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幸せはここにある

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クリスから、別れの現実から逃げたジュリアは、王都から遠く離れた地方の小さな街で暮らし始めた。

一階が店舗、二階が住居スペースとなっている貸家を父が保証人となってくれて借りる事ができた。
迷惑をかけるつもりはなく、名前と魔法印だけ貸して欲しいとお願いすると父は開店資金も出すと言った。
父の今の奥さんに申し訳ないからと断ると、今まで親らしい事が出来なかった罪滅ぼしをさせてくれるのも親孝行だと父に言われた。
それでもジュリア一人だったなら、必要ないと固辞しただろう。
だが生まれてくる子どものためにも、出来ることなら貯金は温存しておきたい。
ジュリアは有難く援助を受ける事にした。

だけど父には妊娠している事、一人で生んで育てる
事は話さなかった。



引越ししてからというもの、動けるうちにやらなければならない事が山積みで悲しんでいる暇などない。

店のちょっとした改装。
什器や食器の購入。
飲食店を始めるために必要な資格の取得と諸々の手続き。
それら全てを身重の体一人でするのは大変だけれど、今はそのくらいで丁度いいとジュリアは思っていた。
悪阻はないけど赤ん坊の魔力と母親であるジュリアの魔力が一時的に混ざり体内で魔力を焼け
起こしてしまったが(妊娠初期にはよくあるそう)医師に処方された中和魔法薬を服用する事により緩和された。
なのでジュリアは無理をしない範囲でゆっくりとでも動き続けた。

だって立ち止まるとどうしてもクリスのことばかり考えてしまうから。

何も言わずに勝手に去ったこと、一人で勝手に答えを出し、勝手に見限って勝手に一人で子どもを生んで育てること。
これら全てを、クリスが知ったらどう思うのだろう。
突然居なくなって、クリスはどう思ったのだろう。

修羅場にならずに別れられて良かったと思っただろうか。
それとも少しは驚いて、少しは寂しいと感じてくれただろうか。

と、こんなことを考えてウジウジとしてしまうのが嫌だから、忙しく動いている方がいいのだ。

そうこうしている内に安定期に入り、お腹も膨らんできた。
そうなると近所の人間にもジュリアが妊婦だとわかってしまう。

身重の女の一人暮らし。
明らかにワケありだ。
あれやこれやと噂をされるのは覚悟していたが、蓋を開けてみれば皆親切な人たちばかりであった。

隣の八百屋のおかみさんは五人の子を産んだ猛者で、初産であるジュリアの相談に何かとのってくれた。

斜向かいの酒屋のおじさんはガタいが良く力自慢なので重い物を運んだり、電球の交換やちょっとした家の修理など快く引き受けてくれた。

産院の助産師や看護師もみんながみんな、ジュリアがワケありであろうとそんな事を気にする様子もなく、親身になって色々と協力してくれた。

そんな人の情けと温かさに触れ、ジュリアは開店の準備を出産前に終える事が出来たのだ。

そして気付けば妊娠八ヶ月。
ジュリアのお腹はすっかり大きくなっていた。

六ヶ月の時の検診で判明して、すでに性別はわかっている。
女の子だそうだ。

「リューイ」

古代の言葉で“愛”という意味があり、男の子にも女の子にも用いられる名前。

ジュリアは胎内で大切に育む愛しい我が子にその名を贈った。

「ママがたくさん、たくさん愛するわ。あなたは望まれて生まれてくる子なのよ」

丸く膨らんだお腹を優しく撫でながら、ジュリアはまだ見ぬ我が子に思いを馳せた。

「あなたはどんな容姿を持って生まれてくるのかしら?」

髪の色は?瞳は何色?顔はどちらに似ているのだろうか、母親似?それとも……。

「どっちでもいいわね、元気に生まれてきてくれるならそれだけで充分」

早く会いたい。

ジュリアは優しげな笑みを浮かべてそっと我が子を抱き抱えるようにお腹に手を添えた。


そしてそれから月日は経ち、とうとうジュリアの陣痛が始まった。
引いては寄せる痛みはどんどん強くなり、その間隔も短くなってゆく。
もう痛くて痛くて堪らないのにまだ生む段階ではないと何度も言われた。

「リラックスして痛みを逃せ」なんて、そんなのどうしたらいいんだ。
痛くて辛くて、そしてリューイが無事に生まれて来てきてくれるか不安で。
こんな時クリスが側に居てくれたらどれだけいいだろうと何度も思ってしまう。
側に居て、ただ側に居て手を握ってくれるだけでどれだけ力付けられただろう。

───でも、私は一人なんだ。そしてリューイをこの世に送り出して上げられるのもまた、私だけなんだ。

そう思い、ジュリアは自分を鼓舞して分娩台に上がった。
お産は既に最高潮に達している。
痛みは一番強い状態が続いていた、次の陣痛できっと生まれると助産師に言われてジュリアは言われるがままに精一杯イキんだ。

「こんのっ……!アホクリスっーーーー!!」

渾身の力を込めて叫んだのち、やがて助産師が頭が出たと言ったのを聞いたジュリアは息も絶え絶えに自分の足の間に視線を辿る。
そして……

「はい、生まれたよー!」

助産師により取り上げられた我が子の姿が見えた。

「う……生まれた……?」

そして助産師の手際良い処置により、その産声は直ぐに発せられた。

力いっぱい、元気いっぱいに泣く我が子が満身創痍のジュリアの元に助産師が連れて来た。

「ジュリアさん、よくがんばったわね元気でかわいい男の子よ!」

「元気……良かった……え、男の子っ?」

検診では女の子だと言われていたが、生まれた子は男の子であった。
角度によっては性別を見誤る事もあるのだそうだ。
まぁどちらでもジュリアにとっては可愛い子。
男でも女でも元気に生まれてくれたのならそれだけで幸せ。

生まれた子は焦げ茶の髪に深いブルーの瞳を持つ、父親であるクリスにそっくりな子であった。

その容姿を見て思わずジュリアは泣き笑いをする。

「ふ、ふふ……クリス、あなたにそっくりの赤ちゃんが生まれたわ……この子は私が守り、ちゃんと育てるから……だからあなたのあずかり知らぬ所で我が子が生きていくという事を許して……」

ジュリアはそう言って我が子を抱き寄せた。

温かくて小さいのにずっしりとした重さを感じる。
これが命の重みか。

「かわいい……」


幸せだった。
失ったと思った幸せがここにあった。

この子がいれば強く生きていける、

ジュリアは心からそう思った。






───────────────────────



皆さま、いつも感想をありがとうございます!
忙しや~and眼精疲労が酷くなかなかお返事は出来ませんが一つ一つ認証確認をしながら大切に読まさせて頂いております。
本当にありがとうございます!
(⸝⸝⸝ᵒ̴̶̷̥́⌑ᵒ̴̶̷̣̥̀⸝⸝⸝)カンシャカンゲキアメアラレ


最初のクリスのあの溺愛ぶりから見ると、当然既にジュリアにはマーキング済みなはずですよね。

なのになぜ再会するまでジュリアには会えなかったのか……は、クリスsideでご確認を!

あ、でもまだクリスsideは少しだけ先です☆
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