22 / 43
第四章
四月末日
しおりを挟む
アルジノンはランバード領で一泊した後、ジュリを連れて城へと戻った。
別れの手紙まで書いて皆と別れたというに
すんなり出戻って来て、
ジュリは少々気不味さを感じていたがそんな事は
杞憂に終わった。
城の皆が歓喜の声を上げてジュリを出迎えてくれたのだ。
拍手喝采、万歳三唱、恐縮してジュリが居た堪れなくなるほどの歓待だった。
でも本当にありがたい。
それにやっぱり城の中は落ち着く。
あぁ、
もう自分の家はここなんだなと強く思わされる。
帰ってこれて本当に良かった、
アルジノンが迎えに来てくれて本当に嬉しかった、
ジュリは心からそう思った。
タバサはアルジノンの様子からジュリが絶対に戻って来ると確信し、
部屋を変わらず整えて待っていてくれた。
そしていつもと変わらず温かく迎えてくれる。
それが嬉しくてジュリは思わずタバサに抱きついた。
後ろでアルジノンが
「うわっ俺を差し置いて…おのれタバサ……」
と唸っていたが無視した。
失ったと思っていた日常が戻り、
ホっとしている間もなく
放置されていた結婚式の準備に追われたが
それはそれでやっぱり幸せだった。
オリビア姫は
出戻ったジュリを見て、
表立ってはただ笑顔で
「お早いお戻り、心からお喜び申し上げますわ」
とだけジュリに告げた。
〈内心どう思っているのかはわからないけど、心配したほどは憎まれていないのかも。よくわからないけど〉
城に戻ってからのアルジノンは
鬱陶しいくらいにジュリの側から離れない。
しかも執務室のデスクをジュリの部屋に運ぼうとしたので
丁重に足で追い返した。
双眼鏡で人を覗くのも相変わらずで
一向にやめようとしないので、
今度は対物レンズを黒く塗って何も見えなくしといてやった。
全てがかけがえのない愛おしい日々。
そんな日々をドタバタと過ごしているうちに
四月末日が訪れた。
オリビア姫の希望で
予言を呈する場所はオリビア姫が滞在する客室で、という事になったようだ。
ジュリは気になって仕方ないが、
こればかりは出しゃばれない。
何か忘れているような気もするが、
落ち着かない気持ちの方が勝って
深く考えられなかった。
そろそろアルジノンが
オリビア姫の部屋へ向かう頃だ。
どんな予言なんだろう。
世界の存亡に関わる予言よね?
そわそわと落ち着かないジュリのために
タバサがカミツレのお茶を淹れてくれたので、
有り難く戴いて気分を鎮める事にしたジュリであった。
その頃、
アルジノンはオリビア姫の部屋の扉の前で立っていた。
〈これが済めばオリビア姫は帰国してくれるだろうか……〉
予言についてではなく
そんな事を考える。
セオドアがアルジノンの前に先ん出て扉をノックすると、
ややあってオリビア姫の侍女の一人が扉を開ける。
促されてアルジノンが入室すると、
オリビア姫は全員に退室を命じた。
「なぜ皆を?」
アルジノンが眉を顰めると
「予言は他者には聞かせられない内容です」
と言われたので、それに従うしかなかった。
皆が退室し、
部屋にはアルジノンとオリビア姫の二人だけとなる。
不用意に距離を詰めまいと気を使うアルジノンにオリビア姫は
ふ、と微笑んだ。
「そんなに警戒なさらずとも、何も企んでなどおりませんわ。わたくしとて、イグリードに選ばれた者。務めは誠実に果たしたいと思います」
「それは重畳」
「でも……」
こういう時の女の「でも」に碌なものはない。
しかしそれを知っているほどアルジノンは永く生きているわけではなかった。
わかっていれば、
オリビア姫が言い出す前に打開策や迂回ルートを用意出来たであろう……。
「でも、わたくし、アルジノン様の事を本当にお慕いしてしまいましたの」
「え?」
「貴方がジュリ様の事を心から愛している事は理解いたしました。されど、理解したからといって、この気持ちが消えて無くなるわけではありませんわ」
「何が言いたいのです……?」
アルジノンが身構える。
オリビア姫は綻ぶような美しい微笑みを浮かべながらアルジノンの元へと歩み寄ってくる。
「せめて美しい思い出が欲しいのです」
「思い出?」
「わたくしにキスをしてください。大人の男女がするような。そうしたら予言をお渡しいたしますわ」
「…………は?」
アルジノンの額にじわりと汗が滲んだ。
別れの手紙まで書いて皆と別れたというに
すんなり出戻って来て、
ジュリは少々気不味さを感じていたがそんな事は
杞憂に終わった。
城の皆が歓喜の声を上げてジュリを出迎えてくれたのだ。
拍手喝采、万歳三唱、恐縮してジュリが居た堪れなくなるほどの歓待だった。
でも本当にありがたい。
それにやっぱり城の中は落ち着く。
あぁ、
もう自分の家はここなんだなと強く思わされる。
帰ってこれて本当に良かった、
アルジノンが迎えに来てくれて本当に嬉しかった、
ジュリは心からそう思った。
タバサはアルジノンの様子からジュリが絶対に戻って来ると確信し、
部屋を変わらず整えて待っていてくれた。
そしていつもと変わらず温かく迎えてくれる。
