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第三章

最初で最後のファーストダンス

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「貴方には私の名代、イズーと踊って貰います。イズー、ここへ」

突然名を呼ばれ、イズミルはこの状況を理解出来なかった。

〈えっ!?今、リザベル様はわたしとグレアム様が踊ると仰ったの!?ど、どういう事なの!?〉

固まって動けないイズミルを
リザベル付きの侍女が促す。

「さ、どうぞリザベル様の元へ」

そう言われ、イズミルはゆっくりと歩き出す。
じゃないと転んでしまいそうなくらい動揺している自分がいる。

〈リ、リザベル様はどのようなおつもりで?だからこのようなドレスを?〉

イズミルが側へ行くと、リザベルは相好を崩した。

「なんて美しいのイズー、とてもよく似合っているわ。私の見立てに間違いはないわね」

その言葉にイズミルははっとした。

「リザベル様、このような美しいドレスをご用意下さり、ありがとうございます……でも……」

戸惑いを隠しきれないイズミルにリザベルはそっと耳打ちをした。

「これも後宮で学んだ事のひとつの集大成よ。皆に披露して来なさい」

「……!」

〈リザベル様はもしや……〉


「グレアム」

リザベルがグレアムを呼んだ。

「……わかりました」

グレアムは観念したのかイズミルに手を差し伸べる。

イズミルはその手を見つめた。

まさか、あのグレアムの手を取る日が来ようとは。

エスコートされ、夜会でファーストダンスを踊る日が来ようとは。

イズミルは信じられない気持ちで一杯になりながら、グレアムの手にそっと自身の手をのせた。

「ちっさ……」という声が聞こえた気がした。

え?と思ってグレアムを見たが、
グレアムは普段と変わらない様子だった。

〈気のせいね〉
イズミルはそう思った。

が、しかし気のせいではなかった。

グレアムは自分の手にそっとのせられたイズミルの手を見た時、その細くて小さな手に思わず息を飲んだのだ。

〈力を入れすぎると折れそうだ。気をつけねば……〉

そんな簡単には折れない、
とツッコミを入れたいところだが、女性の手を取るのは実に8年ぶりなのだから
致し方ないのかもしれない。


「ではよろしく頼む」

グレアムがそう言うと、イズミルは微笑んだ。

「こちらこそよろしくお願いいたします」

どうやら二人とも腹を括ったようだ。

グレアムはともかく、
イズミルは一度覚悟を決めると開き直れる性格だ。

〈多分、大丈夫。子どもの頃からあんなにレッスンを受けたのだもの。きっと上手く踊れるわ〉


グレアムに手を引かれ、夜会会場のダンスホールの中央へ移動する。

会場にいた皆が国王が連れた女性に注目する。

「あの女嫌いで有名な国王陛下が
年若い女性とファーストダンスを!?」

「急遽リザベル様の名代を務める事になったと今し方、先触れがあったがあんなに美しい女性とは……」

「あの令嬢は誰だ!?国内では見た事がない、他国の令嬢か!?」

思い思いに憶測が飛び交い、皆が噂する声がする。

しかし、イズミルには認識阻害の魔法が
時間差で掛けられている。

今は顔をしっかりと見られていても、
夜会が終わればじきに人々の記憶からも消えてゆくのだそうだ。

余計な事は考えずに今はただ、リザベルが与えてくれたこの瞬間を大切にしよう。

グレアムの妃として最初で最後のファーストダンスだ。


〈夢のようだわ……〉


イズミルはホールの中央でグレアムと向かい合って立つ。


曲が静かに始まった。

リザベルの選曲であろう。

イズミルが何度も練習したダンス曲だ。

グレアムがイズミルを引き寄せ腰に手を回す。

イズミルもグレアムの肩に手を添え
二人、ダンスポーズを取った。

そして曲に合わせ、滑るように踊り出す。

1.2.3. 1.2.3……

〈大丈夫。踊れるわ。随分久しぶりだけど、ちゃんと体が覚えてる〉


グレアムのリードも完璧だ。

〈本来ダンスがお上手だと聞いていたけど本当なのね〉

イズミルは段々と楽しくなってきた。
体が自然に動く。まるで何十回と共にダンスを踊ったパートナーのように流れるように踊れる。

楽しい。嬉しい。

後宮で一人、ダンス講師とレッスンを続けた日々は無駄ではなかった。

それに……

〈いつも想像して楽しんでいたけど、やっぱりグレアム様の盛装姿、素敵だわ……!黒を基調とした王族としての盛装。いつものレディンゴート姿も素敵だけど軍服調の詰襟の盛装がカッコいい……〉

これではまた惚れ直してしまう。
それはやめてほしい。
本当に困る。

イズミルは一人、心の中でそう文句を言っていた。


一方、グレアムも内心驚いていた。

イズミルの腰に手を回した時もその細さに驚いたが今はそれよりも、まるで体の一部のように少しの違和感もなく踊れている事に驚いていた。

〈なんだこの踊りやすさは!?〉

タイミング、身の預け方、自分の足捌きを知り尽くされているかのような体の運び。
どれを取ってもリードし易くて驚いてしまう。

まるで自分自身と踊っているかのような感覚に囚われる。

〈なんて不思議な感覚なんだ……〉

グレアムは初めて、ダンスが楽しいと思えた。


そんなグレアムの心境が手に取るようようにわかるのか、リザベルは心の中でグレアムに語りかけていた。


〈驚いたでしょう?イズミルを指導したダンス講師は昔、貴方がレッスンを受けていた講師と同じなの。
貴方の癖やダンスの特徴、タイミング、リズム感を全て覚えていて、それをイズミルに教え込んだ。
共にダンスを踊る可能性なんてゼロに等かったけれども、それでもイズミルはレッスンを続けたのよ。
その努力が今、実を結んだ。
貴方の為に努力して、貴方の為に生きてきた。
貴方はそんな尊いものを捨て去ろうとしているのよ〉

リザベルは胸を押さえた。

どうかグレアムに気付いて欲しい。

手放してはならないものが側にある。
大切にするべきものがすぐ近くにあるという事を。



グレアムとイズミル、二人が踊る姿に
会場の誰もが心奪われて見つめていた。

美しい一枚の絵画を見ているようだった。


イズミルはいつしか心からの笑顔で踊っていた。
その笑顔にグレアムは引き付けられる。

最初にドレス姿を見た時、
久しぶりに女性を美しいと思えた。

イズーの為人をわかってきた上での安心感からそう思えたのか、それとも……。


曲が終盤に差し掛かる。


〈あぁ……終わってしまう〉

幸せな時間は一瞬だというのは本当なのかもしれない、イズミルはそう思った。

だけど、とても満足だった。


グレアムとダンスなんて一生無理だと思っていたのに、こうして踊る事が出来た。


素敵な思い出を作ってくれたリザベルに
心から感謝せねば……。


今日のこの出来事が自分の生涯の宝ものになる。 


これも心の中にある宝石箱に入れておこう。

イズミルはそう思った。


























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