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まほらはもう戻らない

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「まほらっ!?」

「ブ、ブレイズ……」


備品室で幼馴染のブレイズと見知らぬ女性職員の告白現場に鉢合わせてしまったまほら。

なんとも気まずく、居た堪れないシチュエーションにまほらはだ。

一緒に居合わせたハウンドがまほらに言う。

「四課の備品を返しに来ただけなんだけど、間が悪かったようだね」

「え、ええ、本当に……」

ハウンドは暗にここに居合わせたのは偶然なのだとブレイズにわかるように匂わせてくれたようだ。

そのやり取りを見て、ブレイズがまほらの側に来る。

「まほら、そちらは?」

奇しくも初顔合わせになる二人に、まほらは互いを紹介をした。

「 ブレイズ、こちらはハウンド=マクスウェルさん。捜査四課での私のバディよ」

「ハウンドさん、彼はブレイズ=ギブソン。私の幼馴染です」

「あ、幼馴染なんだね。どうりで気安い感じだと思ったよ」

まほらの紹介を受け、ハウンドはなるほどと頷いた。
対するブレイズはハウンドの名を聞いて一瞬眉間にシワが寄る。

「四課の……マクスウェル氏……」

おそらく、ハウンドの噂が頭にあるのだろう。
まほらは話題を変えるためにブレイズに言った。

「体調はもう大丈夫なの?」

まほらのその言葉にブレイズも返す。

「それはこちらのセリフでもあるな。まほこそもう大丈夫なのか?転居先を聞くのを忘れたから看病にも行けないって、母さんが嘆いてた」

感染うつしたら大変だったからそれで良かったのかも」

「まほら……」

「……じゃあ、間の悪い時にホントにごめんね?備品を返すだけだから」

そう言ってまほらは魔道具を所定の位置に戻し返却書に手をかざし魔法印を押印した。

その様子を見ながらブレイズが言う。

「まほ、話がしたい。少しいいか?」

「えっ……でも……」

なんだろう。
まほらには話はないんだけど。
なにを言われるのか少し怖いと思ってしまう。

ハウンドをだしに使わせて貰おうかとチラリと彼を見ると、気を利かせてかハウンドが笑みを浮かべながら言った。

「あぁ……腹が減り過ぎて大変だよ。まほらさん、悪いけど僕はもう食堂に向かわせてもらうね。まほらさんもランチ休憩に入って。じゃ!」

「え、あ、ありがとうございます……」

そういう気の利かせ方、今は要らなかった……。

そう思いながらまほらはハウンドの背中を見送った。

「まほ、時間は取らせないから少しだけ話、いいか?」

「う、うん……じゃあ今ここで……」

わざわざ場所を移動する時間が勿体ないし居た堪れない。
何を言う気かは知らないがここで手っ取り早く終わらせたかった。

ブレイズはそれでも構わないといった表情で頷いた。
そして少し力ない声で話し始めた。

「……突然、引越して…本当に驚いた」

「う、うん……引越しの理由は……」

「母さんに聞いたよ、一人では広すぎるからと省舎に近い方がいいから……だろ?」

「うん……そうよ」

「じゃあ突然転属になったのは?この時期の転属なんて、何かヘマをやらかしたか自分で希望したかだろ。まほらがヘマをするわけがないし、そうなったら自分で転属を希望したという事だよな」

「まぁ…そうなる、わね」

「まほ。急に俺と縁を切るような行動に出たのは、俺がルミア=ヘンリーさんに好意を寄せられた事を喜んだからか?」

他の男性職員みたいに“ルミアちゃん”と呼んでいたくせに急に呼び方をかえてどういう風の吹き回しだろう。
訳が分からないと思ったがそれはあえてスルーした。

「……縁を切る……というか、私だったら嫌だから……意中の彼の側に幼馴染とはいえ家族並に近しい女がいるなんて、だから」

「だから家を出て部署も変えたと?」

なんだろう、この尋問のような雰囲気は。
まほらはなんか癪に障ってキツめの語尾で言い返す。

「ええそうよ。これからルミアちゃんと幸せになろうとしているのために、ね」

「幼馴染か……」

ブレイズはつぶやくようにまほらが言った言葉を繰り返した。

「な、なによ」

「俺は、その幼馴染という関係の上に胡座をかき続けてきたんだという事がようやくわかった」

「え?」

「ずっとずっと、まほらは俺の側にいてくれると妄信していたんだ。いつも隣にいたまほらがいなくなって、それがようやくわかった」

ブレイズがまっすぐな瞳でまほらを見つめる。
迷いのない、真剣な眼差しをまほらに向けてくる。

「間接的にだがヘンリーさんに好意を示されて嬉しいと思った。それが恋情なのか、単純に初めて異性にモテた事への喜びだったのか、そんな事も分からずに浮かれていた」

「ブレイズ……?」

「だけどまほらが急に側から消えて、そんな浮ついた気持ちは一瞬で消え去った時に思い知らされたんだ。他の人間とは比べようもないほど、俺にとってまほらが一番大切な人なんだと……」

「な、何を言っているの?」

「まほらが側にいないと思うだけで胸が痛くて苦しくて。これからは俺の知らない所でまほらが生きていくのかと思うと、俺の知らない奴らと出会って、俺でない誰かと恋愛して結婚して……そう思うと嫌で堪らなかった。そう思った自分がいる事を初めて知り、ようやくまほらへの想いに気づいたんだ……」

「そ、そんな……」

ブレイズは今、何を言っているのだろう。

───私への想い?私が居なくなってはじめて、私への恋心があった事に気付いたという事……?


「俺は……本当にどうしようもなく鈍感で馬鹿だ……自分の気持ちに何一つ気付かすに、気付いた時にはもうまほらは居なくて…いや、居なくなったから気付けたんだけど、呆れ果てた親父に馬鹿野郎と殴られたよ」

「あ、それで顔を腫らしていた(らしい)のね……」

ブレイズが左頬を腫らしていたとルミアから聞いたのをまほらは思い出した。

「まほ……まほら、自分でも随分都合がいい事を言っているのは理解しているつもりだ。だけど何もせずに諦めるなんて出来ない。お願いだまほら、俺にもう一度チャンスをくれないか」

「……何のチャンスが欲しいというの?」

「鈍感で浅慮だった俺のせいで、まほらに住み慣れた家を離れさせる決断をさせてしまった償いを。それから、誰よりもまほらの側にいる権利を勝ち取るために努力をする事を」

これは……
今、目の前で真剣に想いを伝えてくるこの人間は、本当にあのブレイズなのだろうか。
捨てたはずの恋心が亡霊となって現れた幻にすぎないのではないか。
まほらはどうも現実味がなく、ぼんやりとそんな事を考えしまう。

少し前の自分なら、ブレイズのこの言葉を涙ながらに喜んで受け入れていただろう。

だけど、離れてみて如何に自分たちが近すぎたか。
如何に狭い世界で生き、視野が狭くなっていたかを知った今のまほらがそうはさせてくれない。


まほらもブレイズに真剣な眼差しを向け、告げる。

「……私は……ずっと自分の想いを知っていた。ブレイズが私の事を幼馴染としてしか意識していないのを知りながらも、きっといつかはとずっと自分の恋心を大切に胸に抱えて生きてきた。だけどブレイズがルミアちゃんの好意を喜んだ姿を見た時に、それが報われない恋心なんだとわかって諦める決心がついたの」

「まほ……」

自分の中でこんな考えが芽生えるなんて。

だけど今は、これが自分の正直な気持ち。

「ブレイズ、私の気持ちを正直に言うわね。私は……今でもあなたの事が好き。初恋だもの、それに十年来の恋心は捨てようとしてもなかなか消えてくれるものではないわ」

「まほら、じゃあ…「でも、」

ブレイズの言葉を遮ってまほらが言う。

「でも今のあなたの中に在る気持ちを信じていいのかが私にはわからないの。ブレイズが今、私に対して感じている気持ちはもしかしたら恋ではなく、突然側から離れた幼馴染に対する寂寞せきばくの情を抱いているだけかもしれない。今までずっと一緒だった私が居なくなって、戸惑っているだけの一時的な感情なのかもしれない。それはいずれこの環境に慣れたら、やはり恋情ではなかったと気付くものなのかもしれないわ」

「だけど、まほ……」

「ごめん、ごめんブレイズ。あなたの気持ちを信じられないの。だから、あなたの側にはいられない」

「っ………」

まほらの言葉にブレイズは何かを言いかけたが、結局はそれを口にする事はなく、言葉を飲み込むようにして俯いた。

そして意を決したように顔を上げ、まほらを見た。

先程からまほらに向けていた眼差しと何も変わらない強い瞳で。

「わかったまほら。お前がそう思うのは当然だ。気持ちをコロコロ変える俺が何を言っても空々しく感じるのは当り前の話だ。だけど頼む、せめて幼馴染としてでいいからお前との縁を繋ぎ止めさせていてほしい。俺の人生の中から自分の存在を消すような事はしないで欲しい」

「ブレイズ……」

「頼む、頼むまほら」

ブレイズが真摯な願いをぶつけてくる。

長い付き合いだ。
ただの焦りや誤魔化しで告げている言葉でない事はわかる。

まほらとしても、本当に絶縁したいとまでは思っているわけではない。

だからまほらは何も言わずにただ、こくんと頷いた。

それを見たブレイズが嬉しそうに笑みを浮かべる。

「……ありがとう、ありがとうまほら!」

子供の頃から見慣れた、ブレイズの屈託のない笑顔。
まほらが変わらず大好きな笑顔だ。



とりあえずブレイズには……というより彼の両親に、新居の住所をきちんと伝えておいた。

だからといって以前の距離感にもどるつもりはない。

せっかく身のを引き千切られる思いを耐えて新しい環境に飛び込んだのだ。

今のままで新しい自分と向き合っていきたい。

その中で見えてくるもの、辿り着く答えがあるような気がするから。

まほらはもう、以前の自分にもどるつもりはなかった。
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