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1巻
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しおりを挟むプロローグ わたしの天使
誰にでも、どうしようもない衝動を止められない時があるのではないだろうか。
わたしの場合はあの夜がそう。薬に苛まれ苦しむ彼を楽にしてあげたいなんて、そう理由付けをして彼と体を重ねた。
たったひと夜。それだけでいい。それだけでこれからの長い人生を一人で生きていける。
わたしには醜い魔障の痕があり、まともな結婚なんて望めない。そして彼には既に心に決めた人がいた。
決して交わることのない互いの人生の糸。だけどその夜は一瞬だけ絡まり、同じ時を紡いだ。
朝になれば糸は解け、再び離れていく。
わたしはその糸が織り成した新たな奇跡を大切に守っていくのだ……
「まま、おちて」
そう、わたしはあの時、恋に落ちたの……
「おちてよぅ」
だからもう恋に落ちた後だってば。
「まま、あさでしゅよ」
あさ……?
あぁ朝、朝か……
「朝っ⁉」
小さな寝室には不釣り合いなダブルベッドの上でハノンは飛び起きた。そして慌てて時計を見る。
「あー……まだ六時半……良かったぁぁ……」
遅刻したかもと思い飛び起きたのだが、時計の針はまだ早い時間を示している。へなへなと再び横たわるハノンの顔をぺちぺちと叩く小さな手があった。
「まま、おちて、おなかしゅいた……」
愛らしいふっくらとした手をハノンは握る。
「お腹が空いて目が覚めたの?」
「うん!」
「ふふ」
元気いっぱいの腹ペコさんだ。
ホントはあと十五分寝たいところだが、空腹の息子を放っておく訳にもいかず観念する。
「よし、じゃあ朝ごはんにしようか」
「やったー」
ハノンはベッドから出て、まずは一人息子のルシアンをトイレに連れていく。
「昨日はおねしょしなかったね」
「ぼく、えらい?」
「えらいね、でもママ、ルシー画伯のおねしょ絵画も好きなんだけどなぁ」
おねしょ絵画とは、シーツに広がったおねしょのシミが大陸の地図だったり、動物の走る姿だったり……
まるで絵を描いたようになるのでそう命名したのだ。
「ぼく、もうおねちょちないもん」
「ふふふ」
ついこの前やっとオムツが取れたと思ったら……
子どもの成長なんてあっという間だと、斜向かいのおばさんが言っていたのは本当のようだ。
「うぅんルシー! まだまだ赤ちゃんでいてぇ!」
「きゃーっ」
ハノンがルシアンを抱き上げて頬ずりをする。それがくすぐったいのかルシアンは身を捩ってけらけらと笑った。
息子のルシアンは少し前に三歳になった。母一人子一人の暮らしの中で、大きな病気もせずにすくすくと成長してくれている。
そう、ハノン=ルーセルはシングルマザーだ。
四年前、急逝した父が遺した借金返済のために、地方都市ハイレンを本拠地とする西方騎士団の専属魔法薬剤師として勤めている。地方では魔法薬剤師が少ないため、わりと良い賃金で働けるのだ。
ハノンは本来なら貴族令嬢という立場である。それなのに平民のように暮らし、平民のように働いているのはすべて父が遺した借金のせいだ。
三つ年上の兄が襲爵してルーセル子爵家の家名は守られているが、領地はすべて売却したため名ばかりの貴族なのである。
その兄も騎士界のマグロ漁船と言われる北方騎士団に籍を移し、過酷な環境の中で高い給金のため……もとい、国の安寧のために国境を守る剣として働いてる。
ルシアンを妊娠したとわかったのは、兄と別れてハイレンで暮らし始めてすぐの頃だった。
心配性な兄の毛髪のためにしばらくは黙っておき、ルシアンが無事に生まれてからその存在を手紙で教えた。すると兄は自らの手紙の返事が郵便で届くよりも早くハイレンへ飛んできたのだ。
『お兄ちゃんは心の底から心配しましたっ‼』
父親は誰なのかと聞かれたが、答えられないとハノンが言うと、ハノンの心境を誰よりも知る兄としてはそれ以上何も聞けなかったようだ。
