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第四章
賢人グレガリオ
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女性騎士志望のソフィア=ローラインが
イズミルと行動を共にするようになって
ひと月が過ぎようとしていた。
最初はあんなに硬質だったソフィアの態度も近頃では随分柔らかくなり、笑顔も沢山見られるようになってきた。
一方イズミルは頭を抱えていた。
今ある王室規範のほとんどは解呪、翻訳、清書と順調に進んでおり、おそらくは今月中には終わるだろう。
しかし、数百年前の妃ダンテルマが隠したという規範の一部の在処の手掛かりが
全く掴めないのだ。
以前捜索した王家の霊廟で見つけたユニコーンの天井画に埋められていたこの丸いガラス玉のような球体、イズミルはユニコーンの目と呼んでいるが、それが何やら関係しているとは思う。
思うのだが一向に解決の糸口が見えないのだ。
側近達の部屋にあるイズミル専用のデスクでイズミルはユニコーンの目を手に取りながらじっと見つめる。
「………」
このままでは悪戯に時だけが過ぎてゆく……
そう思い至り、イズミルはグレアムの執務室のドアをノックした。
ランスロットが執務室のドアを開けた。
「おやイズー、どうしました?」
ランスロットが尋ねるとイズミルはユニコーンの目を提示しながら答えた。
「陛下にご相談がありまして」
「相談?」
話が聞こえていたのだろう、
グレアムの声が聞こえた。
「なんだ、どうした?」
ランスロットが入室を促したのでイズミルはグレアムのデスクの前まで行った。
「以前、霊廟で見つけたこのユニコーンの目なのですが、正直に申しましてお手上げで困っております」
「ほう、キミにも手に負えんか」
「はい……不甲斐ない事でございますが……」
「不甲斐なくはないだろう。
キミはよくやっている」
「ありがとうございます。
でもこれ以上、このユニコーンの目と睨めっこしててもラチがあきません、なので……」
「どうするのだ?」
「師匠を召喚したいと思います」
「師匠…というと、
あの賢人グレガリオですか!?」
ランスロットが珍しく大きな声を上げた。
「しかし、あの変人が王城にわざわざ来るか?とんでもない出無精だと聞いたぞ」
グレアムが訝しげに言うと、イズミルはあっさりと告げた。
「来ますわ。エサさえあれば」
「「エサ?」」
ここだけの話だが、
イズミルがグレガリオに師事していた時はわざわざグレガリオが太王太后宮まで
足を運んでくれていたのだ。
その時ももちろんリザベルがエサを
用意してくれていたのだが。
「そこで陛下にご相談といいますか
お願いがあるのですが……」
「なんだ?」
「師匠を誘き寄せるエサとして、王家のエンシェントツリーを見せては頂けませんでしょうか?」
その言葉にグレアムは目を見開く。
「エンシェントツリー?あの壁画をか?」
「はい。師匠は以前からハイラント王家のエンシェントツリーをこの目で見てみたいと願っておりました。もし、それを見れるとあれば、きっと師匠は飛んで来る事と思います」
「ふむ……まぁいいだろう」
「「え?いいのですか?」」
あまりにもあっさりと許可が下りて、
イズミルとランスロットの声が重なる。
「まぁ別にいいんじゃないか、見たところで減るものでなし」
それを聞き、イズミルの顔がぱっと綻んだ。
「ありがとうございます!
ではさっそく師匠に連絡を取りますわ!
陛下、本当にありがとうございます!」
そう言ってイズミルは嬉しそうに退室して行った。
あんまり嬉しそうに微笑むものだから、
グレアムも思わずつられて笑みを浮かべてしまう。
それを見ていたランスロットがグレアムに言う。
「……陛下はちょっと、
イズーにだけ甘くないですか?」
「いや?べつに他の者と変わらんだろう」
「無自覚ですか?
わかってます?王家の秘宝と呼ばれる壁画をほいほいと見せるんですよ?
