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なんて事なの……

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「ワルター!また街であなたのファンの子に
絡まれたんだけどっ?」

わたしは婚約を結んでからもう何度目が
わかない苦情をワルターに入れていた。

1週間前に家族や親戚だけのささやかな
婚約式を挙げて、わたしとワルターは正式な
婚約者同士となった。

でもそれ以降、事ある毎に

“ワルターと別れろ”だとか

“あんたなんかワルター様に相応しくない”だとか

“私の方がワルター様の事が好きなのに”だとか

街を歩けば女の子達に絡まれてハッキリ言って
鬱陶しい。

それ以外にも脅迫めいた手紙が届いたり
虫の入った箱を送りつけられたりと
散々な目に遭っている。

その度にワルターは、

「ごめん。でも一体誰がそんな事をやってるのか
検討もつかないんだ」と言う。

そりゃそうでしょうよ。

自分の預かり知らないところで
有象無象に増えるファンの事なんて、
いちいち把握してらんないわよね。

「ハァァァぁぁ~……」

わたしは盛大にため息を吐いてやった。
友人のステファニーにはモテる男を婚約者に
持った運命サダメだと思って諦めろと
言われたけど、やってらんない……。

再来週には文句を言うべき本人は
さっさと魔術学校に入学してそのまま
寮生活に突入する。
その後は一体誰に文句を言えばいいというのだ。

「とにかく全部無視しといてよ。
それしか言いようが……」

ワルターが肩を竦めて言った。

「してるわよっ」

わたしはとりあえずこれだけはしてやらねば
気が済まないとばかりに腕をツネってやった。
その時、ふと鼻を掠めた香りに気付く。

「……なに?この香り」

「あ、わかった?いい香りだろ?
シダーウッドのコロンだよ」

「色気づいて」

「ん?なんか会話があべこべだな?
普通は女の子の方がこういうの好きなんじゃないの?」

「悪かったわね、普通じゃなくて。勉強ばかりしてるガリ勉地味女で!」

わたしは腕をツネるだけでは気が済まなくなり、
頭もポカポカ叩いてやった。

「痛っイタっいたた……」
と逃げるワルターを執拗にポカスカ叩く。

なんだかんだと言って、
わたしはこんなひと時が好きだったりする。

ワルターがどう思ってるかはわからないけど、
ワルターとだったら自分らしく生きていけるのではないだろうか、そう思っていた。

たとえ魔法書士になるという夢を
諦めたとしても……。

結婚して家庭に入るとなると
魔法書士の仕事には就けない。

この国で、婚姻後も仕事をする女性はまだ少ない。
よほど暮らしに困窮してるか、
平民で商売をされている家庭くらいだろう。

そんな事を考えていたら
ふいにワルターに両手を掴まれた。

「ガリ勉地味女なんかじゃないだろ」

「だってそう言われてるもの」

ワルターに掴まれた手首が熱い。

「……離して」

でも何故かワルターは手を掴んだまま
離してくれない。

その時、わたし達の後ろから不意に声が聞こえた。

「こんな所でイチャイチャしないでくれる?」

ボリスがジト目でわたし達を見ていた。

「イ、イチャイチャなんてしてないわよっ」

「フンっ」

13歳になり、
思春期真っ只中のボリスは只今絶賛反抗期中
だった。

「婚約者同士になったからって、
見せつけられたらたまったもんじゃないよ」

そう言ってボリスは出て行った。

「………」

ワルターは黙ってその後ろ姿を見つめていた。

「ワルター?」

わたしの声にはっとしたようにワルターが気付く。

「……リス、言っておこうと思ってた事があるんだ」

「なに?」

「魔法書士になる夢、諦めなくていいからね」

「え……?」

「これから俺が魔術学校を卒業するまでの間、俺は魔術騎士、リスは魔法書士になる為に頑張ろう。そして2年後、お互い夢を叶えて結婚しよう」

「それって結婚した後も魔法書士として
働いていいって事?」

「そういう事」

「でも普通は奥さんが働くのは
良しとしないでしょ?」

「さあ?何が普通なのかはわからないけど、
リスのしたいようにしたらいい思う」

「い、いいの!?」

「兄さんやボリスや、ましてや他の男と結婚したら
そうはいかないだろ?だから仕方ないから俺が
貰ってあげるよ」

なんかその言い方、ちょっと腹が立つけれども、
ワルターの言う事はもっともだった。

普通の男性は体裁を考えて妻を働きには出さない。

でもそれよりも何も、
魔法書士になるという夢を諦めなくていいという事が嬉しすぎて、あまり深く考えなかった。

「ありがとうワルター!」

「わっ」

そう言って、
わたしは思わずワルターに飛びついた。

驚いた声を出しつつもワルターの体は
ビクともしない。

そんなとこにもちょっとトキメキを
感じたのは内緒だ。




その次の日の事だった。

例の如くわたしが図書館で勉強していると
ボリスが話があると言ってやって来た。

二人で図書館の談話室に移動する。


「どうしたの?ボリス、なんか悩み事?
お姉さんに言ってごらん?なんでも聞くよ?」

わたしがそう言うとボリスは目を眇めて
わたしを見た。

「何をのん気な……。
兄貴は貧乏くじを引かされて婚約を結んだっていうのに」

「……………え?」


……どういう事?

……貧乏くじ?


「シリスみたいな地味なヤツ、ホントは俺も兄貴も婚約なんかしたくなかったんだ。それなのに父さんにどうしてもって言われて、それでしょうがないから二人でジャンケンして負けた方がシリスの婚約者になるという事にしたんだ」


「………ジャンケン」


「そうしたら俺が負けて……俺がどうしても嫌だって言ったら、兄貴が諦めてくれたんだ」


「………諦めて」


「兄貴が言ってた。自分だけ祖父から魔力を全部
貰ったから、フレディ兄さんと俺に対して申し訳ないと思ってるって。
だから代わりにシリスの事は引き受けるって」


「………引き受ける」


「シリスにはなんか夢があるんだって?
兄貴と結婚したらそれが叶うから、きっとシリスも文句は言わないだろうって言ってた」


「………文句」


「とにかくそういう事なんだよっ!
兄貴はシリスの事が気に入って婚約したんじゃなくて、俺たち兄弟の中で貧乏くじを引かされて婚約したんだ!
だからシリス、調子にのって兄さんとイチャイチャなんかするなよ!」


「………わかった……」


一方的に言われて終わりなんてわたしらしくない
と思いつつも、その時はどうしても他に言葉が出て来なかった。


貧乏くじ……。


でも……本当かな?

本当にワルターはそう思っているのかな?


…………確かにわたしなんかと結婚しても
なんのメリットもない……。

無駄に頭は悪くないから余計に扱い難くて可愛げがない、とは自分でもそう思ってるもの……。

そうか……そうだったのか。

だからワルターはあの時、
魔法書士になる事を諦めなくていいと言ったのか。

その条件をチラつかせて、
わたしがワルターとの婚約を辞退しないように。

わたしを娘にと望んでいる父親のため、

わたしを押し付けられそうになってる兄弟のため、

そのためにワルターは……。


あぁ……それならわたしはこの婚約を
受けるべきではなかった……。

ジョージおじ様には申し訳ないけど、
他所へ嫁ぐと言えば良かった……。

婚約式まで終えてしまっては
今更どうしようもない。

なんて事だ……。

それならせめてもっと早く言ってよ……!


その後、
気がつけばボリスはもう居なくなっていた。

わたしが放心状態になって、
何を言っても無駄だと帰ったのだろう。

その日は文字も数字も何も頭に入らなかった。
ただ目の前を通り過ぎて行くだけ、
そんな感じだった。

なぜ?

なぜわたしはこんなにもショックを受けているの?

最初から互いに恋愛感情なんてなかった。

たとえ貧乏くじでもワルターだって
いつかは結婚するんだから、わたしでもまぁ構わないというならそれでいいじゃない。


そうか……

わたしが嫌なんだ。

わたしがワルターに仕方なく結婚されるのが
嫌なんだ。


わたしはいつの間にか、

ワルターの事が好きになっていたんだ。


こんな事になってから気付くなんて。

わたしは昔から
勉強は出来ても、コトこういう人の心の機微というやつに疎かったし、あまり深く考えないで返事をしたり行動をしたりする。

ジョージおじ様に婚約の話を持ち掛けられた時も
もっと思慮深く色々と考えていたら、
こんな事にはならなかったと思う。

わたしが安易に返事をしてしまった所為で
ワルターの将来を縛ってしまった。

もしかしたら魔術学校で運命の人に
出会うかもしれないのに。

騎士になってからお姫様と
恋に落ちるかもしれないのに。

それなのに、わたしの所為で………。


わたしは結局
自分でもどうしていいのかわからず

悶々と日々を過ごした。


そしてそうこうしているうちに、

ワルターは魔術学校に入学して

家を出て行ってしまった。


























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