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面倒くさい夫
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「アシュリ、伝えておかなくてはならない事があるんだ」
仕事から帰ってくるなり、夫シグルド=スタングレイがそう告げてきた。
「なぁに?」
夕食に使う食器を出す手を止めて、わたしはシグルドの方を向いた。
何かを話し出そうと口を開いたと同時にわたしの左手を見たシグルドの目が見開かれた。
「これっ、どうしたの?怪我したのっ?」
わたしの左手を掬い上げ、手の平に巻いている包帯を繁々と見遣ってくる。
「あぁ、202号室に新しい店子が入ってくるのよ。それでその部屋の掃除をしていたんだけど、壁の釘が少し迫り出していたのに気付かず雑巾掛けをしてしまったの」
「それで切ったのっ?傷の深さはっ?」
「大丈夫よ。運良く出掛ける前だったジャンさんに治癒魔法を掛けて貰ったからほとんどすぐに傷は塞がったし」
「て事はジャン氏に手を触れられた?」
「治療だからね」
わたしがそう言うとシグルドはわたしの手を大事そうに胸元に引き寄せた。
「俺も触るっ」
「何言ってんの?治療の為に触れただけでしょ」
「くそぅ……俺、医療魔術師になれば良かった。いや、今からでも遅くないな、治癒魔法資格を取るか」
「またまた何言ってんの?そんな暇ないでしょ」
「アシュリぃぃ……」
うわっ、シグルドが面倒くさいコースに突入しそうだ。
わたしは慌てて話を逸らすというか本題に戻らせた。
「それで?伝えておかなくてはならない事って何?」
「あ、ああ…そうだね……話の途中だった。実はね、アシュリ……今取り組んでる新術開発の編成チームのメンバーの中に……」
何か言い辛そうに言い淀むシグルドに、わたしは続きを促した。
「中に?」
「……中に……その……別れた元妻が居るんだ」
「あらそうなの?」
「あらそうなのって……アレ?そんな軽い感じっ?」
わたしが泣いたり怒ったりすると思ったのだろうか、シグルドが素っ頓狂な声を上げた。
「だって別れた奥さんも王宮魔術師なんでしょう?同じ職種なら離婚した後もそういう事もあるでしょうよ」
「いやそうなんだけとさ……」
「何?何か疾しい事でもあるの?それとも再会して焼け木杭に火が付きそうな予感なの?」
わたしのその言葉を聞き、シグルドは首が捥げそうな勢いで横に振った。
「まさかっ!!」
「じゃあ問題ないんじゃないの?」
「そう……なんだけどさ……」
「何?」
何か引っ掛かる様子で煮え切らない態度の夫にわたしは尋ねた。
するとシグルドは徐にわたしを抱き寄せて泣きついた。
「なんか全然平気にされるのが辛いっ!元妻とモトサヤを疑われて嫌われて捨てられるのは絶っっ対にイヤだけどっ、少しは妬いて欲しいぃぃっ……!」
うわっどっちにしても面倒くさいコースに突入した。
こうなったらシグルドは満足するまでわたしから離れない。
最悪寝室に連れ込まれる。
まだ夕食も済んでないし、帳簿も付けてないのでそれは勘弁願いたい。
わたしはシグルドを宥めるように言った。
「妬く必要がないと、貴方を信用しているからこそ平然としていられるのよ?」
もう、恥ずかしい事を言わせないで欲しい。
でもそこでわたしはある事に気付いた。
タイミングよく店子希望で現れた王宮魔術師の女性……
まさか、ね……
「ねぇシグルド。その別れた元奥さんって、地方から王都に派遣されて来たのよね?任務中は王宮の寮かホテル暮らしでもするの?」
「さぁ?知らない、知りたくもない。興味がないから訊いてもいない」
「……シグルド、元奥さんの名前ってもしかしてメラニー=オーウェンさんっていう?」
「っ!?なんで知ってるのっ?」
「………新しく202号に入る店子って、その人なの……」
「断って」シグルドは即返だった。
「無理よ、もう契約を交わしたもの。魔術師団の紹介状付きだったし、賃貸契約はメラニー=オーウェンさん個人ではなく魔術師団と交わしたものだし。一度契約を交わしたのをこちらの都合で不履行にしたら信頼を失うわ」
恩人に託されたこの下宿の評判を地に貶める事は出来ない。
それに夫の元妻だというだけで、何か問題があったわけではないのだ。
シグルドは忌々しそうに言った。
「くそぅ、絶対分かっててここに決めたんだ。俺を揶揄ったり嫌がらせをする為にこの下宿を選んだんだっ。魔術師団の紹介?やっぱり師団長ごと部屋を吹き飛ばしてやれば良かった!」
な、なんて物騒な……
そんな事をしてシグルドが魔術師資格を剥脱されるのはイヤだし、尚且つ犯罪者になって欲しくはない。
だからそれは絶対にしてはいけないと、延々と諭さなければならなくなった。
