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クララとクー
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「一応、ハジメマシテになるのかしらクララさん。わたしのこと、一度は目にしているのよね?そしてその時はクーと呼ばれていたはずね」
突然、楠の幹の向こう側から女性が現れた。
忘れもしない、あの日王都で見た「クー」と呼ばれていた女性だ。
「あなた……どうしてバートン孤児院に……?」
ウォレスに兄弟がいたと確信した直後で、ただでさえ気持ちの整理が追いつかないというのにこの上件の女性と向き合わねばならないなんて。
クララは分かりやすく動揺した。
そんなクララの心情はお見通しだと言わんばかりにクーと呼ばれた女性は肩を竦めながら笑みを浮かべた。
そしてたった今、存在が明らかになった人物の名を聞く。
「そんな身構えないでよ。ワタシはただ、ウォードに頼まれてここに来ただけなんだからさ」
「……ウォード……さん、に?」
「おねぇさん?」
楠の所まで連れて来てくれたマイクが、突然現れた女性とクララを交互に見て不思議そうにしている。
クララはマイクの頭を優しく撫でて彼に告げた。
「案内してくれてありがとうマイク。私はこの方とお話があるから、先に戻ってくれて大丈夫よ」
マイクはクララを見上げて無垢な眼差しを向けてくる。
「タイセツなおはなし?」
「ええそうよ。とても、とても大切なお話……」
「わかった!いんちょーせんせいもいつもタイセツなおはなしをしてるからね!ぼく、みんなになおった“は”をみせてくる!」
そう言ってマイクは一目散に孤児院の建物の中へと戻って行った。
後に残された者同士、改めて互いを見る。
するとクーという女性がクララの姿をまじまじと見つめ、言った。
「ふぅん。ウォレスに言われた通り、忠実に姿を再現したつもりだったんだけどなぁ。やっぱり微妙に違うわね」
「え?」
「ねぇワタシの姿、髪色と瞳の色が一緒だと思わない?」
「ええ……思っていたわ。でも単なる偶然なのかと……」
「違うわよ。これはあなたに寄せて変身してるの。任務の為に、本当のウォレスはしばらく表に出られなかったから」
「それはどういう……」
その言葉の意味が理解出来ずにいたクララの目の前で、クーという女性の体が一瞬ぼんやりと光に包まれた。
そしてすぐに光の中から深緑の髪色に黒い瞳を持つ別人が現れる。
「変身魔法……」
クララがつぶやくようにそう言うと、彼女は笑みを浮かべて答えた。
「魔法とは少し違うのよね。ワタシ、精霊だから」
「精霊……?」
「そう。正確には楠から生まれた木の精霊。ウォレスとウォードがこの孤児院に来た時くらいに生まれたんだ。今のコレも本当の姿じゃないんだけどウォードが好きで昔から人の形をしていたからもう元の姿は忘れちゃったわ。」
「ちょっ、ちょっと待って、何がなんだかさっぱりっ……え?精霊?それがなぜウォレスと?え?ウォードさんが好き?え?え?」
突然現れ、そして目の前で姿を変えた上に精霊だと告げられて、クララはますます混乱の境地に陥った。
そんなクララを見て、楠の精霊はころころと無邪気に笑う。
「あははは。そりゃそうだよねぇ。大丈夫、落ち着いてクララ。ちゃんと説明するから」
楠の精霊はそう言いながらクララを楠の木陰に座らせ、自分もその隣に座った。
そしてまずはここからだと、ウォレスとウォードが双子の兄弟である事を告げた。
