上 下
10 / 12

シャロン絡まれる

しおりを挟む

「ねぇ、貴女がシャロン=マーティンさん?」


第二王女殿下ジョセフィーヌ様の東方語の授業の前。

第二王女宮へ向かうわたしは突然声をかけられた。

耳慣れない女性の声。

わたしが振り向くと、そこには背の高い女性騎士が立っていた。

婚約者のエリオット様と同じ濃紺の騎士服を颯爽と着こなす凛とした美人だ。
切れ長の一重の瞳がなんとなく東方絵画の美人画を思い出させる。

わたしはその女性騎士さんに答えた。

「はい。シャロン=マーティンはわたしですけれど、失礼ですが貴女は?」

「あらごめんなさい、名乗りもしないで。私は王宮騎士団第三連隊十三班所属のミオナ=バーンズよ」

「十三班……あ、もしかしてエリオット様と同じ班の方ですか?」

以前エリオット様から十三班に配属になった話を聞いていたおかげですぐにピンときた。

「同じ班員というだけでなく、彼とは学園の騎士科でも一緒だったの」

という事はお兄さまとも同級生になるのね。

「まぁそうなんですね。えっと…それで、バーンズさんはわたしに何かご用ですか?」

わたしがそう言うと、ミオナ=バーンズさんはわたしの全身を舐めるように見回してこう告げた。

「ふふ、あのシャルル=マーティンの妹だというからどれほどのものかと思ったけれど……大した事ないのね」

ん?

「貴女が婚約者の後釜じゃあ、エリオットが可哀想。誓約だかなんだか知らないけどそんなものに縛られて、気の毒すぎるわ」

あら?これってわたし、貶されているのかしら?

「自ら相手を選ぶ事も許されずに将来を決められている彼が可哀想だと思った事はないの?」


それは、わたしもずっと思ってきた。

エリオット様ほどの方なら、本当は女性なんてよりどりみどり、選りすぐりの選びたい放題なのに。

わたしはバーンズさんに言った。

「確かにそうですよね。でもずっとわたしのお姉さまが婚約者だったエリオット様は、そんな事考えた事もなかったのではないかしら?だってお姉さまは超絶美しくてスタイルも抜群で剣の腕前もピカイチで性格も良い、スーパーウーマンだったんですもの」

今はスーパーマンですけどね。
とわたしは内心ひとり言ちてバーンズさんを見た。

まったくその通りでぐぅの音も出ないのだろう、バーンズさんは笑みを浮かべながらも顔面をぴくぴく引き攣らせていた。
その上で彼女はわたしに言い放つ。

「だからこそ余計に貴女みたいなのが婚約者になるなんて彼が可哀想なのよっ、私だって、相手があのシャルル=マーティンだから諦めもついていたのにっ…それがマーティン家の娘ってだけで婚約者面するなんて納得いかないわっ……」

「婚約者面…ですか……」


婚約者面って、どんな顔をしたらそうなるのだろう。

わたしってそんな顔をしているのかな。

さっきから聞いていればそうか、そうなのね。
この人……エリオット様の事が好きなんだわ。

だからわたしが彼の婚約者になった事が気に入らないのね。

でもわたしに言われても困るのよね。

「なんか……ごめんなさい?」

残念そうに彼女に謝罪すると、バーンズさんは顔を真っ赤にして声を荒げた。

「なによっ!調子こいてんじゃないわよっ!貴女知らないでしょうっ?エリオットが魔術師団長に、誓約通りに結婚したらその時点で誓約は消えるのかとか、その後で離婚しても問題はないのかとか聞いていた事をっ!」

「え……?」


りこん?……離婚?

え?それは誓約を果たして結婚した上で、エリオット様が離婚を考えているという事……?


「私も偶然二人が内密に話しているのを聞いただけだけど、エリオットは間違いなく離婚出来るのかを師団長に聞いていたのよ?ふふん、貴女、結婚したらすぐに捨てられるんじゃない?」

「そう……ですか……」

急に顔色が悪くなったわたしを見て、

バーンズさんは勝ち誇ったように笑い声を上げた。

「あははっ!やっぱり知らなかったんだ!哀れね~!」

声高らかにしたり顔で笑うバーンズさんに、わたしは呟くように言った。

「……足が……入ってますわよ」

わたしの声が小さかったのかバーンズさんが聞き返した。

「は?何?」

わたしは足元を見て、バーンズに告げる。


「貴女、わたしを呼び止めるのに必死で気付いていないようですが、貴女が足を踏み入れているのは第二王女宮のエリア内です。王族の居住エリアには関係者以外、許可なく入れない事を王宮騎士である貴女が知らないはずはないですよね……?」

わたしがそう言うと、バーンズさんは自分の足元を見て顔色を変えた。

敷き詰められた絨毯の色が第二王女を象徴する色の物へと変わっている。
王宮エリア内は場所により色分けされているのだ。

そして彼女は、ほんの数歩だがジョセフィーヌ様のお住まいになるエリアへと無断で足を踏み入れたのだ。

わたしも早くに気付けば大事になる前に教えて差し上げられたのに、バーンズさんに捲し立てられてそれが出来なかったわ。

「えっ…ちょっ……これはっその、不可抗力よっ……!」

わたしは彼女の背後にゆらりと現れた二つの影に目をやりながら彼女に言った。

「それは後ろにおられる第二王女宮の護衛騎士の方に言ってください……」

「は?えっ?ヒィィっ!?」

わたしの言葉を訝しんだバーンズさんが恐る恐る後ろを振り返る。

するとそこには第二王女宮を守る屈強な騎士が二名、バーンズさんを睨め付けながら立っていた。

私を追って王女宮へ足を踏み入れたバーンズさんを捕まえに来たようだ。

「待って!待ってくださいっ!これはわざとではっ!決して故意に王女宮に侵入しようとした訳ではないのですっ!」

「言い訳は聞かん。連行しろ」「はっ」

「申し訳ありませんっ!許して!許してーっ!」


第二王女宮付きの護衛騎士に連れて行かれるバーンズさんの声を背に、わたしは踵を返してジョセフィーヌ様の元へと歩き出した。


頭の中がさっき聞いた事でいっぱいになる。

エリオット様……どうして離婚の事を?

やっぱりわたしがお兄さまじゃないから?


愛してもいない女と、生涯を共にするつもりはないという事なの……?


いまはそこに愛情はなくても、幼い頃から共に過ごした情があるなら上手くやっていけると思っていたのに。

そしていつか、小さくとも愛情が育つと思っていたのに。


その後、なんとか気持ちを切り替えてジョセフィーヌ様の授業を終え、わたしは自宅に帰るべく城門の方へと向かった。


いくらポジティブなわたしでもこれは気にしない、ではいられない。

本人に、エリオット様に直接確かめなくては。

誓約を果たしても夫婦のままでいられないだろうかと。
だってやっぱり離婚なんて酷いわ。

古風な考え方が根強く残るこの国で、離婚歴のある女が生きていくのがどれだけ大変な事か。

幸い語学を教えるという手に職はあるけれど、それでもやっぱり大変だと思うのよね。


「……………」


でももし、本当にエリオット様がわたしとの離婚を強く望むなら………。

わたしはそれに応じるだろう。

やっぱり彼には、彼に相応しい女性と結婚する権利があるのだもの。

まぁその権利はわたしにもあるのだけれど、わたしが結婚したいのはエリオット様だけだからどうしようもない。


「………ジョセフィーヌ様、離婚後もわたしを召し抱えてくださるかしら……」

思わずそう呟いた時、俯いたわたしの視界の中に騎士の長靴ちょうかのつま先が入る。

そして頭上から大好きな声が聞こえた。

「離婚後って、何の話?」


わたしはゆっくりと顔を上げて彼を見る。


「……エリオット様……」


額に汗を滲ませ、肩で息をしたエリオット様が私に言った。


「シャロン、ちゃんと話をしよう。これまでの事、そしてこれからの事を」







ーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の更新は明日の朝となります。

さーせんっ(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)オロローン

しおりを挟む
感想 245

あなたにおすすめの小説

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

【完結】私の婚約者は妹のおさがりです

葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」 サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。 ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。 そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……? 妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。 「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」 リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。 小説家になろう様でも別名義にて連載しています。 ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)

〖完結〗愛しているから、あなたを愛していないフリをします。

藍川みいな
恋愛
ずっと大好きだった幼なじみの侯爵令息、ウォルシュ様。そんなウォルシュ様から、結婚をして欲しいと言われました。 但し、条件付きで。 「子を産めれば誰でもよかったのだが、やっぱり俺の事を分かってくれている君に頼みたい。愛のない結婚をしてくれ。」 彼は、私の気持ちを知りません。もしも、私が彼を愛している事を知られてしまったら捨てられてしまう。 だから、私は全力であなたを愛していないフリをします。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全7話で完結になります。

あの約束を覚えていますか

キムラましゅろう
恋愛
少女時代に口約束で交わした結婚の約束。 本気で叶うなんて、もちろん思ってなんかいなかった。 ただ、あなたより心を揺さぶられる人が現れなかっただけ。 そしてあなたは約束通り戻ってきた。 ただ隣には、わたしでない他の女性を伴って。 作者はモトサヤハピエン至上主義者でございます。 あ、合わないな、と思われた方は回れ右をお願い申し上げます。 いつもながらの完全ご都合主義、ノーリアリティ、ノークオリティなお話です。 当作品は作者の慢性的な悪癖により大変誤字脱字の多いお話になると予想されます。 「こうかな?」とご自身で脳内変換しながらお読み頂く危険性があります。ご了承くださいませ。 小説家になろうさんでも投稿します。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

婚約解消は諦めましたが、平穏な生活を諦めるつもりはありません! 〜社交界編〜 

風見ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢である、私、リノア・ブルーミングはラルフ・クラーク辺境伯から求婚され、現在、結婚前のお試し期間として彼の屋敷に滞在しています。 私の滞在期間中にラルフ様の家族が起こした事件により、貴族の一部からは事実だけではなく、彼に対する根も葉もない悪評が流れている事を知った私は、妻ではなく婚約者という身分ではありますが、社交界に乗り出し、嘘の悪評を流した人物を突き止め、根拠のない噂だと証明し、ラルフ様の心の平穏とこれからの自分自身の平穏な生活を勝ち取ろうと思います! ※拙作の「婚約解消は諦めましたが、平穏な生活は諦めるつもりはありません!」の続編となります。 ※作者独自の異世界の世界観であり、設定はゆるく、ご都合主義です。クズが多いです。ご注意ください

(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私

青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。 中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。

処理中です...