それが嬉しくてジュリは思わずタバサに抱きついた。
後ろでアルジノンが
「うわっ俺を差し置いて…おのれタバサ……」
と唸っていたが無視した。
失ったと思っていた日常が戻り、
ホっとしている間もなく
放置されていた結婚式の準備に追われたが
それはそれでやっぱり幸せだった。
オリビア姫は
出戻ったジュリを見て、
表立ってはただ笑顔で
「お早いお戻り、心からお喜び申し上げますわ」
とだけジュリに告げた。
〈内心どう思っているのかはわからないけど、心配したほどは憎まれていないのかも。よくわからないけど〉
城に戻ってからのアルジノンは
鬱陶しいくらいにジュリの側から離れない。
しかも執務室のデスクをジュリの部屋に運ぼうとしたので
丁重に足で追い返した。
双眼鏡で人を覗くのも相変わらずで
一向にやめようとしないので、
今度は対物レンズを黒く塗って何も見えなくしといてやった。
全てがかけがえのない愛おしい日々。
そんな日々をドタバタと過ごしているうちに
四月末日が訪れた。
オリビア姫の希望で
予言を呈する場所はオリビア姫が滞在する客室で、という事になったようだ。
ジュリは気になって仕方ないが、
こればかりは出しゃばれない。
何か忘れているような気もするが、
落ち着かない気持ちの方が勝って
深く考えられなかった。
そろそろアルジノンが
オリビア姫の部屋へ向かう頃だ。
どんな予言なんだろう。
世界の存亡に関わる予言よね?
そわそわと落ち着かないジュリのために
タバサがカミツレのお茶を淹れてくれたので、
有り難く戴いて気分を鎮める事にしたジュリであった。
その頃、
アルジノンはオリビア姫の部屋の扉の前で立っていた。
〈これが済めばオリビア姫は帰国してくれるだろうか……〉
予言についてではなく
そんな事を考える。
セオドアがアルジノンの前に先ん出て扉をノックすると、
ややあってオリビア姫の侍女の一人が扉を開ける。
促されてアルジノンが入室すると、
オリビア姫は全員に退室を命じた。
「なぜ皆を?」
アルジノンが眉を顰めると
「予言は他者には聞かせられない内容です」
と言われたので、それに従うしかなかった。
皆が退室し、
部屋にはアルジノンとオリビア姫の二人だけとなる。
不用意に距離を詰めまいと気を使うアルジノンにオリビア姫は
ふ、と微笑んだ。
「そんなに警戒なさらずとも、何も企んでなどおりませんわ。わたくしとて、イグリードに選ばれた者。務めは誠実に果たしたいと思います」
「それは重畳」
「でも……」
こういう時の女の「でも」に碌なものはない。
しかしそれを知っているほどアルジノンは永く生きているわけではなかった。
わかっていれば、
オリビア姫が言い出す前に打開策や迂回ルートを用意出来たであろう……。
「でも、わたくし、アルジノン様の事を本当にお慕いしてしまいましたの」
「え?」
「貴方がジュリ様の事を心から愛している事は理解いたしました。されど、理解したからといって、この気持ちが消えて無くなるわけではありませんわ」
「何が言いたいのです……?」
アルジノンが身構える。
オリビア姫は綻ぶような美しい微笑みを浮かべながらアルジノンの元へと歩み寄ってくる。
「せめて美しい思い出が欲しいのです」
「思い出?」
「わたくしにキスをしてください。大人の男女がするような。そうしたら予言をお渡しいたしますわ」
「…………は?」
アルジノンの額にじわりと汗が滲んだ。
74
お気に入りに追加
2,645
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
愛なんてどこにもないと知っている
紫楼
恋愛
私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。
相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。
白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。
結局は追い出されて、家に帰された。
両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。
一年もしないうちに再婚を命じられた。
彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。
私は何も期待できないことを知っている。
彼は私を愛さない。
主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。
作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。
誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。
他サイトにも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる