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特別番外編

とある側近の物語 ④

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「「……………」」

執務室の空気がピリピリしていた。

もちろん側近室の空気も。

グレアムとマルセルが脇目でチラチラ見ながら
ピリピリの発信源、ランスロットの様子を窺っていた。

ランスロットがピリピリとしている原因は、
それぞれの妻から聞かされている。

『しばらくランスロットの機嫌が悪くなると
思いますけれど、頑張ってくださいませね』

イズミルはああ言っていたが、
まさかこんなにも凄まじいとは……。

ランスロットは殆ど魔力を持っていないはずだが、
雷の属性があるのではないかと思うほど周りの空気をピリつかせている。

触らぬ神に祟りなし、
グレアムは我関せずと政務に没頭する事にした。

その時、低く抑揚のない声でランスロットがグレアムに言う。

「陛下、この書類は目を通されましたら必ずサインをして頂けるようお願い申し上げたはずですが」

書類をぴらりと机の上に置き、
再び他の書類に目を通し出す。

「あ、ああ……すまない」

思わず謝る国家元首。

こりゃ~居た堪れないと、そろりと執務室を
抜け出そうとするマルセルにランスロットが声をかけた。

「マルセル、手ぶらで何処に行こうと言うんです?
どうせ側近室へ帰るなら決済の終わった書類を持って行って下さい」

「あ、そ、そうだよね!
ごめんね、両手を無駄に遊ばせて!」

マルセルの言葉にさして反応も示さず、
ランスロットはまた書類に目を落とした。



「と、いう感じでさぁ、もうホント機嫌が悪くてやんなっちゃうよ」

休憩中に訪れた、
国王夫妻のファミリールームにてマルセルが愚痴を溢す。

「まぁ、ふふふ」

イズミルがそれを聞いて微笑んだ。

「笑い事じゃないですよ妃殿下、
ホントに怖いんですって」

マルセルが泣き言を言うとリズルが自身の夫に向かって言った。

「妃殿下のお考えがあっての事です。
頑張って耐えて下さいませね?旦那さま」

「えー……夫の味方はしてくれないの……?」

「ごめんなさい旦那さま、わたしはいつだって
妃殿下の味方ですもの」

「リズルぅぅ」

マルセル夫妻のやり取りに思わず周りの者が
笑ってしまう。

「しかし本当に恐ろしくてかなわん、
なんとかならんのかアレは」

グレアムがシャルロットを抱きながら言った。

シャルロットが生まれてからというもの、
グレアムは最愛の妻にそっくりな愛娘を
溺愛しまくっている。

一緒にいる時は抱いたまま片時も離さない。

この時は次男のアルベルトも父親に甘えたかったようで、グレアムは片手にアルベルト、片手にシャルロットを抱いている状態だった。

「もう少し辛抱して下さいませ、ランスロットの
気持ちがしっかり固まった状態でないと彼女を
任せられませんもの」

イズミルのその言葉にマルセルが頷いた。

「一生仕事がパートナーだ、
みたいな事を言ってたもんね」

「まあ仕方ないな」

グレアムがため息混じりに言うと、
片側に抱かれていた次男のアルベルトがグレアムの頭を撫でた。

「ちちうえ、よしよし」

「アルは優しいな」

グレアムがアルベルトのすべすべのほっぺに
キスをした。

小さいグレアムと大きいグレアムの触れ合いを、
イズミルは目を細めて眺めていた。




◇◇◇◇◇


一方、ランスロットの機嫌は更に急降下していた。
ちょっと休憩と言って出て行ったきり戻って来ないグレアムとマルセルに対して怒りを募らせている。

〈まったく……逃げ出しやがりましたね〉

ランスロットは深くため息を吐く。

わかっている、
皆に気遣われているのは。

自分の気持ちに余裕がないのは
原因はエルネリアに会えていない事だ。

このところ、
何故か全くエルネリアの姿が見えない。

イズミル妃の自室にもファミリールームにも
城の至る所を探しても、彼女を捕まえられないのだ。

噂が鎮静化してから、いや、噂が出始めて時から
エルネリアはランスロットと距離を置こうと
しているようだった。

思慮深い彼女が、ランスロットに迷惑を掛けないようにするのは自明の理であろうが、当のランスロットにはそれが面白くなかったのである。

母親と同じ境遇のエルネリアを
放ってはおけなかった。

寡婦が国から受けられる制度を教えて申請の手続き
を代わりに請け負ったり、
亡き夫の個人資産はブレイリー子爵家とは関係なく
エルネリア自身が相続出来るのだと教えたり。

