33 / 56
愛しい日々をあなたに 〜魔法省特務課の事件簿〜
閑話 破邪候えば 〜蕾の資質〜
しおりを挟む
「蕾……それに触れては駄目よ」
公園でお散歩をしていた時、ふいに蕾が何かに興味を示し、駆け寄った。
大きな木の下。
そこにうち捨てられるように置いてある犬のぬいぐるみ。
蕾が見つめるそれに気付き、菫がそう言ったのだ。
その犬のぬいぐるみが纏う澱んだ歪み。
“何か良くないモノ”が取り憑いている事は明白であった。
誰かが持て余し、手に負えずここに破棄したのだろうか。
このまま放置するには危険なモノであると菫は判断した。
蕾をベビーカーの所に下がらせて邪気を祓おうと思ったその時、
蕾が「わんわん、かわいしょう」と言ってぬいぐるみの回りを虫を払うように手で薙いだのだ。
「!」
菫は思わず目を見張る。
蕾が手で薙いだその部分のみ、浄化されているからだ。
ほんの僅かな浄化ではあるが、蕾が破邪の力を用いたのは間違いない。
とりあえず菫は蕾を下がらせた。
「蕾、かーくんが姉さまを呼んでるわ」
「かーくん!」
母にそう言われて蕾は弟の楓の元へと駆け寄る。
お姉ちゃんとして弟を守ろうとしているのだ。
蕾はぴとっとベビーカーに寄り添った。
それを確認して菫は亡くなった母に教えられた破邪の文言を唱える。
そして詠唱をしながら手で印を結んでいった。
「破邪、邪破邪。破邪候えば、破邪、無破邪」
最後の印を結び終わり、菫は右手で邪気を薙ぎ祓った。
すると邪で陰鬱な気を放っていた何が跡形もなく消え去った。
「かーたまっ、わんわんだいじょうぶ?」
蕾がベビーカーの側で訊いてくる。
菫はぬいぐるみをもう一度浄化してから持ち上げた。
もう大丈夫。ただのぬいぐるみに戻ったようだ。
菫は蕾に答えた。
「ワンちゃんはもう大丈夫よ。元気になったわ」
「わんわんがくるしぃしてた」
「そうね、かわいそうだったわね」
何故ぬいぐるみがあのような邪気を纏っていたのか。
誰かが故意に移したか、長い年月を経て邪気を集める媒介になっていたのか。
あの類の邪気からして前者であろうと菫は思った。
誰かが己の中の邪な心をあのぬいぐるみに移したのだ。
そして移したはいいが始末に困り、公園にうち捨てた。
子供が多く訪れる公園にこのようなモノを遺棄するなんて……。
菫はその夜、帰宅した夫レガルドに今日の事を告げた。
ぬいぐるみは証拠品として持ち帰っている。
魔法省でなら、持ち主がわかるかもしれないからだ。
そしてもうこのような危険なものを遺棄しないように厳重注意をして貰わねば。
そして蕾の、波邪の力の資質についても触れた。
「蕾はどうやら、母の実家の力を色濃く継いでいるみたい」
「へぇ……凄いな」
レガルドはそっと寝室の扉を開き、仲良く眠っている子ども達を見た。
「将来的には、ちゃんと東和にて指導を受けた方がいいかもしれないわね」
「……留学的な?」
「そうなるわね?」
「……転移魔法で毎日送り迎えする」
「往復で東和まで?いくらレガルド様でも無理でしょう?」
「………いや、一人なら楽勝なんだ。二人ならそうだな、一度亥羅守の世界へ飛んで、そこから……」
どうあっても家から通わせるつもりのレガルドが思案しながらブツクサ言っている。
「ふふ」
その様子がおかしくて菫は笑った。
そして子ども達の寝顔を見て優しく微笑み、そっと扉を閉めた。
公園でお散歩をしていた時、ふいに蕾が何かに興味を示し、駆け寄った。
大きな木の下。
そこにうち捨てられるように置いてある犬のぬいぐるみ。
蕾が見つめるそれに気付き、菫がそう言ったのだ。
その犬のぬいぐるみが纏う澱んだ歪み。
“何か良くないモノ”が取り憑いている事は明白であった。
誰かが持て余し、手に負えずここに破棄したのだろうか。
このまま放置するには危険なモノであると菫は判断した。
蕾をベビーカーの所に下がらせて邪気を祓おうと思ったその時、
蕾が「わんわん、かわいしょう」と言ってぬいぐるみの回りを虫を払うように手で薙いだのだ。
「!」
菫は思わず目を見張る。
蕾が手で薙いだその部分のみ、浄化されているからだ。
ほんの僅かな浄化ではあるが、蕾が破邪の力を用いたのは間違いない。
とりあえず菫は蕾を下がらせた。
「蕾、かーくんが姉さまを呼んでるわ」
「かーくん!」
母にそう言われて蕾は弟の楓の元へと駆け寄る。
お姉ちゃんとして弟を守ろうとしているのだ。
蕾はぴとっとベビーカーに寄り添った。
それを確認して菫は亡くなった母に教えられた破邪の文言を唱える。
そして詠唱をしながら手で印を結んでいった。
「破邪、邪破邪。破邪候えば、破邪、無破邪」
最後の印を結び終わり、菫は右手で邪気を薙ぎ祓った。
すると邪で陰鬱な気を放っていた何が跡形もなく消え去った。
「かーたまっ、わんわんだいじょうぶ?」
蕾がベビーカーの側で訊いてくる。
菫はぬいぐるみをもう一度浄化してから持ち上げた。
もう大丈夫。ただのぬいぐるみに戻ったようだ。
菫は蕾に答えた。
「ワンちゃんはもう大丈夫よ。元気になったわ」
「わんわんがくるしぃしてた」
「そうね、かわいそうだったわね」
何故ぬいぐるみがあのような邪気を纏っていたのか。
誰かが故意に移したか、長い年月を経て邪気を集める媒介になっていたのか。
あの類の邪気からして前者であろうと菫は思った。
誰かが己の中の邪な心をあのぬいぐるみに移したのだ。
そして移したはいいが始末に困り、公園にうち捨てた。
子供が多く訪れる公園にこのようなモノを遺棄するなんて……。
菫はその夜、帰宅した夫レガルドに今日の事を告げた。
ぬいぐるみは証拠品として持ち帰っている。
魔法省でなら、持ち主がわかるかもしれないからだ。
そしてもうこのような危険なものを遺棄しないように厳重注意をして貰わねば。
そして蕾の、波邪の力の資質についても触れた。
「蕾はどうやら、母の実家の力を色濃く継いでいるみたい」
「へぇ……凄いな」
レガルドはそっと寝室の扉を開き、仲良く眠っている子ども達を見た。
「将来的には、ちゃんと東和にて指導を受けた方がいいかもしれないわね」
「……留学的な?」
「そうなるわね?」
「……転移魔法で毎日送り迎えする」
「往復で東和まで?いくらレガルド様でも無理でしょう?」
「………いや、一人なら楽勝なんだ。二人ならそうだな、一度亥羅守の世界へ飛んで、そこから……」
どうあっても家から通わせるつもりのレガルドが思案しながらブツクサ言っている。
「ふふ」
その様子がおかしくて菫は笑った。
そして子ども達の寝顔を見て優しく微笑み、そっと扉を閉めた。
65
お気に入りに追加
2,567
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
【完結】私の婚約者は妹のおさがりです
葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」
サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。
ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。
そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……?
妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。
「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」
リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。
小説家になろう様でも別名義にて連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる