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特別番外編 僕のアメリ

完璧な淑女

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のっけから不穏な空気を孕みながら始まったお茶会。

表面上は何事もなく穏やかな時が流れてゆく。

しかし水面化ではヴァンサン侯爵夫人アリアと娘のダリアがアメリに対して敵意剥き出しで話題を振って来ていた。

アリアが申し訳なさそうな顔をしながらアメリに尋ねる。

「アメリ……様と仰いましたかしら、失礼ですけれどお生まれは辺境地とお聞きしましたがどちらのご領地なのかしら?ごめんなさい、中央王都の社交界では全くお見かけしませんものですから……」

訳]どこのド田舎から来たかは知らんがデカい顔しくさりおって。
分相応にそのままド田舎に引っ込んどけや。

それに対して答えたのはジュリであった。
いや、答えたのではなく逆に尋ね返したのだが。

「どちらの辺境地だとお思いになる?」

まさか王妃から返されると思っていなかったようだが、そこはジュリと同じく海千山千の侯爵夫人、ペースを崩す事なく答えた。

「さぁ……わたくし、王都からあまり出た事がございませんからよく存じませんの。風光明媚な保養地なら多少は土地勘もございますが……は皆目検討もつきませんわ」

訳]こっちは生まれも育ちも都会っ子やっちゅーねん。どや?羨ましいやろ?有名な別荘地以外、ド田舎なんかに行く必要もなければ知る必要も無いっちゅーねん。

それに便乗して娘のダリアが話を継いだ。

「そうですわよね。辺境地の方ともお話しする機会もなかなかありませんし、未開の地でご苦労されているお話しなどお聞かせ願いたいですわ」

訳]お前らみたいな田舎もんと仲良くするわけないやろ。どうせ肥やし臭い畑と動物しかおらんのやろ?どんな生活しとんのか言えるもんなら言うてみぃや。

「あら、ダリア嬢はアメリの故郷に興味がおあり?」

第一王女クラリスがダリアに尋ねると、ダリアはハンカチで口元を押さえて答えた。

「どんな土地なのか想像もつきませんから……
大変興味深くはありますわ」

訳]ド田舎の田舎女が何を言いよるか興味はあるわなぁ。

それに対し、
ジュリは満面の笑みを浮かべて言った。

「僻地……確かにランバード領内は国境に面した辺境地だものね」

その言葉にアリアはピクリと反応した。

「……もしかしてアメリ様はランバード領内のお方なのかしら?お父上は騎士団関係の方?」

アリアがアメリの方へ顔を向けて言ったので、これは自分で答えねばならないとアメリは思った。

「はい。父は第二騎士団(国境騎士団の正式名称)で副団長を務めさせて頂いております」

「まぁ、失礼ですがお父上の爵位は?」

アメリは真っ直ぐに顔を上げて答える。

「父は一代限りの騎士爵を陛下より賜っております」

それを聞き、アリアの顔が途端に綻ぶ。

「まぁ!そうでしたのね!そう、お父上は国境を守っておられる方なのね」

この瞬間にアメリの値踏みが終わったようだ。

たかが騎士団副団長の娘。
王妃と故郷が同じという理由で可愛がられているだけの間柄。そんな娘が王家に嫁げるわけがない、よって取るに足りない相手だと。

そして娘のダリアも同じ考えに至ったらしく途端に機嫌が良くなった。

そう思ったのならば、そのまま相手にしなければよいものを、アリアは身分の低い者が自分よりも後に席に着いた事が余程腹に据えかねたらしく、ジュリにある提案をしてきた。

「そうですわ王妃様。以前王妃様に喜んで頂いた、東方の吟遊詩人を今日も連れて参りましたの。アメリ様ともお近づきの印に是非、かの者の吟詠をご披露させて頂きたいですわ」

その提案にジュリは内心、
「何がお近づきの印によ」と毒吐きながらも了承した。

アリアの魂胆をジュリは瞬時に見抜いたものの、
丁度良いかもしれないと思ったのだ。

ジュリはアリアの申し出を快諾した。

東方の国より来たという者の吟詠はもちろん東方の国の言葉で吟じられる。

高度な学問や詩吟を教養として嗜む高位貴族の家の者であるならばそのうたわれる内容は理解出来る。

しかし、例え貴族といえど、殆どの者が東方の国の言葉を学ぶ機会などないのだ。


アリアが連れてきた吟遊詩人は東方特有の弦楽器を奏でながら、美しい声色で大昔のとある国の英雄の悲恋のうたを吟詠した。

その間ヴァンサン母娘がチラチラと面白そうにアメリを見ていた。

見事な吟詠に皆が拍手を贈り、その者が退室した後にアリアがジュリに言った。

「如何でしたか王妃様。王妃様も姫様方も東方の言葉を理解されておられますので、楽しんで頂けた事と存じます」

訳]言葉がわかる奴やったら芝居を聞いてるようで楽しかったやろ?

