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猫ムスメは婚約者が大好きすぎるシリーズ①
“猫を追うより皿を引け”だった件について(天の声視点→メルシア視点)
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※猫を追うより皿を引け
・猫の好物を盛った皿を猫に取られまいと、猫をいくら追ってもその場しのぎにすぎない。それよりもその原因となるものへの対策をするべきだ、という意味。
(▭-▭)✧
───────────────────
「ふみゃぁぁん♡いぐるしゅ~」
ルキア・フーバーにマタタビを嗅がされたメルシアを保護したイグルスはタイミングよく到着したバーナード家の馬車に直ぐに駆け乗った。
ナンシーからメルシア非常事態の知らせを受け、執行部の仲間に何も言わずに飛び出して来たが今はそれどころではない。
マタタビにより酩酊状態となったメルシアを一刻も早く連れ帰らねば……。
イグルスはこの後の不測の事態に備えてカーター家ではなく、バーナード家へとメルシアを連れ帰ることにした。
しかしカーター家よりも若干、学園から距離のあるバーナード家を選択したことを、イグルスは馬車の中で激しく後悔することとなる。
「しゅき♡いぐるしゅ、だいしゅき♡」
「……っ落ち着け、メルシア、話し合おう」
「イヤにゃ!いぐるしゅとちゅーするの!」
「メルっ……ぶっ!……………………ぷはっ!」
「にゃ♡いぐるしゅとハジメテちゅーした♡」
「やめろメル!お前は今、普通の状態じゃないっ!後で後悔するぞっ」
「こーかいにゃんてしにゃいもん。だいしゅきないぐるしゅにちゅーしたいだけだもん」
「だからそれはマタタビのせいでそんな状態になってるだけでっ、むぐっ……
チュゥ~~~~~~
………ぷはっ」
「うふふ♡いぐるしゅのくちびる、やわらかいにゃ~~♡」
柔らかいのはお前の唇だ!と文句を言いたくなる気持ちを抑えて、イグルスは必死になってメルシアを窘める。
「今はダメだメルっ……こんな状況でしていいコトじゃないっ……」
「ヤダ!もっとちゅーするの!」
「と、とんでもない小悪魔が爆誕しやがったっ……!」
酔っ払い状態になっているメルシアが馬車の揺れで転倒してはいけないと膝の上に乗せたのが仇となった。
マタタビのせいで理性の箍が外れたメルシアが、普段は言葉だけで伝えていたイグルスへの愛情表現を態度で示し出したのだ。
イグルスの膝に座り、彼の首に両手をまわしてチュッチュとキスをしてくる。
重ねるだけの、小鳥が啄むような軽いキスがほとんどだが、中にはメルシアの激重な愛が時間と比例した、長く唇を押し当ててくるキスもあるのだ。
マタタビの影響で半猫化しているメルシア。
頭の上に猫耳を覗かせ、黒く靱やかな尾をゆらゆらと揺らす。
そして熱を帯びた潤んだ瞳で一心に見つめてくるのだ。
イグルスは己の理性をガチガチの鋼にして、キス魔と化したメルシアに抵抗する。
「ほらメル、いい子だから……」
「わるいこでもいいの♡だっていぐるしゅにちゅ~できるもん♡」
「くっ……!なんという極悪人だっ……!」
俺の鉄の理性に感謝しろよと、イグルスはメルシアを恨みがましく睨みつけてやった。
いくら婚約者とはいえど、こんな状態のメルシアに手を出すわけにはいかない。
そんなことをしたら両家の母親たちに殺されるし、大切なメルシアに後悔はさせたくない。
だから必死に抵抗しているというのにこの小悪魔はそんなのお構い無しにやりたい放題だ。
ぎゅうぎゅうしがみついて体を押し付けてくるし、唇だけでなく頬や首筋をぺろぺろと毛繕い…舐めてくるのだ。
ちょっ……ホントにやめて。
早く、早く邸に到着してくれっ……と切実に願うイグルスを他所に、横向きでは座りにくくなったのかメルシアがイグルスに跨り、座り直した。
「!?」
互いに向き合う形となり、より密着感が増す。
さらにご機嫌になったメルシアが硬直したイグルスに再び唇を重ねてきた。
ちゅっちゅっと微かにリップ音を馬車の中に響かせる。
そして唇が僅かに触れ合ったまま、
「いぐるしゅはわたしだけのいぐるしゅなの……るきなしぇんぱいにはあげないんだから……」
と熱を孕んだ切なげな声で言ったのだった。
その瞬間、イグルスの中で何かが吹っ切れた。
それまで防戦一方だったイグルスがメルシアの腰と後頭部をがしりとホールドした。
そして、
「いぐるしゅ?……アむっ……」
小首を傾げて上目遣いをするメルシアに、イグルスの方からキスを仕掛けた。
重ねて触れるだけしか知らないメルシアとは違い、イグルスは最初から深くメルシアに口付けをする。
メルシアに鼻で息をしろと教えるくせに呼吸まで貪り尽くすような、メルシアが身の内に抱える不安ごと食らうような、そんな激しいキスにメルシアは只々翻弄された。
やがて唇が解放された時には……メルシアはメロメロの限界突破を果たし、意識が朦朧となっていた。
「ふ……ふみゃぁぁん……♡(撃沈)」
結果、メルシアを黙らせる強硬手段となったがそれも止む無し、とイグルスは思った。
あのままでは非常にまずかったのだ。(自分が)
そうやってようやく大人しくなったメルシアを大切そうに抱えたまま、イグルスは馬車がバーナード家の邸へ到着するのをひたすら待った。
そしてやっとの思いで邸に辿り着き、イグルスはメルシアを抱いたまま馬車から降りた。
その様子を見たバーナード家の執事や家政婦長たちが慌てふためく。
見るからに非常事態である。
オマケにイグルスはまるで戦場から戻ったばかりのような顔をしているではないか。
メイドの一人が慌てて女主人である母を呼びに行く姿を見ながら、イグルスは不機嫌なのかご機嫌なのかイマイチ解らない表情で執事に言う。
「メルが無理やりマタタビを嗅がせられた。念の為すぐに医師の手配を」
「なんとっ……マタタビをっ!?しかも無理やりですとっ!?一体誰がそのような悪逆非道を我らのメルシア様にっ……!」
執事の一人が驚きと怒りを顕わにしたその時、知らせを受けたイグルスの母親が悲鳴を上げながら階段を降りてきた。
「メルシーちゃんっ!?一体どうしたのっ!?」
イグルスは母に告げる。
「母さん、メルがマタタビでヤバい状態になった。とりあえず放心している間に制服から楽な服装に着替えさせてやって欲しい」
「まぁ大変っ!と、とにかくわかったわっ……イグルス、このままメルシーちゃんをお部屋に運んで頂戴」
母にそう告げられ、イグルスは黙って頷いた。
メルシアを抱いたイグルスが邸の廊下を歩いて行く。
家族のプライベートエリアとなる廊下には、母が描いた数々の肖像画が飾られていた。
(その腕前はプロ並み)
幼いメルシアがイグルスに公開プロポーズをした時を描いたもの。
婚約式で手を繋いで並んでいる二人を描いたもの。
猫の姿(当時は子猫)のメルシアを抱いている幼いイグルスを描いたもの。
メルシアとイグルスがダンスレッスンで踊っている姿を描いたもの。
高等学園入学時のイグルスと頬を染めて彼の隣に立つメルシアを描いたもの。
そして次にメルシアが真新しい制服に身を包んでイグルスと並んで立つ姿を描いたもの。
それは息子イグルスとその婚約者であるメルシアの、成長の記録のような肖像画たちであった。
その肖像画たちの横をイグルスはスタスタと通り過ぎて行き、メルシアがいつもバーナード家に滞在するときに使用する部屋へと入って行った。
◇
その後、マタタビが抜けるまで医師の薬により眠らされたメルシアを部屋に残し、イグルスは父母たちに事態の説明をした。
当然、父も母も、執事たちも家政婦長も激怒する。
「とんでもない性悪女が学園に居たものね」
母が口惜しげにそう言うと、父は何やら思案しながら顎に手を当ててブツブツとつぶやいた。
「フーバー……商工会名簿で見た家名だな。たしか繊維業を営み、新たに販路を広げようとあちこちに根回しをしていると聞いたな……」
父の言葉を受け、イグルスが言う。
「叩けば何かしら埃が出てきそうですね」
「娘だけでなく家ごと報復する気か?」
「出てきた埃によっては」
イグルスがそう端的に答えると、父は口の端をあげた。
「いいだろう」
父子の会話を聞き、筆頭執事が二人に言う。
「では至急、手の者にフーバー家の内情を調べさせましょう」
「うむ。……イグルス、メルシアちゃんに手を出したことを奴らに盛大に後悔させてやるがいい」
「もちろんです」
「だけどフーバーを排除するまで性悪女を放置しておくのは嫌だわ。メルシーちゃんの楽しい学園ライフには邪魔な異物よ。いえ、汚物ね」
「その件はすぐにでも動くつもりです」
「あら、どうするの?」
「メルに付けてある護衛魔術師が一部始終を魔道具にて記録してあります。それを証拠として、騎士団に捕らえさせて投獄します」
「投獄……当然ね。これは立派な犯罪よ。猫にマタタビを与えただけだ、なんて言い訳はさせないわ。一歩間違えればとんでもない事態になっていたかもしれないのだから」
冷たく言い放つ母の言葉に、イグルスも父も執事たちも家政婦長も大きく頷いた。
そしてその後、夜の正門前にてナンシーと落ち合い、彼女から魔道具を受け取ったイグルスはすぐにそれを被害届と共に騎士団に提出した。
魔術鑑定によりその魔道具に記録された映像が真実であると判明したことにより、ルキナ・フーバーは騎士たちに捕縛された。
ルキナは知らぬ存ぜぬと喚き散らしたが、証拠の映像を見せられて顔面蒼白となりその場に崩れ落ちたという。
前途洋洋であったはずの輝かしい自分の未来が突如犯罪者となり閉ざされたのだ。
許してくれ、悪気はなかった、ただの出来心だ、好きな人を手に入れたかっただけだと泣き縋ったらしいが、犯した罪が帳消しになる筈もない。
ルキナ・フーバーは裁判の後、北の修道院へと送られることになった。
還俗が許されるかどうかは本人の心の入れ替え次第だという。
そしてルキナの生家であるフーバー家だが、娘がバーナード家の後継(イグルス)と懇意になることを目論見、娘に請われるがままに純度の高いマタタビを用意したという。
そのフーバー家、やはり叩けは叩くほど実に様々な埃が出てきたらしい。
脱税に不正に公的な補助金を受給。
販路拡大を目的とした政府要人への贈賄。
さらに従業員と労働基準に逸脱した雇用契約を結び、不当に働かせていた等の罪。
それら全てが明るみに出てたちことにより、こちらも騎士団の捜査が入るらしい。
近々、この国の商工会名簿からフーバーの名が抹消されることだろう。
こうしてバーナード家は、メルシアにとって害悪でしかない生徒をその家ごと排除したのであった。
“猫を追うより皿を引け”
安全のためにメルシアに学園生活を諦めさせるのではなく、メルシアの安全を脅かす者を排除するという策を、イグルスをはじめバーナード家は講じているのである。
全ては可愛い可愛いメルシアのために。
◇
「ふみゃぁ~あ……今日も平和ねぇ……」
ランチタイム。
お弁当を食べ終わって眠たくなったわたし。
