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その日の事 ①
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「……という次第により、当カロル家は殿下の
婚約者候補から外れる事と相成りました。
長い間、ヴィンセント殿下には良くしていただき、感謝の念に堪えません。本当にありがとうございました」
わたしは深々と頭を下げた。
目の前にいるローラント王国第二王子、
ローラント=オ=レブ=ヴィンセント殿下とは
わたしが10歳の時に婚約者候補に選らばれてから、かれこれ8年の付き合いになる。
アッシュブロンドのサラサラな髪に
濃いブルーの瞳。
幼い頃は線が細く
女の子みたいな印象だったけど、
第二王子になられてからは鍛錬を積み、
勉学にも励まれ、心身共に鍛えられたおかげで
誰もが見惚れる精悍さを兼ね備えた美貌の王子に
成長された。
一方、わたしはというと
先祖の功績で伯爵位は持つものの
領地を有さない宮廷貴族の娘で、
中肉中背、麦わら色の髪に薄緑の目という何から何まで冴えない普通の女だ。
あ、申し遅れました、
わたしの名はハグリット=カロルと申します。
ヴィンセント殿下の生母であらせられる王妃様と
わたしの亡き母が無二の親友同士だったため
王妃様たっての希望により、わたしはわずか
10歳の時に殿下の婚約者候補として選ばれた。
当時殿下は第三王子でいらして、
ゆくゆくは臣籍へ降りる事が決まっていたため、
しがない宮廷貴族の娘であるわたしでも
婚約者候補となる事が出来たのだという。
第一王子であった一番上のお兄様が立太子直前に
ご病気で亡くなられ、繰り上がりで第二王子の二番目のお兄様が王太子に、
そしてヴィンセント殿下は第二王子となられた。
もう一人弟殿下がおられるけど、
わたしはそいつが嫌いなのでここでは触れない事にする。
第二王子はいわば後継のスペア。
王太子にもしもの事があれば、
その代わりに王位を継ぐ。
そのため臣籍には降りず生涯、
宰相の地位にて兄である国王を支え続ける……
というのがこの国の王家の慣いとなっている。
今の王家の王子達は皆さま同腹のご兄弟なので、
泥沼の後継者問題とは無縁だ。
これが側妃が生んだ王子がどうのこうのとかだったら面倒くさい事になっていただろう。
でも今まで第三王子として誰にも注目されなかったヴィンセント殿下が第二王子となられた事で、わたしを取り巻く環境はいきなり変わってしまった。
今までわたし一人だった婚約者候補は
さらに二人増え、しかもそれが侯爵家の令嬢と
辺境伯の令嬢とくれば、
ただの宮廷貴族の娘であるわたしなど
お払い箱も同然だった。
だけどヴィンセント殿下は幼馴染でもあるわたしが、なんの咎もないのに婚約者候補から外れるのは哀れだと思ってくれたようで、
わたしをそのまま婚約者候補に据え置いた。
わたしを実の娘のように可愛がって下さる王妃様の意向も汲まれたのだろう。
まぁ当然、
侯爵令嬢サマと辺境伯令嬢サマは
わたしなんかが同じ立場に立っているなど気に食わないようで、
様々な嫌味や嫌がらせを受けて来たけど
当のわたしは屁でも(と、失礼)なかった。
まぁそんな環境にも負けず
婚約者候補として様々な淑女教育を受けて来た
わたしだけれども、
あともう少しでいよいよ婚約者の選定が始まる
というこの時期に悲劇が起きた。
お父さまが詐欺に遭い、
多額の借金を拵えてしまったのだ。
領地があればそれを売って(貴族としては恥だが)
借金返済に充てられたのだが、
我が家に売れる土地も財産もなく……。
……結果、お父さまにはマグロ漁船に乗って出稼ぎに出て貰い、
わたしは王妃様の温情にて
王妃様のお側付きとして働かせて貰える事になった。
もちろん、
その時点でヴィンセント殿下の婚約者候補として
相応しいはずもなく……。
わたしは三下り半(違うか)を突き付けられる前に自ら候補者辞退を願い出た。
ヴィンセント殿下はこうなる事を薄々と
察していたらしく、わたしの言葉に
さして驚かれはしなかった。
いや、
きっと渡りに船だと思われていたのかもしれない。
幼馴染のよしみで
婚約者候補に据え置いていたものの、
はっきりいって扱いに困っていたのだろう。
わたしはどうも昔からの幼馴染みの癖が抜けず、
ヴィンセント殿下に不敬な態度ばかり取ってしまうから。
それに比べて
淑女の鑑と謳われるオディール侯爵令嬢や、
まるで咲き綻ぶ花のように愛らしいリュシル辺境伯令嬢の方が良いと思われるのは当然なのかもしれない。
特にこの頃はオディール様と
とても仲睦まじくされていると評判だから。
わたしにとって
ヴィンセント殿下は初恋の人で、
その初恋は今も現在進行形で育まれている。
だから、丁度よかったのだ。
大好きな人に選ばれないという辛さを味わう前に、家の事情という形で身を引けるこのタイミングが
何よりも有り難かった。
これからは臣下として接する事になる、
殿下が他の女性とイチャコラされる姿を見せつけられるのは堪らなく辛いものがあるけれど、
これも運命だと諦めるしかない。
どうせ持参金が用意出来ないので
どこかに嫁ぐ事もないのだ。
バリバリ働いて、
さっさと借金を返して(返せるか?)、
いずれどこか新天地でやり直そう。
その決意を胸に
わたしは今夜、殿下にお伝えしたい事があると、
少しだけお時間を頂戴したのだ。
殿下はなんだか浮かない顔をされている。
あ、そうでしたね、
わたしとの面会が終わった後に
オディール様とお会いするんでしたよね、
もうすぐに手短に終わらせますからもう少しだけ、我慢してくださいよ。
少なくともわたし達は8年も共に成長してきた
間柄なのですから。
……寂しいな。
殿下にわたしより大切な人が出来たのが
たまらなく寂しい。
でも今日で最後です。
幼馴染兼婚約者候補として向き合うのはこれで
最後なのですから、
どうか今少しお付き合いくださいませ、
ね?ヴィンセント殿下。
婚約者候補から外れる事と相成りました。
長い間、ヴィンセント殿下には良くしていただき、感謝の念に堪えません。本当にありがとうございました」
わたしは深々と頭を下げた。
目の前にいるローラント王国第二王子、
ローラント=オ=レブ=ヴィンセント殿下とは
わたしが10歳の時に婚約者候補に選らばれてから、かれこれ8年の付き合いになる。
アッシュブロンドのサラサラな髪に
濃いブルーの瞳。
幼い頃は線が細く
女の子みたいな印象だったけど、
第二王子になられてからは鍛錬を積み、
勉学にも励まれ、心身共に鍛えられたおかげで
誰もが見惚れる精悍さを兼ね備えた美貌の王子に
成長された。
一方、わたしはというと
先祖の功績で伯爵位は持つものの
領地を有さない宮廷貴族の娘で、
中肉中背、麦わら色の髪に薄緑の目という何から何まで冴えない普通の女だ。
あ、申し遅れました、
わたしの名はハグリット=カロルと申します。
ヴィンセント殿下の生母であらせられる王妃様と
わたしの亡き母が無二の親友同士だったため
王妃様たっての希望により、わたしはわずか
10歳の時に殿下の婚約者候補として選ばれた。
当時殿下は第三王子でいらして、
ゆくゆくは臣籍へ降りる事が決まっていたため、
しがない宮廷貴族の娘であるわたしでも
婚約者候補となる事が出来たのだという。
第一王子であった一番上のお兄様が立太子直前に
ご病気で亡くなられ、繰り上がりで第二王子の二番目のお兄様が王太子に、
そしてヴィンセント殿下は第二王子となられた。
もう一人弟殿下がおられるけど、
わたしはそいつが嫌いなのでここでは触れない事にする。
第二王子はいわば後継のスペア。
王太子にもしもの事があれば、
その代わりに王位を継ぐ。
そのため臣籍には降りず生涯、
宰相の地位にて兄である国王を支え続ける……
というのがこの国の王家の慣いとなっている。
