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第一幕

祖国からの押しかけ従者

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シモンへの恋心を自覚してから早いもので数ヶ月が過ぎ、
わたし達はそれぞれ15歳になっていた。

シモンは次期王配としていずれイコリス騎士団のほぼ全権を任される身になるため、(全権はわたし、女王が持つ)常に騎士団の演習に参加。
持って生まれた剣技の才もあり、今や騎士団の中でも不動の地位を築いているとの事だ。
なによりなにより。


わたしはシモンの15歳の誕生日に、なけなしのお小遣いを貯めて購入した万年筆をプレゼントした。

安物なんだけどね。

それでもシモンは気に入ってくれたようでお礼を言ってくれたのだ。
嬉しい!

そしてわたしの誕生日の時には髪飾りを贈ってくれた。
嬉しい!

銀細工で出来ていて、所々に小さな赤い石が散りばめられている。

これはもう、我が家の家宝に決定。

もちろん毎日髪に飾って、寝る前にはちゃんと磨いている。
銀細工はすぐに黒ずんじゃうものね。

来年、16歳になったらシモンもわたしも隣国フィルジリアにあるフィルジリア上級学園に入学する。

上級学園は2年制で16歳から18歳の、平民では上流の富裕層の子女と貴族の令息令嬢、そして王族たちが自由と平等を謳うフィルジリア共和国の下、成人直前の多感な時期を切磋琢磨しながら学ぶ場なのだ。

わたしはその学園でイコリスの次期女王として、
そしてシモンの婚約者として恥じないよう頑張らねばならない。

なのでわたしは相変わらずシモンのスパルタ教育の下、忙しく日々を過ごしていた。


そんな時、モルトダーンとの国境を挟んで、
イコリスの関所でシモンに会わせて欲しいと言う人物が現れたと報せを受けた。
なんでもモルトダーンの出国許可証は
持っていても、入国前に事前に取得するイコリスの入国許可証は持っていないとの事だった。

一体誰?

詳しい話を聞くと、なんでもシモンの乳母の息子さんで、シモンとは乳兄弟の間柄として幼い頃から共に成長してきた者だという。

それを聞いたシモンが、

「アルノルトが!?」

と目を丸くして驚いていた。
(レアなお顔、戴きました)

わたしはシモンと共に関所に向かう。

先に国王お父さまには問題なければ入国を許可するという言質は取ってある。

わたしにお任せあれだ。

関所の門衛の一人に馬を預け、わたしとシモンと従者のジュダンは急ぎ関所の扉を開く、

するとそこには明るめのブラウンの髪に紺色の瞳を持つ少年がいた。

「アルノルト!」

「シモン殿下!」

少年…アルノルトとやらはシモンに縋り付いた。

「あぁ……シモン殿下っ……!お久しゅうございますっ、お元気そうで何よりですっ、見知らぬ土地でさぞご苦労された事でしょう……!」

そう言ってアルノルトとやらはわんわん泣き出した。

見知らぬ土地……まぁ確かにね。

でも最初からハードスケジュールでシモンを連れ回して、一週間で見知らぬ土地ではなくしてやったけどね。

わたしがそんな事を考えながら二人を眺めていると、シモンがアルノルトとやらに問いかけた。

「何故お前がここに?ソニア(乳母)は知っているのか?」

「はい、母にはシモン殿下のお側に行くと言って出て来ましたから。シモン殿下!どうか、どうか僕を侍従見習いとしてお側に置いて下さいっ……!」

「えぇ?」

話を聞くところによると、アルノルトとやらは幼い頃から絶対に将来はシモンの下で働いて、シモンの役に立つのだと、それを目標に生きて来たのだそうだ。

それなのにシモンが国を追い出されて、突然目の前が真っ暗になったとか。
それでも諦めきれなかったアルノルトとやらは、15歳になって保護者なしでも出国出来るようになるまで待っていたんだそうな。

