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何がなんでも クリスside③
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ジュリアが何も言わずに魔法省を辞め、何も言わずに自分の前から消えたと知ったクリス。
既にこれまでの激務により限界値を超えていたクリスは糸がぷつりと切れるように意識を失い倒れた。
これまでの魔法生物バンスのための魔力提供によりクリス自身の魔力が著しく低下していたにも関わらず多忙を極める補佐官の仕事のせいで回復する暇さえ与えられない。
加えてジュリアに見限られた精神的な衝撃がトドメとなり、クリスは一時命を落としかけるほどの危険な状態となった。
クリス自身の生命力の強さによりなんとか一命は取り留めたが、
処置をしても魔力はほとんどゼロに等しくなっていたという。
医師の話では一時的なもので、おそらく徐々に時間をかけて魔力は回復してゆくだろうとの事であったが今のクリスには魔力の損失よりもジュリアを失った喪失感の方が大きかった。
病院のベッドで何度も目が覚める瞬間、いつもの癖で隣に眠るジュリアを引き寄せる。
そこにジュリアは居ないというのに。体がその行動を覚え、馴染んでしまっているのだ。
そしてジュリアがもう居ない事に気付き、何度も絶望を味わう。
心神耗弱な状態が続き、そのためクリスの体力や魔力は少しも回復の兆しをみせる事はなかった。
そんな中、ドウマ卿がクリスの見舞いに訪れる。
数名の補佐官を従え、ガヤガヤと病室に入ってきてクリスに告げた。
「災難だったなライナルド。キミに何も言わずに去るとは何とも酷い恋人ではないか。しかしこれで良かったのだよ、キミはもっと高みを目指せる人間だ。ウチのルメリアと結婚して……「辞めます」
ドウマの言葉を最後まで聞く事もなく、クリスは途中で遮って自らの意思を伝えた。
「は?」
「魔法省を退省させて頂きます」
クリスはそう言って入院中に記入しておいた辞表をドウマに渡した。
突然の事にドウマは目を白黒させてクリスに言う。
「ちょっ……待ちたまえ、魔力は徐々に回復するのだろう?そんなすぐに辞めると結論つける必要はない。仕事をこなしながらゆっくりと……「待ちません。もう辞めます。今までお世話になりました」
クリスはそう言ってさらに用意していた書類の束ををドウマに渡す。
それをドウマは受け取り「なんだね?これは」と言いながら書類に目を落とした。
そしてそこに書かれている内容を見て目を見開いた。
「こっ、……これはっ……」
それはこれまでのクリスの過剰な勤務状態を印したものであった。
魔道具による記録もされ、公的にも認められるものであった。
「あまりに激務が過ぎるのでね、いつか必要になるのではないかと事細かに記録しておいたのですよ。それを持って然るべき法的機関に訴えたらどうなるんでしょうね?部下である補佐官の勤務状況は秘書官殿の責任問題として捉えられますからね?法を守るべき魔法省の高官が法を無視して部下をこき使っていたなんて知れたら……大臣はおろか国王陛下の心象もよくないでしょうね」
「き、貴様っ……私を脅すのかっ」
「脅すなんてとんでもない。ただ、この書類を上に提出する羽目になる事なく円満に退省できればと思っているだけですよ……」
これだけ話すだけで、クリスは疲労困憊であった。
しかしもうとにかく補佐官の仕事に嫌気が差し、直ぐにでも辞めたかったのだ。
他部署への異動を希望しても良いが、それが通るまでは補佐官として待機せねばならない。
もうそれすらも我慢ならないほどクリスは補佐官の仕事に辟易としていた。