他の者にせがまれて、陛下が許可をなさるとは到底思えないのですが」
「何が言いたい?」
「……陛下がイズーを可愛がる気持ちは
わからないでもありません。彼女は全てにおいて魅力的な女性だとは私も思います。でも決してお忘れなきよう、彼女は既婚者ですよ。夫を持つ身の女性なのです」
「……そんな事はわざわざ言われずともわかっている」
「なればよろしいのですが」
グレアムはそのまま不機嫌そうに書類に目を落とした。
本当にその事は自分でもわかっている。
でもどうしても彼女が可愛く感じて仕方ないのだ。
一生懸命仕事に取り組む姿を見れば手助けをしてやりたくなるし、その他の事もなんでも願いを叶えてやりたいと思ってしまう。
つい甘やかしたくなるし大切に守ってやりたいと思ってしまうのだ。
わかってる。
そんな感情を抱いても虚しいだけだとは。
でも今まで、過去に遡っても女性に対してこんな感情を抱いたのは初めてなのだから自分でもどうしていいのかわからないのだ。
グレアムは深いため息を吐いた。
◇◇◇◇◇
グレアムから許可が下りてすぐにイズミルは師匠グレガリオに手紙を書いた。
グレガリオは趣味で狂妃ダンテルマの数奇な人生について色々と調べている。
調べるうちに彼女の魅力にすっかり囚われたらしく、
自他共に認めるダンテルマニアなのである。
その師匠にダンテルマの心理を聞いてみて、そこから隠し場所のヒントを見出せないかという狙いだ。
そしてあのユニコーンの目も見て貰い、グレガリオの見解を聞きたかった。
ハイラント王家のエンシェントツリーが見られると手紙に認めると、案の定すぐに王城に向かうとグレガリオから返事があった。
そしてそれから1週間後、
ハイラントの王城に一人の好々爺がやって来た。
大陸の最高学府、
ハイラント王立大学の名誉教授
アルメラス=グレガリオ(80)。
賢人と変人の名、二つを冠に頂き
その叡智は人類の宝と云わしめる。
しかし実態は……
「ふぉっふぉっふぉっ♪
呼ばれて飛び出て来ちゃったよーん♪」
ただのチャラい爺さんなのであった。
イズミルと行動を共にするようになって
ひと月が過ぎようとしていた。
最初はあんなに硬質だったソフィアの態度も近頃では随分柔らかくなり、笑顔も沢山見られるようになってきた。
一方イズミルは頭を抱えていた。
今ある王室規範のほとんどは解呪、翻訳、清書と順調に進んでおり、おそらくは今月中には終わるだろう。
しかし、数百年前の妃ダンテルマが隠したという規範の一部の在処の手掛かりが
全く掴めないのだ。
以前捜索した王家の霊廟で見つけたユニコーンの天井画に埋められていたこの丸いガラス玉のような球体、イズミルはユニコーンの目と呼んでいるが、それが何やら関係しているとは思う。
思うのだが一向に解決の糸口が見えないのだ。
側近達の部屋にあるイズミル専用のデスクでイズミルはユニコーンの目を手に取りながらじっと見つめる。
「………」
このままでは悪戯に時だけが過ぎてゆく……
そう思い至り、イズミルはグレアムの執務室のドアをノックした。
ランスロットが執務室のドアを開けた。
「おやイズー、どうしました?」
ランスロットが尋ねるとイズミルはユニコーンの目を提示しながら答えた。
「陛下にご相談がありまして」
「相談?」
話が聞こえていたのだろう、
グレアムの声が聞こえた。
「なんだ、どうした?」
ランスロットが入室を促したのでイズミルはグレアムのデスクの前まで行った。
「以前、霊廟で見つけたこのユニコーンの目なのですが、正直に申しましてお手上げで困っております」
「ほう、キミにも手に負えんか」
「はい……不甲斐ない事でございますが……」
「不甲斐なくはないだろう。
キミはよくやっている」
「ありがとうございます。
でもこれ以上、このユニコーンの目と睨めっこしててもラチがあきません、なので……」
「どうするのだ?」
「師匠を召喚したいと思います」
「師匠…というと、
あの賢人グレガリオですか!?」
