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第三章
オリビア=グレイソン
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アルジノンに手を貸され、
その人は優雅に馬車から降り立った。
今回、
交換臨時大使としてハイラムに舞い降りた美貌の姫君。
オリビア=グレイソンその人であった。
オリビアは18歳。
新大公ディランの実妹で才色兼備と評される類稀なる美姫だ。
鮮やかなオリーブグリーンの髪と
輝くルビーの瞳。
イグリードの予言通りの容姿で
ジュリの前に姿を現した。
馬車からアルジノンにエスコートされてながら歩く姿はまさに女神のようだ。
これまた男神のように凛々しいアルジノンと並ぶと、まさに神話の世界……といった光景であった。
〈ああ……とうとうこの時が来たのね〉
覚悟はしていたが、
思っていたよりもジュリのショックは大きいらしい。
自分の指先が氷のように冷えてゆくのがわかる。
〈寒い……〉
ジュリは震え出しそうな体を叱責する。
〈しっかりするのよジュリ、わかってた事じゃない。あるべき未来へ歩いてゆくという事よ〉
そんな事を考えていたジュリに
アルジノンが声をかける。
「ジュリ!ただいま、ずいぶん帰りが遅くなってすまない。変わりなく過ごしていたか?」
ジュリはこれまでの王妃教育で培った
“笑顔”という武装を身につけた。
「おかえりなさいませ、アルジノン殿下。ご無事のお戻り、本当にようございました。おかげさまでわたしは何も変わりなく過ごしておりましたわ」
ジュリの様子を見て、
アルジノンは何故かほっとしたような表情を見せた。
「変わりないなら良かった。
ジュリ、紹介しよう。臨時大使として来られたグレイソン大公の妹君、オリビア=グレイソン姫だ。オリビア姫、私の婚約者のジュリです」
アルジノンの紹介を受けて、
オリビア姫は花のかんばせを綻ばせながら言った。
「いやですわアル様、そんな他人行儀な。オリビアとお呼び下さいとライリーの街を一緒に散策しながら申し上げたではないですか」
アル様、
ライリーの街で一緒に散策、
まるでわざとジュリに聞かせるような言い方でオリビアは言った。
ジュリは気にしないふりをして
オリビアに挨拶をする。
「ハイラムへようこそいらっしゃいました。お初にお目にかかります。ランバード辺境伯ローガンの娘、シュ・ジュリ=ランバードと申します。以後、お見知りおきを……」
ジュリは自身をアルジノンの婚約者としては紹介しなかった。
いや、出来なかったのかもしれない。
アルジノンが結ばれるべき本当の相手が現れ、ニセモノの自分は席を明け渡さねばならないのだから。
「まぁ、ランバード辺境伯の!
最強と名高い国境騎士団のお噂は我が国にも流れて来ておりますのよ。今後は是非、我が国の騎士達にご教示をお願いしたいものですわ」
オリビアもジュリをアルジノンの婚約者としては見ていないらしい。
あくまでもランバードの娘として
接せられているようだ。
その時、後ろからセオドアが声をかけた。
「皆さま、立ち話もなんですので、どうぞ城の中へお入り下さい。グレイソン公妹様はお疲れでしょうから直ぐにお部屋へご案内致します」
セオドアがオリビアを促そうとすると、
オリビアがアルジノンに縋って弱々しく告げる。
「わたくし、初めての土地に参ってとても不安で仕方ありませんの。アル様、アル様にお部屋まで連れて行っていただきたいですわ」
オリビアが瞳を潤ませてアルジノンを見上げる。
「でもそれでは……」
セオドアが何か言おうとした時に
アルジノンが答えた。
「わかりました。初めて国を出られたのだ、心細く感じられるのは致し方ない事。私が部屋までお送りしましょう」
アルジノンがオリビアに微笑みかける。
それはジュリでも見た事がないような部類の笑顔だった。
「……!」
ジュリは心の中で息を飲む。
アルジノンがエスコートの手を差し伸べると、嫋やかな仕草でオリビアが白いレースの手袋に包まれた手を添えた。
やがて二人はジュリの横を通り過ぎ、
城の中へと入って行く。
すれ違い様にアルジノンが小声で
「後で話がある」と言った。
ジュリは後ろを振り返る事なく、その場に立ち尽くした。
「ジュリさま……」
セオドアとジュリの侍女のタバサが心配そうにジュリを見る。
大丈夫よ、
わたしは大丈夫。
イグリード、わたしを見ててね。
ジュリはきゅっと唇を引き結び、
踵を返して城の中へと戻って行った。
その人は優雅に馬車から降り立った。
今回、
交換臨時大使としてハイラムに舞い降りた美貌の姫君。
オリビア=グレイソンその人であった。
オリビアは18歳。
新大公ディランの実妹で才色兼備と評される類稀なる美姫だ。
鮮やかなオリーブグリーンの髪と
輝くルビーの瞳。
イグリードの予言通りの容姿で
ジュリの前に姿を現した。
馬車からアルジノンにエスコートされてながら歩く姿はまさに女神のようだ。
これまた男神のように凛々しいアルジノンと並ぶと、まさに神話の世界……といった光景であった。
〈ああ……とうとうこの時が来たのね〉
覚悟はしていたが、
思っていたよりもジュリのショックは大きいらしい。
自分の指先が氷のように冷えてゆくのがわかる。
〈寒い……〉
ジュリは震え出しそうな体を叱責する。
〈しっかりするのよジュリ、わかってた事じゃない。あるべき未来へ歩いてゆくという事よ〉
そんな事を考えていたジュリに
アルジノンが声をかける。
「ジュリ!ただいま、ずいぶん帰りが遅くなってすまない。変わりなく過ごしていたか?」
ジュリはこれまでの王妃教育で培った
“笑顔”という武装を身につけた。
「おかえりなさいませ、アルジノン殿下。ご無事のお戻り、本当にようございました。おかげさまでわたしは何も変わりなく過ごしておりましたわ」
ジュリの様子を見て、
アルジノンは何故かほっとしたような表情を見せた。
「変わりないなら良かった。
ジュリ、紹介しよう。臨時大使として来られたグレイソン大公の妹君、オリビア=グレイソン姫だ。オリビア姫、私の婚約者のジュリです」
アルジノンの紹介を受けて、
オリビア姫は花のかんばせを綻ばせながら言った。
「いやですわアル様、そんな他人行儀な。オリビアとお呼び下さいとライリーの街を一緒に散策しながら申し上げたではないですか」
アル様、
ライリーの街で一緒に散策、
まるでわざとジュリに聞かせるような言い方でオリビアは言った。
ジュリは気にしないふりをして
オリビアに挨拶をする。
「ハイラムへようこそいらっしゃいました。お初にお目にかかります。ランバード辺境伯ローガンの娘、シュ・ジュリ=ランバードと申します。以後、お見知りおきを……」
ジュリは自身をアルジノンの婚約者としては紹介しなかった。
いや、出来なかったのかもしれない。
アルジノンが結ばれるべき本当の相手が現れ、ニセモノの自分は席を明け渡さねばならないのだから。
「まぁ、ランバード辺境伯の!
最強と名高い国境騎士団のお噂は我が国にも流れて来ておりますのよ。今後は是非、我が国の騎士達にご教示をお願いしたいものですわ」
オリビアもジュリをアルジノンの婚約者としては見ていないらしい。
あくまでもランバードの娘として
接せられているようだ。
その時、後ろからセオドアが声をかけた。
「皆さま、立ち話もなんですので、どうぞ城の中へお入り下さい。グレイソン公妹様はお疲れでしょうから直ぐにお部屋へご案内致します」
セオドアがオリビアを促そうとすると、
オリビアがアルジノンに縋って弱々しく告げる。
「わたくし、初めての土地に参ってとても不安で仕方ありませんの。アル様、アル様にお部屋まで連れて行っていただきたいですわ」
オリビアが瞳を潤ませてアルジノンを見上げる。
「でもそれでは……」
セオドアが何か言おうとした時に
アルジノンが答えた。
「わかりました。初めて国を出られたのだ、心細く感じられるのは致し方ない事。私が部屋までお送りしましょう」
アルジノンがオリビアに微笑みかける。
それはジュリでも見た事がないような部類の笑顔だった。
「……!」
ジュリは心の中で息を飲む。
アルジノンがエスコートの手を差し伸べると、嫋やかな仕草でオリビアが白いレースの手袋に包まれた手を添えた。
やがて二人はジュリの横を通り過ぎ、
城の中へと入って行く。
すれ違い様にアルジノンが小声で
「後で話がある」と言った。
ジュリは後ろを振り返る事なく、その場に立ち尽くした。
「ジュリさま……」
セオドアとジュリの侍女のタバサが心配そうにジュリを見る。
大丈夫よ、
わたしは大丈夫。
イグリード、わたしを見ててね。
ジュリはきゅっと唇を引き結び、
踵を返して城の中へと戻って行った。
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