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魔女の秘薬を……
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魔女の秘薬が完成した(してしまった)その日、また密告の手紙が届いた。
今度のタレコミは写真のみ。
クラムが食堂でプロポーズしていたピンクブロンドの女性騎士に背中から抱きつかれている写真だ。
ピンクブロンドは満面の笑みでクラムを抱きしめ、クラムも慣れた様子の表情でそれを見つめている。
「バ、バックハグなんてしたことないっ……」
と、ジュジュは写真を睨みつけながらまるで血反吐を吐くような声で言った。
クラムを押し倒そうと何度か試みた時、当然体に触れスキンシップを図ることになる。
そんな時クラムは眉間にシワを寄せ、
「無闇に男に触れちゃダメだ」と珍しく長文で注意してきた。
そのクラムの様子を見てジュジュは思った。
クラムにとってジュジュは初めて会った十五歳の頃のままなのかもしれない、と。
いつまでも子供扱い。
だからジュジュではない他の女性に心を移したのだ。
ジュジュはジト目で写真の中のピンクブロンドを見る。
「……なによ。お胸はわたしの方が大きいわ……って、そんな事言ってる場合じゃない!このままじゃ何もしないウチにクラムに捨てられる!!」
待ってるだけではダメだ。
自分から行ってクラムを攻め落とさねば。
ジュジュは出来たばかりの『魔女の秘薬』が入った小瓶を手にする。
澄んだ朱色の禁断の秘薬。
思わずこくんと生唾を飲みこむ。
「………」
迷ってる場合ではない。
人生がかかっているのだ。
ジュジュだけではない、クラムもあのピンクブロンドの人生も。
こんな中途半端な状態を続けていてはダメなのだ。
クラムを失うのは辛いけど、大好きな人の子を授かれるなら後はクラムの幸せのために婚約を解消してあげる。
そうすればクラムは本当に好きな人と人生を歩めるのだ。
「………よし、」
ジュジュはキッチンへと向かった。
クラムの好きなかぼちゃのパウンドケーキを作る。
生地にかぼちゃのペーストとシナモン、それから少量の魔女の秘薬と大量の罪悪感を混ぜ込んで。
それを薪ストーブのオーブンでこんがりふんわりと焼く。
粗熱を取り、シュガーグレーズをかけて固まったら出来あがりだ。
持ち運び用のキャセロールに移し替え、かぼちゃ柄の大判布巾で包んだ。
「……出来た」
身支度も調い、準備万端だ。
ジュジュは家から出て、大きく深呼吸をして森の空気をたくさん吸いこんだ。
「力を貸して……」
そうつぶやき、森の魔力を用いて一瞬で王都まで転移した。
到達点はいつもと同じ王宮へ続く大通りの片隅。
街路樹の小脇に足が接地する。
ジュジュは口許を引き結んで歩き出した。
目指すはクラムが住む寮の一室。
騎士団が独身騎士のために借り上げているアパートだ。
一応教えられていた住所を頼りにそのアパートへと向かう。
向かい風に負けないようにずんずんしっかりとした足取りで歩いて行く。
やがてそのアパートに到着した。
クラムに渡されているシフト表を確認するに今日は夜番明けで昼前には帰宅しているはずだ。
ジュジュはクラムの部屋の前に立つ。
そして少し冷たくなった指先で玄関の呼び鈴を押す……前にジュジュはふと考えた。
クラムが出て来たらなんて言おう?
“ちょっと魔術師協会に用事があって王都まで来たついでに寄ってみたの。かぼちゃのパウンドケーキを焼いたから一緒に食べない?”
うんこれだな、これでいい。
なんて我ながらスマートな理由付け。
ジュジュは改めて呼び鈴に触れ、ひと押しした。
ピンポンと軽快な音がドアの外までも聞こえる。
パタパタと室内を歩く音が聞こえてきた。
それと同士に声が聞こえる。
「はーーい」
───え?
クラムの声ではない高めの声が室内から聞こえ、そしてドアが開いた。
「……え」
「どちらさまぁ?」
そう言ってクラムの部屋から出てきたのは、
あのピンクブロンドの女性騎士であった。
かの者がクラムの部屋にいるのも衝撃だが、それよりも何よりもジュジュを愕然とさせたのはその姿だ。
ピンクブロンドは恐らくクラムの物であろうブカブカのシャツを着ていた。
そしてその細く華奢な生足を惜しげも無く晒している状態だったのだ。
そんなあられもない姿でクラムの部屋にいるという事は……
ジュジュの目の前が真っ暗になった。
そんなジュジュを見てピンクブロンドは訝しげな顔をする。
そして何かに気付いたように明るい声を出した。
「ん?オレンジブラウンの髪に澄んだグリーンアイズ……アナタ、もしかしてっ……」
ピンクブロンドが何か言っているがもはやジュジュの耳には何も届かない。
手にしていたカボチャのパウンドケーキが入ったキャセロールを床に落としてしまう。
ガシャンと派手にキャセロールが割れる音が辺りに響き、その音を聞きつけて室内からクラムが顔を出した。
「おい、どうした?……え?ジュジュっ?」
「っ……!!」
ジュジュの姿を見たクラムが驚いた様子で声を上げる。
それを見た途端、真っ暗だった視界が今度は急に真っ赤になった気がした。
激情、これがまさにその状態なのだろう。
ジュジュは自分でも信じられないくらいの速さでピンクブロンドの隣をすり抜けてクラムの胸ぐらを掴んだ。
そして大声で叫ぶ。
「クラムのバカー!裏切りものーーっ!!」
その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
そしてクラムの胸ぐらを掴んだまま、どこかへと転移した。