───バカだな俺は……こんな事になる前に辞めておけば、ジュリアを傷付ける事もなく、彼女を失う事もなかった。
結局ドウマは自らの立場を危うくしてまでクリスを引き止めたい訳ではないらしく、すんなりと辞表を受け取り、病室を後にした。
まぁドウマに渡したからといってそれで退省出来るわけではない。
退院したらすぐに人事に辞表を提出しようとクリスは思った。
そんな時、ふと魔力の波動を感じる。
何かが転移してくる気配を感じた。何か、という事はない。
すっかり馴染んだ魔力であった。
そしてそれが転移魔法にてクリスの病室に現れた。
「バンス……」
クリスはベッドの横に現れた魔法生物バンスの名を呼ぶ。
その途端バンスは嬉しそうにベッドの上にいるクリスの元へと近寄ってきた。
頭をベッド上のクリスの手にのせる。
「バンス、ダメじゃないか勝手にここに来て。……ドウマ卿がここに来たからここが感知できたんだな?だけど他の者に姿を見られたらどうするんだ、お前は希少種なんだぞ?」
クリスがそう言うとバンスは「くぅん」とひと鳴きした。
そしてクリスの手を舐め出した。
「お前……」
バンスに舐められている部分がじんわりと熱を帯びる。
「魔力を……分けようとしてくれているのか?」
「くぅん」
「俺がしたように?」
「くん」
「お返しのつもりなのか?」
「くん!」
「バンス、お前……」
クリスはたまらずバンスを抱きしめた。
クリスを助けようとするその姿に胸が熱くなる。
そして不思議と力が湧いてきた。
バンスがくれた魔力はほんの僅かだ、到底魔力が回復できるほどのものではない。
でも自らの意思でクリスのためにここまで来てくれたバンスに、勇気づけられていく気がした。
「そうだな、バンス。居なくなったからとそんな簡単に諦められる訳ないよな。大切なら、取り戻したいのなら、死に物狂いで探しだすべきだよな」
「くぅん!」
「ありがとうなバンス。必ずジュリアをこの手に取り戻す。あいつの事だ、一度見限った俺を簡単には許さないだろうが、謝って謝って尽くして尽くして、石に齧り付いてでもジュリアの側に居させてもらう。もう一度チャンスを貰えるように頑張るよ」
「くんくん!」
「まずは土下座か、よし、土下座だな、それから……」
「くぅん?」
ベッドの上で今後のプランを立てるクリスを、バンスは不思議そうに見つめていた。
そうと決めてからのクリスの回復は早かった。
魔力はまだ完全ではないが体力は回復し、動けるようになった。
退院も認められじつにひと月ぶりにアパートへと戻ると、そこに居るはずのジュリアの姿がないことに改めて現実を突きつけられる。
クリスは綺麗に片付けられた、綺麗過ぎる部屋を見渡し、涙した。
「はは……こんなにもジュリアがいた痕跡が何も無い位に片付けられていたのに気づかなかったんだ、本当にバカだな俺は……」
そう言ってクリスは一人ぼっちの部屋の中に立ち尽くす。
ジュリアが居ない現実を、とてもじゃないが受け入れられる気がしない。
だがここで立ち止まるわけにはいかないのだ。
とにかくクリスは行動に移した。
まずは魔法省の人事課に正式な退省届けを提出。
怒涛の引き継ぎを行い、不用意に噂話を流したと見られる人物には秘密裏に報復をしておく。
そうしてクリスは七年間勤めた魔法省を後にした。
クリスの魔力はなかなか回復せず、ジュリアに施していたマーキングの魔力を辿る事も出来ない。
だからといって回復するまで手をこまねいているつもりはなく、クリスは様々な手を使ってジュリアを探し続けた。
やがて魔力が少しずつ回復していくが、どういう訳かマーキングした魔力を探しても感知できない。
───まさか他国へ移住したとかはないよな?
