7 / 20
203号室、髪を切ったラプンツェル
しおりを挟む
「おめでとう存じます。ご懐妊でございますよ」
近所に住むという壮年の女性産科医療魔術師から、笑顔でそう告げられた。
「妊娠3ヶ月。ご出産は11月頃になられます」
「秋生まれの子ね、ふふ楽しみだわ」
ユニカは自身の下腹部に手を当て、嬉しそうに微笑む。
男の子だろうか、女の子だろうか。
ーーそういえばセドリック様に離婚を言い渡された日以降の予知夢って見た事がないかも……。
これから見るのだろうか。
だとすれば生まれてくる子どもがどんな感じの子なのかも見れるかもしれない。
初めてユニカは予知夢が見たい、そう思えた。
シシーが魔力で治療してくれてからお陰様で悪阻は落ち着いている。
ユニカは単純な畑仕事や棚の埃取りやアパート経営の帳簿付けなど、清く正しく慎ましい自立のための日々を過ごしていた。
そんな穏やかな日々の中、その珍騒動は起きる。
「ツェルぅぅぅーーーーッ!!」
ドターンッと扉が砕け散ったのではないかと思うほどの爆音を立てて、アパートの玄関扉が開かれた。
「ぎゃーーーっ!?」
丁度エントランスで花を活けていたユニカは驚きすぎて花瓶を落としそうになる。
それを既のところでルナが手を添えてフォローしてくれた。
「奥様大丈夫ですか?でも、ぎゃーはいけません。貴婦人たるもの、やはり叫ぶならきゃーっでお願いします」
「うふ、それもそうね。ごめんなさい」
二人でそんなやり取りをしているが、扉を派手に開けた人物が体格の良い男と確認するや否や、クロエが大声で叫んだ。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょっ!ルナ!ユニカ様を安全な所へっ!!」
武器のつもりだろうか、手に箒を持ってこちらに走ってくるクロエを見て、ルナは言った。
「あー、大丈夫ですよクロエさん。この人は……
「ツェルッ!!ラプンツェル゛ッーーー!!」
ルナが説明しようとしている言葉に被せるようにしてもう一度、男はその名を大声量で呼んだ。
「うるさっ!」
「す、凄い声量ね、オペラ歌手みたい……」
ユニカとルナは耳を塞いで男を見る。
するとその時、今度は二階からドダダダッと凄い勢いでこちらに向かって来る足音がアパート中に響いた。
その音を聞きつけルナが慌ててユニカを背に庇う。
「うわっ、在宅中だったんだ!留守だったら良かったのにっ!」
「え?」
ルナの言葉にユニカは何事かと目を見張る。
「ラ゛ァァイダーーーーッ!!」
その声と共に階段の踊り場から長いロープが鞭のようにしなりながら男の方へと伸びて行った。
そして鞭のようなロープのような物は男の体に巻き付き、その身を縛り上げる。
「!?」
ユニカはその光景を只々刮目するより他なかった。
「ぐっ……ぐぬぬぅっ……!」
身動きが取れなくなった男はなんとか拘束を解こうと身じろぐが、ロープは更にキツく絞まってゆく。
そして手をパンパンと、埃を払うように叩きながら一人の女性が降りて来た。
ーーあの人は203号室の店子さん……。
留守がちな彼女とはまだ1~2度しか顔を合わせていない。
ルナがこっそりつけたあだ名は
“髪を切ったラプンツェル”。
美しいサラサラなブロンドのショートヘアーが印象的なスッキリとした美人さんであった。
ーーよく見ると………
男を縛り上げているロープって……髪の毛!?
