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愛しい日々をあなたに 〜魔法省特務課の事件簿〜

閑話 破邪候えば 〜蕾の資質〜

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「蕾……に触れては駄目よ」


公園でお散歩をしていた時、ふいに蕾がに興味を示し、駆け寄った。

大きな木の下。
そこにうち捨てられるように置いてある犬のぬいぐるみ。

蕾が見つめるに気付き、菫がそう言ったのだ。

その犬のぬいぐるみが纏う澱んだ歪み。
“何か良くないモノ”が取り憑いている事は明白であった。

誰かが持て余し、手に負えずここに破棄したのだろうか。
このまま放置するには危険なモノであると菫は判断した。

蕾をベビーカーの所に下がらせて邪気を祓おうと思ったその時、
蕾が「わんわん、かわいしょう」と言ってぬいぐるみの回りを虫を払うように手でいだのだ。

「!」

菫は思わず目を見張る。
蕾が手で薙いだその部分のみ、浄化されているからだ。
ほんの僅かな浄化ではあるが、蕾が破邪の力を用いたのは間違いない。

とりあえず菫は蕾を下がらせた。

「蕾、かーくんが姉さまを呼んでるわ」

「かーくん!」

母にそう言われて蕾は弟の楓の元へと駆け寄る。
お姉ちゃんとして弟を守ろうとしているのだ。
蕾はぴとっとベビーカーに寄り添った。

それを確認して菫は亡くなった母に教えられた破邪の文言を唱える。

そして詠唱をしながら手で印を結んでいった。

「破邪、邪破邪。破邪候えば、破邪、無破邪」

最後の印を結び終わり、菫は右手で邪気を薙ぎ祓った。
すると邪で陰鬱な気を放っていた何が跡形もなく消え去った。

「かーたまっ、わんわんだいじょうぶ?」

蕾がベビーカーの側で訊いてくる。

菫はぬいぐるみをもう一度浄化してから持ち上げた。
もう大丈夫。ただのぬいぐるみに戻ったようだ。

菫は蕾に答えた。

「ワンちゃんはもう大丈夫よ。元気になったわ」

「わんわんがくるしぃしてた」

「そうね、かわいそうだったわね」

何故ぬいぐるみがあのような邪気を纏っていたのか。

誰かが故意に移したか、長い年月を経て邪気を集める媒介になっていたのか。

あの類の邪気からして前者であろうと菫は思った。

誰かが己の中の邪な心をあのぬいぐるみに移したのだ。
そして移したはいいが始末に困り、公園にうち捨てた。

子供が多く訪れる公園にこのようなモノを遺棄するなんて……。


菫はその夜、帰宅した夫レガルドに今日の事を告げた。

ぬいぐるみは証拠品として持ち帰っている。
魔法省でなら、持ち主がわかるかもしれないからだ。
そしてもうこのような危険なものを遺棄しないように厳重注意をして貰わねば。

そして蕾の、波邪の力の資質についても触れた。

「蕾はどうやら、母の実家の力を色濃く継いでいるみたい」

「へぇ……凄いな」

レガルドはそっと寝室の扉を開き、仲良く眠っている子ども達を見た。

「将来的には、ちゃんと東和にて指導を受けた方がいいかもしれないわね」

「……留学的な?」

「そうなるわね?」

「……転移魔法で毎日送り迎えする」

「往復で東和まで?いくらレガルド様でも無理でしょう?」

「………いや、一人なら楽勝なんだ。二人ならそうだな、一度亥羅守の世界へ飛んで、そこから……」

どうあっても家から通わせるつもりのレガルドが思案しながらブツクサ言っている。

「ふふ」

その様子がおかしくて菫は笑った。

そして子ども達の寝顔を見て優しく微笑み、そっと扉を閉めた。


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