ローウェルはまだ出仕して年数の浅い研究員です。魔法犯罪の術の立証など危険な任務に就くのは最低でも五年以上の実務経験を要します。まだ彼女にはその資格がありません」
ジスタスのその言葉に魔術師長は居丈高なもの言いで返してきた。
「しかしローウェルはとても優秀な魔術師だと聞いておるぞ。それなら多少危険な業務でも大丈夫だろう」
「確かに彼女は新人に近い立場でありながら一級魔術師資格保持者です。だが資格と経験はまた別のもの。犯罪に使われるような危険な魔術の立証など何が起こるか分からないような任務を、まだ任せるわけにはいきません」
チェルカはドキドキしながら師長と副師長の話を聞いていた。
どちらにせよ下っ端のチェルカに拒否権はない。
騒ぎを聞きつけた研究室の他の魔術師たちも側にやって来て固唾を呑んで見守っていた。
ジスタスが怪訝な表情を隠す事なく師長に訊ねる。
「だいたい何故そのような危険な任務をいきなりローウェルに就かせようと考えたのです?」
「私の考えではない。上からの指示だよ、ローウェル魔術師は優秀だから、もっと高度な仕事をさせるべきだと」
「上とは、どなたです?」
「畏れ多くも第二王女殿下だよ」
ざわっ……と研究室が俄に騒然となった。
『ラビニア王女殿下……っ?』
ここ数日、チェルカの頭を大いに悩ませる人物の名が上がり、全身から嫌な汗がじわりと滲む感じがした。
ジスタスが尚も師長に食い下がる。
「なぜ王女殿下自らローウェルを指名されたのですか?」
「さぁ?私にはやんごとなきお方のお考えになる事は解らんよ。だけどあのような素晴らしいお方の仰る事だ、間違いであるはずがない。従って魔術師師長の権限を以てローウェル魔術師に命ずる。王女殿下のご意向に逆らうとこなく、またご期待を裏切ること無く職務に励むように!」
そう言って師長は話はここまでだと研究室を出ていった。
残り香としてあの匂いを置き去りにして。
『なんてことなの……』
どうやら魔術師長もラビニアの魅了の術中に落ちたようだ。
そしてその魔術師長の決定に、副師長であれどジスタスも逆らう事はできない。
ましてや王族の肝入りの人事であれば尚更だ。
悲しいかな宮仕え。
王女の鶴の一声で成すがままとは……。
先日、チェルカはラビニアの魅了魔法を弾いた。
それを感知したラビニアからの報復なのかもしれない。
もしくは警告か。
自分に逆らったらどうなるか、肝に銘じておくようにと。
そうやって上から圧力をかけられて、逆らう事が出来ない下の者は全力でその任務に当たるしかない。
チェルカはまだぺーぺーの魔術師だが、一級資格を得るためにこれまで学んできたことが絶対に自分を助けてくれるはずだと鼓舞した。
そんなチェルカにマリナや他の研究員たちが声を掛けてくる。
「チェルカ……大丈夫?」
「横暴だよ。いくら王族だからって魔術師の人事にまで口を挟んで、それが許されるものなのか?」
「でも国王陛下は第二王女を殊の外大切にされていると聞くわ。その王女殿下のお願いとあればまかり通るのでしょう……」
「ローウェル君、解らない事があったら何でも聞いてくれ」
「そうよ、協力は惜しまないわ」
「完璧に任務をこなして、研究員の底力を見せつけてやろう!」
「皆さん……」
口々にチェルカを案じ、励ましてくれる研究員たちにチェルカはぺこりと頭をさげた。
「ありがとうございます。胸アツです……。皆さん、わたしが至らない部分のお力添えをよろしくお願いいたします!」
「任せといて!」
「何でも言ってくれ!」
「疲れたら、とびっきり美味しいココアを作ってあげる」
そう皆に励まされ、チェルカは動揺していた心が鎮まっていくのを感じた。
そうして次の日からチェルカは犯罪に用いられた魔法の立証に取り掛かった。
今まで担当していた魔術師は急に異動になったらしく、その担当魔術師の補佐をしていた下級魔術師に細かな事を聞きながら仕事を押し進めていく。
監禁拉致に用いた神経を痺れされる術の立証。
遠隔から相手に幻を見せる幻影魔法の立証。
数量の水から高温で熱膨張させた水を相手に浴びせる術の立証。
犯罪に用いられる術だけあって、どれも危険で再現が難しい。
何故かそんな高魔力犯罪の術の立証ばかりがチェルカの担当となった。
何故か、ということはないだろう。
これもラビニアの指示により彼女の魅了に操られた師長の指図に違いない。
だがチェルカは文句ひとつ言わずに懸命に職務を果たした。
それにはやはり研究室のみんなの助力が大きいだろう。
皆、手間や時間を惜しまずチェルカを助けてくれた。
だが、日を追う事に協力してくれる研究員の数が減っていく。
「もう協力は要らないだろ?」
「考えみれば王女殿下の素晴らしいご意向に逆らうことになってしまうから」
などと言って、今まで味方でいてくれた研究員たちが次々とチェルカから離れていった。
その度にチェルカの鼻腔と肌に、あの匂いを感じさせて。
そして日毎に王宮内に王女が使用する魅了魔法の魔力の匂いが広がってゆく。
強くなってゆく。
一体どれだけの人間が王女の術中に嵌っているのか。
王女を称賛する声を聞きながら王宮内を歩くチェルカは身の竦む思いをするばかりであった。
だけど今、王宮魔術師の職を失うわけにはいかない。
給金の高いこの仕事を辞めるわけにはいかないのだ。
チェルカは先日異母弟からの手紙に同封されていたハンカチを見てそう思った。
貴族院学院の近所にある商店のお買い物ポイントを集めてゲットしたというハンカチ。
きっと継母のレイシェルと同じくらいツンツンデレな弟ナイジェルが文具や必要な生活用品を買う度にコツコツと集めて、チェルカのために女性用のハンカチを選んでくれのだろう。
小遣いが少ないのだから自分に役立つ物にすれば良かったのに。
カンパニュラの花が刺繍された可愛いハンカチ。
カンパニュラの花言葉が“感謝”であると、ナイジェルはわかっててこの花の刺繍のハンカチを選んでくれたのだろうか。
【拝啓異母姉さん。
手紙に同封してあるハンカチは好きに使ってくれ。たまたま商店のポイントが貯まって、たまたま女性用のハンカチしかなかっただけで、べつに異母姉さんのために選んだんじゃないぞ。まぁこうやって学校に通えるのは異母姉さんの仕送りおかげだという事はわかってるし、たまたま手に入れたハンカチだから贈ってもいいかなと思っただけだから。気に入らないなら捨ててくれて構わない。まぁそのうち、仕方ないから俺が職に就いたらもっといいハンカチを買ってやるよ。それまでせいぜい体に気をつけて元気でいろよ!風邪ひくなよ!変なもの食べるなよ?わかったな!】
手紙にはそっけなくも、チェルカに対する感謝と労りの気持ちを感じる。
チェルカがローウェル男爵家に引き取られた時は自分の母親を悲しませる存在としてそれはもうかなり手厳しく目の敵にされた時期もあったけど。
それでも半分は血の繋がった弟が可愛く感じて負けじとウザ絡みしていたら本当にウザがられた時期もあったけど。
貴族院学院の学費は高いが、ナイジェルの将来を考えると絶対に学院の卒業資格は得ていた方がいい。
そのためならチェルカは頑張れる。
「ふふ。ありがとうナイジェル。お姉ちゃん、頑張るからね~」
そうやってふんわりと気合いを入れ直すチェルカに声を掛けてきた人物がいた。
「ローウェル男爵令嬢」
「はい?」
呼ばれたのでとりあえず返事をして振り返ってみれば、
そこには婚約者のクロビスの兄であるデイビス・アラバスタが立っていた。
「アラ、アラバスタ(ぷ)家のデイビスさま」
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