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第三章

ヘタレチキンはやはりヘタレチキンであった

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「王太子殿下、わたくし、実はイグリードから予言を授けられた者ですの」


「……は?」


グレイソン公国のオリビア姫にそう告げられた時、俺の頭の中は真っ白になった。

え?イグリードの予言持ち?

確か予言を持つのは俺を除いて3名。

そのうち一人は俺の婚約者のジュリ、

そしてもう一人は予言の最後に現れると聞いた。


という事は……

この人がジュリの言っていた予言を持つ俺の運命の相手!?


国外の人間だったのか。

道理でみつからない筈だ。


いやまてよ、これは不味くないか……?


彼女の存在がジュリに知られれば、

ジュリあいつの事だ、
じゃあ自分はこの辺で!とか言って、
しゅたっ!と手をあげちゃったりなんかして、とっとと故郷の領地に帰ってしまうんじゃないか?




………………隠そう。


俺は咄嗟にそう思った。

幸いここにジュリは居ない。

ジュリは俺に運命の相手がいる事は知っていても、
それがどんな人間なのかは知らない筈だ。

このままジュリと彼女が接触しないように、常に側にいて見張ってだな、

交換臨時大使の期間が無事に終了してとっとと国にお帰りいただくまで、

なんとかジュリから逃げまくって事なきを得よう。

……それしかないだろう。


だってジュリは
俺は運命の相手と結ばれるべきだと思い込んでるところがある。

自分は仮初の存在だと。


そんなジュリが彼女の存在を知ってみろ……


「だから言ったのに!」とか言って、

潔くさっさと俺を引き渡してしまうに違いない。


そんな事をされたら
城の中だろうが、道の往来だろうが、
地団駄を踏んで泣き喚く自信が俺にはある。


俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じながらオリビア姫に頼んだ。


「……グレイソン公女、いや公妹こうまい殿。どうかこの事は多言無用に願います。我が国では予言の事は重大な機密に分類されております。なのでどうか、決っっして、私以外にはその事をお告げになりませんよう、お願いします」

俺が持ちる全てのジェントルメンを総動員して、如何にもそれらしく聴こえるように気を遣いながら告げた。

オリビア姫は一瞬、不思議そうな顔をした後にすぐこう言った。

「まぁ……わかりましたわ。でもわたくし、少々んですの。ですから常に殿下が側でお気遣いいただけると助かりますわ」

この時のオリビア姫の笑顔に何か含みを感じたのは多分気のせいではないだろう。

オリビア姫に
これが俺の“弱み”だと悟られてしまったらしい。


オリビア姫は
ライリーの街でしばらく過ごしたいという要求を皮切りに、
様々な要求をしてきた。

やれ名前で呼べ、やれ愛称で呼ばせろ、

やれ散歩に付き合え、やれ買い物に連れてゆけ…… 


今日は予定が……などと断ろうとするものなら、

「あぁ…わたくし、悲し過ぎて予言の事を口走ってしまいそうですわ」

などと言って俺を脅しやがる。


オトコマエのジュリばかり見ていたから仕方ないが
こういう女がいるのをすっかり忘れていた。


それにしても
彼女が何をしたいのかさっぱりわからない。

何が目的で俺を脅し、利用する?



でも俺はそろそろ全てにおいて限界だった。

もうひと月近くまともにジュリと話せていないし、

触れていないし、

匂いも嗅いでいない……。

ジュリの態度が余所余所しくなったのも気になるし、

俺の事を「ジノン」と呼ばなくなったのも気になる。

控えていた鍛錬も再開してるし、
騎士男どもに紛れて剣を振り回してるのも気になる。


それに最も俺を焦らすものが、

城内に流れ始めた噂だ。

「王太子の心変わり」

何故だ!やめてくれ!

しかし否定したくとも、
そうすれば何故俺がオリビア姫から離れられないのか説明しなくてはならなくなる。

そうすればジュリにオリビア姫が予言持ちだとバレてしまう。


どうすればいい?

どうすれば早々に決着をつけられる?


そんな事を考えている時、

オリビア姫が視察旅行に行きたいと言い出した。

臨時大使の日程としては、

この視察旅行を最後のイベントとして
終了次第お国にお帰り戴く、というのは理想的なのではないか?

そうすればその間城を離れられて、

ジュリや城の者にオリビア姫といつも一緒にいる姿を見られる事もないし、
変な誤解も与えないで済む。

なおかつその視察旅行中に
オリビア姫の持つイグリードの予言とやらをとっとと戴いて、さっさと終わらせられるチャンスだ。

ジュリから逃げまくったおかげでオリビア姫の正体はバレていない。

このまま逃げ切れる!

視察旅行バンザイ!!


俺はそれを狙って、視察旅行を了承した。
べつに二人きりで行くわけではないし、あくまでも視察だ、変な誤解は生まない筈だ。



そうして視察旅行に出発する日の朝、

なんと見送りにジュリが来ていた。


一人留守番させる事を怒っているのか?

まさか俺とオリビア姫の関係を疑ってないよな?

全てを終わらせて戻ってくるから俺を待っていてくれ

言いたい事は沢山あったが
結局は何も言えなかった。


後ろからジュリに土産は要らないと告げられた時、

どうしようもない焦燥感に駆られ、思わずジュリを抱きしめそうになった。

結局それもオリビア姫に阻止されて叶わなかったが。


この女……
もう……このまま国境線の所でポイっとしてやろうか。 

そしてそのままジュリの元へ駆け戻りたい。


待っててくれ、ジュリ。

戻ったら全て話すから。


運命の相手が見つかっても

俺の心は変わらなかったぞ、と伝えたい。


戻ったら速攻で滞っていた結婚式の準備だ。




しかしその後、

視察旅行中の俺の下に

ジュリが城から消えたという報せが届いた。



ちゃんと向き合わずに

逃げまくってやり過ごそうとした俺に

どうやら神罰が下ったようだ。







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