欠伸をしてからそう言うと、一緒にお弁当を食べていたナンシーが笑った。
「大きな欠伸ね~」
「だってお腹がいっぱいになったし、お日様がとっても気持ちいいんだもん」
「猫は日向ぼっことお昼寝が好きだもんね~。それにまぁ、呑気に欠伸をしていられるのも、平和な証よね」
「でも……わたしにマタタビをかけたルキナ先輩が逮捕されるなんて驚きだったわ……」
「驚くも何も当たり前のことよ。あれは犯罪よ、犯罪」
「でも、フーバー先輩が抜けた執行部は大変なんじゃないかしら」
「平気でしょ。執行部って、結構結束力があるから何とか乗り切るんじゃない?」
「そうなの?」
「らしいわよ?代々、全員がファーストネームで呼び合うというルールの下で結束力を深めるらしいわよ」
「それでフーバー先輩もイグルスをファーストネーム呼びしていたのね」
「そういうこと。それで?近頃婚約者とはどうなの?」
「どうもこうも、相変わらず影からウォッチングしてるわよ」
「またぁ?もう堂々とすればいいのに~」
「わたしがそっちの方が性に合ってるの。よく知らない人が側にいると落ち着かないしね」
「借りてきた猫になっちゃうもんね~。それに、バーナード先輩って、他の男子生徒がメルシアを不躾に見るのを嫌がるしね。メルシアだけなら、目立たないように気配を消して行動するのが上手だし。さすがは猫ね」
「ふふ。足音を立てずに歩くことも出来るわよ」
「それって、役に立つのか立たないのか分からないスキルね。あ、メルシア、噂をすればバーナード先輩が一人で歩いてるわよ」
「まぁホントだわ。一人だなんて珍しいわね」
「せっかくなんだから声をかけてらっしゃいよ」
「え、でもなんだか急いでない?忙しいんじゃないかしら」
「少しくらい大丈夫でしょ。……あら~今度は風でメルシアのスカートがぁ~!」
ナンシーがそう言って人差し指でくるりと小さく弧を描くと、途端にわたしの制服のスカートが捲れ上がった。
「にゃっ!?」
咄嗟にスタートの裾を抑えようとすると、それよりも早く後ろから大きな体に包み込まれる。
「イグルスっ?」
振り返れば、慌てた様子でわたしの後ろに立ち、壁になって他者からの視線を遮るイグルスがいた。
「早っ」というナンシーの声が聞こえたけど、とにかくイグルスが壁になってくれたおかげで他の人にスカートがめくれたのは見られなかったはずだわ。
あぁ良かった!
「ありがとうイグルス。あなたもナンシーと同じパンツの恩人だわ」
わたしがそう言うとイグルスは「パンツの恩人ってなんだ」とツッコミを入れてからジト目でナンシーを見た。
「ナンシー・ロペス、余計なことはするな」
「いやだ先輩ったら、変な難癖付けないでくださいよぉ。それにしても凄まじい速さでしたね。……まぁこうしてせっかく婚約者同士がランチタイムにめぐり会えたんです。あとはお二人で仲良くどーぞ!」
とそう言ってナンシーはまるで転移魔法でも用いたかのようにどこかへと行ってしまった。
取り残されたわたしとイグルスは互いに視線を向ける。
そして、どちらからともなく笑いあって、どちらからともなく手を繋いだ。
「まぁたしかにせっかくではあるしな。予鈴が鳴るまでここに居るか」
「うん!イグルスと一緒にいられるなんて嬉しい♡幸せだわ」
「………おう」
照れたイグルスがたまらなく可愛い。
わたしたちの婚約者生活はあと三年。
三年後、わたしの卒業と同時に籍を入れることになっているの。
それまでは学園生活と共に、残り少ない婚約者生活も楽しんでいけたらいいな。
あなたと二人で。
中庭の心地よい日差しと爽やかな風に包まれ、わたしは心からそう思った。
───────────────────