そして『ルシアン、生まれてきてくれてありがとうな』と泣きながらルシアンを抱っこしてくれたのだ。
強面だけど優しい兄。西と北とで別れて暮らさねばならないことを嘆きつつ、遠く離れた北の地よりいつもハノン達親子の心配をしている。
(ごめんね、お兄様の毛根達……)
そんな兄のことを思い出しながらルシアンと共に顔を洗い、朝食の支度を始める。
今朝はルシアンの大好きなマッシュルームオムレツだ。
予めバターでソテーしておいたマッシュルームをふわとろの卵で包む。卵液を混ぜる時にマヨネーズと塩で味付けしているので、何も付けなくても美味しい。
それを焼いたトーストにのせて食べるのもまた格別なのだ。温かいミルクとプチトマトも添えてテーブルに置く。既にテーブルの椅子にちょこんと座り、目をキラキラさせて待つ息子にハノンは思わず笑ってしまう。
「さあ食べましょう、ちゃんといただきますしてね」
ハノンはルシアンの首からナフキンをかける。
「いただちましゅ!」
「はいどうぞ召し上がれ」
ハノンはカフェオレを淹れて自分もテーブルに着いた。
ぎこちないながらもフォークを使って頑張って食べてるルシアンを見て、頬が緩む。
(わたしの天使は今日も可愛い……!)
こうしてハノン親子の一日が始まるのだ。
朝食と後片付けが済むと、着替えをしてルシアンを託児所へと預ける。
生後半年からお世話になっている託児所なので、ルシアンにとっては第二の家のようなものだ。
仕事に行くハノンを泣かずにちゃんと見送ってくれる。
「ままーばいばーい!」
「行ってきますルシー、お利口にしててね」
そう言ってハノンは今日も騎士団の医務室へと出勤するのだ。
変わらぬ日常。変わらぬ業務。
今日もいつもと変わらない一日を過ごすのだと信じて疑わないハノン。
まさかこの西方騎士団に、あの男が現れるなど思いもしていないのであった。
「おはようございます!」
第一章
「おはヨ~ハノン。いつもの薬、出来てるわヨ」
「ありがとうメロディ、わたしの傷にはあなたの軟膏が一番よく効くの」
出勤してすぐ、同僚の魔法薬剤師であるメロディ=フレゲから薬を受け取る。
「魔障は厄介だからネ、痛みが酷い時は鎮痛剤を服用して、あとは軟膏とか塗って保護するしかないもんネェ」
「もう五年になるからね、傷自体は落ち着いてるのよ。でも天気や体調によってどうしても疼く時があるの」
ハノンは鞄を机に置き、壁にかけてある魔法薬剤師用の白衣に袖を通す。それを見ながらメロディがニマリと口の端を上げた。
「疼くだなんて、なんか響きがエッチぃわよネ」
それにハノンはウンザリした顔をしながら返す。
「少しもエッチくないし。ホントあなたって下ネタ好きねぇ。このエロディめっ」
「エロディって言わないでヨっ」
メロディ=フレゲ。体は男だが心は女の、いわばオネェである。
元は男爵家の嫡男だったけれど、魔法薬剤師の資格を取得した後に家督を弟に譲り、女として生きる道を選んだ。今はこのハイレンの街で、大工をしているパートナーと暮らしている。
ハノンはこの口は悪いが馬鹿正直で懐の深い同僚が好きなのだ。同僚というより友人として付き合っている。
ちなみにメロディという名は彼……彼女自身が付けたらしい。
名付けの理由は「可愛いから♪」だそうだ。
魔法学園在籍中に、馬鹿な貴族令息が粋がって召喚した魔物によって受けた魔障も、この風変わりな友人が調合してくれる薬のおかげで随分と楽になった。
――あの時、彼が助けてくれなかったら、わたしは今頃お墓の中だったんだろうなぁ……
この魔障に触れるたびにある人物を思い出す。
ハノンの脳裏に、あの日、あの時に見た背中が浮かんだ。毎日の生活に追われ、この頃は思い出すことも少なくなっていたのに。
なぜ今日は鮮明に彼の背中が浮かんだのか。後から思えば、これが虫の知らせというものだったのだろうか……
ハノンはこの後、訓練中に怪我をした準騎士の少年から驚きの情報を得たのだった。