───────────────────────
昨夜から新しいお話、
『彼氏が留学先から女付きで帰ってきた件について』
の投稿もはじめております。
そちらもよろしければぜひぜひ♡
今度のタレコミは写真のみ。
クラムが食堂でプロポーズしていたピンクブロンドの女性騎士に背中から抱きつかれている写真だ。
ピンクブロンドは満面の笑みでクラムを抱きしめ、クラムも慣れた様子の表情でそれを見つめている。
「バ、バックハグなんてしたことないっ……」
と、ジュジュは写真を睨みつけながらまるで血反吐を吐くような声で言った。
クラムを押し倒そうと何度か試みた時、当然体に触れスキンシップを図ることになる。
そんな時クラムは眉間にシワを寄せ、
「無闇に男に触れちゃダメだ」と珍しく長文で注意してきた。
そのクラムの様子を見てジュジュは思った。
クラムにとってジュジュは初めて会った十五歳の頃のままなのかもしれない、と。
いつまでも子供扱い。
だからジュジュではない他の女性に心を移したのだ。
ジュジュはジト目で写真の中のピンクブロンドを見る。
「……なによ。お胸はわたしの方が大きいわ……って、そんな事言ってる場合じゃない!このままじゃ何もしないウチにクラムに捨てられる!!」
待ってるだけではダメだ。
自分から行ってクラムを攻め落とさねば。
ジュジュは出来たばかりの『魔女の秘薬』が入った小瓶を手にする。
澄んだ朱色の禁断の秘薬。
思わずこくんと生唾を飲みこむ。
「………」
迷ってる場合ではない。
人生がかかっているのだ。
ジュジュだけではない、クラムもあのピンクブロンドの人生も。
こんな中途半端な状態を続けていてはダメなのだ。
クラムを失うのは辛いけど、大好きな人の子を授かれるなら後はクラムの幸せのために婚約を解消してあげる。
そうすればクラムは本当に好きな人と人生を歩めるのだ。
「………よし、」
ジュジュはキッチンへと向かった。
クラムの好きなかぼちゃのパウンドケーキを作る。
生地にかぼちゃのペーストとシナモン、それから少量の魔女の秘薬と大量の罪悪感を混ぜ込んで。
それを薪ストーブのオーブンでこんがりふんわりと焼く。
粗熱を取り、シュガーグレーズをかけて固まったら出来あがりだ。
持ち運び用のキャセロールに移し替え、かぼちゃ柄の大判布巾で包んだ。
「……出来た」
身支度も調い、準備万端だ。
ジュジュは家から出て、大きく深呼吸をして森の空気をたくさん吸いこんだ。
「力を貸して……」
そうつぶやき、森の魔力を用いて一瞬で王都まで転移した。
到達点はいつもと同じ王宮へ続く大通りの片隅。
街路樹の小脇に足が接地する。
ジュジュは口許を引き結んで歩き出した。
目指すはクラムが住む寮の一室。
騎士団が独身騎士のために借り上げているアパートだ。
一応教えられていた住所を頼りにそのアパートへと向かう。
向かい風に負けないようにずんずんしっかりとした足取りで歩いて行く。
やがてそのアパートに到着した。
クラムに渡されているシフト表を確認するに今日は夜番明けで昼前には帰宅しているはずだ。
ジュジュはクラムの部屋の前に立つ。
そして少し冷たくなった指先で玄関の呼び鈴を押す……前にジュジュはふと考えた。
クラムが出て来たらなんて言おう?
“ちょっと魔術師協会に用事があって王都まで来たついでに寄ってみたの。かぼちゃのパウンドケーキを焼いたから一緒に食べない?”
うんこれだな、これでいい。
なんて我ながらスマートな理由付け。
ジュジュは改めて呼び鈴に触れ、ひと押しした。
ピンポンと軽快な音がドアの外までも聞こえる。
パタパタと室内を歩く音が聞こえてきた。
それと同士に声が聞こえる。
「はーーい」
───え?
クラムの声ではない高めの声が室内から聞こえ、そしてドアが開いた。
「……え」
「どちらさまぁ?」
そう言ってクラムの部屋から出てきたのは、
あのピンクブロンドの女性騎士であった。
かの者がクラムの部屋にいるのも衝撃だが、それよりも何よりもジュジュを愕然とさせたのはその姿だ。
ピンクブロンドは恐らくクラムの物であろうブカブカのシャツを着ていた。
そしてその細く華奢な生足を惜しげも無く晒している状態だったのだ。
そんなあられもない姿でクラムの部屋にいるという事は……
ジュジュの目の前が真っ暗になった。
そんなジュジュを見てピンクブロンドは訝しげな顔をする。
そして何かに気付いたように明るい声を出した。
「ん?オレンジブラウンの髪に澄んだグリーンアイズ……アナタ、もしかしてっ……」
ピンクブロンドが何か言っているがもはやジュジュの耳には何も届かない。
手にしていたカボチャのパウンドケーキが入ったキャセロールを床に落としてしまう。
ガシャンと派手にキャセロールが割れる音が辺りに響き、その音を聞きつけて室内からクラムが顔を出した。
「おい、どうした?……え?ジュジュっ?」
「っ……!!」
ジュジュの姿を見たクラムが驚いた様子で声を上げる。
それを見た途端、真っ暗だった視界が今度は急に真っ赤になった気がした。
激情、これがまさにその状態なのだろう。
ジュジュは自分でも信じられないくらいの速さでピンクブロンドの隣をすり抜けてクラムの胸ぐらを掴んだ。
そして大声で叫ぶ。
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その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
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