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第四章
イグリードのおもてなし
しおりを挟む「だからあれほど言っただろうっ……バルク、お前はこれから一体どうするんだ……!」
どうするったって……
しょうがないじゃないか、
精霊達勝手に僕を朽ちない体にして。
僕にずっと一緒にいて欲しいらしいよ。
まぁ、僕はべつにいいけどね、何でも。
……師匠?
どうして泣いてるんですか?
どうせ師匠は僕より先に死ぬんだし、
僕が一人になるとか気にしなくてもいいんですよ。
あぁ、見た目もね、これからは変わらないそうです。
ずっと、これから先何百年もこの姿らしいですよ。
僕は元々一人だったし、
何も変わりませんよ、何も……
……と、300年くらいまではそう考えていたんだけどなぁ……。
大賢者にして予言者、
バルク=イグリードは齢500歳。
精霊に愛され
朽ちない体を授けられたイグリードは
もう疲れ果てていた。
眠ることも死ぬことも許されないこの身で、世の中を眺め続ける事に。
いくらもう見たくないと目を逸らしても、
勝手に脳内に流れてくるのだ。
諍い合う姿や憎しみ合う姿。
愛し合う姿や慈しみ合う姿。
争う醜い姿はまだマシだ。
人間なんてくだらない……と蔑みながら眺めておけはいいのだから。
でも愛し合い、想い合う姿を見るのは辛かった。
自分は一人ぼっちなのだと
どうしようもなく現実を突きつけられる。
もう見たくない。
何も見たくない。
もう生きていたくない。
出来ればもう終わらせたかった。
……終わらせようか、もう。
いやダメだ。それはダメだ。
いやもういいでしょ、どうでも。
この命を起爆剤にして
この世界を吹き飛ばしちゃったら、
もし最悪死ねなかったとしても
もう嫌なものを見なくてすむ。
それって凄く良くない?
いいもんか絶対ダメだろ。
誰か止めてくれ。
とんでもない事をしようとしている僕を。
自分で自分を止められない僕を。
「いやぁ~とうとう来たね☆待ってたんだよ~」
ケーキやクッキー、トライフルやスコーンなど様々な彩どりのお菓子が並べられた丸い大きなテーブルでお茶を淹れながら、イグリードはそう言った。
まさかの歓待。
いや追い返されたりするとは思ってなかったが、
これ程までにもてなされるとは
ジュリもアルジノンも想像もしていなかった。
それにしても……
ジュリはテーブルの上に置かれたティーセットを見た。
〈水玉模様のティーカップ……〉
アルジノンをちらりと見ると
彼は早速
そのティーカップを手に取り、お茶を飲んでいた。
〈…………?〉
「まずはジュリ、おめでとう。運命を勝ち取ったね。本当なら今、王子の隣に座っているのはオリビア姫でもおかしくはなかったんだ」
パチパチパチパチ…☆
イグリードが小さく手を叩きながら言った。
「あ、ありがとう……?」
「あはは!なんで疑問形なんだよ!」
「うーん…なんかよくわかってなくて」
「あはは!わかってないんだ!」
「わからないわよ、貴方がわたし達を使って何をしたかったのか」
「まずはその前にジュリ、キミに礼を言わせてくれ。キミのおかげで本当に楽しい18年間だった。いや暴露するとね、ホントは8年間、だったんだ」
「え?生まれる前からだから18年間でしょ?アレ?胎内からなら19年間?」
「ふふふ、そう思うよね。だって僕がそう思い込ませてきたんだから」
「……?言っている意味がよくわからないわ」
ジュリがそう言うと
突然、イグリードがジュリの眉間を人差し指で触れた。
「!」
「おい」
アルジノンがイグリードを睨みつける。
しかしイグリードはそんな事お構いなしに話し続けた。
「考えてもみなよ。いくら僕が魔術と精霊力を扱えるからって、胎児と話をして、胎児に理解させるなんて事出来ると思う?」
「………」
いや大賢者なら出来るんだろうなぁと、
正直ジュリはそう思っていたが。
「あれはね、キミが10歳の時に右手の甲に紋章を浮かび上がらせるのと同時に、記憶をそう植え付けたんだよ。ホントはあまりやっちゃいけないんだけど、記憶操作ならまぁ簡単だからね」
「えぇ!?」
そ、そうだったのか……
胎内からの記憶だと思っていたのに
そうじゃなかったのか……。
「オリビア姫もそうだよ。まぁ王子には生まれてすぐ手の甲に紋章だけは刻んでおいて、王様に既に予言を授けたと吹き込んどいたけど。それで後でこっそり、王子が物心付きそうな頃合いで記憶を植え付けといたんだ☆」
ばちん☆とウィンクをしながら
イグリードは言う。
ジュリもアルジノンも言葉が出なかった。
じゃあ3人目は?
3人目もそうなの?
その人はいつ現れるのだろうか。
「あはっ!ジュリってば考えてることみんな顔に出るね~。3人目については後で話すよ」
「え?出てた?」
ポーカーフェイスを装っているつもりなのに……。
「あはは!それでポーカーフェイスなんだ!」
「また読まれた!さすが大賢者」
「あははは!大賢者は関係ないと思うよ、ジュリはホントにわかりやすいから」
〈え?マジですか?〉
ジュリは
隣に座るアルジノンを見た。
するとアルジノンはただ微笑むのみだ。
〈それは肯定か?おい。でもなんかなー……〉
「キミにはホントに楽しませて貰った。当初の目的を忘れちゃうくらいにね」
「当初の目的?」
「世界を壊しちゃうか壊さないかをキミたちの行動如何で決めちゃおうという目的☆」
「は?」
「僕はねぇ、もう疲れちゃってたんだよねぇ。眠れないし死ねないし、この先もずーーーっと変わらない年月を過ごす事に。だからキミたちに予言と銘打った“きっかけ”を与えて、キミ達がどう動くか。それによって決めちゃおうと思ったんだよ」
「決めちゃおうって……」
「具体的な日にちと、誘導したい場所、あとは適当になんか見繕って“予言”として与えたんだ。王子の元にちゃんと予言が届いて、僕の所に辿り着けたらセーフ。世界を壊すのをやめようと思ったんだ。でも誰か一人でも私利私欲の為に予言を捻じ曲げたらアウト。僕が告げた通りにしないのもアウト。もうこの世の全部、消しちゃおうって」
「そんな軽い感じで世界の存亡をわたし達に背負わせてたの?そんなの貴方の思うように動くに決まってるじゃない」
「そんな事ないよ。そんな事はない」
「だって」
「人は自分の思惑で動くイキモノだもの。自然と自分に不利な言動は控える。予言が望むものと違った場合、捻じ曲げられたり、無かったことにされる可能性はあったんだ」
イグリードはジュリを指差した。
「キーパーソンはキミだったんだ」
「わたし!?」
「そう。だってキミが自分を優先してオリビア姫に正しく伝えないと、オリビア姫は予言を告げる日時すら知り得なかった。内容を偽証する可能性も高かったしね~」
なにその含みのある言い方。
「まあオリビア姫が正しい予言を告げたのは直接的にはキミの手柄だというわけじゃないけど、王子にその行動を取らせたのはキミなんだから、やっぱりキーパーソンはキミだったんだ」
王子の行動?
ジノン様の?
ジュリは隣に座るアルジノンを伺った。
ふとアルジノンと目が合う。
アルジノンはにっこりと微笑み、冷めたお茶を口に含んだ。
「!!」
ジュリの顔から表情が消えた。
「でも王子の気持ちはわかるよ。
キミはホントに面白いし楽しいし素敵な人だ。僕がオリビア姫という“運命の人”設定の人間を用意しても、彼は最初から全くブレなかったね。それどころか運命を覆す?みたいな事も言っていたよね♪」
「……イグリード」
ジュリがゆっくりと立ち上がる。
どうして気付かなかったんだろう。
「ん?何?どうしたの?」
「アルジノン様はどこ?」
「へ?」
ジュリは同じテーブルに並んで座っているセオドアとタバサを見た。
「ここに大人しく座ってるセオドアとタバサもニセモノなんでしょう?」
「へぇ……よくわかったね」
「イグリード、みんなは?ジノン様はどこにいるの?」
ジュリは立ったまま、
イグリードをきつく見据えた。
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