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第一幕

まさかこんな出会い方

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「ここがイコリスか……」


モルトダーンとイコリスの国境付近にある関所を超え、俺はイコリスの大地を踏んだ。

隣国へ婿入りする第一王子の見送り兼護衛として数名の護衛騎士と数名の官吏が伴って来たが、
関所に着いたらさっさと帰って行った。

事実上の廃嫡である事など誰もがわかっている事だが、形式上は婚姻のための出国なのだから
体裁くらいは取り繕えよ。

相手側を弱小国と侮っているため、イコリスへの配慮も敬意もない。

とはいえあの国の王子として恥ずかしくなる。

まあいい。

この悔しさを糧にのし上がってやる。

今の俺が持つのは一頭の馬と二つのトランク、

そして幼い頃から側で仕えてくれている
教育係兼護衛兼従者のジュダン・コンバルトだけだ。

ジュダンは生母の実家、公爵家の傍家の出身でとても優秀な男だ。

廃嫡された王子など見限ってもよいものを、なんの酔狂かこののちもずっと俺に仕えたいと言ってくれた。

……正直、有り難かった。

母が亡くなり、それを追うように俺の後ろ盾だった母の父、つまり俺の祖父である公爵も亡くなった。

その後、第二王子を産んだ側妃の実家の侯爵家が側妃を次の王妃に押し上げ、モルトダーンのパワーバランスが崩れた。

このまま第一王子に着いていても不利と見た、母方の公爵家の新当主は俺を捨てた。

なんの後ろ盾も無くなった俺を守る者は誰もいなく……

国王は俺を廃嫡とした。

父から隣国の次期女王の王配となれとの命が下った時、
ああ……俺は家族も祖国も何もかもを失ったんだなと思った。

……わかってる、父にしてみれば俺の命を守るにはこれしか方法が無かった事は。

邪魔な第一王子第二王子側あいつらがいつまでも生かしておくはずはない。

国を出れば少なくとも命を脅かされる確率は少なくなる。

王族としての威信を失わせずに俺を国外へ出すには他国の王族との婚姻という形が一番良いと、
父が考えたのもわかる。

わかってる。

頭ではわかっているのだ。


幼少期に結ばれた婚約も破談となり、
婚約者の啜り泣く声を背に、俺は国を出た。


そうして今、イコリスの地にいる。



国民性の穏やかな土地だとは聞いていたが通り過ぎる誰もが笑顔だ。

そして誰もが俺に挨拶をする。

「あ!もしかして隣国モルトダーンから来たという姫さまのお相手ですかい?」

「まぁ!姫さまの将来の旦那さまだね!いやだ、
美形じゃない!アタシが10歳若けりゃねぇ!」

「あー!ひめさまのおぅじさまだー!」


…………ん?


「ようこそイコリスへ!どうか末永くウチの姫さまを頼みましたよ!」


……どういう事だ?

なぜ俺がモルトダーンから来た王子で、この国の王女の結婚相手だと知っている?

ジュダンも訝しげに首を傾げながら馬を進めている。


その時、一際大きな歓声が耳に届いた。

「終わったぞー!!」

「今年も無事に収穫出来たーー!」

「これで今年の冬は怖くないな!」


どうやら畑の作物の収穫を終えた直後らしい。
今までの苦労が報われた瞬間なのだろうか。
皆、一様に安堵と喜びに満ちた顔をしている。

モルトダーンでも当然農作業はあるが、こうやって収穫の瞬間に立ち会う事などあるわけもなく、俺は興味深く見つめていた。


作業をしていたであろう農民に紛れ、一人だけ毛色が違う娘がいる。

服装から見ると街の娘のように見受けられる。

丁度街へ行く道を知りたかったので俺はその娘に声を掛けた。


「突然で済まないが…街へ、王城へ行きたいんだが、この道を真っ直ぐでいいのか?」

娘は突然の声かけに驚いた様子だったが、自分も丁度帰るのでと、案内してくれる事になった。

ジュダンの馬に乗るように言ったが、なんと娘は自分の馬で来ているという。

イコリスでは街娘でも馬に乗るのかと感心してしまった。

おかげであっという間に王城へと到着した。

娘は中まで案内してくれるらしく、城門を越え、さらに進んだ。

おいおいどこまでいくんだ?