「なんでも、第二王子殿下が視察のためにこの西方騎士団に来られるそうですよ」
ハノンは痛み止めの魔術が施された包帯を巻きながら聞き返した。
「第二王子殿下が? なぜわざわざ西方騎士団に?」
「さぁ? 日程は一ヶ月間だそうです」
ハノンが何かを確かめるように尋ねる。
「……当然、近衛も付いてくるのかしら?」
「そりゃあ王族の護衛をするのが近衛ですから。俺も今回の視察で目に留まれば、近衛騎士になれますかね?」
期待に目を輝かせる準騎士に、メロディが容赦なく現実を叩きつける。
「無理でしょ、いくら実力主義の騎士団でも、近衛は子爵家以上の令息でないとなれないんだもの」
「やっぱそうかぁぁ……」
がっくりと項垂れて医務室を出ていく準騎士を、メロディはハンカチを振りながら「頑張ってね~」と、見送った。
(第二王子の近衛といっても二十名くらいいるんだし、あの人が来るとは限らないわよね、もし来たとしても、わたしが彼の人生にとって無関係な部外者なのは変わらないわ……)
今日の騎士団はその第二王子来訪の話題で持ちきりだった。
王子殿下御一行様は転移魔法で来るらしく、午前中から既に王子の荷物やら王子付きの侍従やらがわらわらと騎士団の転移ポイントに到着し始めている。
王子殿下が来られるのはそれらの事前準備がすべて終わった後、騎士団駐屯地にいる者がほとんど総出で出迎えることとなっているらしい。
それにあたって、薬剤師長のアドムからハノンとメロディに通達があった。
「知っているかもしれないが、第二王子殿下には持病がおありになる。ご滞在期間中の薬剤はこちらで用意することになった。心してかかるように」
ハノンがアドムに問う。
「処方箋の術式はご用意していただけるのでしょうか?」
「無論です。先ほど到着された殿下の侍従長からお預かりしております。ちなみに薬の調剤中は近衛の監視が付きます」
それに対しメロディがため息を吐きながら言った。
「変な細工をしたり、毒物を混ぜたりしないかって?」
「王族の方が口にされるものですからね、作業を見ていてもらう方が変な疑いをかけられることもなく良いと思いますよ」
(近衛の監視下か……まぁ仕方ないか)
その時のハノンはただ、王族が服用する薬を調剤することを純粋に楽しみにしていた。
きっと特別な術式で特別な材料を用いるのだろう。魔法薬剤師として、貴重な経験が出来そうだ。
その後はメロディと共に第二王子の薬に必要な薬材や道具を保管庫に取りに行ったり、通常の業務を熟した。
そうこうしているうちにいよいよ第二王子の到着時刻となる。
転移ポイントのある広場へ向かうように指示が入り、ハノンはメロディと一緒に広場へと行く。
そして既に整列していた騎士達のはるか後方に立った。
「お見えになるぞ」と誰かが言ったのと同時に、転移ポイントに巨大な魔法陣が広がった。
陣から発せられた光が眩しい。
その光の向こうに複数の人影が見える。全員騎乗しているようだ。
やがて光が収まり、転移が済んだことがわかった。
「………!」
陣の中央には騎乗した騎士に四方を守られているこの国の第二王子、アデリオール=オ=クリフォード殿下の姿があった。西方大陸の王族は国名が名の前につく。
そしてその左前方、黒鹿毛の馬に騎乗している騎士の姿にハノンの目は釘付けになる。
(……彼だ……)
四年ぶりに目にしたその姿。輝く銀髪に赤い瞳。
最後に会った時はまだどこか幼さも残る顔立ちであったのに、四年の時を経て精悍さを湛えた大人の男の面立ちへと変わっていた。
フェリックス=ワイズ。ハノンの命の恩人にして初恋の相手。
そして我が子ルシアンの遺伝子上の父親である男が、再びハノンの目の前に姿を現した。
「……マジか」
◇◇◇◇◇
フェリックス=ワイズとわたしは同じ魔法学園に通う生徒で、一歳差の先輩と後輩だった。
クラブ活動や生徒会などを通して交流があった……とかではなく、全く面識のない本当にただの先輩と後輩だ。
