73 / 83
第三部 最終章
隠し事
しおりを挟む
翌朝まで一睡もすることなく朝を迎えてしまった。草井くんに会うのが怖い。私は平静を保てる自信がない。でもあの光景が何なのが、草井くんの口から確認するべきだ。……いや、確認する義務が私にはある。今にも泣き崩れそうな自分の顔が鏡の中に映しだされる。私は頬の傷痕を強く摘んで涙を堪えた。
草井くんはいつも通りベッドの上で私を出迎えたが、ただならぬ私の雰囲気に首を傾げた。
「……桜さんなんかあった?」
私はいつも通りベッド脇の椅子には座らず窓の外を見て言った。
「天気もいいし、たまには外に出てみない?」
「前にも言ったよね。リハビリしてからじゃないと許可がおりないんだよ」
「じゃあ、いつ出れるの?」
「……そんなの……リハビリ終わってからに決まってるじゃない」
「いつも、そう答えるよね? ……思い返してみたら草井くんがベッドから出てるところを見たことないのよ。車椅子に乗ってる姿さえもね」
「………………」
「私、昨日ケータイ忘れちゃったじゃない。実は取りに戻ったの。それで、その時見ちゃったのよ」
草井くんが喉を大きく動かしてごくりと唾を飲み込んだ。
「何を見たんだよ」
「脚に何度もシャーペンを突き刺してた」
「……ちがうちがう! あれはリハビリの一環でマッサージしてただけだよ」
「リハビリって泣きながらするの? シャーペンなんか使うの?」
「…………」
「なんとか言ってよ!」
「……うるせえ!」
草井くんに初めて怒鳴られ涙が溢れてきたが私は怯まなかった。いや怯んではいけないんだ。
「桜さ……、オ、オマ……オマエのせいでこんなことになっちまったんだ! 本当は顔も見たくねえんだ! 同じ空気も吸いたくねえんだ! 出てけ! そんで二度と俺の前に現れるな!」
必死に堪えているはずなのに涙が止まらない。震える唇を強く噛む。くそっ、泣くな……。泣くなよ、桜!
「早く出てけええええ!」
再び怒鳴った草井くんの目尻にも涙が溜まっていた。それが溢れ落ちると慌てて顔を背けた。
「何度言えばわかるんだよ! 頼むから出てってくれよ……」
涙声……。あの強くて大きな草井くんの涙声……。
「草井くん、嘘つくの下手すぎだよ……。私を遠ざける為に、そんなことばかり言ってるんでしょ。リハビリで遠くに転院するって嘘ついた理由もそうだよね。『来る前に必ず連絡する』っていう約束は私が来る前にトイレとかいろいろ済ませるためだよね。歩けないことを隠すために……。それは全て私のためだよね。私が自分を責めて、同じことを繰り返さないように」
私は小さくなっていく草井くんを抱きしめた。
「……この脚、何しても何も感じないんだ。もう柔道できないんだ。もう二度と歩けないんだ……」
私は声が漏れそうになるのを歯を食いしばって堪える。
「……桜さん、同情ならやめてくれ……。もう俺は大丈夫だから……。ぜんぶ受け入れたから……。俺に負い目を感じて毎日来てくれてるなら、本当にもういいよ。逆に辛いからさ……」
私は涙を拭い、草井くんの頭を強引に掴んでキスをした。そして合わせた唇をそっと離し私は言った。
「もう何も言わないでいい。これが私の答えだよ。これでわかってもらえないなら、ひっぱたいて絶交よ」
草井くんは顔をぐしゃぐしゃと歪ませ私の胸の中で泣き叫んだ。
岩のように大きくて硬い草井くんの身体が、とても小さく感じられ、まるで寒空のなか捨てられた子猫のように震えていた。
泣くな強くなれ泣くな強くなれ泣くな強くなれ泣くな……私が泣いてどうする。今度は私が護るんだ。支えるんだ。何があっても強くなる。自分のためじゃなく草井くんのために……。
草井くんはいつも通りベッドの上で私を出迎えたが、ただならぬ私の雰囲気に首を傾げた。
「……桜さんなんかあった?」
私はいつも通りベッド脇の椅子には座らず窓の外を見て言った。
「天気もいいし、たまには外に出てみない?」
「前にも言ったよね。リハビリしてからじゃないと許可がおりないんだよ」
「じゃあ、いつ出れるの?」
「……そんなの……リハビリ終わってからに決まってるじゃない」
「いつも、そう答えるよね? ……思い返してみたら草井くんがベッドから出てるところを見たことないのよ。車椅子に乗ってる姿さえもね」
「………………」
「私、昨日ケータイ忘れちゃったじゃない。実は取りに戻ったの。それで、その時見ちゃったのよ」
草井くんが喉を大きく動かしてごくりと唾を飲み込んだ。
「何を見たんだよ」
「脚に何度もシャーペンを突き刺してた」
「……ちがうちがう! あれはリハビリの一環でマッサージしてただけだよ」
「リハビリって泣きながらするの? シャーペンなんか使うの?」
「…………」
「なんとか言ってよ!」
「……うるせえ!」
草井くんに初めて怒鳴られ涙が溢れてきたが私は怯まなかった。いや怯んではいけないんだ。
「桜さ……、オ、オマ……オマエのせいでこんなことになっちまったんだ! 本当は顔も見たくねえんだ! 同じ空気も吸いたくねえんだ! 出てけ! そんで二度と俺の前に現れるな!」
必死に堪えているはずなのに涙が止まらない。震える唇を強く噛む。くそっ、泣くな……。泣くなよ、桜!
「早く出てけええええ!」
再び怒鳴った草井くんの目尻にも涙が溜まっていた。それが溢れ落ちると慌てて顔を背けた。
「何度言えばわかるんだよ! 頼むから出てってくれよ……」
涙声……。あの強くて大きな草井くんの涙声……。
「草井くん、嘘つくの下手すぎだよ……。私を遠ざける為に、そんなことばかり言ってるんでしょ。リハビリで遠くに転院するって嘘ついた理由もそうだよね。『来る前に必ず連絡する』っていう約束は私が来る前にトイレとかいろいろ済ませるためだよね。歩けないことを隠すために……。それは全て私のためだよね。私が自分を責めて、同じことを繰り返さないように」
私は小さくなっていく草井くんを抱きしめた。
「……この脚、何しても何も感じないんだ。もう柔道できないんだ。もう二度と歩けないんだ……」
私は声が漏れそうになるのを歯を食いしばって堪える。
「……桜さん、同情ならやめてくれ……。もう俺は大丈夫だから……。ぜんぶ受け入れたから……。俺に負い目を感じて毎日来てくれてるなら、本当にもういいよ。逆に辛いからさ……」
私は涙を拭い、草井くんの頭を強引に掴んでキスをした。そして合わせた唇をそっと離し私は言った。
「もう何も言わないでいい。これが私の答えだよ。これでわかってもらえないなら、ひっぱたいて絶交よ」
草井くんは顔をぐしゃぐしゃと歪ませ私の胸の中で泣き叫んだ。
岩のように大きくて硬い草井くんの身体が、とても小さく感じられ、まるで寒空のなか捨てられた子猫のように震えていた。
泣くな強くなれ泣くな強くなれ泣くな強くなれ泣くな……私が泣いてどうする。今度は私が護るんだ。支えるんだ。何があっても強くなる。自分のためじゃなく草井くんのために……。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
今、夫と私の浮気相手の二人に侵されている
ヘロディア
恋愛
浮気がバレた主人公。
夫の提案で、主人公、夫、浮気相手の三人で面会することとなる。
そこで主人公は男同士の自分の取り合いを目の当たりにし、最後に男たちが選んだのは、先に主人公を絶頂に導いたものの勝ち、という道だった。
主人公は絶望的な状況で喘ぎ始め…
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる