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第一幕
シモンをよろしくキャンペーン
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この城に勤める人たちはみんな、仕事に忠実で基本善人ばかりだ。
でもやっぱりどの国でもそうなように噂話は好きらしい。
「………なんだって」
「まぁ酷い話ねぇ」
「哀れだね……」
近頃よくわたしの耳に入ってくる、使用人達のそんな噂話……。
わたしはみんなにこっそりと声を掛けた。
「ねぇ」
「あ、姫さまっ」
「今の話、シモンには聞かせないように気をつけてね」
◇
「姫さまーっ、朝摘みの作業はこれで終わりですー今朝もお手伝いありがとうございましたーっ」
「どういたしましてーっ、美味しいお茶になったら城まで売りに来てね~!」
私は今日も早朝から茶葉の朝摘み作業の手伝いに来ていた。
朝早くの労働は気持ちいい!
この後食べる朝食が何倍も美味しく感じられる。
るんるんで城への帰り道を行くわたしに、
「……おい、なんで俺まで農作業を手伝わないと
いけないんだ」
と、ぶすくれシモンが言って来た。
「だってみんなでやったら早いじゃない?この時期の朝積み茶は美味しいのよ」
「だからって農作業など……お前、仮にも王族だろ?」
「モルトダーンではどうかは知らないけど、ウチの国の王家の威信は軽いのよ」
「バカか?なにをドヤっていやがる」
シモンがイコリスに来て、早一週間が経とうとしていた。
わたしはシモンが来てからほとんど毎朝、まだベッドの中にいるシモンを叩き起こし、寝込みを襲われたシモンの「ヒッ」という悲鳴を内心堪能してから、
やれ農作業だやれ騎士達の朝練だと引っ張りまわしている。
最初は余所余所しい態度だったシモンも、今ではすっかりわたしに懐いてくれた。
昔から犬でも猫でも子どもでもすぐに懐かれるのよね~。
婚約者に懐かれたのは初めてだけど。
当たり前か。
「お前な、せめて朝駆けはやめろ。前日に知らせてくれたら起きて待ってるから」
「そんな……寝起きのシモンの小さな悲鳴を聞くのが至福の時なのに…」
「殺すぞ」
こんな風に何気ない(笑)やりとりも楽しい。
そうだ!
午後からはシモンをあの人に合わせようかな。それともあの人がいい?
わたしはウキウキとした足取りでシモンと城へ続く道を歩いた。
◇
「まったくなんなんだあの女は!」
俺はイラついた気持ちをぶつけるべく乱暴に本を机に置いた。
結局あの後もニコに散々連れ回されて、ようやく先程解放されて自室へ戻って来れたのだ。
ここ数日、ゆっくり本を読んでいる暇もない。
「イコリスの正騎士達の訓練に参加させて貰えるのは正直嬉しいが、なぜ俺が農作業や街の掃除をせねばならんのだ!」
「ぶはっ!」
俺の嘆きを聞いたジュダンが堪えきれずといった様子で吹き出した。
「あの王女は何かと規格外のようですね、モルトダーンにはまずいないタイプです」
「イコリスにも早々はいないだろうっ」
「ははははっ」
「……お前、俺の状況を見て楽しんでるな」
俺がジト目で見ると、ジュダンはわざと片目を瞑って見せ、そして言った。
「いいじゃないですか。正直に申し上げて、モルトダーンにおられる頃よりずっと良いお顔をされていますよ」
あり得ない。
疲れた顔の間違いだろう。
新しい婚約者のニコルはホントに変な女だ。
王族らしさが全くない。
この国の王であるニコルの父親も飄々として掴みどころのないお方だった。
早くに王妃であった母親を亡くしているからか?
王族らしさどころか娘らしさが微塵もない。
見目は悪くないのだ。
正直初めて会った時、綺麗な娘だと思った。
ベージュブロンドの髪にブルートパーズの瞳。
もしニコルを頭の先から足の先まで磨き上げて
流行のドレスや宝飾品で飾りたてれば、
国を越えて争奪戦が起こるのではないかとさえ思うほどの美形だ。
しかしそれを台無しするあのポンコツ感……。
残念すぎるだろ。
その時、俺の脳裏に懐かしい面影が過ぎった。
俯いた後ろ姿、サラサラと風に靡く
ストロベリーブロンドの髪。
『シモン様……』
懐かしい声が聞こえた気がしたところで俺はハッとて我に返った。
白昼夢など見てる場合ではない。
そんな俺の様子など気にも留めず、ジュダンは先程からの話の続きを振ってきた。
「殿下、お気付きではありませんか?ニコル殿下のされている事の意味を」
「意味?」
ニコのする事に意味?
……ないだろ。
「今、ニコル殿下はシモン様をイコリスの皆に
紹介して廻っておられるんですよ。貴方が少しでも早く、イコリスに馴染めるように」
「……は?あいつがそんな事を?……なんのために」
「ニコル殿下は情に篤いお方のようですね。そしてとても懐の深い方とお見受けします。あなたの家はもうここなのだと、イコリス王家の一員なのだと皆に印象付けて下さっているのですよ、多分」
「なぜ最後に多分が付くんだ」
「あの方は規格外ですから。でもおそらくは知っておられるんでしょうな、シモン殿下がこちらに来た本当の理由を」
「………」
「貴方の生涯の伴侶となる方が、あのようにお優しい方で良かった」
「……ふん」
おやおや、素直じゃありませんなぁと言うジュダンの声を無視して、俺は本を読むフリをして誤魔化した。
……本当だろうか。
ニコが俺のために?
もう帰る場所のない俺のためにあんな事を?
言われてみればイコリスに来てまだ一週間しか
経っていないというのに、既に俺の事を知らない者はいないようだ。
しかもモルトダーンから来た王子ではなく、皆が俺をイコリスの次期王配として接してくれる。
ち、あんな訳の分からない言動を繰り返すポンコツのくせに。
俺はお前を傀儡にする気でここに来たのに。
知らず、自分の胸元を掴んでいた。
胸熱になんかなっていない、断じてなっていないからな。
◇
どうやらほぼ毎日地道に実施した、シモンをよろしくキャンペーンは功を奏したようだわ。
城中で囁かれていた、
「捨てられた王子」
「母と後ろ盾を無くした可哀想な王子」
「祖国を失った哀れな王子」
というシモンの噂は無くなり、今や
「姫さまには勿体ない出来た王子」
「姫さまに振り回される気の毒な王子」
「イコリスに現れた期待の新星」
というものに変わった。
良かった!
縁あって家族になるんだからやっぱりシモンにはイコリスの皆んなを、イコリスの皆んなにはシモンを好きになって貰いたいもの。
わたしは嬉しくてついまたスキップをしていた。
「姫さまっ!!」
あ、ベキア(侍女長)。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
作者のひとり言
シモンが評するニコルのポンコツ感とは、
王族や高貴な身分の女性としての価値観から見てのポンコツとなります。
ガサツ……とまではいかなくとも、
普通の高位令嬢とはかけ離れたニコルの行動がシモンにそう評価させるんでしょうね。
それにしてもシモンの記憶に過ぎった
ストロベリーブロンドの女……。
シモンのヤツ。けしからん。
でもやっぱりどの国でもそうなように噂話は好きらしい。
「………なんだって」
「まぁ酷い話ねぇ」
「哀れだね……」
近頃よくわたしの耳に入ってくる、使用人達のそんな噂話……。
わたしはみんなにこっそりと声を掛けた。
「ねぇ」
「あ、姫さまっ」
「今の話、シモンには聞かせないように気をつけてね」
◇
「姫さまーっ、朝摘みの作業はこれで終わりですー今朝もお手伝いありがとうございましたーっ」
「どういたしましてーっ、美味しいお茶になったら城まで売りに来てね~!」
私は今日も早朝から茶葉の朝摘み作業の手伝いに来ていた。
朝早くの労働は気持ちいい!
この後食べる朝食が何倍も美味しく感じられる。
るんるんで城への帰り道を行くわたしに、
「……おい、なんで俺まで農作業を手伝わないと
いけないんだ」
と、ぶすくれシモンが言って来た。
「だってみんなでやったら早いじゃない?この時期の朝積み茶は美味しいのよ」
「だからって農作業など……お前、仮にも王族だろ?」
「モルトダーンではどうかは知らないけど、ウチの国の王家の威信は軽いのよ」
「バカか?なにをドヤっていやがる」
シモンがイコリスに来て、早一週間が経とうとしていた。
わたしはシモンが来てからほとんど毎朝、まだベッドの中にいるシモンを叩き起こし、寝込みを襲われたシモンの「ヒッ」という悲鳴を内心堪能してから、
やれ農作業だやれ騎士達の朝練だと引っ張りまわしている。
最初は余所余所しい態度だったシモンも、今ではすっかりわたしに懐いてくれた。
昔から犬でも猫でも子どもでもすぐに懐かれるのよね~。
婚約者に懐かれたのは初めてだけど。
当たり前か。
「お前な、せめて朝駆けはやめろ。前日に知らせてくれたら起きて待ってるから」
「そんな……寝起きのシモンの小さな悲鳴を聞くのが至福の時なのに…」
「殺すぞ」
こんな風に何気ない(笑)やりとりも楽しい。
そうだ!
午後からはシモンをあの人に合わせようかな。それともあの人がいい?
わたしはウキウキとした足取りでシモンと城へ続く道を歩いた。
◇
「まったくなんなんだあの女は!」
俺はイラついた気持ちをぶつけるべく乱暴に本を机に置いた。
結局あの後もニコに散々連れ回されて、ようやく先程解放されて自室へ戻って来れたのだ。
ここ数日、ゆっくり本を読んでいる暇もない。
「イコリスの正騎士達の訓練に参加させて貰えるのは正直嬉しいが、なぜ俺が農作業や街の掃除をせねばならんのだ!」
「ぶはっ!」
俺の嘆きを聞いたジュダンが堪えきれずといった様子で吹き出した。
「あの王女は何かと規格外のようですね、モルトダーンにはまずいないタイプです」
「イコリスにも早々はいないだろうっ」
「ははははっ」
「……お前、俺の状況を見て楽しんでるな」
俺がジト目で見ると、ジュダンはわざと片目を瞑って見せ、そして言った。
「いいじゃないですか。正直に申し上げて、モルトダーンにおられる頃よりずっと良いお顔をされていますよ」
あり得ない。
疲れた顔の間違いだろう。
新しい婚約者のニコルはホントに変な女だ。
王族らしさが全くない。
この国の王であるニコルの父親も飄々として掴みどころのないお方だった。
早くに王妃であった母親を亡くしているからか?
王族らしさどころか娘らしさが微塵もない。
見目は悪くないのだ。
正直初めて会った時、綺麗な娘だと思った。
ベージュブロンドの髪にブルートパーズの瞳。
もしニコルを頭の先から足の先まで磨き上げて
流行のドレスや宝飾品で飾りたてれば、
国を越えて争奪戦が起こるのではないかとさえ思うほどの美形だ。
しかしそれを台無しするあのポンコツ感……。
残念すぎるだろ。
その時、俺の脳裏に懐かしい面影が過ぎった。
俯いた後ろ姿、サラサラと風に靡く
ストロベリーブロンドの髪。
『シモン様……』
懐かしい声が聞こえた気がしたところで俺はハッとて我に返った。
白昼夢など見てる場合ではない。
そんな俺の様子など気にも留めず、ジュダンは先程からの話の続きを振ってきた。
「殿下、お気付きではありませんか?ニコル殿下のされている事の意味を」
「意味?」
ニコのする事に意味?
……ないだろ。
「今、ニコル殿下はシモン様をイコリスの皆に
紹介して廻っておられるんですよ。貴方が少しでも早く、イコリスに馴染めるように」
「……は?あいつがそんな事を?……なんのために」
「ニコル殿下は情に篤いお方のようですね。そしてとても懐の深い方とお見受けします。あなたの家はもうここなのだと、イコリス王家の一員なのだと皆に印象付けて下さっているのですよ、多分」
「なぜ最後に多分が付くんだ」
「あの方は規格外ですから。でもおそらくは知っておられるんでしょうな、シモン殿下がこちらに来た本当の理由を」
「………」
「貴方の生涯の伴侶となる方が、あのようにお優しい方で良かった」
「……ふん」
おやおや、素直じゃありませんなぁと言うジュダンの声を無視して、俺は本を読むフリをして誤魔化した。
……本当だろうか。
ニコが俺のために?
もう帰る場所のない俺のためにあんな事を?
言われてみればイコリスに来てまだ一週間しか
経っていないというのに、既に俺の事を知らない者はいないようだ。
しかもモルトダーンから来た王子ではなく、皆が俺をイコリスの次期王配として接してくれる。
ち、あんな訳の分からない言動を繰り返すポンコツのくせに。
俺はお前を傀儡にする気でここに来たのに。
知らず、自分の胸元を掴んでいた。
胸熱になんかなっていない、断じてなっていないからな。
◇
どうやらほぼ毎日地道に実施した、シモンをよろしくキャンペーンは功を奏したようだわ。
城中で囁かれていた、
「捨てられた王子」
「母と後ろ盾を無くした可哀想な王子」
「祖国を失った哀れな王子」
というシモンの噂は無くなり、今や
「姫さまには勿体ない出来た王子」
「姫さまに振り回される気の毒な王子」
「イコリスに現れた期待の新星」
というものに変わった。
良かった!
縁あって家族になるんだからやっぱりシモンにはイコリスの皆んなを、イコリスの皆んなにはシモンを好きになって貰いたいもの。
わたしは嬉しくてついまたスキップをしていた。
「姫さまっ!!」
あ、ベキア(侍女長)。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
作者のひとり言
シモンが評するニコルのポンコツ感とは、
王族や高貴な身分の女性としての価値観から見てのポンコツとなります。
ガサツ……とまではいかなくとも、
普通の高位令嬢とはかけ離れたニコルの行動がシモンにそう評価させるんでしょうね。
それにしてもシモンの記憶に過ぎった
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