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ありがとう、お疲れ様でした
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「突然お邪魔して申し訳ありませんな」
休日に突然やって来たブライス家の
家令、アーチーがわたしに言った。
「いいのよ、アーチーならいつでも大歓迎よ」
ボリスというオマケ付きだけど。
本当ならもうこの家にはステフ以外は
入れないと決めていたけど、
アーチーにはブライス家に居候している時から、
そして独り立ちする時に大変お世話になったので
特別だ。
ボリスというオマケ付きだけど。
ボリスはさっきから
何が気に入らないのか不貞腐れた様子で
アーチーの隣に座っている。
わたしが「久しぶりね」と、
以前と変わらないように心がけながら挨拶しても
「ああ」としか言わなかった。
まぁ……向こうも変わらず、ね。
わたしは二人にお茶を出しながら
アーチーに尋ねた。
「それで今日はどうしたの?」
「はい、ブライス家には先先代の頃より50年、
お仕えして参りましたがこの度とうとう退職する事になりました」
「そうなのね……アーチーには本当に
お世話になってばかりだったわ」
「いやいや、坊ちゃま方ばかりでむさ苦し…
ゴホン、賑やかなところにシリス様という可愛らしい小鳥がやって来られて更に賑やかになって、
とても楽しゅうございました」
結局賑やかなんじゃない。
それに一瞬、むさ苦しいって言いそうになったわね。
「アーチーは退職後はどうするの?」
「田舎に帰って
畑でも借りてのんびり暮らそうかと」
「いいわね、アーチーなら
一人で何ヘクタールでも耕しそう」
「いやいや、私ももう70ですからな、
精々1ヘクタールくらいかと」
「ふふふ、それでも1ヘクタールは
イケちゃう自信があるのね」
アーチーは70歳になっても筋骨隆々のお爺さんだ。
ワルターに剣術の基礎を教えたのもアーチーだったとか。
「それで…ですな、退職前のご挨拶とやり残した事を片付けようと思いまして」
「やり残した事?」
「はい。我ら二人、
今日はシリス様に懺悔に参りました」
「ざ、懺悔!?穏やかじゃないわね」
「誠に以てお恥ずかしい。
では僭越ながら私しめから……」
アーチーは居住まいを正し、
コホンとひとつ咳払いをした。
テーブルの向かいに座っているわたしも
思わず背筋を伸ばす。
「シリス様、ワルター様にシリス様のアパートを
お教えしたのは私でございます」
「え、そうなの?」
「はい。魅了が解けた後、シリス様を失った
ワルター様が憔悴しきっておられるのを見ていられませんでした。シリス様に無断で居場所を教え、
とりあえず気が済むまで陰ながら見守ったらどうかとお勧めしたのも私です。まさかあそこまで本格的にストーキングするとは思ってもみませんでしたが……誠に申し訳ございませんでした」
まさかのストーカー推奨!?
まぁでも想像はつくわ。
その後はワルターが勝手にどんどん
エスカレートしていったんでしょうね。
下の階に部屋まで借りて。
「……それ、昨日知ったばかりなの。
まさかアーチーが絡んでいたとは……ぷっ、
別に謝らなくてもいいわ。驚いたけど怒ってはいないし」
「それはようございました。
お二人が婚約者同士に戻られて、本当に嬉しゅうございます。亡き先代も喜んでおられる事でしょう。このアーチー、もう思い残す事はございません」
アーチーがハンカチで目元を押さえる。
「ちょっとアーチー、長生きしてよ?」
「ははは、ご心配には及びません。
我が家は長寿の家系ですからな」
「ふふふ」
わたしとアーチー、二人で笑い合う。
穏やかなひと時だ。
……隣にぶすくれたボリスが居なければ。
「では、次はボリス様からの懺悔にございます」
そう言ってアーチーはボリスの背をポンと叩く。
それをボリスは怒ったように身を捩る。
「ちょっ…なんだよっ、なんで俺がっ」
ボリスの態度があまりにもお子ちゃまなので、
仕方ないからわたしの方から話を振ってやった。
「最初の婚約をジャンケンで決めて、ワルターが
仕方なくわたしの婚約者になったって嘘を吐いた事への懺悔?」
「……!」
目を見開くボリスの横でアーチーが
驚きの声をあげる。
「なんですと?そんな子ども染みた嘘まで吐いて
おられたのですか」
「まぁ実際、
その時はわたし達二人とも子どもだったけどね」
でもその子どもの吐いた嘘を、同じくまだ
子どもだったわたしは信じてしまい、
その結果つい昨日まで苦しめられる事になったのよね。
「でも子どもだからと言って嘘を吐いて許されると思っていてはいけませんな」
アーチーがひと睨みすると、
ボリスは怯んだように言う。
「な、なんだよっ」
「しかしシリス様。残念ながらボリス様の懺悔は
その事ではございません」
「まだ何かあるの!?」
「はい。でもこれはシリス様に対して吐かれたものではなく、ワルター様に吐かれたものです。しかし結果的にはシリス様も被害を受けられましたので
謝罪されるようにボリス様に申し上げました」
「一体何を……」
もはや聞くのが怖いわ……。
言い渋るボリスに圧を掛けながら
アーチーは言った。
「さ、ボリス様」
「……わ、わかったよ……」
本当に謝意はあるのかと問い正したくなるような
態度でボリスは話し出した。
その内容はホントに呆れたものだった。
ボリスはわたしに振られた後に
昏睡から目を覚ましたワルターに、
わたしが二度と顔を見せるなと言ったとか、
第三者を立てるとか手紙を書くとか一切するなと言うほど怒っていると嘘を吐いらしいのだ。
婚約破棄になり、チャンスとばかりに
わたしに告白をして自分は振られた。
なのにまたわたしとワルターが元通りになるのが
悔しかったのだという。
それによりワルターが怖気づき
わたしに会いにも行けず、
結果ストーカーと化してしまった。
まぁヘタレたのはワルター自身の問題だったと
思うけど。
わたしへの罪の意識が大きすぎて、
過剰に受け止めちゃったのね。
下された王命に背中を押されながら、
ヘタレた態度でもワルターが会いに来なければ、
わたし達はずっと別れたままだっただろう。
「ちょっ……ボリス、あなたホントなんなの?」
「っく……」
呆れと怒りを含んだわたしの声に
ボリスは悔しいのか下唇を噛む。
「……ワルターにこの事を告げたの?」
わたしが聞くと、
だんまりボリスに変わりアーチーが答えてくれた。
「ワルター様にはこの後に。
今日はお仕事だと伺っておりましたので、
先にシリス様に謝罪をと思いましてな」
「そう……。ボリス、謝るべき相手はわたしにではなくワルターによ。謝罪とは口先だけでなく全身で表現するものなのよ。とりあえずワルターに謝って数発殴られた後に、謝罪のお作法を伝授して貰えばいいわ。彼の東方の国流の謝罪をね」
「……シリス……悪かったよ……」
もういいわ。
最初の婚約の時から振り返って見ても、
みんな子どもだった、それしか言えない。
でもきっと、こうやってアーチーに無理やり
連れて来られなかったら、ボリスは黙ったまま
だったんだろうなぁ。
彼の精神的な成長を切に望む。
ボリスはワルターへの謝罪も終えたら、
とりあえずアーチーと共に田舎へ行くそうだ。
そこで農作業を手伝いながら
己を見つめ直すのだとか……。
まぁ精々アーチーにしごいて貰いなさい。
その後はアーチーにブライス家の今の様子を
教えて貰ったりした。
フレディ様の奥さまのエステル様は
女児を産んだものの産後の肥立ちが悪く、
伏せがちになられたとの事。
フレディ様が甲斐甲斐しくお世話をされているそうだが、体調はあまり芳しくないらしい。
早くお元気になられるといいのだけれど……。
わたしの近況報告などもし、
アーチーは肩の荷が降りたような晴れ晴れとした
表情で来た時と同様にボリスを連れ立って
帰って行った。
アーチー、子どもの頃から本当にお世話に
なりました。
ありがとう、お疲れ様でした。
これからは第二の人生を謳歌して下さいね。
ボリスというオマケ付きだけど。
でもこの後、ワルターに会うと言っていたわね。
どうなったのかはワルターが帰って来たら
話を聞く事にしよう。
なんせ、家はすぐ真下だからね!
