64 / 144
ミニ番外編
学園祭にて① 学生時代の印象
しおりを挟む数年前に中・高一貫で編成し直されたアデリオール魔術学園。
その中等部(十三歳~十六歳)にルシアンはこの秋に入学した。
今日は一年生として初めて参加する学園祭の日だ。
家族や友人など外部からも招待出来るこの学園祭に、ルシアンは両親と妹、そして従姉弟のミシェルとファニアスを招いていた。
ルシアンはミシェルとファニアスに学園を案内すると言って別行動を取り、
ポレットはなんとお忍びで学園に来たディビッドに入り口近くで早々に捕獲された。
社会勉強の一環と称してその実、ポレットと学園祭を回りたいディビッドの意図を知ったフェリックスの額に青スジが立ったのをハノンは見逃さなかった。
そしてかつて自分達も通った魔術学園を夫婦で巡りたいと言って不機嫌になった夫を無理やり引っ張って行ったのだ。
「もうほらフェリックス、そんなに怒らないで?」
夫婦水入らずになり、学園内を歩きながらハノンが言う。
「しかしだな、あの王子(不敬)後学の為にだなんて見え透いた嘘を吐きやがって。あからさまにポレット目当てなのが無性に腹が立つ」
「でもポレットは喜んでいたじゃない。それに二人は婚約者同士よ?親交を深めるのは良い事だわ」
「親交なんて深めなくていい」
「何をバカな事を……もういいじゃない、せっかくなんだから私達も二人で楽しみましょうよ」
「二人で……いいな」
「ふふ、そうよ。私達の学園内での共通の思い出と言ったら魔獣の一件くらいなものでしょう?だから今日は学生に戻った気分であなたと学園祭を楽しみたいわ」
共通の思い出としては卒業式の夜の事が一番だが、恥ずかしいのでそれには触れずにいた。
「ハノン……そうだな、それがいい。なんだそれ最高じゃないか」
「ぷ、ふふふ……」
途端に機嫌が治るフェリックスを可愛いと思ってしまう、自分も大概この夫に弱いと心の中でひとり言ちるハノンであった。
その後懐かしいかつての学び舎を二人で回る。
ハノンのお気に入りの読書スペースである中庭のベンチに来た時にハノンは言った。
「ここのベンチでよくお弁当を食べたり本を読んで過ごしたわ」
「へぇここでか……学生時代のハノン…可愛かったんだろうなぁ……当時の俺に教えてやりたいよ。この学園内に大切な唯一がいるぞと、今すぐ探してハノンを見つけ出せと。そうしたら十代のハノンを堪能出来たのに……」
心底残念そうに、そして口惜しそうに言うフェリックスにハノンは意地悪してやりたくなった。
「あら、当時のあなたはきっとそんな事どうでも良かったんじゃないかしら?だってあなたはいつも男子も女子も色んな人間に囲まれて楽しそうだったもの」
「魔獣の一件の前から俺の事を知っていた?」
そう訊ねてきたフェリックスにハノンは当時思っていた事を正直に話した。
「ええ。あなたは有名人だったから。そのご友人方も集まっている女生徒もみんな華やかな人たちばかりで、住む世界が違う別の生きものと認識していたわ。軽薄な苦労知らずのボンボンとも思っていたし」
「……そ、そうだったのか……」
確かに既に傾いていたルーセル子爵領を立て直そうと必死だった兄の手伝いをしていたハノンにしてみれば、上位貴族の令息令嬢は何の苦労もない温室育ちに見えた事だろう。
いや実際そうだったのだから。
「絶対に好きになるタイプだとも思えなかったし、近寄りたいとも思わなかったわ」
「うっ……そ、そうか……」
学生時代はのん気に遊んでいた自覚のあるフェリックスは突きつけられた真実に打ちのめされた。
「でも……」
「でも?」
「あの魔獣が暴れた騒ぎの時、皆がただ逃げ惑うしか出来なかった最中であなたは剣を持ち、果敢に立ち向かった。あなたに助けられた時に見た、あなたの広い背中がとても印象的だったの。制服のブレザー越しでは分からなかったその逞しい背中が、どれだけの研鑽を重ね努力してきたのかを如実に語っていたから……薄れゆく意識の中でも目を離す事が出来なかったわ……」
「ハノン……」
「思えばあの背中に恋をしたのね。ふふ、わたしの初恋」
ハノンが屈託のない笑顔をフェリックスに向けた。
「うっ……」
その表情を見たフェリックスが徐に胸を押さえて苦しそうにする。
「フェリックス?急にどうしたの?大丈夫?」
夫のその様子に慌てたハノンが歩み寄った。
そしてフェリックスは苦しそうに声を押し出してハノンに言う。
「……今すぐ抱きしめてキスをしたいっ……」
「えぇっ?ちょっ、何を言ってるの?」
「何を言ってるはこちらのセリフだ。ハノン、キミは俺を殺したいのか。そんな可愛い事を言われて、平静を装えるわけがないっ。ハノン、今すぐ帰ろう」
「バカな事言わないで、せっかくの学園祭なのに。それにルシアンの余興試合を観に来たのよっ?」
「そ、そうだった……じゃあせめて……」
「え?」
フェリックスはハノンの肩を両手で掴み、その頬にキスをした。
どこからか黄色い悲鳴が聞こえる。
こんな場所で頬とはいえキスをされた事にハノンは恥ずかしさで居た堪れなくなる。
そして夫に抗議した。
「もう!何を考えているのっこんな学園内でっ」
「仕方ない。ハノンが可愛いのが悪い」
「なに堂々と恥ずかしい発言もしてくれてるのよっ」
「愛してるぞハノン。学生だった俺に教えてやりたい。将来こんな可愛い妻を得られるという事を」
言うに事欠いて尚も甘いセリフを吐くフェリックスにハノンは頬を染めて口をはくはくさせるしかなかった。
学園祭はまだ始まったばかりであるのに、
ハノンは既にいっぱいいっぱいであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しばらくこの学園祭でのエピソードをお届けします。
でもごめんなさい、しばらく更新は火曜日のみとなりそうです。
・°°・(>_<)・°°・。
212
お気に入りに追加
9,685
あなたにおすすめの小説
私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。
しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。
だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。
嘘つきな婚約者を愛する方法
キムラましゅろう
恋愛
わたしの婚約者は嘘つきです。
本当はわたしの事を愛していないのに愛していると囁きます。
でもわたしは平気。だってそんな彼を愛する方法を知っているから。
それはね、わたしが彼の分まで愛して愛して愛しまくる事!!
だって昔から大好きなんだもん!
諦めていた初恋をなんとか叶えようとするヒロインが奮闘する物語です。
いつもながらの完全ご都合主義。
ノーリアリティノークオリティなお話です。
誤字脱字も大変多く、ご自身の脳内で「多分こうだろう」と変換して頂きながら読む事になると神のお告げが出ている作品です。
菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
作者はモトサヤハピエン至上主義者です。
何がなんでもモトサヤハピエンに持って行く作風となります。
あ、合わないなと思われた方は回れ右をお勧めいたします。
※性別に関わるセンシティブな内容があります。地雷の方は全力で回れ右をお願い申し上げます。
小説家になろうさんでも投稿します。
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。