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ベルナール伯爵家で聞いてしまった事
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その言葉を聞いたのは、
お姉さまがお兄さまになって帰国してすぐ、
父の使いで家令のエスヴィと一緒にベルナール伯爵家へ行った時の事だった。
姉が婚約関係を維持できない状態になった事へのお詫びの書状を、その日風邪で寝込んでしまったお父さまの代わりにマーティン男爵家の家の者として直接お渡しするというお役目だった。
もちろんその後で、お父さまとお兄さまも直に伯爵に謝罪する旨も口頭でお伝えする。
今回の訪問はその先ぶれ的な意味もあるのだ。
謝罪は間を置かず可及的速やかに。
お兄さまの選択を、わたしもお父さまも悪い事だとは思っていない。
でも一方的に誓約を違えかけたのは間違いないので、誠心誠意謝罪するようにと父から仰せつかった。
お任せくださいお父さま。
昔から悪戯やドジばかりで謝罪するのは慣れてるの。
私は玄関ホールで待つ事になった家令のエスヴィに見送られながら、エリオット様のお父さまが待つという応接間へと向かった。
何度か訪れているベルナール伯爵家。
メイドに案内されながら応接間へ近づくと、少しだけ開かれていた扉から数年前に開発された魔道具、転移音声機の着信音が聞こえた。
(転移音声機…声だけを魔道具と魔道具の間を転移させて離れていても通話が出来る便利アイテム。電話のようなもの。かなり高額で貴族階級か裕福な商家にしか普及していない)
その着信音の後、すぐに応答する伯爵の声が聞こえた。
「はい、もしもし。あぁ、君か」
どうやらお知り合いの方からの転移音声のようね。
わたしは小声で案内してくれたメイドに告げた。
「伯爵のお話が終わるまでここで待機しているわ。待つくらい一人でも大丈夫だから、貴女は仕事に戻って?」
メイドは少し逡巡していたが、やはり仕事が沢山あるのだろう、お辞儀をして戻って行った。
だけど待つと言っても何処にも待つ場所はない。
仕方なくこの場所で待つ事にしたのだけど、どうしても伯爵の会話が耳に届いてしまう。
わたしは心の中で「聞いてしまってゴメンなさい。内容はけっして口外しません」と懺悔した。
どうせわたしには関係ない内容だろうから……なるべく聞き取らないようにほかの事でも考えていようと思った。
だけど伯爵の発せられた言葉からウチの家名を拾い、どうしても意識が会話に集中してしまう。
「ああ、そうなんだ。まったく…マーティン家にも困ったものだ。まさか長女が男になるなんて、死んだ父もビックリだろうよ」
お姉さま改めお兄さまの事ね。
そりゃ本当に驚いたけれど……。
「もちろんだ。いくら誓約があるとはいえ、この国の法で同性婚は認められていないからな。まぁなに、あの家には娘がもう一人いる」
あ、わたしの事ね。
「姉に比べて多少見劣りはするが、まぁそれなりに見目もよく気立も良い娘だよ」
褒められて……るのよね?
「そう。これ以上誓約を違えられては堪ったものではないからな、エリオットには絶対に逃すなと言い聞かせている。嘘でも、心が篭っておらずとも何でもいいから愛を囁いて決して逃すなとな。なぁに、十八になったばかりの末娘だ。倅がちょっと甘い言葉で語り掛ければ簡単だろう。ハハハハッ」
…………………………。
おじ様。思考も言う事もオッサン過ぎです。
って、え……言ったの……?
エリオット様に?
嘘でもいいからわたしに愛を囁けと……?
…………おじさま、グッジョブですわ!
エリオット様がわたしの事をなんとも思ってないのはわかっているもの。
それでも誓約魔法の所為でわたし達は結婚せざるを得ない。
ただ義務的なもの、お姉さまだった頃のお兄さまとは義務ではなくそこにちゃんと恋情があったのだろうけどわたしは違う。
だから義務的な結婚となっても仕方ないなぁと思っていた。
だけど何?
大好きな初恋の人に愛を囁いて貰えるオプション付き?
ちょっ……もう何それ、幸せすぎ、ありがとうございます。
だってやっぱり、どうせ夫婦となるなら嘘でも旦那様には睦言を言って貰えたら幸せだもの。
それに大丈夫。
エリオット様の愛が嘘でもわたしの愛は本物。
エリオット様の分もわたしが愛するから大丈夫よ。
きっとこの結婚は上手くいくはずだわ。
そしてエリオット様をウチのお祖父さまが仕掛けたバカな誓約から解放してあげられる。
わたしが彼を愛して結婚するという方法でエリオット様を救ってみせる。
わたしはその後、転移通話を終えた伯爵に謝罪と父からの手紙を渡してベルナール伯爵家を後にした。
そしてそんな事があった二週間後に、
お兄さまは東方の国へと旅立って行った。
エリオット様をわたしに託して。
それから三日後に、
エリオット様からメッセージカードが届く。
【愛しの我が婚約者どのへ。
次の週末、二人で王立公園へ出掛けよう。キミに会えるのを楽しみしている。
可愛いシャロンへ。 エリオット】
きゃーっ!
エリオット様ったら早速おじ様の言う事を行動に移して!
大丈夫。逃げも隠れもしませんし、
エリオット様からの愛の囁きを受け止める覚悟は出来ております!
(耳掃除しておかなくちゃ)
うふふ……エリオット様と二人でお出掛けなんて初めて♡
た、楽しみすぎる~~!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日はちょっと早めの投稿となりました。
お姉さまがお兄さまになって帰国してすぐ、
父の使いで家令のエスヴィと一緒にベルナール伯爵家へ行った時の事だった。
姉が婚約関係を維持できない状態になった事へのお詫びの書状を、その日風邪で寝込んでしまったお父さまの代わりにマーティン男爵家の家の者として直接お渡しするというお役目だった。
もちろんその後で、お父さまとお兄さまも直に伯爵に謝罪する旨も口頭でお伝えする。
今回の訪問はその先ぶれ的な意味もあるのだ。
謝罪は間を置かず可及的速やかに。
お兄さまの選択を、わたしもお父さまも悪い事だとは思っていない。
でも一方的に誓約を違えかけたのは間違いないので、誠心誠意謝罪するようにと父から仰せつかった。
お任せくださいお父さま。
昔から悪戯やドジばかりで謝罪するのは慣れてるの。
私は玄関ホールで待つ事になった家令のエスヴィに見送られながら、エリオット様のお父さまが待つという応接間へと向かった。
何度か訪れているベルナール伯爵家。
メイドに案内されながら応接間へ近づくと、少しだけ開かれていた扉から数年前に開発された魔道具、転移音声機の着信音が聞こえた。
(転移音声機…声だけを魔道具と魔道具の間を転移させて離れていても通話が出来る便利アイテム。電話のようなもの。かなり高額で貴族階級か裕福な商家にしか普及していない)
その着信音の後、すぐに応答する伯爵の声が聞こえた。
「はい、もしもし。あぁ、君か」
どうやらお知り合いの方からの転移音声のようね。
わたしは小声で案内してくれたメイドに告げた。
「伯爵のお話が終わるまでここで待機しているわ。待つくらい一人でも大丈夫だから、貴女は仕事に戻って?」
メイドは少し逡巡していたが、やはり仕事が沢山あるのだろう、お辞儀をして戻って行った。
だけど待つと言っても何処にも待つ場所はない。
仕方なくこの場所で待つ事にしたのだけど、どうしても伯爵の会話が耳に届いてしまう。
わたしは心の中で「聞いてしまってゴメンなさい。内容はけっして口外しません」と懺悔した。
どうせわたしには関係ない内容だろうから……なるべく聞き取らないようにほかの事でも考えていようと思った。
だけど伯爵の発せられた言葉からウチの家名を拾い、どうしても意識が会話に集中してしまう。
「ああ、そうなんだ。まったく…マーティン家にも困ったものだ。まさか長女が男になるなんて、死んだ父もビックリだろうよ」
お姉さま改めお兄さまの事ね。
そりゃ本当に驚いたけれど……。
「もちろんだ。いくら誓約があるとはいえ、この国の法で同性婚は認められていないからな。まぁなに、あの家には娘がもう一人いる」
あ、わたしの事ね。
「姉に比べて多少見劣りはするが、まぁそれなりに見目もよく気立も良い娘だよ」
褒められて……るのよね?
「そう。これ以上誓約を違えられては堪ったものではないからな、エリオットには絶対に逃すなと言い聞かせている。嘘でも、心が篭っておらずとも何でもいいから愛を囁いて決して逃すなとな。なぁに、十八になったばかりの末娘だ。倅がちょっと甘い言葉で語り掛ければ簡単だろう。ハハハハッ」
…………………………。
おじ様。思考も言う事もオッサン過ぎです。
って、え……言ったの……?
エリオット様に?
嘘でもいいからわたしに愛を囁けと……?
…………おじさま、グッジョブですわ!
エリオット様がわたしの事をなんとも思ってないのはわかっているもの。
それでも誓約魔法の所為でわたし達は結婚せざるを得ない。
ただ義務的なもの、お姉さまだった頃のお兄さまとは義務ではなくそこにちゃんと恋情があったのだろうけどわたしは違う。
だから義務的な結婚となっても仕方ないなぁと思っていた。
だけど何?
大好きな初恋の人に愛を囁いて貰えるオプション付き?
ちょっ……もう何それ、幸せすぎ、ありがとうございます。
だってやっぱり、どうせ夫婦となるなら嘘でも旦那様には睦言を言って貰えたら幸せだもの。
それに大丈夫。
エリオット様の愛が嘘でもわたしの愛は本物。
エリオット様の分もわたしが愛するから大丈夫よ。
きっとこの結婚は上手くいくはずだわ。
そしてエリオット様をウチのお祖父さまが仕掛けたバカな誓約から解放してあげられる。
わたしが彼を愛して結婚するという方法でエリオット様を救ってみせる。
わたしはその後、転移通話を終えた伯爵に謝罪と父からの手紙を渡してベルナール伯爵家を後にした。
そしてそんな事があった二週間後に、
お兄さまは東方の国へと旅立って行った。
エリオット様をわたしに託して。
それから三日後に、
エリオット様からメッセージカードが届く。
【愛しの我が婚約者どのへ。
次の週末、二人で王立公園へ出掛けよう。キミに会えるのを楽しみしている。
可愛いシャロンへ。 エリオット】
きゃーっ!
エリオット様ったら早速おじ様の言う事を行動に移して!
大丈夫。逃げも隠れもしませんし、
エリオット様からの愛の囁きを受け止める覚悟は出来ております!
(耳掃除しておかなくちゃ)
うふふ……エリオット様と二人でお出掛けなんて初めて♡
た、楽しみすぎる~~!
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今日はちょっと早めの投稿となりました。
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