39 / 144
ミニ番外編
夫の二つ名
しおりを挟む
ハノンとフェリックスには、結婚記念日以外にも記念日がある。
それは再会した二人が、互いの想いを伝えあった日だ。
幼いルシアンが魔力欠乏症になり、それをフェリックスが救ってくれた日。
二度目の夜をすごしたあの日だ。
あの時以来、フェリックスは毎年同じ日にハノンに赤い花の花束を贈ってくれる。
赤い花の種類は多いらしく毎年違う花を贈ってくれるが、どれも共通しているのは花弁の形がハノンの胸元の赤くなっている傷跡に似ているものだった。
かつては魔障により残った醜い傷跡だとハノンは気にしていたが、フェリックスと再会して「この上なく美しい世界で一つだけの赤い花」と言われてからは、自分と夫を繋ぐ大切な絆として好ましい印象に変わった。
そしてその絆の象徴として赤い花弁を持つ花が好きになったのだった。
それはフェリックスも同様らしく、以来記念日には赤い花を贈るのが彼の中での決まり事になったようだ。
でも赤い花の種類が多いこの季節は、記念日に関わらず、花を見つける度に持ち帰って贈ってくれるのだった。
今も寝室にはフェリックスから贈られた小ぶりな一重の赤い花が飾られている。
ハノンはその花を愛おしく眺めながらノエルに乳を飲ませていた。
ノエルは乳をよく飲み、寝グズもなくすんなりとよく寝る、手のかからない良い子だ。
三人目ともあって、母親のハノンの精神にゆとりがあるのも影響しているだろう。
乳をたらふく飲んだノエルを、ハノンは今度は縦抱きにして背中をトントンしてゲップをさせた。
そしてそのまま眠ってしまったノエルをベビーベッドに寝かせた時に、タイミングよくメロディが部屋にやって来た。
「ハノン~、りずむたんがそろそろお乳をご所望だってサ~♡」
リズムが断乳する月齢になるまでワイズ伯爵家の客間に滞在しているメロディ。
メロディ自身、初めての子育てであるもののとくに気負った様子もなく、豪快な子育てをしている。
「はいリズムちゃん、いらっしゃい」
ハノンはリズムを受け取ってノエルに与えた方ではない乳を含ませた。
んくんく、とリズムが懸命に乳を飲む姿を見て思わずハノンの頬が緩む。
赤ん坊は何故こうも皆等しく愛おしいのだろう。
大好きな親友が引き取った娘である事もそう感じさせる要因だろうが、きっとそうでなくても愛情を注がずにはいられない、そんな存在だ。
リズムを見つめるハノンの側で、メロディは寝室のサイドボードに置いてある赤い花を目敏く見つけ、ニマニマ顔を向けて来た。
「ホントあんた達っていつまで経ってもラブラブよネぇ♡」
これは揶揄いモードに入るなと眉を顰めたハノンが答える。
「……なによ何が言いたいのよ」
「いいえ~?また直ぐに孕ませられそうだナって思って♡」
「……授乳中は気を付けてるもの」
「ふーん♡」
「もうっ、何よ」
「いやね、一緒に暮らしてよく分かったんだけど、あんたの旦那ってホントに嫁の事が好きよネ~。家と外とでは別人じゃない」
「そうなの?」
「義妹の旦那に聞いたんだけど、あんたの旦那、近頃はクレバスの騎士と呼ばれているらしいわよ?」
「クレバスの騎士?」
初めて耳にする二つ名にハノンは首を傾げた。
クレバスとは雪上などに出来る大きな割れ目の事だ。
それに何故、フェリックスが比喩されるのだろう。
「あんたの旦那、未だに超モテモテらしいじゃない?妻帯者でしかもその妻を溺愛している事は社交界で知らない者が居ないにも関わらず、それでも言い寄ってくる女は後を絶たないらしいわヨ?」
「ふーん……」
ーーまぁ知ってるけどね。
「だからもういい加減嫌になっちゃったんでしょうネ。あんたの旦那、知り合いではない女とは一切喋らなくなって、それどころか少しでも近付いたら一瞬で凍りつくような眼差しで睨まれるんだってサ。それはそれはもう、冷たぁぁい、氷点下の眼差しらしいわヨ♪」
「氷点下……嘘でしょう?」
普段自分や子ども達に向けるフェリックスの温かな眼差ししか知らないハノンには想像する事すら出来ない。
