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ミニ番外編
キースの唯一
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“ワイズ家の唯一”そんなものがあると聞かされてはいたが、キースはそれをずっと半信半疑で過ごして来た。
惚れっぽい性格とは真逆で中々恋情を抱けない、という性質はどうやらワイズの男子にはあるようだ。
それは理解出来る、現にキースはこれといった初恋なるものを未だ経験する事なく現在に至っているのだから。
別に女性嫌いというわけでもないし興味がないわけでもない。
しかし何故か“好きだ、愛してる”とまでの感情に至らないのだ。
そんな性質だから本当に誰かを好きになった時に、その希少な相手を盲目的に大切にする。
“唯一”とはまぁそんな感じなのだろうと、ぼんやりと思っていた。
同世代の女の子よりも従妹のポレットの方が断然可愛いし大好きだし大切だ。
それに女の子と一緒にいる時間を作るならその分剣を多く振っている方がいい、ずっとそんな考えで生きて来た為に好きな相手が見つけられずにいるのかもしれないが。
そんなキースに両親も無理に婚約者を充てがおうとはせず、あくまでも数家の家門だけを選出し様子を見てくれていたようだ。
しかし双子の弟のバスターと違い、自分は次期ワイズ侯爵となる身。
このまま“唯一”を見つけられずともいずれは父が選んだ家門の年齢に釣り合う令嬢の一人を選んで結婚するのだろう……きっとその相手を唯一として、自分は生きてゆくのだろう。
キースはそう思っていた。
そう思っていたのに………
キースは出会ったのだ。
自分の唯一に。
「おーほっほっほっ!私をただの令嬢と侮るから痛い目を見るのですわっ!」
出会いは強烈だった。
練習試合で訪れていた隣国オリオルの国境騎士団駐屯地で、キースは彼女と出会った。
その練習試合に無理やり参加して来た彼女が男性騎士二人を打ち負かし、声高らかにそう言い放ったのが初見だ。
彼女の名はイヴェット=チャザーレ(18)。
チャザーレ公爵家の末娘で、オリオル騎士団総団長令嬢だ。
幼い頃から父親に剣の手解きを受け、兄達と共に研鑽してきたそうだ。
本当に女性にしておくのは勿体ないほどの腕前だった。
「次!どなたかいらっしゃいませんのっ?女だからと色眼鏡で見ない、全力で挑んでくれる気概のある方に手合わせをお願いしたいですわっ」
気丈っぷりも中々だ。
しかしこれ以上彼女一人にいい様にされていてはアデリオール騎士団の名折れ、些か沽券に関わる。
キースは今回、練習試合の為に編成されたチームのリーダーとして前に出た。
仲間たちが「何も卿が出なくても」と言っているが、単にキースが自分の剣で彼女の力量を測ってみたいのもあったのだ。
「私がお相手仕る」
キースが告げるとイヴェット嬢はキースの立ち姿を見て何か思うところがあったのか、気を引き締めたような表情で答えた。
「やっと骨のありそうな方が出て来て下さいましたのね。女だからと遠慮せず、全力で手合わせをお願いしますわ」
「承知した」
コートの立ち位置で二人対峙する。
キースは静かに抜剣した。
審判役の騎士の手が上がる。
「はじめっ!」
◇◇◇◇◇
「悔しい悔しい悔しいですわっ!あんな一瞬で負けるなんてっ!大口を叩いて瞬殺されるなんて漫画の雑魚みたいじゃありませんのーーっ!」
練習試合が終わり、簡易な交流会のような場が設けられた駐屯地内の一室でイヴェットが果実水を片手に歯噛みしていた。
それを側で可笑そうに見ているキースが彼女に言う。
はて“まんが”?と聞き慣れない単語に内心首を傾げながら。
「いや雑魚だなんてとんでもない。貴女の実力は相当なものです。しかも公爵令嬢の身でありながら」
「……先日、クラスメイトに試合を挑んで負けましたの。それで自分を鍛え直す為に無理を言って参加させて貰ったのですわ。それなのに貴方にあっさり負けてしまって、もう自信喪失ですわ……」
それを聞き、キースは悪戯っぽい表情を浮かべて言った。
「じゃあわざと負けた方が良かった?」
イヴェットは噛み付くように否定する。
