もう一度あなたと?

キムラましゅろう

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ジャンケン疑惑

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ワルターが魔術学校に入学して早2ヶ月……。


なんというか、

ワルターはマメな男だった。

週に一度は必ず手紙が届き、

中には小さな花束が添えられている時がある。

メイドのマノン(49)に
「愛されてますねぇ」とか言われるけど、
わたしの頭の中は「?」でいっぱいだった。

ジャンケンで勝ったくせに
弟のために引き受けた婚約者に、
こんなに気を遣わなくてもいいのに。

ワルターからの手紙には
座学は課題が厳しく、騎士科は鍛錬や実技が
大変だけど、友人にも恵まれ楽しくやっていると
書いてあった。

なんと王太子殿下が友人になったとか。
殿下も騎士科を専攻されていて、そのご縁で
仲良くさせて貰っているのだそうだ。

子爵家の次男坊と友人になられるなんて、
この国の王太子殿下は心が広いお方のようだ。

なんにせよ、楽しくやっているようで何よりだ。

わたしはというと、
ワルターとの婚約をどうするか思い倦ねているものの、結局はどうしてよいのかわからず、とりあえずは勉強に逃げていた。

魔法書士を目指してよいものか、
他の人と結婚したら仕事には就けないので
目指しても無駄なんじゃないかとか、
色々と考えてしまう。

でも魔法書士の勉強をして得た知識はきっと
わたしの人生の中で必ず役に立ってくれるはずと
信じて、今は勉強を続けているのだった。

そんな中、
またもやワルターから何やら荷物と共に
手紙が届く。

開けてみると入っていたのは
一冊の分厚い教本だった。

本の表紙には
『これ一冊であなたも魔法書士に!』
と明記してある。

そして手紙には、

魔術学校の教員にわたしが独学で魔法書士の
勉強をしている事を相談したら、是非この本を
読むようにと譲って下さったらしい。
タイトル通り、この本一冊でかなり学べると。

わたしの夢が叶う事を心から祈ってるし、
全力で応援するつもりだと。

わたしなら必ずやり遂げると信じてる、
だからこそ自分も頑張らねばと励みになるんだと……そう記されていた。

わたしは素直に嬉しかった。

自分の夢を応援して背中を押してくれる存在がいる事がこんなにも嬉しいなんて知らなかった。

やっぱりワルターが好きだなぁ……と
改めてそう思ってしまう。

そしてワルターがわたしなら魔法書士になれると
信じてくれるなら、もう迷う事なく突き進もうと
覚悟を決めた。



今日は久しぶりに友人のステファニーと会う約束を
している日だ。
美味しいお茶が手に入ったとかで、
ご招待をいただいた。

ステファニー=ラーモンドは男爵家のご令嬢で、
お互い共通のマナー講師の紹介で知り合った。

ステフは
気さくで歯に衣着せぬ物言いがなんとも痛快な
令嬢にしては珍しい気質を持っている人物だ。
その所為で貴族令嬢たちからは
敬遠されているというが。

でもステフは絶対に陰口は叩かない。
陰で悪口を言うくらいなら直接本人に言う、
という真っ直ぐな性格だ。
友人ながらその美点で足元を掬われないかと心配していたが、物分かりが良くて懐の深い伯爵家の三男との婚約が決まって、彼が守ってくれるだろうと
心から安堵している。

ステフの屋敷はブライス家からは少し離れているので、行きはブライス家の馬車で、帰りはステフがいつも馬車で送ってくれる。

ラーモンド家の屋敷に着き、
顔を合わせた途端にこう言われた。

「本年度の魔術学校の入学生イチ美男子と評判の
男の婚約者様、ようこそおいで下さいました」

「……そんな評判になってるの?」

「なんか凄いらしいわよ。
ウチの兄が魔術学校に通ってるじゃない?子爵家の次男坊だけど、彼の妻の座をオークションにかけたら凄い事になるんじゃないかって言われてるらしいわ。もう婚約してるのにね」

「わ、笑えない……」

「何言ってるの、大きな顔して踏ん反り返ってればいいのよ。誰がなんと言おうが婚約者は貴女なんだから」

「…………」

「あら?何かありそうね。
じっくり聞くわよ、とりあえずサロンへ行きましょう」

そう言ってステフはわたしの手を引いて
サロンへと向かった。

ステフの家、ラーモンド家は爵位は男爵と
高くはないものの、幅広く事業をされていて
とても裕福だ。

柔らかな日差しが降り注ぐ明るいサロンで
香り高いお茶を頂きながら、
わたしはステフにワルターとの婚約に纏わる
色々な事を聞いて貰った。


ステフはわたしの話を聞きながら
眉間にシワを刻んだり、
目を見開いたり、ジト目になったりしていた。

そして最後にはこめかみを指で押さえながら
「うーん……?」と小さく唸っていた。

そのステフがわたしに言う。

「ねぇ、シリス。
ワルター=ブライスの真意はわたしにはわからないけど、貴女にその話を聞かせたボリス=ブライスの言う事をそのまま真に受けていいものかしら?」

「え、どう言う事?」

「な~んかね~、引っかかるのよね。
ジャンケンの辺りなんか特に」

「というと?」

わたしが問いかけるとステフは
紅茶を口に含んでから話を続けた。

「ワルター=ブライスって、17歳でしょう?」

「ええ、ステフとわたしより3つ年上だもの」

「ねぇ、考えてみてよ。
いくら弟とのやり取りでも、そんな将来に関わるような大切な事を17歳の男がジャンケンなんかで
決めたりすると思う?」

「えっ……」

「それともワルター=ブライスって本当はそういうアホなタイプなわけ?なんかそのジャンケンのくだりが子どもの発想としか思えないのよね」

「ボリスが嘘をついたって言いたいの?
ボリスはもう13歳よ」

「女の13歳と男の13歳じゃ精神年齢が違う場合が多いと思うのよね。ウチの双子の弟と妹を見てて
いつも感じるんだけど」

「でも例えそうだったとして
ボリスは何のためにそんな事を?」

「これはあくまでも私個人の見解なんだけど……
ボリス=ブライスは、貴女の事がホントは好きなんじゃない?」

「えぇぇっ!?まさか、有り得ないっ!
だっていつも憎まれ口ばかり叩いてくるのよ?
イタズラだってしょっ中されるし」

「好きな子にほど意地悪したくなるって……
アレじゃない?」

「そんなバカな」

ステフの突拍子もない話に
わたしはただ目を白黒させるばかりだった。

お茶を飲んでも
ちっとも味なんてわかりもしない。

ジャンケンで決めたというのは嘘?

じゃあどういう風に二人で決めたの?

魔法書士になってもいいと条件で引き付けたのは?

……もう何がなんだかわからない。

そんなわたしの様子を見てステフが言った。


「とにかく一度腹を割ってワルター=ブライスと
話し合った方がいいんじゃない?お互いの将来の事だし。案外ちゃんと話し合えば単純な事かもしれないわよ?」

「……わかった。次の長期休暇にワルターが
帰って来た時にでもちゃんと話し合ってみる」

「そうなさいな」


そうよね。

婚約ジャンケンの事はボリスから一方的に
話を聞いただけで、ワルターから直接聞いたものではなかった。

言えないだけかもしれないけど、
こうなったからには確かめないと
お互いの為にはならないと思う。


手紙でこんな大切な話は出来ないから、
ワルターが家に帰って来た時にでも
ちゃんと話そう。


そう思っていたけど、

結局それは叶わなかった。


週に一度は届いていたワルターからの手紙は
2週間に一度、ひと月に一度とどんどん頻度が
落ちてゆき、その後ぱったりと届かなくなった。

それどころかせっかくの長期休暇に入っても
ワルターは帰って来なかったのだ。

兄であるフレディ様の結婚式にも帰って来ない
有様で、
理由は王太子殿下とそのの側を離れるわけにいかないからとの事だった。

王族を引き合いに出されては
父親であるジョージおじ様もそれ以上は何も言えず、ただ帰らない息子を見守るしかなかったようだ。


どうしたんだろう。

学校はそんなに大変なんだろうか。

それとも何かあったのか……。

王太子殿下と友人の側を離れられないなんて
どういう事だろう。

わからない。

わたしにはワルターが何を考え
ているのかさっぱりわからなくなっていた。


そんな心配をしながも、
わたしは自分を奮い立たせて勉強を続けた。

だってわたしに魔法書士の夢を諦めるなと
背中を押してくれたワルターに胸を張って
合格した事を告げたかったから。

次に会えるのはいつかわからないけど、

その時はワルターのおかげだと
心からお礼を言いたいから。


わたしはその思いを胸に一人勉強を続けた。

いつしか月日は過ぎ……

受験資格を得られる年齢になり、
そしてとうとう魔法書士認定試験の日を迎えた。



ブライス家のみんなには試験前日にひと言、
魔法書士の試験を受ける事を宣言して、
わたしは資格取得試験に挑んだ。


そして……見事一発合格を果たした。


その報告にブライス家の全員が仰天した。

でもみんな、心から喜んでくれたのだ。

フレディ様の奥様になられた
エステル様には嫌なものを見るような目で
見られたけれども。

ジョージおじ様もワルターについて何か
思うところがおありだったのか、
せっかく合格したのならと魔法書士の仕事をする事を認めてくれた。


わたしはブライス家から通える勤務先が
良いと考え、魔法省の採用試験を受けた。
そしてこちらも見事合格。

これまた家族みんなを驚かせた。


でも

ジョージおじ様を驚かせ過ぎたのが
いけなかったのだろうか……。

おじ様はある日、胸を押さえて突然倒れられ、

そのまま帰らぬ人となった。












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