今の王家の王子達は皆さま同腹のご兄弟なので、
泥沼の後継者問題とは無縁だ。
これが側妃が生んだ王子がどうのこうのとかだったら面倒くさい事になっていただろう。
でも今まで第三王子として誰にも注目されなかったヴィンセント殿下が第二王子となられた事で、わたしを取り巻く環境はいきなり変わってしまった。
今までわたし一人だった婚約者候補は
さらに二人増え、しかもそれが侯爵家の令嬢と
辺境伯の令嬢とくれば、
ただの宮廷貴族の娘であるわたしなど
お払い箱も同然だった。
だけどヴィンセント殿下は幼馴染でもあるわたしが、なんの咎もないのに婚約者候補から外れるのは哀れだと思ってくれたようで、
わたしをそのまま婚約者候補に据え置いた。
わたしを実の娘のように可愛がって下さる王妃様の意向も汲まれたのだろう。
まぁ当然、
侯爵令嬢サマと辺境伯令嬢サマは
わたしなんかが同じ立場に立っているなど気に食わないようで、
様々な嫌味や嫌がらせを受けて来たけど
当のわたしは屁でも(と、失礼)なかった。
まぁそんな環境にも負けず
婚約者候補として様々な淑女教育を受けて来た
わたしだけれども、
あともう少しでいよいよ婚約者の選定が始まる
というこの時期に悲劇が起きた。
お父さまが詐欺に遭い、
多額の借金を拵えてしまったのだ。
領地があればそれを売って(貴族としては恥だが)
借金返済に充てられたのだが、
我が家に売れる土地も財産もなく……。
……結果、お父さまにはマグロ漁船に乗って出稼ぎに出て貰い、
わたしは王妃様の温情にて
王妃様のお側付きとして働かせて貰える事になった。
もちろん、
その時点でヴィンセント殿下の婚約者候補として
相応しいはずもなく……。
わたしは三下り半(違うか)を突き付けられる前に自ら候補者辞退を願い出た。
ヴィンセント殿下はこうなる事を薄々と
察していたらしく、わたしの言葉に
さして驚かれはしなかった。
いや、
きっと渡りに船だと思われていたのかもしれない。
幼馴染のよしみで
婚約者候補に据え置いていたものの、
はっきりいって扱いに困っていたのだろう。
わたしはどうも昔からの幼馴染みの癖が抜けず、
ヴィンセント殿下に不敬な態度ばかり取ってしまうから。
それに比べて
淑女の鑑と謳われるオディール侯爵令嬢や、
まるで咲き綻ぶ花のように愛らしいリュシル辺境伯令嬢の方が良いと思われるのは当然なのかもしれない。
特にこの頃はオディール様と
とても仲睦まじくされていると評判だから。
わたしにとって
ヴィンセント殿下は初恋の人で、
その初恋は今も現在進行形で育まれている。
だから、丁度よかったのだ。
大好きな人に選ばれないという辛さを味わう前に、家の事情という形で身を引けるこのタイミングが
何よりも有り難かった。
これからは臣下として接する事になる、
殿下が他の女性とイチャコラされる姿を見せつけられるのは堪らなく辛いものがあるけれど、
これも運命だと諦めるしかない。
どうせ持参金が用意出来ないので
どこかに嫁ぐ事もないのだ。
バリバリ働いて、
さっさと借金を返して(返せるか?)、
いずれどこか新天地でやり直そう。
その決意を胸に
わたしは今夜、殿下にお伝えしたい事があると、
少しだけお時間を頂戴したのだ。
殿下はなんだか浮かない顔をされている。
あ、そうでしたね、
わたしとの面会が終わった後に
オディール様とお会いするんでしたよね、
もうすぐに手短に終わらせますからもう少しだけ、我慢してくださいよ。
少なくともわたし達は8年も共に成長してきた
間柄なのですから。
……寂しいな。
殿下にわたしより大切な人が出来たのが
たまらなく寂しい。
でも今日で最後です。
幼馴染兼婚約者候補として向き合うのはこれで
最後なのですから、
どうか今少しお付き合いくださいませ、
ね?ヴィンセント殿下。
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