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愛しい日々をあなたに 〜魔法省特務課の事件簿〜

レガルド=リーの妻

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「ようやく屋敷の内部と連絡が取れましたよ」

レガルドが警護の為に証人が住む屋敷に入って一週間、桐生主水之介が菫の元へとやって来た。


「もんどのちゅけっ」

蕾が桐生に抱きついた。

「おひぃさまっ!」

何故か毎回感動の再会のように抱擁し合う二人を菫は微笑ましげに見ている。

レガルドが居れば「ちゅぼみ、ダメだっばっちいぞ」と二人の抱擁を阻止するところだが、本人が居ないのだから仕方ない。


「レガルド様はご無事なの?」

菫はアイスコーヒーを出しながら桐生に訊ねた。
桐生は当たり前のように蕾を膝の上に乗せて、それに答える。


「なんか予想以上の魔術干渉を受けているらしいですよ」

「魔術干渉?外部から遠隔で?」

「はい。どうやら犯人は相当な術者らしいですね。若が結界を張り続けているそうですが」

「それでレガルド様は現場を離れられないのね」

「ええ。犯人が仕掛けてくる術が特殊なモノらしく、若が召喚した異空間結界じゃないと警護対象者を守れないそうです、ったく難儀な話ですよ」

「そう……異空間結界という事は“お亥羅いら”様の異空間かしら?」

「そうです。李亥家の守護神、亥の神お亥羅様。そのイノシシ神さんのわす異空間の一部を部屋の中に展開してるそうですよ」

そこまでの話を聞き、菫は表情に翳りを見せる。

「そんな大術を一週間も……レガルド様は大丈夫かしら……」

「李亥家の人間では若だけがお亥羅様の加護を受けてますからね、さほど魔力は必要としないでしょう。それよりも俺は別の事を心配してるんですよ……」

蕾に頬を引っ張られながらも神妙な面持ちになる桐生に菫は訊ねる。

「別の事?」

「若の禁断症状です。菫様とおひぃ様を絶たれて、そろそろ発狂し出す頃ですよ……」

「発狂だなんて、そんな大袈裟な……」

「いや、大袈裟でもなんでもないですよ。あの若がこんなにも長期間お二人に会えずにいるのに、本来なら耐えられる筈がねぇんですから」

「………」


でもそれの裏を返せば、耐えられないものを耐えなくてはならない状況であるという事なのだろう。

異空間結界を一瞬でも解く事が出来ない、緊迫した状況なのだ。

菫の不安な胸の内が伝わったのか、桐生は蕾に耳を引っ張られながら菫に告げた。

「なに心配は要りませんよ。今、特務課と捜査一課総出で対策を練っています。若の結界術に変わる代替え方法が見つかれば、直ぐに交代して戻って来れますからね」

「そうね。ありがとう桐生。皆さんにも宜しくお伝えください」

「承知しました」




だがその代替の方法がなかなか見つからず、
それから更に三日が経過した。


「♪ちんぎょのおべべ、あかーべべー♪ちんぎょのおべべあかーのよー♪」

「ふふ。蕾、金魚のお歌、上手ね」

「うん!かーたまも」

「母さまも一緒に歌うの?いいわよ」

菫がそう言うと蕾は嬉しそうに母親のお膝にちょこんと座った。
そして菫は優しく歌い出す。

「♪金魚のおべべは赤いべべー♪金魚のおべべは赤いのよー♪尾ひれの兵児帯ふりふりとー♪……

リリリリン、

レガルド曰く天女の美声という菫が歌っていたその時、玄関の呼び鈴が鳴った。

菫は蕾をお座布ざぶに座らせ、玄関へと行った。

「はい、どちらさまですか?」

菫が対応すると、少し高めの女性の声がしてこう告げた。

「ワタクシ、只今魔法省の保護下にあるノリス家の使いの者でございます」

ノリス家といえばレガルドが今、証人の警護で入っている家の名だ。

菫は玄関のドアを開けた。

するとそこには四十代くらいの神経質そうな侍女風の女性が立っていた。

「っ…………!?」

女性は菫を見て目を大きく見開き、驚愕の表情を見せている。

何故その女性が菫を見てこんなにも驚いているのか分からないが、菫は女性に応待した。

「あの…どのようなご用向きでしょうか?」

菫のその言葉に女性はハッと我に返ったようだ。
そして姿勢を正し、菫に告げた。

「ワタクシ、ノリス家にお仕えしているカーラと申します。当家のリエンヌ様をお守り頂いているレガルド=リー様のお宅はこちらでよろしゅうございますか?」

「はい。レガルドの自宅に間違いございません。主人がお世話になっております。妻の菫と申します」

「……そうですか、あなたが」

「………?」

「リー様にはそれはそれは手厚くリエンヌ様をお守り頂いておりますの。リエンヌ様もリー様を頼りにされ、とても信頼を寄せておられますのよ」

「そうなんですね、良かった。あの……それでご用向きは?」

菫が訊ねるとカーラと名乗った女性は端的告げた。

「リー様の着替えを取りに伺いましたの」

「着替えを……?」

「ええ。リー様にはこのまま当家にご滞在頂くようリエンヌ様のご要望でございますの」

「でも、結界の代替えが出来次第戻ると聞いておりますが」

菫がそう言うと、カーラは嘆かわしそうに答えた。

「お祖父様を亡くされ、恐ろしい敵に狙われるお可哀想なリエンヌ様がリー様がお側におられるとよくお笑いになられるようになったのです。そんなリエンヌ様を置いて、リー様がお帰りなる筈がございませんわ」

「そうですか……リエンヌ様はとてもお辛い思いをされたのですね……とりあえず直ぐに着替えを用意しますので少々お待ちください」

菫はそう言ってレガルドの着替えを風呂敷に包んだ。

そしてそれをカーラに渡す時、菫はこう告げた。


「彼がいつ戻ってくるかは彼自身の考えに従います。心ゆくまでお勤めを頑張ってくださいとお伝え願えますか?」

「随分余裕でございますのね。リー様がこのままずっとリエンヌ様をお側で守る事を希望されるかもしれませんわよ?」

「それでも私は彼を信じて待つだけです。だって私は彼の、レガルド=リーの妻ですから」

そう言って菫は微笑んだ。

張り合っている訳でも強がりでも負け惜しみでも何でもない。

レガルドへの揺るぎない信頼が菫にはあるのだ。

愛し愛される者としての絶対的な信頼とゆとりが菫の心の平穏を保ってくれている。


「っ……その余裕がいつまで保つかしらねっ、リエンヌ様とリー様は今、ずっと二人で同じ空間にいるのよっ、それは仲睦まじくねっ……フン、失礼しますわっ」

カーラは忌々しそうにそう言って帰って行った。


「ふぅ……」

ーー嵐のような訪問だったこと……

菫はそう心の中で呟いた。


とりあえずレガルドの身に危険が及んで無い事を知れた時点で菫の不安は消え去っている。

あとはただ、レガルドが任務を終えて帰ってくるのを待つだけである。

彼は必ず帰ってきてくれる。
自分と娘の元に。

菫は心からそう信じていた。





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ノリス家……ノリスケ……ノリスケおじさん……










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