クリスの魔力量では他国まで追う事は出来ない。
国境に施されている魔法壁を魔力が通過できないのだ。
国内全土でなんとかギリギリといったところだ。
おそらく次もジュリアは魔術師資格と魔法省勤務のキャリアを活かして魔法、魔術関連の仕事に就くだろう。
それを見越して様々な関連事業や法的機関、そして小さなギルドに至るまで方々手を尽くして探したが少しも該当する人物が見当たらないのだ。
変身魔法での形態を維持するためにはかなりの魔力を要する。
ジュリアにそこまでの魔力はないので変身魔法を用いてるとは思えない。
しかし偽名を使っている事は考えられ、これも時間をかけてでも国内中の魔法魔術関連の商工会名簿を入手して探しまくった。
が、それらしき人物に当たる事すらない。
退院してからジュリアを探し初めて既に数ヶ月が経過していた。
───どこに消えたジュリア?どこに行ったんだ……。
こうなったら周辺諸国にも足を伸ばして……と、思ったその時、今まで一切感知出来なかったジュリアの魔力を一瞬だけ感じた。
“アホクリス”という声まで聞こえた気がした。
クリスはまだ完全ではない自らの魔力を全部投入して、一瞬感知した魔力の元を辿る。
そしてとある地方の小さな町や隣接する村に目星をつけた。
クリスは思わずガッツポーズをする。
もうじき魔術師資格の更新を迎えるこの時期に居場所の目星が付いたのが奇跡といえよう。
ピックアップした町や村で魔術師資格更新手続きの出来る役所はただ一つ。
その町へ行き、役所の近くで毎日始業時間から終業時間まで見張り続けた。
そしてようやく、ようやく探し求めていたジュリアに会えたのだ。
しかし役所に入っていくジュリアの姿を見てクリスは目を大きく見開き、固まった。
───今、ジュリアは何か抱えていなかったか……?
子どものように見えた。
一歳くらいの、子どもを抱いていたように……。
クリスの心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。
そして手続きを終えたであろうジュリアが役所から出てきた。
その姿を改めて見ると、やはりその両腕には赤ん坊を抱いている。
黒に近い焦げ茶の髪色に深いブルーの瞳、そしてその面立ちも……実家に飾ってある自分の赤ん坊の頃の写真と瓜二つの子を、ジュリアは大切そうに抱いていたのだ。
クリスは思わずプランも何もなくジュリアの前へと姿を表していた。
本当なら今日は秘密裏に追跡をして居場所を特定し、後日改めてきちんと会いに行こうと思っていたのに。
子どもを抱くジュリアを見て、居ても立ってもいられなくなったのだ。
突然現れた自分の姿を見て驚愕の表情をするジュリアにクリスは話しかけた。
「ジュ……ジュリア……そ、その子、は……」
しかしジュリアはクリスとは関わりのない、自分だけの子だと言う。
あんなにも父親である自分にそっくりな赤ん坊を抱いて。
ジュリアからは完全な拒絶の気配を感じた。
それに泣きたくなるも自分には悲しみショックを受ける資格はない。
だけどここで引き下がる事は絶対にしたくなかった。
ようやく会えたのだ、ようやく、最愛のジュリアに。
しかしその時、一人の女性に声を掛けられた。
こんな時になんだっ?と思い振り向くと、それは町の自警団の女性魔術師であった。
ここ数日、ずっと役所に張り付いていた事で警戒されて職務質問をされたのだ。
女性魔術師の後方を見ると数名の騎士の姿を見えた。
「げ」と思ったその瞬間、ジュリアの魔力の波動を感じる。
転移魔法を展開させたのだ。
「っ……ジュリア!!」
慌てて名を呼んだ時には既に転移にて消える瞬間であった。
クリスは女性魔術師に身柄を拘束されながらも、必死にジュリアの魔力残滓を追った。
三度の転移を確認し、到達点の座標を頭の中の地図と照らし合わせる。
この地方へ来る前に周辺の地図は魔術により頭の中にインプット済みだ。
凡その地点さえ分かれば今はいい。
クリスは自警団の詰所に連行されながらもそう思った。
その後、入念な身元確認をされ、犯罪の意思はないとようやく認められてクリスは釈放となった。
色々と大変だったが補佐官時代の激務に比べると昼寝をしているようなものである。
それにクリスの頭の中はそれどころではなかった。
ジュリアが、自分の子を一人で生んで育てていた。
やはりあの時、魔が差して避妊しなかったために妊娠させてしまっていたのだ。
そしてたった一人で生んで育てるという苦労を強いてしまったのだ。
クリスはそれに酷く打ちのめされる。
自分が仕出かした事によりジュリアにどれだけの苦労をかけたのかを思うと、本当なら今すぐ死んで詫びをいれたいところだった。
実際に死んでジュリアへの贖罪となるなら本当に命を絶っていただろう。
だがジュリアはそれを望むような女性ではないと分かっているし、本当の贖罪はそうではない。
自分に出来る事はただジュリアに平身低頭謝罪して彼女と子どもを守り、二人に尽くしていく事だ。
たとえジュリアに許して貰えず、父親としても認めて貰えないとしても、同じ町で側に居続け母子を守っていく。
クリスはそれを心に誓った。
そうと決まれば行動に移すのみ。
クリスは自警団の詰所を出てすぐにジュリアの居場所を特定した。
なんとそこは小さなドリア専門店だった。
「ド、ドリア屋かぁぁっ………!!」
まさかの飲食業。
魔法魔術関連の事業所を探しても見つからないわけだ。
だがジュリアがはじめた店がドリア屋であった事に、クリスの心にほんのりと火が灯る。
───ジュリアの得意料理だ。彼女の作るドリアは本当に美味いからな。
次にクリスはその足でジュリアが住む地域で職を探した。
ジュリアに会いに行くにあたって無職の男に何を言われても説得力は無いだろうと判断したからだ。
そして魔法省のキャリアを活かしてすぐにでも採用された。
それをたった一日でクリスは成し遂げた。
それも補佐官の激務経験を経たクリスには何でもない事であった。
そして満を持してクリスはジュリアに会いに行く。
ドリア屋の営業が終わる時間を見計らって。
静かに店のドアを開けると、
泣きたくなるくらい大好きなジュリアの声が聞こえた。
「すみません、今日はもう店は終わ……」
そしてクリスはカウンターの向こうに立つ彼女の名を呼んだ。
「ジュリア……」
なんで来たコイツ、という顔を向けられても
クリスはジュリアを一心に見つめた。
───────────────────────
長かったクリスの言い訳にお付き合い頂き、ありがとうございました!
次回から止まっていた二人の時間が動き出します。
出るか?ヒーローのお家芸。
既にこれまでの激務により限界値を超えていたクリスは糸がぷつりと切れるように意識を失い倒れた。
これまでの魔法生物バンスのための魔力提供によりクリス自身の魔力が著しく低下していたにも関わらず多忙を極める補佐官の仕事のせいで回復する暇さえ与えられない。
加えてジュリアに見限られた精神的な衝撃がトドメとなり、クリスは一時命を落としかけるほどの危険な状態となった。
クリス自身の生命力の強さによりなんとか一命は取り留めたが、
処置をしても魔力はほとんどゼロに等しくなっていたという。
医師の話では一時的なもので、おそらく徐々に時間をかけて魔力は回復してゆくだろうとの事であったが今のクリスには魔力の損失よりもジュリアを失った喪失感の方が大きかった。
病院のベッドで何度も目が覚める瞬間、いつもの癖で隣に眠るジュリアを引き寄せる。
そこにジュリアは居ないというのに。体がその行動を覚え、馴染んでしまっているのだ。
そしてジュリアがもう居ない事に気付き、何度も絶望を味わう。
心神耗弱な状態が続き、そのためクリスの体力や魔力は少しも回復の兆しをみせる事はなかった。
そんな中、ドウマ卿がクリスの見舞いに訪れる。
数名の補佐官を従え、ガヤガヤと病室に入ってきてクリスに告げた。
「災難だったなライナルド。キミに何も言わずに去るとは何とも酷い恋人ではないか。しかしこれで良かったのだよ、キミはもっと高みを目指せる人間だ。ウチのルメリアと結婚して……「辞めます」
ドウマの言葉を最後まで聞く事もなく、クリスは途中で遮って自らの意思を伝えた。
「は?」
「魔法省を退省させて頂きます」
クリスはそう言って入院中に記入しておいた辞表をドウマに渡した。
突然の事にドウマは目を白黒させてクリスに言う。
「ちょっ……待ちたまえ、魔力は徐々に回復するのだろう?そんなすぐに辞めると結論つける必要はない。仕事をこなしながらゆっくりと……「待ちません。もう辞めます。今までお世話になりました」
クリスはそう言ってさらに用意していた書類の束ををドウマに渡す。
それをドウマは受け取り「なんだね?これは」と言いながら書類に目を落とした。
そしてそこに書かれている内容を見て目を見開いた。
「こっ、……これはっ……」
それはこれまでのクリスの過剰な勤務状態を印したものであった。
魔道具による記録もされ、公的にも認められるものであった。
「あまりに激務が過ぎるのでね、いつか必要になるのではないかと事細かに記録しておいたのですよ。それを持って然るべき法的機関に訴えたらどうなるんでしょうね?部下である補佐官の勤務状況は秘書官殿の責任問題として捉えられますからね?法を守るべき魔法省の高官が法を無視して部下をこき使っていたなんて知れたら……大臣はおろか国王陛下の心象もよくないでしょうね」
「き、貴様っ……私を脅すのかっ」
「脅すなんてとんでもない。ただ、この書類を上に提出する羽目になる事なく円満に退省できればと思っているだけですよ……」
これだけ話すだけで、クリスは疲労困憊であった。
しかしもうとにかく補佐官の仕事に嫌気が差し、直ぐにでも辞めたかったのだ。
他部署への異動を希望しても良いが、それが通るまでは補佐官として待機せねばならない。
もうそれすらも我慢ならないほどクリスは補佐官の仕事に辟易としていた。
───バカだな俺は……こんな事になる前に辞めておけば、ジュリアを傷付ける事もなく、彼女を失う事もなかった。
結局ドウマは自らの立場を危うくしてまでクリスを引き止めたい訳ではないらしく、すんなりと辞表を受け取り、病室を後にした。
まぁドウマに渡したからといってそれで退省出来るわけではない。
退院したらすぐに人事に辞表を提出しようとクリスは思った。
そんな時、ふと魔力の波動を感じる。
何かが転移してくる気配を感じた。何か、という事はない。
すっかり馴染んだ魔力であった。
そしてそれが転移魔法にてクリスの病室に現れた。
「バンス……」
クリスはベッドの横に現れた魔法生物バンスの名を呼ぶ。
その途端バンスは嬉しそうにベッドの上にいるクリスの元へと近寄ってきた。
頭をベッド上のクリスの手にのせる。
「バンス、ダメじゃないか勝手にここに来て。……ドウマ卿がここに来たからここが感知できたんだな?だけど他の者に姿を見られたらどうするんだ、お前は希少種なんだぞ?」
クリスがそう言うとバンスは「くぅん」とひと鳴きした。
そしてクリスの手を舐め出した。
「お前……」
バンスに舐められている部分がじんわりと熱を帯びる。
「魔力を……分けようとしてくれているのか?」
「くぅん」
「俺がしたように?」
「くん」
「お返しのつもりなのか?」
「くん!」
「バンス、お前……」
クリスはたまらずバンスを抱きしめた。
クリスを助けようとするその姿に胸が熱くなる。
そして不思議と力が湧いてきた。
バンスがくれた魔力はほんの僅かだ、到底魔力が回復できるほどのものではない。
でも自らの意思でクリスのためにここまで来てくれたバンスに、勇気づけられていく気がした。
「そうだな、バンス。居なくなったからとそんな簡単に諦められる訳ないよな。大切なら、取り戻したいのなら、死に物狂いで探しだすべきだよな」
「くぅん!」
「ありがとうなバンス。必ずジュリアをこの手に取り戻す。あいつの事だ、一度見限った俺を簡単には許さないだろうが、謝って謝って尽くして尽くして、石に齧り付いてでもジュリアの側に居させてもらう。もう一度チャンスを貰えるように頑張るよ」
「くんくん!」
「まずは土下座か、よし、土下座だな、それから……」
「くぅん?」
ベッドの上で今後のプランを立てるクリスを、バンスは不思議そうに見つめていた。
そうと決めてからのクリスの回復は早かった。
魔力はまだ完全ではないが体力は回復し、動けるようになった。
退院も認められじつにひと月ぶりにアパートへと戻ると、そこに居るはずのジュリアの姿がないことに改めて現実を突きつけられる。
クリスは綺麗に片付けられた、綺麗過ぎる部屋を見渡し、涙した。
「はは……こんなにもジュリアがいた痕跡が何も無い位に片付けられていたのに気づかなかったんだ、本当にバカだな俺は……」
そう言ってクリスは一人ぼっちの部屋の中に立ち尽くす。
ジュリアが居ない現実を、とてもじゃないが受け入れられる気がしない。
だがここで立ち止まるわけにはいかないのだ。
とにかくクリスは行動に移した。
まずは魔法省の人事課に正式な退省届けを提出。
怒涛の引き継ぎを行い、不用意に噂話を流したと見られる人物には秘密裏に報復をしておく。
そうしてクリスは七年間勤めた魔法省を後にした。
クリスの魔力はなかなか回復せず、ジュリアに施していたマーキングの魔力を辿る事も出来ない。
だからといって回復するまで手をこまねいているつもりはなく、クリスは様々な手を使ってジュリアを探し続けた。
やがて魔力が少しずつ回復していくが、どういう訳かマーキングした魔力を探しても感知できない。
───まさか他国へ移住したとかはないよな?
クリスの魔力量では他国まで追う事は出来ない。
国境に施されている魔法壁を魔力が通過できないのだ。
国内全土でなんとかギリギリといったところだ。
おそらく次もジュリアは魔術師資格と魔法省勤務のキャリアを活かして魔法、魔術関連の仕事に就くだろう。
それを見越して様々な関連事業や法的機関、そして小さなギルドに至るまで方々手を尽くして探したが少しも該当する人物が見当たらないのだ。
変身魔法での形態を維持するためにはかなりの魔力を要する。
ジュリアにそこまでの魔力はないので変身魔法を用いてるとは思えない。
しかし偽名を使っている事は考えられ、これも時間をかけてでも国内中の魔法魔術関連の商工会名簿を入手して探しまくった。
が、それらしき人物に当たる事すらない。
退院してからジュリアを探し初めて既に数ヶ月が経過していた。
───どこに消えたジュリア?どこに行ったんだ……。
こうなったら周辺諸国にも足を伸ばして……と、思ったその時、今まで一切感知出来なかったジュリアの魔力を一瞬だけ感じた。
“アホクリス”という声まで聞こえた気がした。
クリスはまだ完全ではない自らの魔力を全部投入して、一瞬感知した魔力の元を辿る。
そしてとある地方の小さな町や隣接する村に目星をつけた。
クリスは思わずガッツポーズをする。
もうじき魔術師資格の更新を迎えるこの時期に居場所の目星が付いたのが奇跡といえよう。
ピックアップした町や村で魔術師資格更新手続きの出来る役所はただ一つ。
その町へ行き、役所の近くで毎日始業時間から終業時間まで見張り続けた。
そしてようやく、ようやく探し求めていたジュリアに会えたのだ。
しかし役所に入っていくジュリアの姿を見てクリスは目を大きく見開き、固まった。
───今、ジュリアは何か抱えていなかったか……?
子どものように見えた。
一歳くらいの、子どもを抱いていたように……。
クリスの心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。
そして手続きを終えたであろうジュリアが役所から出てきた。
その姿を改めて見ると、やはりその両腕には赤ん坊を抱いている。
黒に近い焦げ茶の髪色に深いブルーの瞳、そしてその面立ちも……実家に飾ってある自分の赤ん坊の頃の写真と瓜二つの子を、ジュリアは大切そうに抱いていたのだ。
クリスは思わずプランも何もなくジュリアの前へと姿を表していた。
本当なら今日は秘密裏に追跡をして居場所を特定し、後日改めてきちんと会いに行こうと思っていたのに。
子どもを抱くジュリアを見て、居ても立ってもいられなくなったのだ。
突然現れた自分の姿を見て驚愕の表情をするジュリアにクリスは話しかけた。
「ジュ……ジュリア……そ、その子、は……」
しかしジュリアはクリスとは関わりのない、自分だけの子だと言う。
あんなにも父親である自分にそっくりな赤ん坊を抱いて。
ジュリアからは完全な拒絶の気配を感じた。
それに泣きたくなるも自分には悲しみショックを受ける資格はない。
だけどここで引き下がる事は絶対にしたくなかった。
ようやく会えたのだ、ようやく、最愛のジュリアに。
しかしその時、一人の女性に声を掛けられた。
こんな時になんだっ?と思い振り向くと、それは町の自警団の女性魔術師であった。
ここ数日、ずっと役所に張り付いていた事で警戒されて職務質問をされたのだ。
女性魔術師の後方を見ると数名の騎士の姿を見えた。
「げ」と思ったその瞬間、ジュリアの魔力の波動を感じる。
転移魔法を展開させたのだ。
「っ……ジュリア!!」
慌てて名を呼んだ時には既に転移にて消える瞬間であった。
クリスは女性魔術師に身柄を拘束されながらも、必死にジュリアの魔力残滓を追った。
三度の転移を確認し、到達点の座標を頭の中の地図と照らし合わせる。
この地方へ来る前に周辺の地図は魔術により頭の中にインプット済みだ。
凡その地点さえ分かれば今はいい。
クリスは自警団の詰所に連行されながらもそう思った。
その後、入念な身元確認をされ、犯罪の意思はないとようやく認められてクリスは釈放となった。
色々と大変だったが補佐官時代の激務に比べると昼寝をしているようなものである。
それにクリスの頭の中はそれどころではなかった。
ジュリアが、自分の子を一人で生んで育てていた。
やはりあの時、魔が差して避妊しなかったために妊娠させてしまっていたのだ。
そしてたった一人で生んで育てるという苦労を強いてしまったのだ。
クリスはそれに酷く打ちのめされる。
自分が仕出かした事によりジュリアにどれだけの苦労をかけたのかを思うと、本当なら今すぐ死んで詫びをいれたいところだった。
実際に死んでジュリアへの贖罪となるなら本当に命を絶っていただろう。
だがジュリアはそれを望むような女性ではないと分かっているし、本当の贖罪はそうではない。
自分に出来る事はただジュリアに平身低頭謝罪して彼女と子どもを守り、二人に尽くしていく事だ。
たとえジュリアに許して貰えず、父親としても認めて貰えないとしても、同じ町で側に居続け母子を守っていく。
クリスはそれを心に誓った。
そうと決まれば行動に移すのみ。
クリスは自警団の詰所を出てすぐにジュリアの居場所を特定した。
なんとそこは小さなドリア専門店だった。
「ド、ドリア屋かぁぁっ………!!」
まさかの飲食業。
魔法魔術関連の事業所を探しても見つからないわけだ。
だがジュリアがはじめた店がドリア屋であった事に、クリスの心にほんのりと火が灯る。
───ジュリアの得意料理だ。彼女の作るドリアは本当に美味いからな。
次にクリスはその足でジュリアが住む地域で職を探した。
ジュリアに会いに行くにあたって無職の男に何を言われても説得力は無いだろうと判断したからだ。
そして魔法省のキャリアを活かしてすぐにでも採用された。
それをたった一日でクリスは成し遂げた。
それも補佐官の激務経験を経たクリスには何でもない事であった。
そして満を持してクリスはジュリアに会いに行く。
ドリア屋の営業が終わる時間を見計らって。
静かに店のドアを開けると、
泣きたくなるくらい大好きなジュリアの声が聞こえた。
「すみません、今日はもう店は終わ……」
そしてクリスはカウンターの向こうに立つ彼女の名を呼んだ。
「ジュリア……」
なんで来たコイツ、という顔を向けられても
クリスはジュリアを一心に見つめた。
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長かったクリスの言い訳にお付き合い頂き、ありがとうございました!
次回から止まっていた二人の時間が動き出します。
出るか?ヒーローのお家芸。
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