なかった事にいたしましょう

キムラましゅろう

文字の大きさ
上 下
11 / 19

心の底から嫌いな奴

しおりを挟む
ローラント王国筆頭公爵家の令嬢が
第二王子の婚約者候補に名を連ねたと公表された
次の日、
国王が全治2ヶ月の重傷を負ったために
療養生活に入る事となった。

第二王子の婚約者候補の打診を受け、
それを事前の相談もなく安易に「諾」とした
国王に激怒した王妃が離縁状を叩き付けたのだ。

そのまま王宮を出て行こうとした王妃を
引き止めるために追い縋った国王が階段から
足を踏み外して落下。
両手両足を骨折するという大惨事となった。

病弱だった末娘を溺愛する伯父(ヤスミン公爵)が、娘が幼い頃から恋焦がれていた相手と縁を結んでやりたいと懇願してきたため断れなかったと、
国王は王妃に泣きながら言い訳をしたという。

なんのために上の王子二人が
側妃や婚約者候補を立ててきたのか……。
その苦労が水の泡である。

その上、息子のヴィンセントがカロル伯爵家の
ハグリットを溺愛している事を知っていてのこの所業。

そして「ヴィンセントあいつなら自力でこの状況をなんとかするだろ」
という無責任な他力本願っぷりに、王妃の怒りは
更に爆発した。

王妃は国王に向こう1年間、
自分の半径30メートル以内に近づく事
を禁止した。
後々の世に語り継がれる、
『王妃周辺所払いの刑』である。

結婚して以来、一人の側妃も持たず
王妃ただ一人に愛を注いできた国王にとって、
それは死刑宣告も同じであった。

両腕を骨折しながらも
必死で泣いて縋る国王に王妃は
あくまでも婚約者候補として名を連ねるのみで
婚約者の決定はヴィンセント本人に任せても良い、という言質を取り、
温情で1年間のところを
半年に縮めてやった…………

とまぁ、これが今回の国王陛下が療養に至った
事の顛末らしいですよ」

と、メレ姉さんが説明してくれた。

「階段から転落……」

よく骨折だけで済んだものだ。

頭を打ったり、内臓が損傷しなくて良かったと
思うわたしの隣で、

メレ姉さんがポツリと
「そのまま再起不能になれば良かったのに」
と言ったのは聞かなかった事にしよう。


ふーん……なるほどね。

ヤスミン公爵令嬢パトリシア様が
幼い頃からヴィンス様をねぇ……。

あの方って今幾つだっけ?
16歳?結婚適齢期に突入したばかりね。

病弱って聞いたけど、
お元気になられたみたいで良かったわ。


だってホラ……

リュシル様と渡り合えるくらいの
パワーがあるという事だものね。

わたしは王妃宮のテラスから、
庭園でヴィンス様の両脇をガッチリ挟んでの
パトリシア様とリュシル様のガチンコバトルを
眺めていた。


リュ:「まぁぁ~パトリシア様ってば候補者としては一番の新参者なんですからぁ、少しは遠慮したらいかがですぅぅ?」

パト:「何を仰っているのかわかりませんわ!こういうのは若さと爵位がモノを言うと相場が決まっておりますのよ!」

リュ:「ヴィンセント殿下とリュシルはぁ、
もう既にいい感じだったんですぅ。毎日一緒にお茶をして愛を育んでいたんですぅぅ!それを横入りなんておやめくださいましぃ~!」

パト:「それは貴女が勝手に執務室に押しかけているだけなのでしょう?いやですわ勘違い女ほど痛々しいものはございませんわね。ヴィンセント様はわたくしと結ばれる事が決まっておりますのよ」

リュ:「なぁんですってぇ~!?」

パト:「おほほほほ!」

ヴィ:「ははは、ではお二人とも勘違いされているわけですね、お帰りはあちらですよ」

ヴィンス様が渇いた笑い声を出しながら
お二人を残してさっさと歩き出す。

「「あぁん!お待ちくださいませ!」」

それを慌てて追いかけて行くパトリシア様と
リュシル様をわたしは見送った。


……これはどう判断したらいいのだろう。

先日ヴィンス様から愛の告白をされて、
想いが通じ合ったと思ったらのこの急展開……。

わたしを妃にという話は白紙に戻ったと考えれば
いいのかしら?

はっ!もしかして妃といっても“側”が付く方?

側妃としてわたしを迎えたいという
意味だったのかしら!?


えー……それはちょっとなぁ……。

わたし、後宮でヴィンス様の正妃様や
他の側妃さん達と上手くやっていける
自身がないなぁ……。


ヴィンス様の兄上、
王太子殿下の後宮を見る限り、
凄まじ過ぎてわたしなんかがとても生き残れる
とは思えない……。

それにわたしは
自分の両親みたいに夫婦二人、
互いを唯一無二として
想い合う夫婦になりたい……。
なんて思うのは贅沢?

でも、それが叶わないのであれば
無理に結婚したいなんて思わないもんなぁ。

とりあえず伏魔殿暮らしだけは絶対にイヤ……

「何をさっきからブツブツ言ってるんですか?
ホラ、さっさとお使いを終わらせましょう。
いざ、参りますよ伏魔殿へ」

どうやらわたしは自分の思考の海に溺れて
立ち止まっていたようだ。
メレ姉さんに促され、わたしは王太子宮伏魔殿へと
向かった。

王太子宮に着くと、
まずはここの女主人である
王太子妃オデット様にご挨拶をするべく、
オデット様の自室へと足を運ぶ。

王太子妃付きの侍女に訪いを告げて
面会を希望する。
(事前に先触れを出し、確認済み)

ややあって、すぐにオデット様専用のサロンに
通された。

メレ姉さんは他の侍女さん達と待機、

わたしはオデット様に勧められて
お茶をご馳走になった。


優雅な仕草で茶器を置き、
涼やかな声でオデット様が言われた。

「久しいですね、ハグリット様。
相変わらずお綺麗ですこと、ヴィンセント殿下が
昔から貴女にぞっこんなのも頷けますわ」

王太子宮ここで語られる言葉を
そのまま鵜呑みにしてはいけない。

今の言葉の本当の意味は

『見目が良いだけのたかだか宮廷貴族の娘が、
幼馴染という特権を活かしていつまでもデカいツラ
してんじゃねぇぞコラ』
というものである。

わたしは長年の淑女教育で培った
笑顔という武装を纏った。

「そんな、とんでもございません。
あまりにもわたしが至らないために、殿下もきっと
憐れんでお側に置いて下さってるだけだと思いますわ」


「またまたご謙遜を。
ハグリット様が第二王子の寵愛を一身に
受けていらっしゃる事を知らない者は
この王宮にはおりませんもの。知ってても突撃するバカもおりますけれど…そうそう、モロー家のリュシル様はお元気?」

これは吐かれた言葉、そんまんまの意味ね。

「お元気そうですよ。
先程もヴィンセント殿下を挟んで、オデット様の妹君であらせられるパトリシア様と楽しそうにしておられましたもの」

あら、この言い方では
パトリシア様もリュシル様と同レベルみたいな
意味になってしまうわね、失礼しました。


「……そう。パットもバカな子ね。
王家の男なんかに夢中になって……。
決して自分一人のものにはならないのに」

オデット様はそう呟くように仰った。
まるで自分の事を言っておられるような、
そんな気がした。

「自分一人のものにならない」
そう、王家の男と結婚するという事は
そういう事なのよね……。


お茶を頂いてオデット様のサロンを退室した後、
わたしは王妃様のお使いの本命に会った。

王太子宮の後宮におられる、第二妃のアン様だ。

先月、無事に王女様を出産されたばかりアン様。

王妃様が産褥期の体に良い薬をアン様のために
東方の国より取り寄せられた。
わたしは今日はそれを届けに来たというわけだ。

アン様にご挨拶をして、
王女様のお顔を見せていただく。

か、かわいいっ……!

え!?
生後1ヶ月にして既に美形であるとわかるレベル
って凄くない?