「あいつら兄弟は古い風習の残る集落で生まれたの。でもその土地では双子は不吉だというバカげた言い伝えがあってね、母親以外の村人からは酷い仕打ちを受けていたみたいよ。加えてあの双子は精霊憑きだからね、完全に忌み子扱いだったそうよ。ったく、他の土地では精霊憑きは崇められるっていうのにね」
「精霊憑き……」
魔力がないというのになぜか精霊に好かれ、加護を受けられる人間がいるという事をクララも知っていた。
まさかウォレスがその精霊憑きだとは思いも寄らなかったが。
そしてふたりが七歳になる直前、母親が病で亡くなり父親がいなかった為にこのバートン孤児院へ送られたそうだ。
「ウォレスが精霊憑きだったなんて全然知らなかったわ。ウォレスは一切そんな素振りはみせなかったし……」
「ウォレスは力が弱いからね、騎士団のクソ共に口止めされていた事もあるし」
「口止め……?」
クララがそう言うと、精霊は居住まいを正してクララに真剣な眼差しを向けてきた。
「ワタシがここに来たのは、真実を語る術を持たないウォレスとウォードのためよ。もちろん一番はウォードに頼まれたからだけど、このままじゃあまりにもウォレスが可哀想じゃない?生まれて初めて心から欲しいと思って手に入れた妻に浮気を誤解されて捨てられるなんて」
「真実を、語る術を持たない……?それはどういう事?」
「その前にあなたの本当の気持ちを聞かせて。この孤児院の、この楠の元まで来たという事は、あなたはウォレスの真実を知りたいと思ったから。それで間違いない?」
精霊は一つ一つの言葉に重きを置くように告げてきた。
クララは黙って頷く。
「そして今でも彼を愛している、そう判断してもいい?」
クララはまた黙って頷いた。
下手な言葉は要らない、この想いを上手く言葉にして伝えられる自信もない。
それならば何も言わず、彼女から一切目を逸らさずに頷くだけでいい。
クララはそう思った。
「……わかったわ。じゃあ話してあげる、あなたの夫と、その弟ウォードの事を」
楠の精霊は、双子が初めて孤児院に来て、この中庭で楠の精霊と出会った時の事から順に話してくれた。
騎士団がなぜ双子の素性を隠蔽したのか、ウォレスとウォードがどんな任務に就かされていたのか、そしてあの日、王都で何が起こっていたのかを全て話してくれたのだった。
そうして全てを聞き終えた時、クララの瞳からは涙がとめどなく溢れていた。
ウォレスは、夫はなんと過酷な人生を歩んできたのだろう。
そして彼はクララと結婚してからはクララとの将来のために必死に行動してきたのだ。
誓約魔法に縛られながらも彼なりに懸命に。
妻となったクララに、大切な自分の分身の存在を語れない悲しい思いを胸に秘めながら。
ウォレスの為人を知りながら、彼が妻を裏切るような人間ではないと心のどこかでは思いながらも、目の当たりにした事実だけを真実と思い込み、傷付くのが怖くて逃げ続けた。
知らなかったのだから仕方ないとは思う。
だけど、それでも真実を知った今は後悔の念が波のように押し寄せる。
どうしてウォレスを信じなかったのか。
どうして彼の側を離れ、彼を一人にしてしまったのか。
そんな苦しみや悔しさが涙となって次から次へと溢れてくる。
涙を流し続けるクララに精霊は言った。
「その綺麗な涙を拭うのは私の仕事じゃないわね」
そしてクララの肩を抱き、くるんと方向転換させた。
「………え……?」
振り向かされた視線の先に居た人物にクララは目を見張る。
精霊はその人物に声をかけた。
「見計らったようにいいタイミングじゃないウォレス。全てを知っちゃった奥さんを慰めるのはアンタの仕事だからね!」
「……ウォレスっ………」
どうして彼がここに?