乳を飲み終えたリズムを縦抱きにして背中を優しくトントンしながら、ハノンはふと頭に湧いた疑問を口に出してみた。
「でもそれならよく物語とかでも比喩されるような氷の騎士とか、氷結の騎士とか、そう言った風に呼ばれるものではないの?何故クレバス?」
それを聞きメロディは一層ニヤけ顔を輝かせて言った。
「最初はネ、あんたが言ったようにちゃんと“氷の騎士”とかで呼ばれてたらしいわヨ?でも王太子殿下が、フェリックス=ワイズは冷たいだけでなく妻に対してかなり狭量な心の狭い奴だから、氷床に出来た狭い割れ目のクレバスの方がピッタリだと言われたそうヨ。以来王宮ではみんな、彼の事をクレバスの騎士と呼ぶ様になったんだってサ♡」
「……………」
ハノンはもはやどう答えてよいのか分からなかった。
クレバスの騎士。
言い得て妙なので反論の余地もない……
複雑な顔で押し黙るハノンを見てメロディは大笑いをしている。
耳元でリズムの大きなゲップの音が響いた。
「けっふ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次回の更新は木曜日です。
それは再会した二人が、互いの想いを伝えあった日だ。
幼いルシアンが魔力欠乏症になり、それをフェリックスが救ってくれた日。
二度目の夜をすごしたあの日だ。
あの時以来、フェリックスは毎年同じ日にハノンに赤い花の花束を贈ってくれる。
赤い花の種類は多いらしく毎年違う花を贈ってくれるが、どれも共通しているのは花弁の形がハノンの胸元の赤くなっている傷跡に似ているものだった。
かつては魔障により残った醜い傷跡だとハノンは気にしていたが、フェリックスと再会して「この上なく美しい世界で一つだけの赤い花」と言われてからは、自分と夫を繋ぐ大切な絆として好ましい印象に変わった。
そしてその絆の象徴として赤い花弁を持つ花が好きになったのだった。
それはフェリックスも同様らしく、以来記念日には赤い花を贈るのが彼の中での決まり事になったようだ。
でも赤い花の種類が多いこの季節は、記念日に関わらず、花を見つける度に持ち帰って贈ってくれるのだった。
今も寝室にはフェリックスから贈られた小ぶりな一重の赤い花が飾られている。
ハノンはその花を愛おしく眺めながらノエルに乳を飲ませていた。
ノエルは乳をよく飲み、寝グズもなくすんなりとよく寝る、手のかからない良い子だ。
三人目ともあって、母親のハノンの精神にゆとりがあるのも影響しているだろう。
乳をたらふく飲んだノエルを、ハノンは今度は縦抱きにして背中をトントンしてゲップをさせた。
そしてそのまま眠ってしまったノエルをベビーベッドに寝かせた時に、タイミングよくメロディが部屋にやって来た。
「ハノン~、りずむたんがそろそろお乳をご所望だってサ~♡」
リズムが断乳する月齢になるまでワイズ伯爵家の客間に滞在しているメロディ。
メロディ自身、初めての子育てであるもののとくに気負った様子もなく、豪快な子育てをしている。
「はいリズムちゃん、いらっしゃい」
ハノンはリズムを受け取ってノエルに与えた方ではない乳を含ませた。
んくんく、とリズムが懸命に乳を飲む姿を見て思わずハノンの頬が緩む。
赤ん坊は何故こうも皆等しく愛おしいのだろう。
大好きな親友が引き取った娘である事もそう感じさせる要因だろうが、きっとそうでなくても愛情を注がずにはいられない、そんな存在だ。
リズムを見つめるハノンの側で、メロディは寝室のサイドボードに置いてある赤い花を目敏く見つけ、ニマニマ顔を向けて来た。
「ホントあんた達っていつまで経ってもラブラブよネぇ♡」
これは揶揄いモードに入るなと眉を顰めたハノンが答える。
「……なによ何が言いたいのよ」
「いいえ~?また直ぐに孕ませられそうだナって思って♡」
「……授乳中は気を付けてるもの」
「ふーん♡」
「もうっ、何よ」
「いやね、一緒に暮らしてよく分かったんだけど、あんたの旦那ってホントに嫁の事が好きよネ~。家と外とでは別人じゃない」
「そうなの?」
「義妹の旦那に聞いたんだけど、あんたの旦那、近頃はクレバスの騎士と呼ばれているらしいわよ?」
「クレバスの騎士?」
初めて耳にする二つ名にハノンは首を傾げた。
クレバスとは雪上などに出来る大きな割れ目の事だ。
それに何故、フェリックスが比喩されるのだろう。
「あんたの旦那、未だに超モテモテらしいじゃない?妻帯者でしかもその妻を溺愛している事は社交界で知らない者が居ないにも関わらず、それでも言い寄ってくる女は後を絶たないらしいわヨ?」
「ふーん……」
ーーまぁ知ってるけどね。
「だからもういい加減嫌になっちゃったんでしょうネ。あんたの旦那、知り合いではない女とは一切喋らなくなって、それどころか少しでも近付いたら一瞬で凍りつくような眼差しで睨まれるんだってサ。それはそれはもう、冷たぁぁい、氷点下の眼差しらしいわヨ♪」
「氷点下……嘘でしょう?」
普段自分や子ども達に向けるフェリックスの温かな眼差ししか知らないハノンには想像する事すら出来ない。
乳を飲み終えたリズムを縦抱きにして背中を優しくトントンしながら、ハノンはふと頭に湧いた疑問を口に出してみた。
「でもそれならよく物語とかでも比喩されるような氷の騎士とか、氷結の騎士とか、そう言った風に呼ばれるものではないの?何故クレバス?」
それを聞きメロディは一層ニヤけ顔を輝かせて言った。
「最初はネ、あんたが言ったようにちゃんと“氷の騎士”とかで呼ばれてたらしいわヨ?でも王太子殿下が、フェリックス=ワイズは冷たいだけでなく妻に対してかなり狭量な心の狭い奴だから、氷床に出来た狭い割れ目のクレバスの方がピッタリだと言われたそうヨ。以来王宮ではみんな、彼の事をクレバスの騎士と呼ぶ様になったんだってサ♡」
「……………」
ハノンはもはやどう答えてよいのか分からなかった。
クレバスの騎士。
言い得て妙なので反論の余地もない……
複雑な顔で押し黙るハノンを見てメロディは大笑いをしている。
耳元でリズムの大きなゲップの音が響いた。
「けっふ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次回の更新は木曜日です。
274
お気に入りに追加
9,685
あなたにおすすめの小説
私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。
しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。
だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。
嘘つきな婚約者を愛する方法
キムラましゅろう
恋愛
わたしの婚約者は嘘つきです。
本当はわたしの事を愛していないのに愛していると囁きます。
でもわたしは平気。だってそんな彼を愛する方法を知っているから。
それはね、わたしが彼の分まで愛して愛して愛しまくる事!!
だって昔から大好きなんだもん!
諦めていた初恋をなんとか叶えようとするヒロインが奮闘する物語です。
いつもながらの完全ご都合主義。
ノーリアリティノークオリティなお話です。
誤字脱字も大変多く、ご自身の脳内で「多分こうだろう」と変換して頂きながら読む事になると神のお告げが出ている作品です。
菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
作者はモトサヤハピエン至上主義者です。
何がなんでもモトサヤハピエンに持って行く作風となります。
あ、合わないなと思われた方は回れ右をお勧めいたします。
※性別に関わるセンシティブな内容があります。地雷の方は全力で回れ右をお願い申し上げます。
小説家になろうさんでも投稿します。
【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。