な、なんて忠義者!
うるうるしちゃう。

シモンは少し考えてからわたしの方を向いた。

「……アルノルトをどうするかは俺の一存では
決められない。お前の父親陛下に許可を取らないと。でもとりあえずは一旦、イコリスに入国させてもいいか?」

わたしは二つ返事で答えた。

「もちろんよ!お父さまの許可なんか要らないわ。もうこのままシモンの侍従見習いとしてイコリスに来て貰いましょうよ」

「お前はまたそんな勝手に……」

「あら、お父さまの言質は取ってあるもの」

「にしてもだな、お前にとってアルノルトは初対面の相手だろ?よく知りもしない人間を安易に
入国させるなど「でもシモンの乳兄弟なんでしよ?」

わたしはシモンのお小言に被せるように言った。

「シモンを見てればこの人が信用できる人だって
わかるわ。それならわざわざ要らぬ手間は省いてもいいんじゃない?」

「お前ってやつは……」

シモンはため息を吐きながらも微笑んだ。
そしてわたしの頭にぽんと手を置く。

これはシモンがわたしに感謝してる時によくする仕草だ。

わたしは嬉しくなって思わずシモンの腕に絡みつく。

「シモン大好きっ!」

「うわっ直ぐにくっつくなっ!」

近頃はこうやってシモンとわちゃわちゃする機会が増えたような気がする。

……わたしが勝手にやってるだけか。


そんなわたし達のやりとりを呆然と見ていたアルノルトとやらが、

「あの……シモン殿下、そちらは……もしかして?」

シモンはわたしを腕から引き剥がしながら言った。

「ああ。イコリス王国の第一王女、リリ・ニコル殿下だ」

わたしはニッコリと笑顔で会釈した。

「で、ではシモン殿下の婚約者様……」


ん?
婚約者に新しいも古いもあるの?


……いやあるな。

もし、シモンにかつて婚約者がいたのなら。

なんらかの理由で破談になったのなら、
あちらが旧でこちらが新になるわね。

わたしはこのところのマナーレッスンで培った
新技アルカイックスマイルを顔に貼り付けて、
それには触れないようやり過ごした。

後でアルノルトとやらをこっそり拉致して情報を絞り上げてやる。


こうしてわたし達はアルノルトとやらを連れて城へ帰った。


お父さまは予想通りわたしと同じく二つ返事で
アルノルトとやらがシモンの侍従見習いになる事を快諾した。

モルトダーン側にその事を通達するのとアルノルトとやらがイコリスで働ける為の就労手続きは、お父さまの側近のゼルマンが引き受けてくれる事になった。


アルノルトとやら……
いやもうアルノルトでいいか、
アルノルトが侍従見習いとして働き出して二日目、わたしは辛抱堪らずアルノルトを騎士たちの鍛錬場の裏に呼び出した。


「アルノルト、イコリスの空気はどう?あなたの肌に合っているといいのだけれど」

わたしが様子を伺うとアルノルトは嬉しそうに答えた。

「はい!おかげさまで皆さんに親切にして頂き、
早くもイコリスが大好きになりました!シモン殿下の婿入り先がこの国で本当に良うございました!」

いい子!!
なんて素直でいい子なの!
(同い年らしいけど)

わたしは心の底から嬉しくなった。

だってイコリスを好きになってくれて嬉しいんだもの。

でも、わたしは聞かねばならぬ。
シモンの過去の女の事を……


「アルノルト、正~直に答えてね?シモンにはかつて婚約者がいたの?」

「へ?そりゃあ王族ともなれば、しかも次期国王の最有力候補ともなれば、幼少期に婚約者は決まるものですから。イコリスでは違うのですか?」

「ええ。イコリスでは違うのですヨ」

弱小国家ですからね。わたしは笑みを貼り付けたまま言った。

「なぜそれが破談に?やっぱりシモンが国を出る事になったから?」

アルノルトは悲しそうな顔をして話してくれた。

「はい……もともとは婚約者様のお家の侯爵家も、シモン殿下の後ろ盾の一つだったのです……。でもお母上の実家の公爵家がシモン殿下を見限られたのを知り、すぐにその侯爵家側が婚約解消の申立てをして来たのです」

「酷い……」

「酷いですよね……でもそれが王宮という世界ですから……」


「という事は……、シモンは元婚約者とは泣く泣く引き離されたという事?」

「は、はい……そうなります……ね」

わたしのその言葉を聞き、アルノルトは途端に気まずそうに答える。

「……シモンはその元婚約者とは想い合っていたりなんかした?」

「……うっ……」

「アルノルト?」

わたしは特上の笑顔でアルノルトににじりにじりと歩み寄った。

「お、お二人のお気持ちがどうだったかなんて
僕にはわかりかねますが、とても仲睦まじくされていたのは何度も見てますっ、おそらくお二人共初恋でいらしたのではないかと思われますっゴメンなさい!」

アルノルトはキレっキレの角度でお辞儀をした。


仲睦まじく……?

何度も見ている……?

は、初恋……?

そんな婚約者と引き離され、次の婚約者が、わ・た・し……?

シモン自らポンコツと銘打つこのわたし?

え、えーー……

それなのにわたしときたら、勝手にシモンに恋して勝手に想いを押しつけて、勝手に騒いでる……
さ、最悪なのでは……?

わたしってば人の心の機微も感じ取れない本当のポンコツだったのか……。

でもシモンは今はわたしの婚約者だ。

たとえ政略でも。(政略になってないか)

たとえ好きでなくても。

よほどの事がなければ十八歳には婚儀を挙げる事が決まってる……。


シモンにもわたしにもどうしようもない事なのだ。

……ホントに?






















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