ランスロットが珍しく大きな声を上げた。
「しかし、あの変人が王城にわざわざ来るか?とんでもない出無精だと聞いたぞ」
グレアムが訝しげに言うと、イズミルはあっさりと告げた。
「来ますわ。エサさえあれば」
「「エサ?」」
ここだけの話だが、
イズミルがグレガリオに師事していた時はわざわざグレガリオが太王太后宮まで
足を運んでくれていたのだ。
その時ももちろんリザベルがエサを
用意してくれていたのだが。
「そこで陛下にご相談といいますか
お願いがあるのですが……」
「なんだ?」
「師匠を誘き寄せるエサとして、王家のエンシェントツリーを見せては頂けませんでしょうか?」
その言葉にグレアムは目を見開く。
「エンシェントツリー?あの壁画をか?」
「はい。師匠は以前からハイラント王家のエンシェントツリーをこの目で見てみたいと願っておりました。もし、それを見れるとあれば、きっと師匠は飛んで来る事と思います」
「ふむ……まぁいいだろう」
「「え?いいのですか?」」
あまりにもあっさりと許可が下りて、
イズミルとランスロットの声が重なる。
「まぁ別にいいんじゃないか、見たところで減るものでなし」
それを聞き、イズミルの顔がぱっと綻んだ。
「ありがとうございます!
ではさっそく師匠に連絡を取りますわ!
陛下、本当にありがとうございます!」
そう言ってイズミルは嬉しそうに退室して行った。
あんまり嬉しそうに微笑むものだから、
グレアムも思わずつられて笑みを浮かべてしまう。
それを見ていたランスロットがグレアムに言う。
「……陛下はちょっと、
イズーにだけ甘くないですか?」
「いや?べつに他の者と変わらんだろう」
「無自覚ですか?
わかってます?王家の秘宝と呼ばれる壁画をほいほいと見せるんですよ?
他の者にせがまれて、陛下が許可をなさるとは到底思えないのですが」
「何が言いたい?」
「……陛下がイズーを可愛がる気持ちは
わからないでもありません。彼女は全てにおいて魅力的な女性だとは私も思います。でも決してお忘れなきよう、彼女は既婚者ですよ。夫を持つ身の女性なのです」
「……そんな事はわざわざ言われずともわかっている」
「なればよろしいのですが」
グレアムはそのまま不機嫌そうに書類に目を落とした。
本当にその事は自分でもわかっている。
でもどうしても彼女が可愛く感じて仕方ないのだ。
一生懸命仕事に取り組む姿を見れば手助けをしてやりたくなるし、その他の事もなんでも願いを叶えてやりたいと思ってしまう。
つい甘やかしたくなるし大切に守ってやりたいと思ってしまうのだ。
わかってる。
そんな感情を抱いても虚しいだけだとは。
でも今まで、過去に遡っても女性に対してこんな感情を抱いたのは初めてなのだから自分でもどうしていいのかわからないのだ。
グレアムは深いため息を吐いた。
◇◇◇◇◇
グレアムから許可が下りてすぐにイズミルは師匠グレガリオに手紙を書いた。
グレガリオは趣味で狂妃ダンテルマの数奇な人生について色々と調べている。
調べるうちに彼女の魅力にすっかり囚われたらしく、
自他共に認めるダンテルマニアなのである。
その師匠にダンテルマの心理を聞いてみて、そこから隠し場所のヒントを見出せないかという狙いだ。
そしてあのユニコーンの目も見て貰い、グレガリオの見解を聞きたかった。
ハイラント王家のエンシェントツリーが見られると手紙に認めると、案の定すぐに王城に向かうとグレガリオから返事があった。
そしてそれから1週間後、
ハイラントの王城に一人の好々爺がやって来た。
大陸の最高学府、
ハイラント王立大学の名誉教授
アルメラス=グレガリオ(80)。
賢人と変人の名、二つを冠に頂き
その叡智は人類の宝と云わしめる。
しかし実態は……
「ふぉっふぉっふぉっ♪
呼ばれて飛び出て来ちゃったよーん♪」
ただのチャラい爺さんなのであった。
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