妻と夫と元妻と

キムラましゅろう

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新しい店子

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先日告げられていた通りシグルドは仕事が忙しくなり、帰宅が遅くなったり王宮に泊まり込みになる日が増えた。

体力オバケのシグルドだけど流石に疲労の色が滲んでいる。

朝は回復ポーションを片手に、そしてもう片方の腕にわたしを抱きながら出勤前のひと時を過ごすのが彼の日課になりつつあった。

「……ねぇ、ポーションとわたし、この組み合わせおかしくない?」

「おかしなもんか。どちらも忙殺される俺の回復には必要なものなんだよ」

「ふーん……」

こちとら主婦としても下宿の大家としても朝はとっても忙しいんだけどね。

まぁこれでシグルドの疲れが癒せるならいいけどね。

……うなじをすーはーして人の匂いを嗅ぐのは止めて欲しいけどね。

そうやってシグルドは今日も王宮の魔術師団へと出仕して行った。




お昼過ぎに、魔術師団の紹介状を携えた入居希望者が下宿を訪れた。

紹介状と身分証を照らし合わせて確認するところによると年齢はわたしの二つ歳上の二十一歳、シグルドと同じ歳だ。

地方都市ノースノウズの魔術師団から任務のために王都へ派遣されて来たらしい。

任務の進捗状況によって派遣期間が年単位になる恐れがあるとの事で、きちんとした下宿に住みたいと希望されたそうだ。

名前はメラニー=オーウェン。
もちろん魔術師だ。
そして身なりからするとこの人も確実に魔術以外に頓着しない類の人間のようだ。

髪は無造作に一つに束ねられているだけ。
魔術師のローブの下に来ている服は……もしかしてネグリジェなのではないだろうか……。

化粧っ気は全く無く、眉毛も整えられていない。

それでも愛らしい印象のある、ナチュラルな美人だ。

そのメラニーさんが大家であるわたしに質問してきた。

「ここは魔術師専門の下宿で、部屋には結界魔法が施されていて魔術研究がし放題だと聞いたんだけどホント?」

「ええ本当です。先々代のオーナーが魔術師で、魔術師の為に自ら設計して建てた下宿だと聞いています」

「希望すれば食事も出るって?」

「光熱費プラスで食費は頂きますが希望されるなら三食用意出来ますよ。お弁当も可です」

「……得意料理は?」

「とくには。家庭料理全般、なんでも作りますよ」

「決定。ここに住むわ♪」

決定なの?
大家のわたしはまだ何も決めてないんだけど?

まぁ魔術師団が保証する身元もしっかりした人だし。
何より確実にシグルドの同僚だろうから無下には出来ない。

幾つか細かい事項を確認して、契約を交わした。

書類を用意してサイン等をしているわたしをメラニーさんはじっと見つめてくる。

それもなんだかこちらが居た堪れなくなるくらい。

「……なんですか?わたしに何か付いてます?」

そう尋ねるとメラニーさんは、「いいえ?」と言いながらも尚もわたしを見つめてくる。
まるで観察でもするように。

普通はこんなに不躾に人を見てくるなんて非常識な行いだけど、相手はなんせ魔術師だ。
この人たちの行動に常識を当て嵌めてはいけないとは、今までの人生の中でも大家としても経験しているので気にしないようにした。

するとメラニーさんがポツリと呟いた。

「……ふぅん。アイツ、結構面食いだったんだ」

「え?」

彼女の言葉がしっかりと聞き取れず、わたしは聞き返す。

するとメラニーさんは「何も?」とだけ答えて、明日にはここに越して来ると告げて帰って行った。


彼女の意味ありげな視線が妙に気になった。

だけどその時のわたしにはそれが何故なのか理解出来ず……

後になって少しだけ後悔する羽目になるのだった。



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