超美男子のジェイデン殿下にそっくりだわ。

その事がアン様にとって至上の喜びらしく、
かなり悦に浸っておられるご様子だった。

こんな顔を見せられたら、
正妃であるオデット様や他の側妃様は
イラっとくるでしょうね……。

くわばらくわばら、

用が済んだらさっさと退散しましょ。


わたしはアン妃の部屋を辞して、
メレ姉さんと共に王妃宮へと戻る。

その途中、
せっかくなので王妃様の部屋に飾る花を
庭師のおじさんに見繕って貰おうと
温室に立ち寄る。

でも庭師のおじさんの姿が見当たらない。
仕方ないのでメレ姉さんと手分けして広い
温室内を探す事にした。


この王宮の温室はとても広い。

何区画かに分けられていて
植物の性質によってきちんと管理されて
いるそうだ。

この温室のおかげで、
王宮内は真冬時でも花々で溢れている。



その温室の一画、
鬱蒼とした植物たちに囲まれるように
置かれているベンチの付近で、

わたしの耳に
不快な音が飛び込んできた。

荒い息遣いに耳障りな女の嬌声。
気持ち悪い水音に肌と肌がぶつかり合う音。

…………最悪だ。


こんな所でそんな事をする奴は一人しかいない。

わたしは嫌悪感で鳥肌が立つ。

これ以上耳にしたくなくて
回れ右をした所で、メレ姉さんがわたしの両耳を
塞いでくれた。

離れて探していたのに
異変に気付いたのかすぐに来てくれたようだ。

さすがはヴィンス様直属の暗部だわ。

メレ姉さんは目配せだけで、
「このまま気配を消して立ち去ろう」と
知らせてくれる。

わたしはメレ姉さんの優しい手に耳を
塞がれながら温室を後にした。


それにしても……

ホントに最悪な奴。


これこそさっさと記憶から抹消しよう。


わたしは気を取り直して
その日の務めをテキパキ(多分)とこなした。


それなのに……

仕事を終えて自室に戻ろうと
王妃宮の廊下を歩くわたしの前に
そいつが現れた。


「よお、ひさしぶりだな。
いや違うな、昼間に温室で会ったよな?」


「………ダニエル殿下」


第三王子ダニエル。

ヴィンス様の弟王子だ。


そしてわたしが

心の底から嫌いな奴だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



作者のひとり言

ヴィンセントには各派閥から多数の婚約者候補、
そして王太子には正妃の他、各派閥から娶った側妃たちがいるのに
なぜ現国王が側妃を持たぬことが罷り通っているのか?

もちろん、現国王にも婚姻前には多数の婚約者候補がいたそうです。

しかし当時
婚約者候補の一人にしかすぎなかった現王妃との
初顔合わせにして世紀の一目惚れをした国王は他の候補者には目もくれず、
猛烈なアプローチの末に粘り勝ちをして婚姻を結ぶ事に成功。

王妃は次々に世継ぎとそのスペアになる
王子を四人も出産し、(長男は急逝したが)その立場を盤石なものにしました。

ではパワーバランスのために側妃を……
という声は自然と上がらなかったといいます。

これは極めて異例な事らしいです。

王子を四人も生むという功績を成し遂げ、
尚且つ国王の絶大なる寵愛を一身に受ける
類稀なる絶世の美女……。

そんな王妃と比べられると分かっていて、誰も
側妃になりたいなんて思わなかったのが正直な所なのでしょうね。

これで王子が生まれていなければ
これまたややこしい事になったのでしょうが……。

でもヴィンセントの気質はどちらかというと
父親譲りなのではないかと思います。

自分の妃はハグリットただ一人でいい。

その希望が、叶えられればよいのですが。







しおりを挟む
感想 163

あなたにおすすめの小説

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

夢を現実にしないための正しいマニュアル

しゃーりん
恋愛
娘が処刑される夢を見た。 現在、娘はまだ6歳。それは本当に9年後に起こる出来事? 処刑される未来を変えるため、過去にも起きた夢の出来事を参考にして、変えてはいけないことと変えるべきことを調べ始める。 婚約者になる王子の周囲を変え、貴族の平民に対する接し方のマニュアルを作り、娘の未来のために頑張るお話。

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

[電子書籍化]好きな人が幸せならそれでいいと、そう思っていました。

はるきりょう
恋愛
『 好きな人が幸せならそれでいいと、そう思っていました。』がシーモアさんで、電子書籍化することになりました!!!! 本編(公開のものを加筆・校正)→後日談(公開のものを加筆・校正)→最新話→シーモア特典SSの時系列です。本編+後日談は約2万字弱加筆してあります!電子書籍読んでいただければ幸いです!! ※分かりずらいので、アダム視点もこちらに移しました!アダム視点のみは非公開にさせてもらいます。 オリビアは自分にできる一番の笑顔をジェイムズに見せる。それは本当の気持ちだった。強がりと言われればそうかもしれないけれど。でもオリビアは心から思うのだ。 好きな人が幸せであることが一番幸せだと。 「……そう。…君はこれからどうするの?」 「お伝えし忘れておりました。私、婚約者候補となりましたの。皇太子殿下の」 大好きな婚約者の幸せを願い、身を引いたオリビアが皇太子殿下の婚約者候補となり、新たな恋をする話。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

処理中です...