魔女は婚約者の心変わりに気づかないフリをする

キムラましゅろう

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無意識に帰宅

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タレコミがあった写真に写っていた店、
『3匹の白猫亭』に入って行く婚約者クラムから遅れること10分。

ようやく決心がついたジュジュが店の扉を開けた。

「た、たのもーーっ」

自分を奮い立たせるために力強く入店したジュジュ。
しかし目の前に飛び込んできた光景にジュジュは一瞬で固まってしまった。

店の中央、常連であろう数名の客が見守る中でクラムがピンクブロンドの女性の前に跪いている。

その手には一輪の花を持ち、やや緊張した面持ちでクラムは一心にピンクブロンドの女性を見つめていた。

そしてピンクブロンドの女性がクラムに言う。

「クラム!さぁ言って?このボクに!ありったけの想いを込めてっ……♡」

「……あ、あ、あ、あっ……愛してるっ!俺と結婚してくださいっ……!」


フッ………


その瞬間、ジュジュの目の前の景色が一変した。

そこは入店したばかりの食堂ではなく、先程身を潜め自分に変身魔法をかけた街路樹の側に立っていたのだった。

どうやら無意識に転移をして逃げ出したらしい。

自分の婚約者であるはずの男が他の女性に求婚している姿を目の当たりにしてしまったのだ、無理もないだろう。

「………」


ジュジュは茫然自失としたままノロノロと来た道を戻るために歩き出す。

それもきっと無意識のうちの行動だろう。
ジュジュは焦点の合わぬ視界で歩き続けていた。

頭の中では先程のクラムの声がこだましている。

愛してるいると、結婚してほしいとクラムはピンクブロンドに言っていた。

「あいしてる………」

ラブ……ラブだ。クラムはピンクブロンドにラブなのだ。

ジュジュのことを好きだと言ってくれたが、所詮はライク。
ラブには敵わない。

でも確かにジュジュにライクと言ってくれた時のクラムは真剣そのものであった。
生真面目でただでさえ口数が少ないクラムが軽はずみな気持ちでそんな事を言うはずがない。

きっとあの時は本気だった。


───だけど……ライクよりももっとラブな人にクラムは出会ったんだわ。


“素敵な出会い”
あのタレコミの通りだったわけだ。

クラムは新たな出会いにより、ライクからラブへと心変わりをしたのだ。


「なんてこったい……」


ジュジュはその後も心ここに在らずで、ただ帰巣本能の赴くままにとぼとぼと歩いて行き、気がつけば古の森の自宅へと帰っていた。


「はっ?い、いつの間にっ……?」

自分でもビックリである。

ジュジュは無意識の内に三度ほどの転移魔法を行い、王都から森へと帰っていたのだ。

しかも手にはしっかりとお土産を携えて。

せっかく王都に来たのだからと、帰る時には絶対に買おうと決めていたカボチャのガトーショコラとパンプキンミルフィーユとカボチャのバゲットを無意識ながらもちゃっかりと買って帰ったようだ。

───我ながら恐ろしい食い意地……


しかし住み慣れた家についた途端、張り詰めていた糸が切れてしまったのだろう。

ジュジュは椅子に腰かけ、そのままテーブルに突っ伏した。
やがてジュジュから小さな嗚咽が漏れ出す。


なんてこったい。

いつの間にか、ジュジュはクラムに心変わりをされ、いつの間にか失恋していたのだ。

本当になんてこったい。


薄暗くなり始めた室内で、ランプに明かりを灯す事もなくジュジュは涙を流し続けた。


そしてそのまま泣き疲れ、眠ってしまったのだろう。

気がつけば次の日の朝になっていた。

ジュジュの家と森の中を行き来して気ままに暮らしている黒猫のネロがテーブルに上がり、そのヤスリのような舌でジュジュの顔を舐める。

「痛い……ネロ、涙の塩っ気を舐めるのはやめて……」

ジュジュはのそりと起き出す……も、テーブルに突っ伏したまま寝たせいで体がバキバキになっていた。

「くっ……か、肩と腰がっ……」

うのていで薬棚の所て行き、作り置きしていた疲労回復薬を服用する。
古の魔女特性の魔法薬だ。
飲んだ瞬間から元気ハツラツになれる。

気持ちの回復までは無理だけど……。


そしてジュジュはそのままキッチンへ行き、ネロの食事の用意をして食べさせてやった。

ネロは特別な黒猫だ。
森の魔力を栄養源とすることが多い。
でも時折こうやってフラリと戻って来てはジュジュが作る食事を食べるのだ。

チキンのスープ煮を美味しそうに食べるネロをぼんやりと見ながらジュジュは考える。

これからどうすればいいのだろうと。

クラムの心変わりを知り、これからジュジュはどうすればいいのか。

ジュジュはそれをまだ覚めきらぬ頭で考えていた。




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次の更新は明日の夜です。
よろしくお願いします。


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