ユニカはぎょっとした。
ラプンツェルはユニカ達に笑顔で軽く会釈してから自身で縛り上げた男の元へと近付いて行った。
「……もう二度とここには来るなって言ったわよね?」
冷たい、温度を感じさせない声でラプンツェルが言う。
ライダーと呼ばれた男は焦りながら答えた。
「す、すまんっ……でもどうしても諦められないんだ……ホントに俺が悪かった、酷い事を言ってすまなかった。どうか許してくれ、そしてもう一度だけチャンスをくれっ……!」
男は懇願し、エントランスの床に額を擦り付ける。
「その言葉はもう聞き飽きた。アンタとの関係はこの髪をバッサリ切り落とした時に終わったのよ。いつまでも未練たらしく付きまとわないで」
「どうして切ってしまったんだっ……あんなに長くて綺麗な髪だったのにっ……!」
「人生を新しくやり直すには邪魔だったのよ。おかげで清々したわ。どうしてもっと早く切らなかったのかしら、髪もアンタも」
「ヒィっ……」
更に温度が下がった冷たい声でラプンツェルが言うと男は震え上がった。
それを見てラプンツェルはニッコリと微笑む。
「わかった?脳みそまで筋肉で出来てるそのおバカな頭でも理解した?理解したのなら……」
ラプンツェルはゆっくりとした動作でアパートの玄関扉を開けた。
そして、
「わかったらとっとと出てけっーー!!」
と言いながら、まるでコマのようにロープを解き、男を外へと放り出した。
「ギャーーッ!ツェルっーー!!」
男はクルクルと回転しながら去って行く。
それを見届け、ラプンツェルはバタンと扉を閉めた。
「………」
アパートに静寂が戻る。
「えっと……?」
ユニカが何から尋ねような思いあぐねていると、
ラプンツェルの方から口を開いた。
「オーナーさん、お騒がせして本当にごめんなさい。そしてお見苦しいところもお見せして恥ずかしいわ」
「いえ、そんな事はいいのよ。それよりあなたは大丈夫?なんだかゲッソリした顔をしているわよ」
ユニカが心配そうに言うと、ラプンツェルは半目になって答えた。
「アイツ、元カレなんだけどホントしつこくて。別れたくないって聞かないのよ」
「まぁ」
立ち話もなんなので…という事でユニカの部屋へと移動して、お茶を飲みながら続きを聞く事になった。
いつものクロエの美味しいお茶が出てくる。
もちろんユニカはノンカフェインのものだ。
ラプンツェルはお茶を飲み、口を潤してからさっきの男との因縁を話し出した。
「そんな改まってするような話でもないのよ?ただ恋人だったアイツと価値観の違いで別れた、それだけなの」
「価値観の違い?」
「結婚についての考え方とか、親との接し方とか……まぁ色々とね、その中で女は黙って家に居りゃいいんだみたいな事を言われて、ダメだコイツと思って見限ったのよ」
「でもさっきの人は別れたくないと言って聞かないのね」
「そうなの。でも私はどうしても別れたくって。だからアイツが好きだった長い髪をバッサリ切り、同棲してた家を出たのよ」
「それでユニークアパートメントに入居したのね」
「そう。ここは女性専用だというし、間取りも良くって気に入ってるわ」
「ふふ、ありがとう」
ユニカはそう言いながら、ふとラプンツェルの側に置かれた、髪ではないかと推測するロープを見た。
その目線に気付き、ラプンツェルは説明してくれた。
「これ?これはその時切り落とした髪よ。アイツと付き合いだして7年間一度もハサミを入れなかった私の髪。どういうわけか髪に魔力が残って、鞭のように自由自在に扱えるのよ。だから護身用に取ってあるの」
「な、なるほど……」
確かにさっきはまるで生き物のように自在に動いていたような……。
切った髪にはこんな使い方もあるのね、とユニカは心の中でメモを取った。
何かの役に立つだろう。
「アイツと付き合ってる時はずーーっとさ、家にばかり居たの。仕事が終わったらまっすぐ帰ってアイツのために食事を用意して家の事をして……あまり外出もせずに家の中ばかり居たんだよね……だから今は外に出て、旅行に行ったり買い物したり外食したりするのが楽しくってさ」
「だからお留守が多いのね」
あまり顔を合わせないのはそのせいかとユニカは納得した。
クロエがラプンツェルに尋ねた。
「でもさっきの彼、あの調子じゃまた来るんじゃない?かなりしつこそうだったけど」
ラプンツェルが肩を竦めて言う。
「来るたびに追い出すしかしょうがないわね。でもじきに次の女が出来て、来なくなると思う」
そう告げた彼女の表情が少し寂しそうで、ユニカはたまらない気持ちになった。
「……ラプンツェルさん……」
「ま、だから申し訳ないけど少しだけ辛抱して欲しいの!私が居る時は私が対処するし、留守の時は適当に追い返してくれたらいいから!よろしくね!」
ラプンツェルの申し出に、ユニカたちは頷く事しか出来なかった。
夕方、畑に水を撒きながらユニカはぼんやりと考える。
ーーラプンツェルって……本当はまだあの人の事が好きなんじゃないかしら。別れたいって気持ちとは裏腹に、心のどこかには彼の側に居たいという気持ちが残ってるんじゃないかしら……。
でもこれ以上は踏み込めない。
ユニカはアパートのオーナーとして、ラプンツェルが心穏やかに暮らせる事を祈った。
しかしその後もラプンツェルの元カレは頻繁にアパートへやって来た。
その度に何故か在宅中のラプンツェルと同じ様なやり取りが繰り広げられる。
ユニカも段々とそのやり取りに慣れ、今ではラプンツェルの豪快な切り落とした髪ロープ捌きにある種のショーを見ているような気持ちになっていた。
なんやかんやとラプンツェルと元カレの男、今のそんなやり取りで自分達の心の距離を推測っているのではないか、そんな気さえしてきた。
結局二人、互いに離れきれないのだろう。
こんな関係性で続いていく男女もあるのだな、とユニカはまた心のメモ帳に書き記す。
「………元気かな……」
どうしようもなく、
セドリックに会いたかった。
◇◇◇◇◇
「野菜泥棒……じゃあないわよね」
「!!」
皆が寝静まった深夜。
裏庭のユニカの畑でルナは不審な人物に声をかけた。
気配も無くいきなり後ろに立ったルナに、その人物は直ぐさま飛び退いて距離を取る。
「……鈍チン野郎の癖に動きは悪くないのね……どうせロドリゲス大司教の手の者なんでしょ?」
「クソっ……!」
ルナの間合いの詰め方にその実力を理解したのか、その人物は逃げを打つ事に決めたらしい。
「逃すわけないでしょう」
ルナは一瞬で距離を詰めて相手を捕縛した。
腕を後ろに捻り上げ、うつ伏せに倒して膝で押さえつける。
その時に術式を唱えて相手の口に拘束具をする。
口腔内に毒物を含ませている危険性があるためだ。
完全に制圧されたその人物は、抵抗しても無駄だと判断したのか大人しくなった。
そんな相手にルナは耳元で囁く。
「おおかた閣下の居場所でも探りに来たんだろうけど、この場所を探し当てた手腕は褒めてあげるわ。でもね、ここの真のオーナーはとんでもなく怖いお人なのよ……迂闊にここに手を出した事、きっと死ぬほど後悔するんだから」
「……!」
そう言った後、ルナはその人物を連れて何処かへと転移していった。
この出来事を知る者は畑の野菜以外、誰もいない。
また夜の静寂が辺りを包み込んだ。
近所に住むという壮年の女性産科医療魔術師から、笑顔でそう告げられた。
「妊娠3ヶ月。ご出産は11月頃になられます」
「秋生まれの子ね、ふふ楽しみだわ」
ユニカは自身の下腹部に手を当て、嬉しそうに微笑む。
男の子だろうか、女の子だろうか。
ーーそういえばセドリック様に離婚を言い渡された日以降の予知夢って見た事がないかも……。
これから見るのだろうか。
だとすれば生まれてくる子どもがどんな感じの子なのかも見れるかもしれない。
初めてユニカは予知夢が見たい、そう思えた。
シシーが魔力で治療してくれてからお陰様で悪阻は落ち着いている。
ユニカは単純な畑仕事や棚の埃取りやアパート経営の帳簿付けなど、清く正しく慎ましい自立のための日々を過ごしていた。
そんな穏やかな日々の中、その珍騒動は起きる。
「ツェルぅぅぅーーーーッ!!」
ドターンッと扉が砕け散ったのではないかと思うほどの爆音を立てて、アパートの玄関扉が開かれた。
「ぎゃーーーっ!?」
丁度エントランスで花を活けていたユニカは驚きすぎて花瓶を落としそうになる。
それを既のところでルナが手を添えてフォローしてくれた。
「奥様大丈夫ですか?でも、ぎゃーはいけません。貴婦人たるもの、やはり叫ぶならきゃーっでお願いします」
「うふ、それもそうね。ごめんなさい」
二人でそんなやり取りをしているが、扉を派手に開けた人物が体格の良い男と確認するや否や、クロエが大声で叫んだ。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょっ!ルナ!ユニカ様を安全な所へっ!!」
武器のつもりだろうか、手に箒を持ってこちらに走ってくるクロエを見て、ルナは言った。
「あー、大丈夫ですよクロエさん。この人は……
「ツェルッ!!ラプンツェル゛ッーーー!!」
ルナが説明しようとしている言葉に被せるようにしてもう一度、男はその名を大声量で呼んだ。
「うるさっ!」
「す、凄い声量ね、オペラ歌手みたい……」
ユニカとルナは耳を塞いで男を見る。
するとその時、今度は二階からドダダダッと凄い勢いでこちらに向かって来る足音がアパート中に響いた。
その音を聞きつけルナが慌ててユニカを背に庇う。
「うわっ、在宅中だったんだ!留守だったら良かったのにっ!」
「え?」
ルナの言葉にユニカは何事かと目を見張る。
「ラ゛ァァイダーーーーッ!!」
その声と共に階段の踊り場から長いロープが鞭のようにしなりながら男の方へと伸びて行った。
そして鞭のようなロープのような物は男の体に巻き付き、その身を縛り上げる。
「!?」
ユニカはその光景を只々刮目するより他なかった。
「ぐっ……ぐぬぬぅっ……!」
身動きが取れなくなった男はなんとか拘束を解こうと身じろぐが、ロープは更にキツく絞まってゆく。
そして手をパンパンと、埃を払うように叩きながら一人の女性が降りて来た。
ーーあの人は203号室の店子さん……。
留守がちな彼女とはまだ1~2度しか顔を合わせていない。
ルナがこっそりつけたあだ名は
“髪を切ったラプンツェル”。
美しいサラサラなブロンドのショートヘアーが印象的なスッキリとした美人さんであった。
ーーよく見ると………
男を縛り上げているロープって……髪の毛!?
ユニカはぎょっとした。
ラプンツェルはユニカ達に笑顔で軽く会釈してから自身で縛り上げた男の元へと近付いて行った。
「……もう二度とここには来るなって言ったわよね?」
冷たい、温度を感じさせない声でラプンツェルが言う。
ライダーと呼ばれた男は焦りながら答えた。
「す、すまんっ……でもどうしても諦められないんだ……ホントに俺が悪かった、酷い事を言ってすまなかった。どうか許してくれ、そしてもう一度だけチャンスをくれっ……!」
男は懇願し、エントランスの床に額を擦り付ける。
「その言葉はもう聞き飽きた。アンタとの関係はこの髪をバッサリ切り落とした時に終わったのよ。いつまでも未練たらしく付きまとわないで」
「どうして切ってしまったんだっ……あんなに長くて綺麗な髪だったのにっ……!」
「人生を新しくやり直すには邪魔だったのよ。おかげで清々したわ。どうしてもっと早く切らなかったのかしら、髪もアンタも」
「ヒィっ……」
更に温度が下がった冷たい声でラプンツェルが言うと男は震え上がった。
それを見てラプンツェルはニッコリと微笑む。
「わかった?脳みそまで筋肉で出来てるそのおバカな頭でも理解した?理解したのなら……」
ラプンツェルはゆっくりとした動作でアパートの玄関扉を開けた。
そして、
「わかったらとっとと出てけっーー!!」
と言いながら、まるでコマのようにロープを解き、男を外へと放り出した。
「ギャーーッ!ツェルっーー!!」
男はクルクルと回転しながら去って行く。
それを見届け、ラプンツェルはバタンと扉を閉めた。
「………」
アパートに静寂が戻る。
「えっと……?」
ユニカが何から尋ねような思いあぐねていると、
ラプンツェルの方から口を開いた。
「オーナーさん、お騒がせして本当にごめんなさい。そしてお見苦しいところもお見せして恥ずかしいわ」
「いえ、そんな事はいいのよ。それよりあなたは大丈夫?なんだかゲッソリした顔をしているわよ」
ユニカが心配そうに言うと、ラプンツェルは半目になって答えた。
「アイツ、元カレなんだけどホントしつこくて。別れたくないって聞かないのよ」
「まぁ」
立ち話もなんなので…という事でユニカの部屋へと移動して、お茶を飲みながら続きを聞く事になった。