「そんなのご免ですわっ!剣を持つ者として最大の侮辱をされたのも当然ですものっ!」
「貴女ならそう言うと思い、全力で挑ませて頂いた。……手の痺れは治まりましたか?」
「おかげさまでっ!」
「ははっ」
試合でキースに剣を叩き落とされた衝撃で少しの間手が痺れていたイヴェットがこれまた悔しそうに言った。
その後もキースはイヴェットと色々な話をした。
彼女は現在魔法学園の最高学年だそうた。
入学以来オリオルの第二王子に熱を上げて追いかけ回していたが、今ではすっかり王子の婚約者の方に夢中なのだとか、その他色々な話しをしてくれた。
イヴェットは話上手であったし、また聞き上手でもあった。
今までキースの側に来た令嬢は皆、自分の事や誰かの噂話ばかりを一方的に聞かせてきた。
そしてキースが話す番になると、ウットリとキースの顔を見上げるだけでこちらの話を聞いているのか聞いていないのか分からない感じになるのだ。
そんな事ばかりだからいい加減令嬢との会話に辟易としていたところだった。
だけどイヴェットはキースの話をちゃんと聞き、考え、それに対する自分の意見を言ってくれる。
四つも年下であるのにそれを微塵も感じさせないしっかりとした考え持っているところにも好感が持てた。
その後国に戻り、いつものように日々を過ごしていても事ある毎にイヴェットの事を思い出す。
イヴェットの悔しがる顔や笑い顔をまた無性に見たくなる。
もう一度彼女に会いたくて堪らなかった。
そしてキースはそんな事ばかりを考えている自分に気付く。
そうか……これが……恋情というものか。
オリオル王国チャザーレ公爵家。
確か父が選んでいた結婚相手の家門の中に、その名が有った筈だ。
キースは運命めいたものを感じずにはいられなかった。
ーー彼女が俺の唯一……
キースは縁談の申し入れをチャザーレ公爵家に希望する旨を伝える為に、父親の書斎へと足を向けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
キースの婚約者になるイヴェット嬢は、
作者の短編集の中の『鎧の姫』というお話に出演しておりました。
そちらを読まずとも問題ないように進めて参りますが、もしお暇でしたらそちらもお読み頂けましたら作者感激♡でございます。
惚れっぽい性格とは真逆で中々恋情を抱けない、という性質はどうやらワイズの男子にはあるようだ。
それは理解出来る、現にキースはこれといった初恋なるものを未だ経験する事なく現在に至っているのだから。
別に女性嫌いというわけでもないし興味がないわけでもない。
しかし何故か“好きだ、愛してる”とまでの感情に至らないのだ。
そんな性質だから本当に誰かを好きになった時に、その希少な相手を盲目的に大切にする。
“唯一”とはまぁそんな感じなのだろうと、ぼんやりと思っていた。
同世代の女の子よりも従妹のポレットの方が断然可愛いし大好きだし大切だ。
それに女の子と一緒にいる時間を作るならその分剣を多く振っている方がいい、ずっとそんな考えで生きて来た為に好きな相手が見つけられずにいるのかもしれないが。
そんなキースに両親も無理に婚約者を充てがおうとはせず、あくまでも数家の家門だけを選出し様子を見てくれていたようだ。
しかし双子の弟のバスターと違い、自分は次期ワイズ侯爵となる身。
このまま“唯一”を見つけられずともいずれは父が選んだ家門の年齢に釣り合う令嬢の一人を選んで結婚するのだろう……きっとその相手を唯一として、自分は生きてゆくのだろう。
キースはそう思っていた。
そう思っていたのに………
キースは出会ったのだ。
自分の唯一に。
「おーほっほっほっ!私をただの令嬢と侮るから痛い目を見るのですわっ!」
出会いは強烈だった。
練習試合で訪れていた隣国オリオルの国境騎士団駐屯地で、キースは彼女と出会った。
その練習試合に無理やり参加して来た彼女が男性騎士二人を打ち負かし、声高らかにそう言い放ったのが初見だ。
彼女の名はイヴェット=チャザーレ(18)。
チャザーレ公爵家の末娘で、オリオル騎士団総団長令嬢だ。
幼い頃から父親に剣の手解きを受け、兄達と共に研鑽してきたそうだ。
本当に女性にしておくのは勿体ないほどの腕前だった。
「次!どなたかいらっしゃいませんのっ?女だからと色眼鏡で見ない、全力で挑んでくれる気概のある方に手合わせをお願いしたいですわっ」
気丈っぷりも中々だ。
しかしこれ以上彼女一人にいい様にされていてはアデリオール騎士団の名折れ、些か沽券に関わる。
キースは今回、練習試合の為に編成されたチームのリーダーとして前に出た。
仲間たちが「何も卿が出なくても」と言っているが、単にキースが自分の剣で彼女の力量を測ってみたいのもあったのだ。
「私がお相手仕る」
キースが告げるとイヴェット嬢はキースの立ち姿を見て何か思うところがあったのか、気を引き締めたような表情で答えた。
「やっと骨のありそうな方が出て来て下さいましたのね。女だからと遠慮せず、全力で手合わせをお願いしますわ」
「承知した」
コートの立ち位置で二人対峙する。
キースは静かに抜剣した。
審判役の騎士の手が上がる。
「はじめっ!」
◇◇◇◇◇
「悔しい悔しい悔しいですわっ!あんな一瞬で負けるなんてっ!大口を叩いて瞬殺されるなんて漫画の雑魚みたいじゃありませんのーーっ!」
練習試合が終わり、簡易な交流会のような場が設けられた駐屯地内の一室でイヴェットが果実水を片手に歯噛みしていた。
それを側で可笑そうに見ているキースが彼女に言う。
はて“まんが”?と聞き慣れない単語に内心首を傾げながら。
「いや雑魚だなんてとんでもない。貴女の実力は相当なものです。しかも公爵令嬢の身でありながら」
「……先日、クラスメイトに試合を挑んで負けましたの。それで自分を鍛え直す為に無理を言って参加させて貰ったのですわ。それなのに貴方にあっさり負けてしまって、もう自信喪失ですわ……」
それを聞き、キースは悪戯っぽい表情を浮かべて言った。
「じゃあわざと負けた方が良かった?」
イヴェットは噛み付くように否定する。
「そんなのご免ですわっ!剣を持つ者として最大の侮辱をされたのも当然ですものっ!」
「貴女ならそう言うと思い、全力で挑ませて頂いた。……手の痺れは治まりましたか?」
「おかげさまでっ!」
「ははっ」
試合でキースに剣を叩き落とされた衝撃で少しの間手が痺れていたイヴェットがこれまた悔しそうに言った。
その後もキースはイヴェットと色々な話をした。
彼女は現在魔法学園の最高学年だそうた。
入学以来オリオルの第二王子に熱を上げて追いかけ回していたが、今ではすっかり王子の婚約者の方に夢中なのだとか、その他色々な話しをしてくれた。
イヴェットは話上手であったし、また聞き上手でもあった。
今までキースの側に来た令嬢は皆、自分の事や誰かの噂話ばかりを一方的に聞かせてきた。
そしてキースが話す番になると、ウットリとキースの顔を見上げるだけでこちらの話を聞いているのか聞いていないのか分からない感じになるのだ。
そんな事ばかりだからいい加減令嬢との会話に辟易としていたところだった。
だけどイヴェットはキースの話をちゃんと聞き、考え、それに対する自分の意見を言ってくれる。
四つも年下であるのにそれを微塵も感じさせないしっかりとした考え持っているところにも好感が持てた。
その後国に戻り、いつものように日々を過ごしていても事ある毎にイヴェットの事を思い出す。
イヴェットの悔しがる顔や笑い顔をまた無性に見たくなる。
もう一度彼女に会いたくて堪らなかった。
そしてキースはそんな事ばかりを考えている自分に気付く。
そうか……これが……恋情というものか。
オリオル王国チャザーレ公爵家。
確か父が選んでいた結婚相手の家門の中に、その名が有った筈だ。
キースは運命めいたものを感じずにはいられなかった。
ーー彼女が俺の唯一……
キースは縁談の申し入れをチャザーレ公爵家に希望する旨を伝える為に、父親の書斎へと足を向けた。
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キースの婚約者になるイヴェット嬢は、
作者の短編集の中の『鎧の姫』というお話に出演しておりました。
そちらを読まずとも問題ないように進めて参りますが、もしお暇でしたらそちらもお読み頂けましたら作者感激♡でございます。
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