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第三章

運命の人来たる

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イグリードがジュリの夢に出て来たそのひと月前、
ようやく長い冬が終わり春の兆しが見え始めた頃のとある王太子のとある執務室での出来事だった。


「アルジノン殿下、たとえ婚約者といえど双眼鏡で覗き見など一歩間違えれば犯罪です。おやめください」


双眼鏡を使って執務室から庭園を覗いているアルジノンを

側近のセオドア(18)が諌めた。

このところ、王太子アルジノンはこの双眼鏡がお気に入りだ。


執務室にいても、
遠く離れた庭園にいる婚約者のジュリの様子がよく見えるからだ。

小鳥のような瞬きも
薄らと上気した頬も
時々現れる眉間のシワも
つぶさに垣間見る事が出来るからだ。

15歳で成人した時から側近として仕えてくれているこの男セオドアと、

覗かれている本人のジュリからは散々やめろと言われているがこんな素晴らしい道具を使わない手はない。

まぁセオドアはともかく
ジュリにはバレなきゃいいのだからと、毛頭やめるつもりはないらしい。


「殿下、そろそろ執務に戻っていただかないと本日の分が終わりません」

「わかったわかった。それにしても今日のお茶会も舌戦が繰り広げられているらしいな。今日は確か、バレンシュタイン侯爵令嬢とダーデリアス伯爵令嬢とその他諸々だったな」


「ああ、それでジュリ様が最上の笑顔で眉間にシワを刻まれているんですね」

「なんでそんな細かいとこまで知ってるんだ?さてはお前も双眼鏡で覗いたな」

そう言ってアルジノンが双眼鏡から目を離してセオドアを見た。


「!…………目はいい方なので」


何故かセオドアはアルジノンを見て微妙な顔をしたが、
とくに何も言わなかったので放っておいた。


が、その理由をその晩の夕食時に知る事となる。


「ジノン様、双眼鏡で覗き見などおやめくださいとあれだけお願いしたではありませんか」


ぎくり。
「な、何の事だ?ジュリ、言いがかりはよしてくれ」

「そうですか。じつは先日、ジノン様の執務室にお届け物を届けに伺った時ついでに双眼鏡に細工をしましたの」

「さ…細、工?」

「ええ。双眼鏡を覗く部分、“目当て”というらしいのですが、そこにちょっと塗料を塗りましたのよ」

「……………。」


「黒い塗料でしてね、東方の国にいる目の周りが黒い白黒の動物みたいになるようにしてみましたの」


「………ほほぅ」

「そして今、わたしの目の前にはその白黒の動物がいる」


「ごめんなさい」
パンダジノンがテーブルに手を着いて謝った。

バンッ
ジュリが景気良くテーブルを叩く。
「それが王太子のやる事か!」


〈くそぅ……セオドアめ……それでさっき人の顔見て微妙な顔をしてたんだな〉


ジュリ、アルジノン共に18歳。


はたから見れば
非の打ち所がない紳士淑女に成長を遂げた二人だが、中身は相変わらずのお騒がせコンビであった。


このまま何事もなければ来年には結婚式を挙げる予定になっている。


製作に一年近くはかかる
ウェディングドレスの準備をそろそろ始めなくてはと、王妃や侍女たちがせっつき出した時の事だった。



「交換臨時大使?グレイソン公国と?」


ジュリは二人で昼食を摂っている時に
アルジノンから交換大使の話をされていた。


「ああ。去年、前グレイソン大公が身罷みまかられたのはジュリも知ってるな?」

「ええもちろん」

グレイソンといえばこの国ハイラムから見て、大陸の西方に位置する小さな小さな大公国だ。

去年、前大公が亡くなられて、公子のディラン様が跡を継がれたと聞く。

長年による干ばつの為にかなり国力が落ちていると耳にしたが……


「弱った国力の回復に助力を願いたいと、向こうからの申し出だ。人員、技術力、出来る事ならこちらからの資金援助も引き出したいところだろうな」

「グレイソン大公国……たしか岩塩が豊富に出る国でしたよね?」

「お、よく学んでいるな、感心感心。そうだ。今回の交換大使と支援を引き受ける代わりに、今後塩にかかる税率を我が国だけは引き下げさせるつもりだ」

「一時的に資金援助をしたとしても長い目で見れば、我が国の利益は大きいわね」

「さすがはジュリ、その通りだ」

アルジノンが優雅な仕草で水の入ったグラスを傾ける。

「そこで来週早々には向こうの大使が到着する事になっている。今後の事も考えて友好な関係を築くに越した事はないからな、国境付近まで俺が直々に迎えに行く」

「ジノン様自ら?どのくらいで戻られます?」

「なんだ?寂しいのか?」

「おほほほほ、何言ってやがるんでございますか?再来週に王太子夫妻わたしたちの部屋の内装を職人たちと全部決めてしまう予定が入ってるでしょ?一緒に決めたいって言ってたのはジノン様なのよ」

「もちろん覚えてるよ」

「じゃあそれに間に合うようにダッシュで帰って来てね。職人たちもスケジュールを空けてくれてるんだから」

「どんな部屋にする?落ち着いた温かみのある色調で纏めたいな」

「……城の人達が式に向けて動き出してるから一応進めているけど、運命の人と出会って気が変わったらすぐに言ってね。全部キャンセルしなくてはいけないから」

「そんな事言って、全然現れないじゃないか」

「まだ18歳になって日が浅いでしょう、これからなのよ、きっと」

そう、これから。


「ふん、まぁとにかくパッと行ってパッと帰ってくる。土産を楽しみにしてろ」

「……国境付近は風光明媚な所らしいじゃない、双眼鏡も持って行ったら?」

「…………。」



こうして、グレイソンからの臨時大使を迎えるためにアルジノンは旅立って行った。

行程が順調に進めば
一週間ほどで帰城する予定となっている。



しかし
一週間が過ぎても、アルジノンは帰って来なかった。


同行した官吏からは定期的な連絡があり、何か問題が起きているわけではないらしい。

なんでもハイラム国内のライリーという街で臨時大使と交流を深めるために長く滞在しているとか。

〈交流ねぇ……〉


ジュリの頭の中に
ある可能性が浮かんだ。


〈……式の諸々の用意、ストップをかけた方がいいかもしれないわね〉




そして当初の予定を大幅に超過して、

アルジノンとグレイソンの臨時大使が帰城した。


王家の馬車から降りたアルジノンが手を出して、
その人が馬車から降りるのを手助けする。


〈やっぱり……〉


馬車から優雅に降り立つその人は、

まるで物語に登場する
生命の起源を司る女神のような美しさだった。


輝くオリーブグリーンの髪と
宝石のように輝くルビーの瞳を持つ、

グレイソンの姫君である。













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