いつものクロエの美味しいお茶が出てくる。
もちろんユニカはノンカフェインのものだ。
ラプンツェルはお茶を飲み、口を潤してからさっきの男との因縁を話し出した。
「そんな改まってするような話でもないのよ?ただ恋人だったアイツと価値観の違いで別れた、それだけなの」
「価値観の違い?」
「結婚についての考え方とか、親との接し方とか……まぁ色々とね、その中で女は黙って家に居りゃいいんだみたいな事を言われて、ダメだコイツと思って見限ったのよ」
「でもさっきの人は別れたくないと言って聞かないのね」
「そうなの。でも私はどうしても別れたくって。だからアイツが好きだった長い髪をバッサリ切り、同棲してた家を出たのよ」
「それでユニークアパートメントに入居したのね」
「そう。ここは女性専用だというし、間取りも良くって気に入ってるわ」
「ふふ、ありがとう」
ユニカはそう言いながら、ふとラプンツェルの側に置かれた、髪ではないかと推測するロープを見た。
その目線に気付き、ラプンツェルは説明してくれた。
「これ?これはその時切り落とした髪よ。アイツと付き合いだして7年間一度もハサミを入れなかった私の髪。どういうわけか髪に魔力が残って、鞭のように自由自在に扱えるのよ。だから護身用に取ってあるの」
「な、なるほど……」
確かにさっきはまるで生き物のように自在に動いていたような……。
切った髪にはこんな使い方もあるのね、とユニカは心の中でメモを取った。
何かの役に立つだろう。
「アイツと付き合ってる時はずーーっとさ、家にばかり居たの。仕事が終わったらまっすぐ帰ってアイツのために食事を用意して家の事をして……あまり外出もせずに家の中ばかり居たんだよね……だから今は外に出て、旅行に行ったり買い物したり外食したりするのが楽しくってさ」
「だからお留守が多いのね」
あまり顔を合わせないのはそのせいかとユニカは納得した。
クロエがラプンツェルに尋ねた。
「でもさっきの彼、あの調子じゃまた来るんじゃない?かなりしつこそうだったけど」
ラプンツェルが肩を竦めて言う。
「来るたびに追い出すしかしょうがないわね。でもじきに次の女が出来て、来なくなると思う」
そう告げた彼女の表情が少し寂しそうで、ユニカはたまらない気持ちになった。
「……ラプンツェルさん……」
「ま、だから申し訳ないけど少しだけ辛抱して欲しいの!私が居る時は私が対処するし、留守の時は適当に追い返してくれたらいいから!よろしくね!」
ラプンツェルの申し出に、ユニカたちは頷く事しか出来なかった。
夕方、畑に水を撒きながらユニカはぼんやりと考える。
ーーラプンツェルって……本当はまだあの人の事が好きなんじゃないかしら。別れたいって気持ちとは裏腹に、心のどこかには彼の側に居たいという気持ちが残ってるんじゃないかしら……。
でもこれ以上は踏み込めない。
ユニカはアパートのオーナーとして、ラプンツェルが心穏やかに暮らせる事を祈った。
しかしその後もラプンツェルの元カレは頻繁にアパートへやって来た。
その度に何故か在宅中のラプンツェルと同じ様なやり取りが繰り広げられる。
ユニカも段々とそのやり取りに慣れ、今ではラプンツェルの豪快な切り落とした髪ロープ捌きにある種のショーを見ているような気持ちになっていた。
なんやかんやとラプンツェルと元カレの男、今のそんなやり取りで自分達の心の距離を推測っているのではないか、そんな気さえしてきた。
結局二人、互いに離れきれないのだろう。
こんな関係性で続いていく男女もあるのだな、とユニカはまた心のメモ帳に書き記す。
「………元気かな……」
どうしようもなく、
セドリックに会いたかった。
◇◇◇◇◇
「野菜泥棒……じゃあないわよね」
「!!」
皆が寝静まった深夜。
裏庭のユニカの畑でルナは不審な人物に声をかけた。
気配も無くいきなり後ろに立ったルナに、その人物は直ぐさま飛び退いて距離を取る。
「……鈍チン野郎の癖に動きは悪くないのね……どうせロドリゲス大司教の手の者なんでしょ?」
「クソっ……!」
ルナの間合いの詰め方にその実力を理解したのか、その人物は逃げを打つ事に決めたらしい。
「逃すわけないでしょう」
ルナは一瞬で距離を詰めて相手を捕縛した。
腕を後ろに捻り上げ、うつ伏せに倒して膝で押さえつける。
その時に術式を唱えて相手の口に拘束具をする。
口腔内に毒物を含ませている危険性があるためだ。
完全に制圧されたその人物は、抵抗しても無駄だと判断したのか大人しくなった。
そんな相手にルナは耳元で囁く。
「おおかた閣下の居場所でも探りに来たんだろうけど、この場所を探し当てた手腕は褒めてあげるわ。でもね、ここの真のオーナーはとんでもなく怖いお人なのよ……迂闊にここに手を出した事、きっと死ぬほど後悔するんだから」
「……!」
そう言った後、ルナはその人物を連れて何処かへと転移していった。
この出来事を知る者は畑の野菜以外、誰もいない。
また夜の静寂が辺りを包み込んだ。
191
お気に入りに追加
4,037
あなたにおすすめの小説

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。


今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

【完結】公女さまが殿下に婚約破棄された
杜野秋人
恋愛
突然始まった卒業記念パーティーでの婚約破棄と断罪劇。
責めるのはおつむが足りないと評判の王太子、責められるのはその婚約者で筆頭公爵家の公女さま。どっちも卒業生で、俺のひとつ歳上だ。
なんでも、下級生の男爵家令嬢に公女さまがずっと嫌がらせしてたんだと。
ホントかね?
公女さまは否定していたけれど、証拠や証言を積み上げられて公爵家の責任まで問われかねない事態になって、とうとう涙声で罪を認めて謝罪するところまで追い込まれた。
だというのに王太子殿下は許そうとせず、あろうことか独断で国外追放まで言い渡した。
ちょっとこれはやりすぎじゃねえかなあ。公爵家が黙ってるとも思えんし、将来の王太子妃として知性も教養も礼儀作法も完璧で、いつでも凛々しく一流の淑女だった公女さまを国外追放するとか、国家の損失だろこれ。
だけど陛下ご夫妻は外遊中で、バカ王太子を止められる者などこの場にはいない。
しょうがねえな、と俺は一緒に学園に通ってる幼馴染の使用人に指示をひとつ出した。
うまく行けば、公爵家に恩を売れるかも。その時はそんな程度しか考えていなかった。
それがまさか、とんでもない展開になるなんて⸺!?
◆衝動的に一晩で書き上げたありきたりのテンプレ婚約破棄です。例によって設定は何も作ってない(一部流用した)ので固有名詞はほぼ出てきません。どこの国かもきちんと決めてないです(爆)。
ただ視点がちょっとひと捻りしてあります。
◆全5話、およそ8500字程度でサラッと読めます。お気軽にどうぞ。
9/17、別視点の話を書いちゃったんで追加投稿します。全4話、約12000字………って元の話より長いやんけ!(爆)
◆感想欄は常に開放しています。ご意見ご感想ツッコミやダメ出しなど、何でもお待ちしています。ぶっちゃけ感想もらえるだけでも嬉しいので。
◆この物語も例によって小説家になろうでも公開しています。あちらも同じく全5話+4話。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。
しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。
幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。
その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。
実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。
やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。
妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。
絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。
なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる