上 下
10 / 27

アンリエッタとエゼキエル、十六歳 デビュタントの夜②

しおりを挟む
国王エゼキエルの宣言により、オリオル王国の社交シーズン幕開けを告げる最初の夜会が始まった。

十四歳の頃より、エゼキエルは国王として最初の宣言だけは行ってきており、夜会の参加者達もとうとう正式に出席となる国王を感慨深そうに見つめていた。

アンリエッタもデビュタントと同時に国王の妃として初めての公の場に姿を現したとなり、注目度はかなりのものであった。

侍女たちの努力の甲斐あり、人々の反応はなかなかのものだ。

去年のフィン侯爵家での一件もあり、なるほど十六にしてこれほど美しい妃であれば国王が大切にするわけである…と口々に囁かれていた。

夜会が始まると同時に、まずは国王夫妻のファーストダンスとなる。

エゼキエルの父である前国王が亡くなって以来数年ぶりの君主夫妻のダンスだ。

アンリエッタは正妃ではないが、今はアンリエッタしか妃がいないので当然エゼキエルと踊るのはアンリエッタという事になる。

公の場で、しかも大勢の人が見る中でのダンスは緊張するが、幾度となく練習の為に二人で踊ってきたのだ。

エゼキエルの完璧なサポートもあり、アンリエッタは失敗する事なく無事に踊り切る事が出来た。

それが終わればダンスフロアはその他のデビュタントを迎える令嬢や令息たちで華々しく彩られる。

アンリエッタももう少し踊りたいという気持ちもあるが、国王の妃としてエゼキエルと共に諸侯達からの挨拶を受けねばならなかった。

赤い絨毯が敷き詰められた夜会会場の一画がその場となる。

まずは前国王の弟であり、エゼキエルの叔父にあたるアバディ公爵クラウスが二人の前に進み出た。

我が国の筆頭公爵家の当主であり、幼いエゼキエルの代わりに王位に就くべきだという声も多かった人物である。

宰相であるモリス侯爵がへっぽこであれば、確実に王位を簒奪されていた……もしくは摂政と称して幼いエゼキエルが傀儡にされていたはずだと、侍従長がこっそり内情を教えてくれた。

アンリエッタはその元王弟クラウスを見つめた。

なるほど。三十代後半とまだ若々しく、臣籍に降りたといえど元王族として他者とは違う存在感を放っている。

アンリエッタは初顔合わせとなるが、
エゼキエルは叔父と甥としても何度も面識があるのでこの時も自然な感じで挨拶を受けていた。

「オリオルの輝く若き太陽にご挨拶を申し上げます。
いやはや本当にご立派になられた。こうして見ると亡き兄上によく似てこられた。きっと兄上も喜んでおられるに違いないですな」

「ありがとうございます叔父上。叔父上も息災そうで何よりです」

エゼキエルはこの叔父に対して特に思うところはないのか、淡々とした口調で挨拶を返している。

これも侍従長がこっそり言っていたのだが、以前は隙あらば幼い王を意のままにしようと画策していた公爵だが、宰相のモリスに悉くそれを邪魔立てされ、エゼキエルも年齢以上に聡明に成長したと認識してからはすっかり大人しくなったのだとか。

侍従長は今度は別の事を企んで…コホン、お考えになっているのではないかとも言っていたが……。

そのクラウスが、次にアンリエッタに挨拶の為に視線を向けてきた。

「アンリエッタ様にはお初にお目にかかりますな。クラウス=オ=アバディにございます。このような美しい花が王宮に咲いていたとは……幾つになっても新たな発見が有るものですな」

ーー美しい花だんて。この方、良い方だわ!

すっかり気を良くしたアンリエッタはとびっきりの笑顔で挨拶を返した。

「はじめましてアバディ公爵。アンリエッタにこざいます」

「妃殿下は微笑まれるとなお愛くるしいお方でございますな。陛下が大切にしておられるという噂、なるほど噂ではなく真実だと理解いたしました」

「はい。陛下には嫁いだ折よりとてもお優しくして頂いておりますわ」

「それは重畳。時に陛下、我が娘シルヴィーも今年で十三になりましてな」

ふいに娘の話になりエゼキエルが端的に返した。

「……そうですか」

「陛下が御即位された時はまだ7つの幼児おさなごでございましたが、いやはや光陰矢のごとし、子が成長するのは早いものでございますなぁ」

「そうですね」

エゼキエルはこれにも端的に返した。

「娘が従兄でもあらせられる陛下に一度お会いしてみたいと言っておりましてな、もしよろしければ今度会ってやって頂けませんでしょうか?」

「そうですね、機会があれば。では叔父上、後が支えておりますのでこれにて。今宵は是非良い夜をお過ごし下さい」

まだ話の途中でもあるようだがエゼキエルはそれを打ち切るようにクラウスに告げた。

後に挨拶の各諸侯が控えているのも確かであり、
クラウスはそれ以上何も言わずに礼を執った。

「……ではこれにて御前を失礼仕ります」

そしてそのまま踵を返し、この場を立ち去った。

アンリエッタはちらと隣にいるエゼキエルを盗み見る。


ーー今のは……アレよね?
アバディ公爵は、ウチの娘が陛下に釣り合うお年頃になりましたわよ、と言っていたのよね?
エルの正妃に迎えて欲しいという事なのかしら?

実のところ、エゼキエルの正妃候補者はどうなっているのだろう。

心の中に例のモヤモヤが来襲しそうになったその時、
次の挨拶にモリス侯爵とアンリエッタと同じように今宵デビュタントを迎えた娘のユリアナが前に進み出て来た。

そしてモリス侯爵が小さな声でエゼキエルに言う。

「やれやれ……この頃ようやく静かになったと思っていたら、公爵の次の狙いはコレでしたか……ホントにあの御仁は目の上のタンコブですな」

エゼキエルはその言葉にふっ、と笑って答えた。

「公爵が何を言い、何を思おうと関係ない」

それを聞き、宰相モリスは小さくため息を吐いてから言った。

「初志貫徹ですか?容易な事ではないと何回も申し上げておりますが、何度申し上げてもお気持ちが変わらないのも存じておりますし、貴方様がそれを望まれるお気持ちも理解出来ます。だから是非とも有言実行でお願い申し上げますよ」

「無論のこと」

「……?」


エゼキエルと宰相の会話の意図がさっぱり分からず、黙って聞いているしかないアンリエッタにユリアナが辛抱堪らずといった感じで声を掛けて来た。

「アンリエッタ様っ!!本当に素敵なドレスで良くお似合いですわっ!!エゼキエル陛下のセンスを褒める形になるのは悔しいですけれど、アンリエッタ様の美しさの前には瑣末な事ですわっ!!そのドレスを着こなせるアンリエッタ様が本当に素晴らしいという事ですわねっ!ああ……そのお姿を絵にして、我が家の居間にデカデカと飾りたいですわーーっ!!」

「うふふ。恥ずかしくて居た堪れませんので是非ご遠慮願いたいですわ。私なんかよりユリアナ様の方がよっぽどお美しいですわよ。とっても素敵です、ユリアナ様!」

「ありがとうございます!でも絶っっ対、アンリエッタ様の方が素敵に決まってますわよっ!」

興奮しきっている娘の肩を抱き、モリス侯爵は言った。

「落ち着きなさいユリアナ。全くキミはアンリエッタ様の事となると冷静さを欠くのだから。両陛下、これ以上娘が醜態を晒すのはまずいですのでこれにて御前を失礼いたします。ほらユリ、行きますよ」

そう言ってぐいぐいと娘を引っ張ってその場を去って行く。

「あーんアンリエッタ様ぁぁ!!」

連れ去られるユリアナが未練たらしくアンリエッタに手を伸ばしてその名を呼んだ。

「また後でお話しましょうねユリアナ様~」

アンリエッタはひらひらと手を振って見送った。

そしてエゼキエルと顔を合わせて笑い合う。

その時、次の高位貴族が前に進み出た。


アンリエッタはその姿を見て思わず声を漏らす。


「お父様……それと……」


「エゼキエル陛下、妃殿下、アイザック=ベルファストがご挨拶を申し上げます」


アンリエッタの実父であるベルファスト辺境伯アイザックと、
昨日おそらく再嫁する相手だろうと紹介されたタイラー=ベルファストがアンリエッタとエゼキエルの前で臣下の礼を執った。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?

なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」 顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される 大きな傷跡は残るだろう キズモノのとなった私はもう要らないようだ そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった このキズの謎を知ったとき アルベルト王子は永遠に後悔する事となる 永遠の後悔と 永遠の愛が生まれた日の物語

恋人に捨てられた私のそれから

能登原あめ
恋愛
* R15、シリアスです。センシティブな内容を含みますのでタグにご注意下さい。  伯爵令嬢のカトリオーナは、恋人ジョン・ジョーに子どもを授かったことを伝えた。  婚約はしていなかったけど、もうすぐ女学校も卒業。  恋人は年上で貿易会社の社長をしていて、このまま結婚するものだと思っていたから。 「俺の子のはずはない」  恋人はとても冷たい眼差しを向けてくる。 「ジョン・ジョー、信じて。あなたの子なの」  だけどカトリオーナは捨てられた――。 * およそ8話程度 * Canva様で作成した表紙を使用しております。 * コメント欄のネタバレ配慮してませんので、お気をつけください。 * 別名義で投稿したお話の加筆修正版です。

侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。

二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。 そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。 ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。 そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……? ※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください

君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。

みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。 マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。 そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。 ※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

殿下の婚約者は、記憶喪失です。

有沢真尋
恋愛
 王太子の婚約者である公爵令嬢アメリアは、いつも微笑みの影に疲労を蓄えているように見えた。  王太子リチャードは、アメリアがその献身を止めたら烈火の如く怒り狂うのは想像に難くない。自分の行動にアメリアが口を出すのも絶対に許さない。たとえば結婚前に派手な女遊びはやめて欲しい、という願いでさえも。  たとえ王太子妃になれるとしても、幸せとは無縁そうに見えたアメリア。  彼女は高熱にうなされた後、すべてを忘れてしまっていた。 ※ざまあ要素はありません。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

処理中です...