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15歳

現実

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 私は泣いている。声をあげて泣いている。顔と頭を覆い隠し、ベットの中でうずくまり泣いてる。

 そんな泣きじゃくる私を落ち着かせたのは、お母さんの優しさや温もりでもなく、何粒かの錠剤だった。それを飲んだら頭がぼおっとして、眠気がきて、気が付いたら朝だった。

 真っ白い天井。無意味に晴天。眩しい光。視界の下の方に白い山。それに触れてみると、それは白いテープで固定された私の鼻だった。昨日起こった出来事は夢なんかじゃない。昨日まであったはずの前歯を舌先で探り、頭に触れる。やっぱり現実。失ったのは、前歯、髪の毛……それだけなのだろうか。

 昨日とは違う看護師に体調を訊かれ、最悪です、と答えたかったが今度はちゃんと自制心が働き、大丈夫です、と辛うじて答えることができたが、また涙が溢れてきた。

 しばらくしてお母さんが息を整えながらやってきた。急いで家に帰って着替えを取ってきてくれたのだろう。

そういえば着ている寝巻きは血だらけだったんだ。
刈り取られた頭、曲がった鼻、血塗れの顔面と血だらけの服。化け物とでも遭遇したかのような昨日の看護師の表情が忘れられない。

 いい天気ね、と、お母さんは私に笑ってみせる。昨日のようなぎこちない笑顔ではなく、きちんと笑えている。でも作り笑いというのは、隙間風のように心の一部を冷たくする。

 お母さんは私の鼻に触れないように気をつけながら、着替えを手伝ってくれた。そして紙袋の底からウサギの大きなワッペンがついた白いニット帽を取り出した。

「桜ちゃんは昔から帽子なんて被らない子だったけど、これがあること思い出して、今朝、押し入れから引っ張り出してきたのよ」

 それは小学生の頃、スキー教室で被ったものだということを、辛うじて思い出す。あまりにも幼稚なデザインで、こんなもの被れるわけない! とウサギのニット帽を投げ付けたい衝動に駆られるが、これを被る以外の選択肢はなかった。

 軽い診察の後、異常がなかったので、そのまま退院となった。

 此処にはいろんな患者がいる。それでも私の存在は珍しいらしく、すれ違う人達に顔を覗かれる。好奇の目なのか、憐れみの目なのか、わからないがとても不快だ。

 私は生徒会長を勤めていたから、人前に立つことは慣れている。その時、私に集まる視線とは明らかに違う。人の視線が怖い。こんなことは初めてだ。

 私はニット帽を眉の下まで下げて俯き、お母さんの足許を追って病院を後にした。

 太陽が私を無意味に照らす。この眩しさは私に対しての厭味なのだろうか。

 駐車場に側面がキズだらけでルーフが凹んでいる車を見つけると、急に身体が強張った、お母さんが立ち止まる私に気が付いた。

「ペーパードライバーが運転するとこうなっちゃうのね。でも、もう大丈夫よ。昔の勘を取り戻したからね。車庫入れだって、うまくできてるでしょ? ね?」

 白い白線の中で車は斜めに停まっている。無理して明るく振る舞うお母さんの優しさはありがたいが、頭蓋骨の中で鳴ったあの音は消し去れない。血の海に溺れかけた恐怖は拭い去れない。

 来月、私は高校生になるというのに、おもちゃ売り場で駄々をこねる子供のように、帰りたくないと、その場にしゃがみ込んだ。

 するとお母さんは私を抱きかかえて言った。

「大丈夫よ。しばらくホテルに泊まるから」

 車の窓ガラスに私が映る。これが私? 疑いたくなる。ニット帽のウサギの耳が折れ曲がっている。耳のないウサギは、ウサギには見えない。鼻のない、髪のない私は、いったい何なのだろうか。何に見えるのだろうか。ニット帽のウサギと同じ。私は人間のような動物。もしくは清野桜という名前の化け物……。

 ビジネスホテルの小さな天井を仰ぎ見て自問自答は続いた。新学期までにこの鼻は治るだろうか。髪が伸びるまでどれくらいかかるだろうか。

 鼻が痒い。頭が痒い。絶望が脳細胞を浸蝕していく。私の鼻は今どうなっている?
 痒い……痒い……顔を掻きむしる。鼻を固定するテープが剥がれていく。

 まだ私は折られた後の鼻を直接見ていない。見るのが怖い。自分が想像しているより酷いのだろうか。見たくはないが、気持ちとは裏腹に鏡に手が伸びる。もしかして思っているより大したことないかもしれない。恐る恐る覗き込む。私は息を呑んだ。

 昨日までの私の鼻より、どす黒く腫れ上がり歪な形をしていて、上唇は青紫色になって倍以上の大きさに膨れていた。まるで小動物の腐った死骸の内臓が、私の鼻と口に覆いかぶさっているようだった。口を開くと前歯がない。嘘だ……こんなの私じゃない。身体中の力が抜けて崩れ落ちた。お母さんが戻ってくるまで意識を失っていた。

 ホテルで過ごしていた数日間の記憶は殆どない。気づいた時には自分の部屋のベッドで目を覚まし、私の住む世界から舞は消えていた。
 


 
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