だけどその日から
ワルターは帰って来れなくなった。
急にタレ込みが有り、
潜入捜査に入ったのだと先日会ったアレンさん
から聞いた。
大丈夫なのだろうか。
わたしからワルターに連絡を取る方法はない。
スミスさんかアレンさんに言えば
接触した時に伝えて貰えるそうだけど。
緊急でもない限り、
変に動いて彼の身元がバレてしまうような事態は
避けたい。
今は大人しく、
ワルターの帰りを待つしかなさそうだ。
そんなわたしに待ち望んでいた仕事が舞い込む。
わたしが魔法書士を目指すきっかけになった、
魔力継承の立会人。
その全てを初めて任されたのだ。
もちろん全力で臨む所存。
わたしはやる気に満ち溢れながら、
今回魔力継承を行うブノワ家へと来た。
まさかこの家で、
大変な事態に巻き込まれる事になろうとは
この時のわたしには想像すらつかなかった。
休日に突然やって来たブライス家の
家令、アーチーがわたしに言った。
「いいのよ、アーチーならいつでも大歓迎よ」
ボリスというオマケ付きだけど。
本当ならもうこの家にはステフ以外は
入れないと決めていたけど、
アーチーにはブライス家に居候している時から、
そして独り立ちする時に大変お世話になったので
特別だ。
ボリスというオマケ付きだけど。
ボリスはさっきから
何が気に入らないのか不貞腐れた様子で
アーチーの隣に座っている。
わたしが「久しぶりね」と、
以前と変わらないように心がけながら挨拶しても
「ああ」としか言わなかった。
まぁ……向こうも変わらず、ね。
わたしは二人にお茶を出しながら
アーチーに尋ねた。
「それで今日はどうしたの?」
「はい、ブライス家には先先代の頃より50年、
お仕えして参りましたがこの度とうとう退職する事になりました」
「そうなのね……アーチーには本当に
お世話になってばかりだったわ」
「いやいや、坊ちゃま方ばかりでむさ苦し…
ゴホン、賑やかなところにシリス様という可愛らしい小鳥がやって来られて更に賑やかになって、
とても楽しゅうございました」
結局賑やかなんじゃない。
それに一瞬、むさ苦しいって言いそうになったわね。
「アーチーは退職後はどうするの?」
「田舎に帰って
畑でも借りてのんびり暮らそうかと」
「いいわね、アーチーなら
一人で何ヘクタールでも耕しそう」
「いやいや、私ももう70ですからな、
精々1ヘクタールくらいかと」
「ふふふ、それでも1ヘクタールは
イケちゃう自信があるのね」
アーチーは70歳になっても筋骨隆々のお爺さんだ。
ワルターに剣術の基礎を教えたのもアーチーだったとか。
「それで…ですな、退職前のご挨拶とやり残した事を片付けようと思いまして」
「やり残した事?」
「はい。我ら二人、
今日はシリス様に懺悔に参りました」
「ざ、懺悔!?穏やかじゃないわね」
「誠に以てお恥ずかしい。
では僭越ながら私しめから……」
アーチーは居住まいを正し、
コホンとひとつ咳払いをした。
テーブルの向かいに座っているわたしも
思わず背筋を伸ばす。
「シリス様、ワルター様にシリス様のアパートを
お教えしたのは私でございます」
「え、そうなの?」
「はい。魅了が解けた後、シリス様を失った
ワルター様が憔悴しきっておられるのを見ていられませんでした。シリス様に無断で居場所を教え、
とりあえず気が済むまで陰ながら見守ったらどうかとお勧めしたのも私です。まさかあそこまで本格的にストーキングするとは思ってもみませんでしたが……誠に申し訳ございませんでした」
まさかのストーカー推奨!?
まぁでも想像はつくわ。
その後はワルターが勝手にどんどん
エスカレートしていったんでしょうね。
下の階に部屋まで借りて。
「……それ、昨日知ったばかりなの。
まさかアーチーが絡んでいたとは……ぷっ、
別に謝らなくてもいいわ。驚いたけど怒ってはいないし」
「それはようございました。
お二人が婚約者同士に戻られて、本当に嬉しゅうございます。亡き先代も喜んでおられる事でしょう。このアーチー、もう思い残す事はございません」
アーチーがハンカチで目元を押さえる。
「ちょっとアーチー、長生きしてよ?」
「ははは、ご心配には及びません。
我が家は長寿の家系ですからな」
「ふふふ」
わたしとアーチー、二人で笑い合う。
穏やかなひと時だ。
……隣にぶすくれたボリスが居なければ。
「では、次はボリス様からの懺悔にございます」
そう言ってアーチーはボリスの背をポンと叩く。
それをボリスは怒ったように身を捩る。
「ちょっ…なんだよっ、なんで俺がっ」
ボリスの態度があまりにもお子ちゃまなので、
仕方ないからわたしの方から話を振ってやった。
「最初の婚約をジャンケンで決めて、ワルターが
仕方なくわたしの婚約者になったって嘘を吐いた事への懺悔?」
「……!」
目を見開くボリスの横でアーチーが
驚きの声をあげる。
「なんですと?そんな子ども染みた嘘まで吐いて
おられたのですか」
「まぁ実際、
その時はわたし達二人とも子どもだったけどね」
でもその子どもの吐いた嘘を、同じくまだ
子どもだったわたしは信じてしまい、
その結果つい昨日まで苦しめられる事になったのよね。
「でも子どもだからと言って嘘を吐いて許されると思っていてはいけませんな」
アーチーがひと睨みすると、
ボリスは怯んだように言う。
「な、なんだよっ」
「しかしシリス様。残念ながらボリス様の懺悔は
その事ではございません」
「まだ何かあるの!?」
「はい。でもこれはシリス様に対して吐かれたものではなく、ワルター様に吐かれたものです。しかし結果的にはシリス様も被害を受けられましたので
謝罪されるようにボリス様に申し上げました」
「一体何を……」
もはや聞くのが怖いわ……。
言い渋るボリスに圧を掛けながら
アーチーは言った。
「さ、ボリス様」
「……わ、わかったよ……」
本当に謝意はあるのかと問い正したくなるような
態度でボリスは話し出した。
その内容はホントに呆れたものだった。
ボリスはわたしに振られた後に
昏睡から目を覚ましたワルターに、
わたしが二度と顔を見せるなと言ったとか、
第三者を立てるとか手紙を書くとか一切するなと言うほど怒っていると嘘を吐いらしいのだ。
婚約破棄になり、チャンスとばかりに
わたしに告白をして自分は振られた。
なのにまたわたしとワルターが元通りになるのが
悔しかったのだという。
それによりワルターが怖気づき
わたしに会いにも行けず、
結果ストーカーと化してしまった。
まぁヘタレたのはワルター自身の問題だったと
思うけど。
わたしへの罪の意識が大きすぎて、
過剰に受け止めちゃったのね。
下された王命に背中を押されながら、
ヘタレた態度でもワルターが会いに来なければ、
わたし達はずっと別れたままだっただろう。
「ちょっ……ボリス、あなたホントなんなの?」
「っく……」
呆れと怒りを含んだわたしの声に
ボリスは悔しいのか下唇を噛む。
「……ワルターにこの事を告げたの?」
わたしが聞くと、
だんまりボリスに変わりアーチーが答えてくれた。
「ワルター様にはこの後に。
今日はお仕事だと伺っておりましたので、
先にシリス様に謝罪をと思いましてな」
「そう……。ボリス、謝るべき相手はわたしにではなくワルターによ。謝罪とは口先だけでなく全身で表現するものなのよ。とりあえずワルターに謝って数発殴られた後に、謝罪のお作法を伝授して貰えばいいわ。彼の東方の国流の謝罪をね」
「……シリス……悪かったよ……」
もういいわ。
最初の婚約の時から振り返って見ても、
みんな子どもだった、それしか言えない。
でもきっと、こうやってアーチーに無理やり
連れて来られなかったら、ボリスは黙ったまま
だったんだろうなぁ。
彼の精神的な成長を切に望む。
ボリスはワルターへの謝罪も終えたら、
とりあえずアーチーと共に田舎へ行くそうだ。
そこで農作業を手伝いながら
己を見つめ直すのだとか……。
まぁ精々アーチーにしごいて貰いなさい。
その後はアーチーにブライス家の今の様子を
教えて貰ったりした。
フレディ様の奥さまのエステル様は
女児を産んだものの産後の肥立ちが悪く、
伏せがちになられたとの事。
フレディ様が甲斐甲斐しくお世話をされているそうだが、体調はあまり芳しくないらしい。
早くお元気になられるといいのだけれど……。
わたしの近況報告などもし、
アーチーは肩の荷が降りたような晴れ晴れとした
表情で来た時と同様にボリスを連れ立って
帰って行った。
アーチー、子どもの頃から本当にお世話に
なりました。
ありがとう、お疲れ様でした。
これからは第二の人生を謳歌して下さいね。
ボリスというオマケ付きだけど。
でもこの後、ワルターに会うと言っていたわね。
どうなったのかはワルターが帰って来たら
話を聞く事にしよう。
なんせ、家はすぐ真下だからね!
だけどその日から
ワルターは帰って来れなくなった。
急にタレ込みが有り、
潜入捜査に入ったのだと先日会ったアレンさん
から聞いた。
大丈夫なのだろうか。
わたしからワルターに連絡を取る方法はない。
スミスさんかアレンさんに言えば
接触した時に伝えて貰えるそうだけど。
緊急でもない限り、
変に動いて彼の身元がバレてしまうような事態は
避けたい。
今は大人しく、
ワルターの帰りを待つしかなさそうだ。
そんなわたしに待ち望んでいた仕事が舞い込む。
わたしが魔法書士を目指すきっかけになった、
魔力継承の立会人。
その全てを初めて任されたのだ。
もちろん全力で臨む所存。
わたしはやる気に満ち溢れながら、
今回魔力継承を行うブノワ家へと来た。
まさかこの家で、
大変な事態に巻き込まれる事になろうとは
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