俺たちは助かるがお前は怒られるんじゃないかと心配になった時、娘が「ここで馬を降りて!」とよく通る張りのある声で言った。

俺とジュダンはそれに従う。

下馬して手綱を引いてると、前方からこちらに向かって来る男の姿が見えた。

男はおそらくこの城ではかなり上の役職に就いてる者だろう。

城で働いていると思われる者たちに頭を下げられている。

間違いなく俺たちの出迎えだろうな。

俺は娘が咎を受ける前に帰す事にした。

「案内ご苦労。助かったよ。叱られる前に帰るといい」

すると娘はきょとんとした顔で俺を見た。

「叱られる?何もしてないから大丈夫なはず」

「は?」

俺が訝しげに娘を見たその時、違う方向から大きな声がした。


「あ!姫さまっ!お戻りなさいませ」

見ると侍女風の娘がこちらに向かって走って来る。


ん?

姫さま?


「ただいまチュウラ、ごめん、またこんなに服を汚しちゃったわ」

「あはは、ランドリーメイドさん達は笑って許してくれますよ」

「今度お菓子の差し入れでもするわ」

「それがようございます」


「……ちょっと待て」

俺は二人の会話に割って入った。


「…………姫?」

「ハイ」

「この国の?」

「そう」


「………第何?」

「第一です」

「俺の婚約者ではないかっ」

「あはは!」

「あははじゃないっ、何故言わなかったのです?」

「だって聞かれなかったもの」

「はぁ?……もしかして、国境付近あそこにいた民たちが俺の存在を知っていたのは……」

「わたしが大々的に報告したから」

「………」



そのやり取りを聞き、チュウラと呼ばれた侍女風の娘が俺を見て目を輝かせた。

「ひ、姫さまっ……も、もしかしてこちらが!?」

その時、先ほど前方から歩いて来る姿を見た男が横から声を掛けてきた。

「控えなさい、チュウラ。無礼ですよ。シモン殿下であらせられますね、私は国王陛下の側近を務めさせていただいておりますゼルマンと申します。遠い所をよくぞおいで下さりました。出迎えにも行けず、申し訳ありません」

ゼルマンと名乗ったその側近は胸に手を当て、俺に対して臣下の礼を取った。

その様子に少し驚いたが俺は応えた。

「いや、どうせ仰々しくしたくないから出迎えは
要らぬとモルトダーン側が言ったのだろう?
予定の日よりも1日早い到着となったしな、気にしないでくれ」

「寛容なお言葉、痛み入ります」

モルトダーン側は俺を追い出す様をわざわざ見せつけるような形になるのを避けたかったんだろうな。あの見送り人数とこのまさに着の身着のままという俺の姿では当然の考えか。
……くそ。


俺は気を取り直し、ゼルマンに言う。

「モルトダーンの第一王子、ジリル=シモンだ。こっちは従者のジュダン=コンバルト。今日から世話になる。……それで、やはりこちらが?」

俺は姫と呼ばれた姫らしき、姫らしくない娘に向かって目を向けた。

ゼルマンは答える。

「はい。この方が我がイコリスの第一王女、リリ・ニコル殿下にあらせられます」

ゼルマンの言葉を受け、
娘は…ニコル姫はにっこりと笑みを浮かべて
カーテシーをした。

「お初に(?)お目にかかります。
イコリスの第一王女、リリ・ニコルにございます」

なんだ。礼を取る姿を見たらそれなりの身分の者に見えるじゃないか。
服装はアレだけど。


「……シモンです。末永くよろしく、ニコル姫」

「ニコと呼んで。それから敬語もなし。初対面とはいえ、これから家族になるんだもの」

「……え?」

俺は“家族”という言葉に反応してしまった。

なんだこの女の軽さは。

俺たちはまだただの婚約者で、

俺はただの生国から押し付けられた居候に過ぎない。

それなのに家族とは。

俺は……。

その時ニコル姫は俺の手を掴んで走り出した。

「こっちよシモン、お父さまの執務室に案内するわ!」

「ちょっ…!ま、待ってくれっ」

強引に腕を引かれ俺は仕方なくそれに従う。
……なかなかに力が強いな。


というかコレが姫?

これが新しい婚約者?

しかもなんという出会い方だ。

まさか一国の王女とこんな出会い方……!




初対面からしてこんな調子のニコルに、俺は既に振り回されていた。

この後一生、振り回され続ける人生になるとは
この時の俺にわかるはずはない……。






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作者のひとり言

物語はお話毎にニコル目線、シモン目線で書いてゆきます。

たまに一つのお話の中で
半分はニコル、半分はシモン目線でお送りする事もあります。

















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