孤児院の中庭に、半年以上ぶりとなる夫ウォレス=バートンが姿を現した。
だけどその姿は溢れる涙によりすぐに滲んで見えなくなってしまう。
ハンカチを取り出す余裕もなく、自身の白い手で涙を拭うクララの背を割と強めの力でクーが押し出した。
「きゃっ……!」
「っクララ!」
ドンと押されて思わず詰んのめり、転びそうになったクララをウォレスが素早く駆け寄って抱きとめた。
「……ウォレスっ……」
クララは涙しながらウォレスを見上げた。
クララの体を支えるウォレスの手の力が強くなる。
そんなふたりにクーが告げた。
「後はふたりでちゃんと話し合いなさーい!まぁ話せる事は少ないだろうけど!」
そして「ワタシはウォードの元に帰るから~」と言って、来た時と同様に楠の幹の向こう側へと消えた。
それを見ていたクララを、ウォレスはぎゆっと抱きしめた。
───────────────────────
お待たせ致しました。
次回、ウォレスsideです。
あの日の真相など、ウォレスの方の視点からお届けします。
でもごめんなさい。
明日は一日出かける予定で、それにより短めの更新となりそうです。
突然、楠の幹の向こう側から女性が現れた。
忘れもしない、あの日王都で見た「クー」と呼ばれていた女性だ。
「あなた……どうしてバートン孤児院に……?」
ウォレスに兄弟がいたと確信した直後で、ただでさえ気持ちの整理が追いつかないというのにこの上件の女性と向き合わねばならないなんて。
クララは分かりやすく動揺した。
そんなクララの心情はお見通しだと言わんばかりにクーと呼ばれた女性は肩を竦めながら笑みを浮かべた。
そしてたった今、存在が明らかになった人物の名を聞く。
「そんな身構えないでよ。ワタシはただ、ウォードに頼まれてここに来ただけなんだからさ」
「……ウォード……さん、に?」
「おねぇさん?」
楠の所まで連れて来てくれたマイクが、突然現れた女性とクララを交互に見て不思議そうにしている。
クララはマイクの頭を優しく撫でて彼に告げた。
「案内してくれてありがとうマイク。私はこの方とお話があるから、先に戻ってくれて大丈夫よ」
マイクはクララを見上げて無垢な眼差しを向けてくる。
「タイセツなおはなし?」
「ええそうよ。とても、とても大切なお話……」
「わかった!いんちょーせんせいもいつもタイセツなおはなしをしてるからね!ぼく、みんなになおった“は”をみせてくる!」
そう言ってマイクは一目散に孤児院の建物の中へと戻って行った。
後に残された者同士、改めて互いを見る。
するとクーという女性がクララの姿をまじまじと見つめ、言った。
「ふぅん。ウォレスに言われた通り、忠実に姿を再現したつもりだったんだけどなぁ。やっぱり微妙に違うわね」
「え?」
「ねぇワタシの姿、髪色と瞳の色が一緒だと思わない?」
「ええ……思っていたわ。でも単なる偶然なのかと……」
「違うわよ。これはあなたに寄せて変身してるの。任務の為に、本当のウォレスはしばらく表に出られなかったから」
「それはどういう……」
その言葉の意味が理解出来ずにいたクララの目の前で、クーという女性の体が一瞬ぼんやりと光に包まれた。
そしてすぐに光の中から深緑の髪色に黒い瞳を持つ別人が現れる。
「変身魔法……」
クララがつぶやくようにそう言うと、彼女は笑みを浮かべて答えた。
「魔法とは少し違うのよね。ワタシ、精霊だから」
「精霊……?」
「そう。正確には楠から生まれた木の精霊。ウォレスとウォードがこの孤児院に来た時くらいに生まれたんだ。今のコレも本当の姿じゃないんだけどウォードが好きで昔から人の形をしていたからもう元の姿は忘れちゃったわ。」
「ちょっ、ちょっと待って、何がなんだかさっぱりっ……え?精霊?それがなぜウォレスと?え?ウォードさんが好き?え?え?」
突然現れ、そして目の前で姿を変えた上に精霊だと告げられて、クララはますます混乱の境地に陥った。
そんなクララを見て、楠の精霊はころころと無邪気に笑う。
「あははは。そりゃそうだよねぇ。大丈夫、落ち着いてクララ。ちゃんと説明するから」
楠の精霊はそう言いながらクララを楠の木陰に座らせ、自分もその隣に座った。
そしてまずはここからだと、ウォレスとウォードが双子の兄弟である事を告げた。
「あいつら兄弟は古い風習の残る集落で生まれたの。でもその土地では双子は不吉だというバカげた言い伝えがあってね、母親以外の村人からは酷い仕打ちを受けていたみたいよ。加えてあの双子は精霊憑きだからね、完全に忌み子扱いだったそうよ。ったく、他の土地では精霊憑きは崇められるっていうのにね」
「精霊憑き……」
魔力がないというのになぜか精霊に好かれ、加護を受けられる人間がいるという事をクララも知っていた。
まさかウォレスがその精霊憑きだとは思いも寄らなかったが。
そしてふたりが七歳になる直前、母親が病で亡くなり父親がいなかった為にこのバートン孤児院へ送られたそうだ。
「ウォレスが精霊憑きだったなんて全然知らなかったわ。ウォレスは一切そんな素振りはみせなかったし……」
「ウォレスは力が弱いからね、騎士団のクソ共に口止めされていた事もあるし」
「口止め……?」
クララがそう言うと、精霊は居住まいを正してクララに真剣な眼差しを向けてきた。
「ワタシがここに来たのは、真実を語る術を持たないウォレスとウォードのためよ。もちろん一番はウォードに頼まれたからだけど、このままじゃあまりにもウォレスが可哀想じゃない?生まれて初めて心から欲しいと思って手に入れた妻に浮気を誤解されて捨てられるなんて」
「真実を、語る術を持たない……?それはどういう事?」
「その前にあなたの本当の気持ちを聞かせて。この孤児院の、この楠の元まで来たという事は、あなたはウォレスの真実を知りたいと思ったから。それで間違いない?」
精霊は一つ一つの言葉に重きを置くように告げてきた。
クララは黙って頷く。
「そして今でも彼を愛している、そう判断してもいい?」
クララはまた黙って頷いた。
下手な言葉は要らない、この想いを上手く言葉にして伝えられる自信もない。
それならば何も言わず、彼女から一切目を逸らさずに頷くだけでいい。
クララはそう思った。
「……わかったわ。じゃあ話してあげる、あなたの夫と、その弟ウォードの事を」
楠の精霊は、双子が初めて孤児院に来て、この中庭で楠の精霊と出会った時の事から順に話してくれた。
騎士団がなぜ双子の素性を隠蔽したのか、ウォレスとウォードがどんな任務に就かされていたのか、そしてあの日、王都で何が起こっていたのかを全て話してくれたのだった。
そうして全てを聞き終えた時、クララの瞳からは涙がとめどなく溢れていた。
ウォレスは、夫はなんと過酷な人生を歩んできたのだろう。
そして彼はクララと結婚してからはクララとの将来のために必死に行動してきたのだ。
誓約魔法に縛られながらも彼なりに懸命に。
妻となったクララに、大切な自分の分身の存在を語れない悲しい思いを胸に秘めながら。
ウォレスの為人を知りながら、彼が妻を裏切るような人間ではないと心のどこかでは思いながらも、目の当たりにした事実だけを真実と思い込み、傷付くのが怖くて逃げ続けた。
知らなかったのだから仕方ないとは思う。
だけど、それでも真実を知った今は後悔の念が波のように押し寄せる。
どうしてウォレスを信じなかったのか。
どうして彼の側を離れ、彼を一人にしてしまったのか。
そんな苦しみや悔しさが涙となって次から次へと溢れてくる。
涙を流し続けるクララに精霊は言った。
「その綺麗な涙を拭うのは私の仕事じゃないわね」
そしてクララの肩を抱き、くるんと方向転換させた。
「………え……?」
振り向かされた視線の先に居た人物にクララは目を見張る。
精霊はその人物に声をかけた。
「見計らったようにいいタイミングじゃないウォレス。全てを知っちゃった奥さんを慰めるのはアンタの仕事だからね!」
「……ウォレスっ………」
どうして彼がここに?
孤児院の中庭に、半年以上ぶりとなる夫ウォレス=バートンが姿を現した。
だけどその姿は溢れる涙によりすぐに滲んで見えなくなってしまう。
ハンカチを取り出す余裕もなく、自身の白い手で涙を拭うクララの背を割と強めの力でクーが押し出した。
「きゃっ……!」
「っクララ!」
ドンと押されて思わず詰んのめり、転びそうになったクララをウォレスが素早く駆け寄って抱きとめた。
「……ウォレスっ……」
クララは涙しながらウォレスを見上げた。
クララの体を支えるウォレスの手の力が強くなる。
そんなふたりにクーが告げた。
「後はふたりでちゃんと話し合いなさーい!まぁ話せる事は少ないだろうけど!」
そして「ワタシはウォードの元に帰るから~」と言って、来た時と同様に楠の幹の向こう側へと消えた。
それを見ていたクララを、ウォレスはぎゆっと抱きしめた。
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次回、ウォレスsideです。
あの日の真相など、ウォレスの方の視点からお届けします。
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