ただ、向こうは文武両道、眉目秀麗でおまけに侯爵家の次男とあって有名人だったから、わたしの方が一方的に知っていただけ。
彼の周りは幼馴染で同級生でもある第二王子殿下や婚約者候補の令嬢達、高位貴族の令息や令嬢といった、将来この国の社交界を背負って立つ華やかな人間ばかりだった。
わたしみたいな下位貴族――ましてや貧乏貴族や、裕福とはいえ平民の生徒などは気軽に近づけるような人物ではなかった。
さらにわたしには昔からやけに現実的なところがあり、住む世界が違う人間に対してたとえ憧れでも無駄な感情を持つのは面倒くさいと思っていた。
それに、わたしは知っていた。
取り巻きの高位令嬢達が去った後で、フェリックスや王子も他の令息もころっと態度が変わることを。
べつに悪口を言うとかそういう訳ではないのだが、明らかに令嬢達と接している時とは違うのだ。
言葉遣いは粗雑になるし、態度もそこら辺にいる男子と変わらなくなる。
令嬢達の前では猫を被り、貴公子然としているのがなんだか癪に障った。
まぁ王族や高位貴族の令息なんてそんなものなのだろうけど。わたしは騙されないぞ! と変にムキになっていたのは確かだったかも。
これも人が良すぎて騙され続けた父を見て育ったからだろう。
それが一変してしまったのは、当時一年生だったわたしが魔障を負った学園内での事件からだ。
二年の高位貴族令息が同級生にマウントを取るために召喚した魔物が暴れ出したその時、運悪く近くを通りがかってしまったのだ。
暴走した魔物の爪が胸に擦り、その瘴気によって一瞬で身動きが取れなくなった。
生徒達は逃げ惑い、誰も助けてはくれない。
皆、自分が助かることしか考えられないようで、その光景を床に倒れながら朦朧とした意識の中で見つめていた。
ああ……わたしの人生ってここまでなのか。享年十六って、悲しすぎる……
あ、魔物がこっちに向かってくる……いよいよこれで死ぬんだな……
そう思って目を瞑ろうとしたその瞬間、耳をつん裂くような魔物の断末魔の悲鳴が聞こえた。
誰かが魔術と剣で魔物を一発で仕留めたのだ。
(凄い……え、わたし、助かったの……?)
魔物を仕留めたであろうその男子生徒の背中がやけに印象的だった。
まだ発育途上だが広い背中、その隆起した筋肉の逞しさ、まるで軍神が遣わした天使のように感じた。
良かった……と安堵したのも束の間、傷から入った瘴気のせいで体の感覚が徐々になくなりつつある。
やっぱり死ぬんだわ……とこれまた思ったその時、不意に抱き上げられたのがわかった。
霞んでいく視界でわたしを抱き上げた人の顔を見る。
それは先ほど魔物を仕留めて助けてくれた男子生徒だった。
しかも超有名人のあのフェリックス=ワイズときたものだからわたしは驚き、薄れゆく意識の中で思わずこう呟いていた。
「……あ……ありがたや……」
次に目が覚めたら、病院のベッドの上だった。
わたしは運良く一命を取り留めたが、魔障により胸に一生消えない傷が残った。
ベッドの横で静かに男泣きする兄をぼんやりと見つめながら、何か手に職を付けないとな……なんてことを思う。
傷モノの貴族令嬢が結婚出来る可能性は極めて低い。ましてや持参金も満足に出せないような貧乏下位貴族なら尚更だ。でも不思議と悲しくはなかった。
元々結婚に憧れを持つタイプでもなかったし、貧しい我が家に持参金を用意させるのも心苦しかったので、むしろこれで良かったとさえ思ったほどだ。
それに、傷に塗る薬や服用する鎮痛剤などで入院中にお世話になった魔法薬剤師に影響を受け、自分もこの職業に就きたいという目標も出来ていたからだろう。
退院したらきっと何事もなかったように元の生活に戻れると、そう思っていた。
だけど残念ながらそうはいかなかった。
わたしは……柄にもなく恋に落ちてしまったようなのだ。
あの魔物襲撃の時に見たフェリックス=ワイズの逞しい背中や、わたしを軽々と抱き上げ心配そうに見つめる赤い瞳が忘れられなかった。
思い出すたびに心拍数は上がり、顔が茹で蛸のように赤くなる。
それに……とても胸が痛いのだ。
どんなに想いを寄せても彼とは住む世界が違う。
そもそも彼には婚約者候補の令嬢が二人もいて、いずれどちらかの令嬢と婚約を結び結婚するのだ。
だからいくら恋心を募らせてもどうしようもない。
でもこの想いを消し去れないのもまたどうしようもない事実なのだ。
だからせめて、人知れず想い続けることだけは許してほしい。
そう思いながらわたしは復学し、専攻を取り直して魔法薬剤師の勉強を始めた。
月日は流れ、一学年上の彼が卒業すればこの小さな初恋も完全に終わるはずだった。
あの日、あの夜、あの出来事がなければ、そのまま彼にとって全く無関係な人間として生きていくはずだったのに。
まさかあんな事件が起きるなんて……
おかげでルシアンという天使を授かることが出来たけど……
◇◇◇◇◇
「お~い、ハノン? もしもし?」
第二王子と共に西方騎士団を訪れたフェリックス=ワイズの姿を見た途端、去来した過去の記憶をぼんやりと辿っていたハノンに、隣のメロディが訝しみながら声をかけてきた。
ハノンがはっと我に返り、メロディを見る。
「あ、ゴメン、どうかした?」
「何をボンヤリしてたのヨ。ショートトリップ? もう医務室に戻るわヨ」
「あれ? 王子殿下御一行サマは?」
「とっくに高官棟に向かったわヨ、ホラ、まだまだやることあるんだから行くわヨ!」
そう言ってメロディはハノンの手を引きぐんぐん歩いていく。ハノンはその手を見ながらふいに尋ねた。
「ねぇメロディ。もし、自分の知らないところで自分の子どもが生まれてたりしたらどう思う?」
「は? ナニそれ? なんの話?」
「なんとなく……聞いてみたくなって」
「うーん……そうネぇ、事情によるとは思うけど、あんまイイ気はしないかもネ」
「やっぱりそうよね……」
あのたったひと夜で妊娠するとは思ってもみなかった。
父の遺した借金のためにバタバタとしていて、月のものが遅れているのもそのせいだと思っていた。
妊娠がわかった時、一度は知らせようとも考えたが、向こうは自分のことを知らない。
何より近々婚約が内定すると噂で聞いていたのだ。
そんな中、あなたの子を妊娠しました、なんてとてもじゃないが告げることなど出来ないと思った。
金銭を要求すると疑われるのも嫌だし、それに……もし子どもを堕ろせと言われたらどうしよう、という不安もあった。
そりゃあ向こうは由緒正しき侯爵家だ。次男とはいえその血筋の者の婚外子が誕生することを是とはしないだろう。
婚約者の令嬢の家との軋轢も生じてしまう。
だからハノンはお腹に芽生えた小さな命を一人で生んで育てることに決めたのだ。
自分さえ口を噤めば誰にもわからない。
赤ん坊を父親のいない子にしてしまうのは心苦しかったけど、望まれない命と認識されながら生まれてくるよりよほどマシだと思ったのだ。
この子は絶対にわたしが守る。その決意は今も変わっていない。
王子殿下の滞在はひと月。その間まず接触することはないだろうし、ルシアンを見られる可能性も極めて低い。
ルシアンはワイズ侯爵家特有の銀色の髪と赤い瞳を持って生まれてきた。
ルシアンの特徴を見れば、疑われるのは必至だった。
絶対に隠し通さねば。この一ヶ月、決して王子や近衛には近づかずにやり過ごそう。
と、そう決めていたのに……
なんの因果か王子の滞在する部屋に、メロディと共に呼ばれたのだ。
部屋にはもちろん護衛としてフェリックス=ワイズもいる。
今日は厄日だ……と思ったハノンの長い一日はまだまだ続くのであった。
「この二名が、殿下のご滞在中のお薬の調剤を行う魔法薬剤師のメロディ=フレゲとハノン=ルーセルにございます」
薬剤師長に名を告げられて、ハノンとメロディが胸に手を当て臣下の礼を執った。
それに第二王子クリフォードは笑顔で返す。
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