はぁ……面倒くさい。
元奥さんの入居後は更に面倒くさい事になりそうだと、わたしはこっそりため息を吐いたのだった。
仕事から帰ってくるなり、夫シグルド=スタングレイがそう告げてきた。
「なぁに?」
夕食に使う食器を出す手を止めて、わたしはシグルドの方を向いた。
何かを話し出そうと口を開いたと同時にわたしの左手を見たシグルドの目が見開かれた。
「これっ、どうしたの?怪我したのっ?」
わたしの左手を掬い上げ、手の平に巻いている包帯を繁々と見遣ってくる。
「あぁ、202号室に新しい店子が入ってくるのよ。それでその部屋の掃除をしていたんだけど、壁の釘が少し迫り出していたのに気付かず雑巾掛けをしてしまったの」
「それで切ったのっ?傷の深さはっ?」
「大丈夫よ。運良く出掛ける前だったジャンさんに治癒魔法を掛けて貰ったからほとんどすぐに傷は塞がったし」
「て事はジャン氏に手を触れられた?」
「治療だからね」
わたしがそう言うとシグルドはわたしの手を大事そうに胸元に引き寄せた。
「俺も触るっ」
「何言ってんの?治療の為に触れただけでしょ」
「くそぅ……俺、医療魔術師になれば良かった。いや、今からでも遅くないな、治癒魔法資格を取るか」
「またまた何言ってんの?そんな暇ないでしょ」
「アシュリぃぃ……」
うわっ、シグルドが面倒くさいコースに突入しそうだ。
わたしは慌てて話を逸らすというか本題に戻らせた。
「それで?伝えておかなくてはならない事って何?」
「あ、ああ…そうだね……話の途中だった。実はね、アシュリ……今取り組んでる新術開発の編成チームのメンバーの中に……」
何か言い辛そうに言い淀むシグルドに、わたしは続きを促した。
「中に?」
「……中に……その……別れた元妻が居るんだ」
「あらそうなの?」
「あらそうなのって……アレ?そんな軽い感じっ?」
わたしが泣いたり怒ったりすると思ったのだろうか、シグルドが素っ頓狂な声を上げた。
「だって別れた奥さんも王宮魔術師なんでしょう?同じ職種なら離婚した後もそういう事もあるでしょうよ」
「いやそうなんだけとさ……」
「何?何か疾しい事でもあるの?それとも再会して焼け木杭に火が付きそうな予感なの?」
わたしのその言葉を聞き、シグルドは首が捥げそうな勢いで横に振った。
「まさかっ!!」
「じゃあ問題ないんじゃないの?」
「そう……なんだけどさ……」
「何?」
何か引っ掛かる様子で煮え切らない態度の夫にわたしは尋ねた。
するとシグルドは徐にわたしを抱き寄せて泣きついた。
「なんか全然平気にされるのが辛いっ!元妻とモトサヤを疑われて嫌われて捨てられるのは絶っっ対にイヤだけどっ、少しは妬いて欲しいぃぃっ……!」
うわっどっちにしても面倒くさいコースに突入した。
こうなったらシグルドは満足するまでわたしから離れない。
最悪寝室に連れ込まれる。
まだ夕食も済んでないし、帳簿も付けてないのでそれは勘弁願いたい。
わたしはシグルドを宥めるように言った。
「妬く必要がないと、貴方を信用しているからこそ平然としていられるのよ?」
もう、恥ずかしい事を言わせないで欲しい。
でもそこでわたしはある事に気付いた。
タイミングよく店子希望で現れた王宮魔術師の女性……
まさか、ね……
「ねぇシグルド。その別れた元奥さんって、地方から王都に派遣されて来たのよね?任務中は王宮の寮かホテル暮らしでもするの?」
「さぁ?知らない、知りたくもない。興味がないから訊いてもいない」
「……シグルド、元奥さんの名前ってもしかしてメラニー=オーウェンさんっていう?」
「っ!?なんで知ってるのっ?」
「………新しく202号に入る店子って、その人なの……」
「断って」シグルドは即返だった。
「無理よ、もう契約を交わしたもの。魔術師団の紹介状付きだったし、賃貸契約はメラニー=オーウェンさん個人ではなく魔術師団と交わしたものだし。一度契約を交わしたのをこちらの都合で不履行にしたら信頼を失うわ」
恩人に託されたこの下宿の評判を地に貶める事は出来ない。
それに夫の元妻だというだけで、何か問題があったわけではないのだ。
シグルドは忌々しそうに言った。
「くそぅ、絶対分かっててここに決めたんだ。俺を揶揄ったり嫌がらせをする為にこの下宿を選んだんだっ。魔術師団の紹介?やっぱり師団長ごと部屋を吹き飛ばしてやれば良かった!」
な、なんて物騒な……
そんな事をしてシグルドが魔術師資格を剥脱されるのはイヤだし、尚且つ犯罪者になって欲しくはない。
だからそれは絶対にしてはいけないと、延々と諭さなければならなくなった。
はぁ……面倒くさい。
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