まぁ自分が出来る事など事務的な事しかないわけだが、遺されたエルネリアとリュアンがこの先も困らぬように何か手助けがしたいとアレコレ動いていた。

〈それが迷惑だったのだろうか……〉

夫を亡くした未亡人に下心あって世話を焼いたと
思われたのだろうか。

もしそうなら立ち直れない……。

その時、
ランスロットは自らのその考えにハッとした。

〈なぜ耐えられないんだ?もちろん同じく王家に
仕える者同士として、良好な関係を築くに越した事
はない。しかし別に乳母の一人に嫌われたとして、痛くも痒くもないはずだ〉

それなのになぜ……。

この気持ちをどう表現したら良いのか、
ランスロットには今ひとつ判断しかねるのだった。


そんな中、王妃イズミルがランスロットの心中に
更に爆弾を投下する発言をした。


「もうすぐ乳母としての勤めを終えるエルネリアに
縁談を勧めてみようと思ってるの」

「「「……え?」」」

執務室に手製の菓子の差し入れに来たイズミルが
唐突に言った。

その発言に男3人の声が揃う。

「もちろん、乳母の役目を終えたとしても、
侍女としてシャルロットの側に居て貰ってもいいのですよ?でも幼いリュアンにはやはり父親がいた方がいいと思いまして……」

瞬時にイズミルの意図を理解したマルセルが
イズミルに同調する。

「なるほど!それはいいかもしれませんね!
エルネリアさんとリュアンを守り慈しんでくれる
イイ男を是非探して、良縁を結んであげて下さい!」

「リザベル様にもご助力を願い出て、
良い方を探してみますわ」

「リザベル様が絡んだのであれば、
速攻で見つかりますね」

「………………」

イズミルとマルセルの会話を黙って聞く
ランスロットに、グレアムは問う。

「……いいのか?」

「……いいとは?」

「このまま、
彼女を他の男に任せてもいいのかという事だ」

「いいも何も私と彼女はべつに……」

ここまで言いかけて、ランスロットは自らの内なる
声に気が付いた。

嫌だ。
駄目だ。
他の男に彼女を任せるなんて、
彼女が他の男のものになるなんて耐えられない。

その内なる声が何と呼ぶ感情からくるものなのか、
ランスロットはようやく理解した。

女性不信を拗らせたグレアムと共に、
自らの周りからも女性を遠ざけて幾年月……。

思えば女性に対してこんな感情を抱いたのも初めて
ではないだろうか。

そうか……この気持ちが恋情というものなのか。


「どこかにイイ男はいないかなぁ。
優しくて正しくて、とやかく煩い外野から
母と子を守れる強い男が~」

これ見よがしに言うマルセルが若干気に入らないが
ランスロットはイズミルに向き合った。

「妃殿下」

「なあに?」

「私が、
その結婚相手に立候補しても宜しいでしょうか」

その言葉を聞き、
イズミルは心の中でガッツポーズをした。


「……貴方は初婚でしょう?再婚の未亡人を娶るとなると、色々と言う者が出てくるわ。
それらの声から私の大切な友人を守る事が出来るのかしら?」

「無論の事。
必要とあらば社会的に抹殺してやりますよ。なんなら物理的にも」

きな臭い発言もこの男が言うと、
何故か清く清廉なものに聞こえるから不思議だ。

イズミルは微笑んだ。

「でもエルネリア自身がどう決めるかは、
わたしにもわからないわ。後は貴方次第ね」

「心してかかります」

ランスロットの眼差しが真っ直ぐにイズミルを
見据える。

隣でグレアムが頷くのが見えた。

イズミルはランスロットに告げる。

「エルネリアとリュアンは太王太后宮にいるわ。
迎えに行ってあげて」

「……はいっ」

そう言ってランスロットは国王夫妻に頭を下げ、
執務室を後にした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



次回でランスロット物語は終わりです。


さて、すみません、宣伝です。

今夜新しいお話を投稿します。

タイトルは
『無関係だったわたしがあなたの子どもを
生んだ訳』です。

シングルマザーとして生きる逞しいヒロインと、
何かが引っかかりながらも、既に一夜の関係を持った事も自分の子どもが生まれている事も知らずにヒロインと接する騎士のお話です。

なんじゃそりゃ?と思われた方、
そしてましゅろうはホント騎士が好きだなぁと
思われたそこのあなた、是非覗いてみて頂けると
光栄です。

よろしくお願いします。




















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