それに調子を合わせるように娘のダリアが扇子で口元を押さえながら母に告げる。

「お母様、でもそれではアメリ様には退屈な時間だったのではないでしょうか?内容が理解できないと、楽しさが半減されたかもしれませんわ。アメリ様のようなお家ご令嬢への配慮が足らず申し訳ない事を致しました……」

訳]たかがド田舎の騎士の娘には何言ってんのか理解出来んと、つまらんかったんやろ?えらいすまんな~。


「ちょっとダリア嬢、」

カチンときたクラリスが言い返そうとした時、ジュリが言葉を発した。

「まぁ、後になって配慮が足らなかった事に気付くとは随分お粗末な事ね。でもご心配なく。アメリはきちんと内容を理解して楽しんだ筈だから。そうよね?アメリ」

その発言を聞き、皆が一斉にアメリを見る。

アメリはなんとか笑顔を貼り付けて、答えた。

「はい。300年前の東方の英雄の恋歌でございましたね。もっとも、切なく悲しい悲恋の唄でございましたが。大変興味深く拝聴致しました」

アメリがきちんと内容を理解していたのに戸惑いを隠せない様子でダリアがアメリに言った。

「え……そ、そう、ですの……アラ、アメリ様は東方の言葉をご存知でしたのね……」

この2人に引導を渡すなら今ここでだな、とジュリは思った。

ジュリは2人の名を呼ぶ。

「ヴァンサン侯爵夫人、そしてダリア嬢」

「はい王妃様」

ヴァンサン母娘がジュリに向き直る。

ジュリはとっておきの笑顔で2人に向かって告げた。

「ここにいるアメリはね。身分は確かに騎士の娘というものだけれども、その騎士である彼女の父親は侯爵家の息子で、生母は降嫁したモルトダーンの元王女よ。そしてアメリの淑女教育は、その王女であったおばあ様に全て叩き込まれたもの。どんな高位令嬢であっても受けられない王族の教育を彼女は幼い頃より受けている。従ってアメリがどこの王家に嫁いでも遜色ない完璧な淑女である事を、きちんと踏まえた上で接した方がいいわ」

「「……!」」

たかが騎士の娘と侮った者が他国の王家と侯爵家の血を引く者だと知り、2人の顔色が変わった。

「ちなみに、もう一つ付け加えると、アメリのお母さまは高魔力保持者でアメリ自身もかなり高い魔力を持っているわ。失われつつあるエンシェントブラッドを色濃く受け継ぐアメリは、どこの王家も手が出るほど欲しいでしょうねぇ」

ジュリからのトドメの言葉に、ヴァンサン母娘は歯軋りをした。

アメリは内心驚いて話を聞いていた。

王妃であるジュリが、幼い頃から可愛がってくれているのはわかっていたが、こんなにもアメリを価値あるものとして高く評してくれているとは思ってもみなかったのだ。

先ほど貰ったタバサの言葉が、アメリの脳裏を過ぎった。

アメリは一つ小さく深呼吸をして、居住まいを正した。


その時、
背後にふわりと嗅ぎ慣れたトワレの香りと共に、聞き慣れた声が聞こえる。

「ご歓談中に失礼。なにやら楽しそうな会話が聞こえましたが、アメリがどうかしましたか?」

「ルイス様……」

椅子の背に手をかけられ、至近距離で背後に立った王太子ルイスをアメリは仰ぎ見た。

目が合い、ルイスが甘く、そして優しく微笑む。

「……!」それを見たヴァンサン母娘が息を呑んだのがわかった。

「ルイス、貴方を呼んだ覚えはないわよ」

母であるジュリの言葉にルイスは肩を竦めて見せた。

「お茶会に参加しようとは思ってませんよ。ただ、そろそろお開きだろうとアメリを迎えに来たのです」

兄に向かって末の妹のミシェルが言った。

「そう言ってお兄さまはまたアメリちゃんを独占するんだわ!ずるいお兄さまばっかり!」

「ごめんねミシェル、可愛い妹の頼みでもアメリだけは譲れないなぁ」

人目を憚らずいけしゃあしゃあと言うルイスに、ジュリは大袈裟にため息を吐いてやった。

「……もういいわ。アメリも疲れたと思うから部屋まで連れて帰ってあげて」

退室の許可を与えると、ルイスは満面の笑みでアメリの手を掬い取った。

「ありがとうございます。ではアメリ、部屋までエスコートするよ」

そう言いながらアメリを椅子から立ち上がらせる。

アメリは皆に向かってカーテシーをして挨拶をした。

「それではお言葉に甘えさせて頂きましてこれで失礼致します。ヴァンサン侯爵夫人、そしてご令嬢、本日は貴重な体験をさせて頂き誠にありがとうございました」

クラリスがアメリに告げる。

「アメリ、明日またゆっくりお茶しましょう」

「ええ、是非」

そう言ってルイスのエスコートでアメリは部屋を出て行った。

意中の王太子が突然現れ、独占欲剥き出しでアメリを連れ去って行く姿を、ヴァンサン母娘はハンカチを歯噛みしながら見送るしかなかった。

ジュリがもう一つ、小さくため息を吐いてこの場を結んだ。

「ご覧になって理解したと思うけれど、ルイスは昔から彼女にぞっこんで……アメリ以外は妃に迎えないと言っているのよ。情熱的よねぇ~」

訳]期待するだけ無駄だからもう諦めてさっさと帰れ。

「それでは。今日は楽しかったわありがとう」

と言って、王女達を連れて退室して行った。

扉を閉めた途端に、「キーーッ」という
ダリアのヒステリックな声が聞こえたような気がしたが、ジュリは気にせずそのまま歩いて行った。






















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