この短編集の中で、ちょくちょく続編をブチ込みますね~
(「ΦωΦ)「 ニ゙ャ~ヨロシクニャ~
来週あたりに、読み切りを一本短編集に投稿予定です。
投稿の際は旧Twitterや近況報告でお知らせしますね。
よろしくお願いします(ᐢᴗ͈ ̫ ᴗ͈ᐢ)ペコッ
・猫の好物を盛った皿を猫に取られまいと、猫をいくら追ってもその場しのぎにすぎない。それよりもその原因となるものへの対策をするべきだ、という意味。
(▭-▭)✧
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「ふみゃぁぁん♡いぐるしゅ~」
ルキア・フーバーにマタタビを嗅がされたメルシアを保護したイグルスはタイミングよく到着したバーナード家の馬車に直ぐに駆け乗った。
ナンシーからメルシア非常事態の知らせを受け、執行部の仲間に何も言わずに飛び出して来たが今はそれどころではない。
マタタビにより酩酊状態となったメルシアを一刻も早く連れ帰らねば……。
イグルスはこの後の不測の事態に備えてカーター家ではなく、バーナード家へとメルシアを連れ帰ることにした。
しかしカーター家よりも若干、学園から距離のあるバーナード家を選択したことを、イグルスは馬車の中で激しく後悔することとなる。
「しゅき♡いぐるしゅ、だいしゅき♡」
「……っ落ち着け、メルシア、話し合おう」
「イヤにゃ!いぐるしゅとちゅーするの!」
「メルっ……ぶっ!……………………ぷはっ!」
「にゃ♡いぐるしゅとハジメテちゅーした♡」
「やめろメル!お前は今、普通の状態じゃないっ!後で後悔するぞっ」
「こーかいにゃんてしにゃいもん。だいしゅきないぐるしゅにちゅーしたいだけだもん」
「だからそれはマタタビのせいでそんな状態になってるだけでっ、むぐっ……
チュゥ~~~~~~
………ぷはっ」
「うふふ♡いぐるしゅのくちびる、やわらかいにゃ~~♡」
柔らかいのはお前の唇だ!と文句を言いたくなる気持ちを抑えて、イグルスは必死になってメルシアを窘める。
「今はダメだメルっ……こんな状況でしていいコトじゃないっ……」
「ヤダ!もっとちゅーするの!」
「と、とんでもない小悪魔が爆誕しやがったっ……!」
酔っ払い状態になっているメルシアが馬車の揺れで転倒してはいけないと膝の上に乗せたのが仇となった。
マタタビのせいで理性の箍が外れたメルシアが、普段は言葉だけで伝えていたイグルスへの愛情表現を態度で示し出したのだ。
イグルスの膝に座り、彼の首に両手をまわしてチュッチュとキスをしてくる。
重ねるだけの、小鳥が啄むような軽いキスがほとんどだが、中にはメルシアの激重な愛が時間と比例した、長く唇を押し当ててくるキスもあるのだ。
マタタビの影響で半猫化しているメルシア。
頭の上に猫耳を覗かせ、黒く靱やかな尾をゆらゆらと揺らす。
そして熱を帯びた潤んだ瞳で一心に見つめてくるのだ。
イグルスは己の理性をガチガチの鋼にして、キス魔と化したメルシアに抵抗する。
「ほらメル、いい子だから……」
「わるいこでもいいの♡だっていぐるしゅにちゅ~できるもん♡」
「くっ……!なんという極悪人だっ……!」
俺の鉄の理性に感謝しろよと、イグルスはメルシアを恨みがましく睨みつけてやった。
いくら婚約者とはいえど、こんな状態のメルシアに手を出すわけにはいかない。
そんなことをしたら両家の母親たちに殺されるし、大切なメルシアに後悔はさせたくない。
だから必死に抵抗しているというのにこの小悪魔はそんなのお構い無しにやりたい放題だ。
ぎゅうぎゅうしがみついて体を押し付けてくるし、唇だけでなく頬や首筋をぺろぺろと毛繕い…舐めてくるのだ。
ちょっ……ホントにやめて。
早く、早く邸に到着してくれっ……と切実に願うイグルスを他所に、横向きでは座りにくくなったのかメルシアがイグルスに跨り、座り直した。
「!?」
互いに向き合う形となり、より密着感が増す。
さらにご機嫌になったメルシアが硬直したイグルスに再び唇を重ねてきた。
ちゅっちゅっと微かにリップ音を馬車の中に響かせる。
そして唇が僅かに触れ合ったまま、
「いぐるしゅはわたしだけのいぐるしゅなの……るきなしぇんぱいにはあげないんだから……」
と熱を孕んだ切なげな声で言ったのだった。
その瞬間、イグルスの中で何かが吹っ切れた。
それまで防戦一方だったイグルスがメルシアの腰と後頭部をがしりとホールドした。
そして、
「いぐるしゅ?……アむっ……」
小首を傾げて上目遣いをするメルシアに、イグルスの方からキスを仕掛けた。
重ねて触れるだけしか知らないメルシアとは違い、イグルスは最初から深くメルシアに口付けをする。
メルシアに鼻で息をしろと教えるくせに呼吸まで貪り尽くすような、メルシアが身の内に抱える不安ごと食らうような、そんな激しいキスにメルシアは只々翻弄された。
やがて唇が解放された時には……メルシアはメロメロの限界突破を果たし、意識が朦朧となっていた。
「ふ……ふみゃぁぁん……♡(撃沈)」
結果、メルシアを黙らせる強硬手段となったがそれも止む無し、とイグルスは思った。
あのままでは非常にまずかったのだ。(自分が)
そうやってようやく大人しくなったメルシアを大切そうに抱えたまま、イグルスは馬車がバーナード家の邸へ到着するのをひたすら待った。
そしてやっとの思いで邸に辿り着き、イグルスはメルシアを抱いたまま馬車から降りた。
その様子を見たバーナード家の執事や家政婦長たちが慌てふためく。
見るからに非常事態である。
オマケにイグルスはまるで戦場から戻ったばかりのような顔をしているではないか。
メイドの一人が慌てて女主人である母を呼びに行く姿を見ながら、イグルスは不機嫌なのかご機嫌なのかイマイチ解らない表情で執事に言う。
「メルが無理やりマタタビを嗅がせられた。念の為すぐに医師の手配を」
「なんとっ……マタタビをっ!?しかも無理やりですとっ!?一体誰がそのような悪逆非道を我らのメルシア様にっ……!」
執事の一人が驚きと怒りを顕わにしたその時、知らせを受けたイグルスの母親が悲鳴を上げながら階段を降りてきた。
「メルシーちゃんっ!?一体どうしたのっ!?」
イグルスは母に告げる。
「母さん、メルがマタタビでヤバい状態になった。とりあえず放心している間に制服から楽な服装に着替えさせてやって欲しい」
「まぁ大変っ!と、とにかくわかったわっ……イグルス、このままメルシーちゃんをお部屋に運んで頂戴」
母にそう告げられ、イグルスは黙って頷いた。
メルシアを抱いたイグルスが邸の廊下を歩いて行く。
家族のプライベートエリアとなる廊下には、母が描いた数々の肖像画が飾られていた。
(その腕前はプロ並み)
幼いメルシアがイグルスに公開プロポーズをした時を描いたもの。
婚約式で手を繋いで並んでいる二人を描いたもの。
猫の姿(当時は子猫)のメルシアを抱いている幼いイグルスを描いたもの。
メルシアとイグルスがダンスレッスンで踊っている姿を描いたもの。
高等学園入学時のイグルスと頬を染めて彼の隣に立つメルシアを描いたもの。
そして次にメルシアが真新しい制服に身を包んでイグルスと並んで立つ姿を描いたもの。
それは息子イグルスとその婚約者であるメルシアの、成長の記録のような肖像画たちであった。
その肖像画たちの横をイグルスはスタスタと通り過ぎて行き、メルシアがいつもバーナード家に滞在するときに使用する部屋へと入って行った。
◇
その後、マタタビが抜けるまで医師の薬により眠らされたメルシアを部屋に残し、イグルスは父母たちに事態の説明をした。
当然、父も母も、執事たちも家政婦長も激怒する。
「とんでもない性悪女が学園に居たものね」
母が口惜しげにそう言うと、父は何やら思案しながら顎に手を当ててブツブツとつぶやいた。
「フーバー……商工会名簿で見た家名だな。たしか繊維業を営み、新たに販路を広げようとあちこちに根回しをしていると聞いたな……」
父の言葉を受け、イグルスが言う。
「叩けば何かしら埃が出てきそうですね」
「娘だけでなく家ごと報復する気か?」
「出てきた埃によっては」
イグルスがそう端的に答えると、父は口の端をあげた。
「いいだろう」
父子の会話を聞き、筆頭執事が二人に言う。
「では至急、手の者にフーバー家の内情を調べさせましょう」
「うむ。……イグルス、メルシアちゃんに手を出したことを奴らに盛大に後悔させてやるがいい」
「もちろんです」
「だけどフーバーを排除するまで性悪女を放置しておくのは嫌だわ。メルシーちゃんの楽しい学園ライフには邪魔な異物よ。いえ、汚物ね」
「その件はすぐにでも動くつもりです」
「あら、どうするの?」
「メルに付けてある護衛魔術師が一部始終を魔道具にて記録してあります。それを証拠として、騎士団に捕らえさせて投獄します」
「投獄……当然ね。これは立派な犯罪よ。猫にマタタビを与えただけだ、なんて言い訳はさせないわ。一歩間違えればとんでもない事態になっていたかもしれないのだから」
冷たく言い放つ母の言葉に、イグルスも父も執事たちも家政婦長も大きく頷いた。
そしてその後、夜の正門前にてナンシーと落ち合い、彼女から魔道具を受け取ったイグルスはすぐにそれを被害届と共に騎士団に提出した。
魔術鑑定によりその魔道具に記録された映像が真実であると判明したことにより、ルキナ・フーバーは騎士たちに捕縛された。
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前途洋洋であったはずの輝かしい自分の未来が突如犯罪者となり閉ざされたのだ。
許してくれ、悪気はなかった、ただの出来心だ、好きな人を手に入れたかっただけだと泣き縋ったらしいが、犯した罪が帳消しになる筈もない。
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そのフーバー家、やはり叩けは叩くほど実に様々な埃が出てきたらしい。
脱税に不正に公的な補助金を受給。
販路拡大を目的とした政府要人への贈賄。
さらに従業員と労働基準に逸脱した雇用契約を結び、不当に働かせていた等の罪。
それら全てが明るみに出てたちことにより、こちらも騎士団の捜査が入るらしい。
近々、この国の商工会名簿からフーバーの名が抹消されることだろう。
こうしてバーナード家は、メルシアにとって害悪でしかない生徒をその家ごと排除したのであった。
“猫を追うより皿を引け”
安全のためにメルシアに学園生活を諦めさせるのではなく、メルシアの安全を脅かす者を排除するという策を、イグルスをはじめバーナード家は講じているのである。
全ては可愛い可愛いメルシアのために。
◇
「ふみゃぁ~あ……今日も平和ねぇ……」
ランチタイム。
お弁当を食べ終わって眠たくなったわたし。
欠伸をしてからそう言うと、一緒にお弁当を食べていたナンシーが笑った。
「大きな欠伸ね~」
「だってお腹がいっぱいになったし、お日様がとっても気持ちいいんだもん」
「猫は日向ぼっことお昼寝が好きだもんね~。それにまぁ、呑気に欠伸をしていられるのも、平和な証よね」
「でも……わたしにマタタビをかけたルキナ先輩が逮捕されるなんて驚きだったわ……」
「驚くも何も当たり前のことよ。あれは犯罪よ、犯罪」
「でも、フーバー先輩が抜けた執行部は大変なんじゃないかしら」
「平気でしょ。執行部って、結構結束力があるから何とか乗り切るんじゃない?」
「そうなの?」
「らしいわよ?代々、全員がファーストネームで呼び合うというルールの下で結束力を深めるらしいわよ」
「それでフーバー先輩もイグルスをファーストネーム呼びしていたのね」
「そういうこと。それで?近頃婚約者とはどうなの?」
「どうもこうも、相変わらず影からウォッチングしてるわよ」
「またぁ?もう堂々とすればいいのに~」
「わたしがそっちの方が性に合ってるの。よく知らない人が側にいると落ち着かないしね」
「借りてきた猫になっちゃうもんね~。それに、バーナード先輩って、他の男子生徒がメルシアを不躾に見るのを嫌がるしね。メルシアだけなら、目立たないように気配を消して行動するのが上手だし。さすがは猫ね」
「ふふ。足音を立てずに歩くことも出来るわよ」
「それって、役に立つのか立たないのか分からないスキルね。あ、メルシア、噂をすればバーナード先輩が一人で歩いてるわよ」
「まぁホントだわ。一人だなんて珍しいわね」
「せっかくなんだから声をかけてらっしゃいよ」
「え、でもなんだか急いでない?忙しいんじゃないかしら」
「少しくらい大丈夫でしょ。……あら~今度は風でメルシアのスカートがぁ~!」
ナンシーがそう言って人差し指でくるりと小さく弧を描くと、途端にわたしの制服のスカートが捲れ上がった。
「にゃっ!?」
咄嗟にスタートの裾を抑えようとすると、それよりも早く後ろから大きな体に包み込まれる。
「イグルスっ?」
振り返れば、慌てた様子でわたしの後ろに立ち、壁になって他者からの視線を遮るイグルスがいた。
「早っ」というナンシーの声が聞こえたけど、とにかくイグルスが壁になってくれたおかげで他の人にスカートがめくれたのは見られなかったはずだわ。
あぁ良かった!
「ありがとうイグルス。あなたもナンシーと同じパンツの恩人だわ」
わたしがそう言うとイグルスは「パンツの恩人ってなんだ」とツッコミを入れてからジト目でナンシーを見た。
「ナンシー・ロペス、余計なことはするな」
「いやだ先輩ったら、変な難癖付けないでくださいよぉ。それにしても凄まじい速さでしたね。……まぁこうしてせっかく婚約者同士がランチタイムにめぐり会えたんです。あとはお二人で仲良くどーぞ!」
とそう言ってナンシーはまるで転移魔法でも用いたかのようにどこかへと行ってしまった。
取り残されたわたしとイグルスは互いに視線を向ける。
そして、どちらからともなく笑いあって、どちらからともなく手を繋いだ。
「まぁたしかにせっかくではあるしな。予鈴が鳴るまでここに居るか」
「うん!イグルスと一緒にいられるなんて嬉しい♡幸せだわ」
「………おう」
照れたイグルスがたまらなく可愛い。
わたしたちの婚約者生活はあと三年。
三年後、わたしの卒業と同時に籍を入れることになっているの。
それまでは学園生活と共に、残り少ない婚約者生活も楽しんでいけたらいいな。
あなたと二人で。
中庭の心地よい日差しと爽やかな風に包まれ、わたしは心からそう思った。
───────────────────
この短編集の中で、ちょくちょく続編をブチ込みますね~
(「ΦωΦ)「 ニ゙ャ~ヨロシクニャ~
来週あたりに、読み切りを一本短編集に投稿予定です。
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