妻と夫と元妻と

キムラましゅろう

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新術の力

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「アシュリ、202号室の片付けと掃除を終わらせといたよ」

軽い足取りで、シグルドが下宿の階段を降りて来ざまにわたしに言った。

急に部屋に戻れなくなったメラニーさんの私物の片付けや室内の掃除を魔術で行うと、シグルドが申し出てくれたのだ。

「ありがとう。さすが魔術でやるとあっという間ね」

「なんならこれからは下宿の掃除も全て俺がちょちょいとやるよ♪」

「あらダメよ。そんな事したらわたしの仕事が無くなっちゃうわ」

「その空いた時間の分、俺とイチャイチャ出来るじゃないか♡」

「そんな怠惰で不道徳な生活は送りたくありません」

わたしが却下すると、シグルドはやや不服そうに唇を尖らせた。

「えー最高に幸せな生活だと思うんだけどなぁ。まぁいいや。汚物メラニーの荷物は全部オーウェンの邸に送っといた。部屋に何か仕掛けられていないかのチェックもしといたよ。それにしてもすんげー汚い部屋だった……やはり汚物の部屋は汚部屋なんだな……」

「汚物って……だけどメラニーさん、薬物依存者だったなんて全く気付かなかったわ……使用量を間違えて廃人になってしまうなんて……」

王宮魔術師の違法魔法麻薬の製造と使用の事件は瞬く間に巷を騒がす大ニュースとして報じられた。

メラニーさんは王宮の新術開発の為に結界の施された部屋で(以前、不貞を疑われた密室)麻薬の多量摂取による意識不明の状態で見つけられたらしい。

今は意識はなんとか戻ったそうだが、麻薬により脳に重篤な損傷が見られ、その為に真面に話す事も物事を理解する事も出来ない、赤ん坊のような状態になってしまっているそうだ。

治癒魔法を用いるも、もはや回復不可能な状態だったとか……

「魔法麻薬って怖いのね……」

「そうだよ。それなのに手を出す馬鹿が偶にいるんだ。まぁオーウェン家はこれで終わりだな。間違いなく取り潰しになるだろう。古くからの使用人達は、魔術師協会で働けるように紹介状を書いて渡しておいたよ」

「ふふ。特級魔術師様のご推薦とあらば、協会で雇って貰えるわね」

「彼らには子どもの時に世話になったからね」

そう言ってシグルドはソファーに座って魔導書を読み始めた。

鼻歌をうたいながら。

メラニーさんが帰らなくなってからというもの、シグルドの機嫌がやたらと良い。

本当に嫌いだったんだなとつくづく思うくらいに……

わたしも妻として、夫が復縁を迫られているなんて嫌だったから、その心配が無くなったのはありがたいけれど……

彼女が少しでも回復する事を、願わずにはいられなかった。


「でもシグルドが魔術師団を辞めてメラニーさんまであんな事になって……王様肝入りのプロジェクトはどうなるの?」

わたしがそう尋ねると、シグルドは肩を竦めた。

「さあ?もともと新術の構想の発案者は師団長なんだ。自分で考えた事なんだから自分でやりゃあいいんだよ」

「新術ってそんなに凄い術になりそうなの?」

「古代魔術と現代魔術の術式を融合させてを再現したいらしいんだ。そんな特殊なものを再現してどうするんだという気持ちもあるけど、いち魔術師としては完成させられるならさせてみたいとは思うな」

「ある力の再現……?術式の構築ではないの?」

「正しく言えば、魔術ではなく個人が偶然持って生まれた能力の再現…になるかな」

「その個人の能力って?」


わたしのその問いに、

シグルドはいつになく真剣な表情で答えた。


「アルステラの失くし子の“相殺魔力”だよ」


「アルステラの失くし子の……能力……」


指先から冷たくなってゆく感覚を、

わたしは感じていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



作中、敢えては触れておりませんが……

皆さんもうお分かりの事と存じます。

メラニーに魔法麻薬を過剰に摂取させたのが誰であるのか……


アシュリが一生知る事のない、

シグルドの闇の部分です。


彼は、アシュリの為ならばなんでもするでしょう……













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